いよいよいけない
2025 MAR 25 0:00:23 am by 西 牟呂雄
20代で40日程入院を余儀なくさせられたのは急性膵炎だった。胃のあたりがものすごい激痛で水も喉を通らない。いつもの二日酔いだと思って土日を過ごし、翌週に出勤したところもうダメとなって会社の診療室で寝ていた。午前中全く使いものにならないどころか、嘔吐が止まらない。ただならぬ様子に担当の先生は点滴を打ってくれたがどうにもならず、そのまま病院送りになった。入院してもその日は病名はわからず、夜中苦しみ抜いた。
翌日、急性膵炎の病名をもらうと、消化をしてはいけないらしく胃から十二指腸にモノが流れないように鼻から胃までチューヴを入れられ胃液を汲み上げ、24時間の点滴が始まった。慌てたオヤジが病院に来た。見た途端、あまりの情けない姿に『何やってんだ、ばか!』と怒り狂って帰って行った。
当時まだ20代の半ば。普通は高齢のアル中がなる病気のようで、珍しい症例として大先生の回診が毎日あった。弟子のような軍団を引き連れて『この患者は云々』とやる。僕には『もう少し様子を見よう』しか言わない。本当に治るのか心配になった。
排尿と胃液の汲み上げから一日の点滴をの量を引くと訳1リットルの水分が排出されていた。そしてその通りに1㎏づつ体重が減っていき177cmの身長で体重55kgまで落ちて止まった。体が小さくなったのが分かった。
痛みが引いていくと少し元気が出る。そのころはまだ病棟に喫煙スペースがあり、早速一服が始まる。点滴をしたままガラガラと引きずって行くのだが、罪悪感何か全然ない。挙句の果てにまだ食事もできないのに『あのー、酒はいつごろから飲めますか』と聞いて担当の先生を激怒させた。ヒマだからウォークマンでブルー・ハーツや忌野清志郎をガンガン聞いていた。
4週間目くらいに24時間の点滴がやっと取れて重湯・トマトジュースが喉を通るようになる。点滴は同じところに打っていると血管が硬くなるそうで、肘の内側を右・左と変えながらやっていた。そこもやりつくして手の甲になり、その後は足首に打つことになっていたらしい、助かった。手の甲の点滴と言うのは恐ろしく不自由なもので思いだしてもゾッとする。一度引き抜いてしまい看護師さんにメチャクチャ怒られた。
三分粥・五分粥・七分粥と次第に慣らして行く。このころやっと院内のシャワーが浴びられた。食事指導の際に管理栄養士の先生から『君は人の一生分酒を飲んだんだからね』と念を押され今後の人生が真っ暗になった(結局半年で自主解禁したが)。それでも死なずに済んだな、と退院した。
その後、入院騒ぎには至らず平和な人生を送っていたが、還暦を過ぎてイヤイヤ受けた身体検査で大腸癌が見つかった。これで死ぬのかと一瞬ビビッたものの、不思議なくらい淡々としていた。まだ2~3年は好きなことができる、と思ったのを覚えている。バイクの大事故や膵臓炎でも死ななかったし。
さすがに麻酔が醒めると痛い。そこで秘かに持ち込んだ睡眠導入剤を飲んだところ翌日せん妄状態になり、精神科の医者が来た。しかも掃除の時にゴミ箱から睡眠導入剤を飲んだことがバレて『勝手に薬を飲むな!今度せん妄が出たら拘束するぞ』と怒られるハメになったのだった。だが、内視鏡の手術は昔のようにガバッと開腹するより体の負担は軽いようで、3日程で出された(放り出されたという説もある)。
こちらの方は経過観察中で5年を経過して転移の心配はない、とのお墨付きを貰った。但し、それを告げた先生の顔には『これでまた癌になってもオレのせいじゃないからな』と書いてあったが。
さて、癌も克服して不死身になったと調子に乗り、タバコも止めずに酒をガブ飲みして古希を迎えられたことはめでたかったのだが、地元の身体検査でつまづいた。
『血中インシュリンがね』
地元の信頼しているお医者様の目が不気味に光った。まさか・・・。インシュリンは膵臓で作られる。
後日、再び検査された。まず採血、それも試験管に2本も。すると何か甘い飲み物を一気飲みさせられた。その後30分ごとに採血、最期2時間後に採血。結局牛乳ビン1本分くらい血を抜かれたような気分になってフラフラした。
一週間後、結果をみた先生は厳かに告げた。
『糖尿病ですな。治りませんから』
ほかに言い方もあるだろうに・・・。それから言われたのは白内障になる・心筋梗塞になる・脳梗塞にもなる・酷くなれば足の切断・歯も抜ける・食事療法を受けろ・酒飲むな云々。僕は生きる気力を失いかけた。
とは言え直ぐにも死ねないので、どうにかして今後も酒が飲めるようにセカンド・オピニオンを模索した。
というのも、その地元のホーム・ドクターは陰険でなおかつ糖尿病が好きなようなのだ。ニコリともしないで喋る口調は冷たい響きを帯びており、細い目からは『オマエを糖尿病にしてやる』といった邪悪なビームが放たれていたからだ。
事務所近くで主に悪玉コレステロールの薬を処方してくれるドクターは実に患者にやさしく、決して酒をやめろとは仰らない(飲めともいわないが)。検査結果を見てもらうことにした。そちらの先生にも以前から血液検査はしてもらっていたのだ(こっちは肝臓関係)。
恐る恐る検査報告書を差し出し『あの~、あの~、過日糖尿病を宣告されまして・・・』と切り出した。
先生は、冷静にデータに目を落として『ホゥッ』と言うと、カルテの以前の数値と見比べた。その間、先日に宣告された恐ろしい症例を言い立て、処方された薬を見せて少しでも先生の同情を仰ごうと訴えた。
『そうですね。糖尿病です。ですがそういった症状になるのはこのまま何の治療もしないでほったらかしておくと、あと10年経つとそうなる、という所見です』
ナーンダ、大したことないのか。と露骨に嬉しそうな私の表情を見据えると、一息ついて
『その間、食事療法をしてお酒も控える前提です』
と付け加えた。
仕方なく、取り合えず酒を半分程度にして、食事も海藻だの野菜を多めにし、豆腐や納豆を中心にして次回検査を待った。
一月後。再びがっぽり血を抜かれた後、今度は寝かされて首にクリームのようなものを塗られた。先生はモニターを僕の頭の方に持ってきて、手にはマッサージ機のようなものを持ち首筋に沿って当てた。どうも超音波テストをしているような振動が伝わり、たまに脈を計っているような音までした。
その後の説明によると、頸動脈の血流を見たとのことで、画像にはスキャンしたような血管の断面が映されていた。右と左の頸動脈のようだが、左の方には不気味な突起が映っていた。
『この部分。これが糖尿病から来る云々』
どう関係あるのかは分からないが、身体によくないらしいことは分かった。
で、どうしろともこうしろとも謂わず、こう告げられた。
『では次回はナントカをスキャンしてみますから』
『えっ、先生今日はできないんですか』
『何もかも一遍にはできないんです。糖尿病は治りませんから治療は続きます』
こう言って不気味に笑うのだった。
-コメント欄に続くー
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架空対談 トランプ VS プーチン極秘電話会談
2025 MAR 16 0:00:10 am by 西 牟呂雄
トランプ(以下ト)「オー、ウラジミール・ウラジミロビッチ!大変久しぶりだ。元気そうだな」
プーチン(以下プ)「ガスパージン・プレジデント。いやドナルド。直接会いたかったが」
ト『オレもだ。オレのいない間にえらいことになっていて参ったぜ』
プ「まあ聞けよ。バイデンがあれだけ煽ったところでヨーロッパの奴らが何もできんくせに調子に乗りやがったから頭に来たんだ。10年も前にオレは警告したぞ」
ト『よくわかる。それでも金がかかってしょうがないぞ。早く戦争やめろよ』
プ「オレだってやめたいよ。あのデブの小僧にまで借りをつくっちまった」
ト『あれ、金払ってるのか』
プ「そりゃそうさ。大した金ではないがな」
ト『あのデブもいいやつなんだがな』
プ『人柄は実に単純だ。だがな、周りにロクなのがいない。バカに囲まれて身動き取れないみたいだ』
ト『それにしてもゼレンスキーは無礼な奴だ。せっかく停戦のきっかけをつくってやったのに、あれよこせもっとくれ、と偉そうに』
プ『ヨーロッパの奴らは皆そうだ。自分ではなにもできないくせになあ』
ト『そうよ。NATOとか言っても我が国が手ほどきしなきゃなんの役にも立たない。アイツらが群れてツベコベ言う国際世論ってやつがオレは大嫌いだ。マクロンが核がどうこうとぬかしやがったなんざ、今更ふざけるな』
プ「同感だ。ナポレオンを忘れたのか、と一喝しておいたが。国の数がいくらあったところで人口を考えたらゴミだろ」
ト『まあいい。だがなあ、このままやり続けてももう得るものはないぞ』
プ『大丈夫さ。このままキエフまで進軍したらどうなっちまうんだ』
ト『ムチャ言うなよ。冷静になって考えるといささか無理があるぞ』
プ『ドナルドのガザ処理にも影響するか』
ト『あ~あ、こんな時シンゾーがいてくれたらなぁ』
プ『おっ、オレもそう思ってたところだ』
ト『シンゾーが、まぁ頭を冷やしてトーキョーでもう一度会ってみろよ、とでも言ってくれたらやり直せるんだが』
プ『そうだ。それだったらオレも行けるしな』
ト『おォ、そうだよ。こんな時にヨーロッパで会うわけにいかないからな』
プ『全く、あいつがいればなぁ・・・。ところで今のイシバどうよ』
ト『一言で言ってツマンネー奴だよ。冗談一つ返せない。マッまじめだから』
プ「あんなガマ蛙みたいな顔に、ハンサムだ、なんてお世辞にしてもキツいんじゃないか」
ト『何か言うかと思って期待したけれど滑った。アッいいこと考えた。日本を取り込むために領土的野心などない、と宣言してあのホッポーリョードとかいう島を返しちゃえよ。そうすればクリミアくらいで手を打てる環境になるじゃないか。キミの物だ』
プ「オイオイ、自分はグリーンランド寄越せ、とか言っててそりゃないだろう。あんな半島だけじゃ止められん」
ト『わははは、そうだった。オレって言ったことすぐ忘れちゃうんだよな』
プ「それはお前のいいところさ。だから俺たちまたこうして話せる。ところで追加の制裁とかやめろよ」
ト『そうもいかん。これはディールだからそっちこそ全部よこせなんて言うな』
プ「冗談だろ。ドネツクとかみんなよこせ」
ト『それじゃ停戦にならない。もっと援助してNATOにも入れちゃうが、いいのか』
プ「オレの面子はどうしてくれるんだ」
ト『そっちこそオレの貫禄をどうしてくれる』
プ「何だと!それじゃ世界の見てる前でオレと勝負するか。オレはジュードーとサンボで戦える」
ト『オレだってWWEのリングに上がってプロレスもやったぞ』
プ「上等だ。場所はどこにする」
ト『よし、トーキョーでどうだ。レフリーはシンゾーだ』
プ「バカ、もういないだろう」
ト『・・・そうか、だめか・・・』
プ「・・・あいつがいればなぁ」
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寒い日のドタバタ
2025 MAR 9 21:21:24 pm by 西 牟呂雄
オレは今までを振り返って、たまには真剣に悩んだり心底困った事態にも遭遇してはいるが、そういう思いに関わらず全体を通して第三者の目から見れば、ドタバタ・アクション・コメディの主人公ではないかと思われても仕方がないことをやっているのではないか。
熱心な読者(がいればの話だが)であれば過去のブログからその一端を知ることができるであろう。今を去ること数日前の、あの都心も積雪した日にも忌まわしい目に合ったのだ。
オレは打ち合わせのために総武線の〇〇駅に降り立ち、先方の事務所に向った。3月というのに真冬の寒さ、こちらにも非のある案件の処理という憂鬱な話だった。堂々巡りの議論の末、かなり譲歩を強いられることになり気分は更に落ち込んだ。暗い気持ちで雪から小雨に変わった坂道をトボトボ下っているうちにハッとした、荷物を持っていない。そしてオレのたよりない記憶を辿ると、事務所を訪問する前から持っていなかった。中身はパソコンだ。いつまで持っていたのかを必死に考えて、電車の座った時の網棚だと確信した。またしてもやらかした訳だ。持ち歩くので、たいして重要なデータは残してはいないのの、公私にわたる今後の成り行きの煩雑さを想像して青ざめた。
降りた駅の改札で、駅員さんに事のあらましをすがるように訴える。すると手慣れた様子で厳かにこういった。
『今は届けはまだないでしょうね。終点でも折り返し電車は遺失物の確認はやらないのですよ。どの電車か特定できますか』
奇跡的に待ち合わせ時間を確認して降りた時が10時45分だったのを覚えていた。その時間にここを出た〇〇行だったと答えると駅員さんはしばらく何かを検索していて、慌てて教えてくれた。
『その電車は〇〇で折り返して、あと5分後にここを出る△△行きで戻ってきます。乗って調べた方が早いでしょう。それでなければ逸失届をここに連絡してください』
何という巡り合わせか。お礼もそこそこに改札を通ると、SUIKAの残高が無くなったらしく通れない。焦りつつチャージしてホームに降り、どのへんで降りたかなと見当をつけていたら電車が滑り込んできた、飛び乗る。そして網棚を探しながら車両を移っているうちに更に驚くべき事実が判明した、逆方向の〇〇行ではないか。探す電車は折り返しだから△△行きで、その時乗るべき電車とすれ違った。何たることか、この慌て者め。
次の駅で飛び降りて頭をフル回転させる。△△方面の次の電車は3分後である。それに乗って2駅進むと快速電車に乗り換えられる。日中は終点の△△駅でも折り返すはずだから快速電車で3分を縮めれば△△駅で捕まえられるのではないか。行くぞ。オレはトム・クルーズにでもなったつもりで、駅構内を走り車中で15分間ヤキモキし、△△駅では階段を駆け下りて登った。
目指す電車は出発間際だったが、かろうじて間に合った。そしてまるで犯罪者を追うような目つきで物色していると、オレの遺失物は黄金の様な輝きを放って網棚にあった(実際は黒いリュック)。ひったくるように手に取った時、席に座っていたおっさんがまるでオレを置き引きの様な不振の目付きで見上げていた。
オレは中身を確認しながら、あの状況で瞬時に冷静な行動ができたことに深く満足し、その優れた判断とスパイ大作戦並の素早いアクションに感動していた。が、冷静沈着な人間は網棚にモノなど忘れ降りたりはしないのではないか、との天の声が聞こえる。
次に、そうは言っても忘れ物を乗せた電車が折り返してくるタイミングで打合せが終わったことは天佑神助ではないか、と自分のツキに酔い痴れた。が、運のいい人間は降りる前に忘れていることに何かのきっかけで気が付くのではないか、とまた天がささやく。気になってオレは今日の占いを検索すると、いくつかのコーナーではオレの✖✖座は、12星座中最下位、ツキはなかったのだ。
そしてそれどころではない、苦難は続く。翌日にはさるモノを買い、支払いを済ませて電車に乗った途端にそのブツが消えた。一駅先から折り返し、前日のように必死の形相で店に向った。すると店の人は怪訝そうな顔でオレの差し出した領収書を一瞥し、奥に入るとブツが届いていたらしく持ってきた。顔には『このオッサン痴呆か?』と書いてあった。
様々なマヌケな事態を収拾するために駆けずり回った大騒ぎを繰り返し、人生の何分の一(寒い日に限って言えば起きている時間の1/8にもなる)を無駄にしているのだ。このペースで行くといずれは人生が100%ムダになるのも時間の問題である。
せめて酒でもやめなければ(ウソ)。
ところで、親切にダイヤを確認して折り返しの電車を突き止めてくれた親切な駅員さんを後日訪ねてお礼を言おうとした。行くと窓口には別の駅員さんがいたが、丁寧にお礼を言ってその後のスリリングな展開を話すと『そんなことができたんですか。すごいですね。伝えておきます』と感心してくれた。ここでも顔には『バカじゃねえの』と書いてあったが。
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冬の名残り
2025 MAR 1 1:01:56 am by 西 牟呂雄
2月の末、春はそこまで来ている時期に、芝生を焼きます。害虫を駆除し、雑草のタネを焼き、芝の発芽を促進するためです。
この芝焼きというもの、うまい具合に一直線で炎が広がるものではありません。
風向きやちょっとした凹凸で方向を変えるので、ご覧のような幾何学的な模様に。
慎重に焼かないと傍らには福寿草がこんなに咲いています。
地球は温暖化し、居場所の無くなりつつある冬。
子供の頃は下町のドブでも氷が張ったものですが、今ではあまり見ません。
この連休に寒波襲来。今季最強、十年に一度、豪雪。
寒い曇天の日は確かに陰鬱な気分。
ですが、四季のある日本では冬がなければ
樹木の年輪も刻めないのです。
春は植物が芽を吹き花を咲かせます。
暖かくなり人々は浮かれます。
去り行く冬はそれが気に入らない。
みんなが来年までサムイ季節を思い出さないのが。
すると翌日、焼いた芝生にうっすら雪が積もってビックリ。
凍結防止で滴らせていた外の水道は凍ってつららになってしまいました。
冬が去り際に少しばかりの雪を残した、また来年来るよ、と。
そうそう、寒い冬に鍛えられなければ丈夫なにんにく、スーパー・ニンニ君もできませんね。
健気にがんばっていました。
これからは畑が凍りません。水と肥料をやります。
収穫は5月の連休です。
ですが今日もまだ寒い真冬の気温。
冬もそんなに本気にならなくてももう2月末だよ。
そう思いつつ、山から下ろうと門を出た時。
傍らの梅の老木に目をやると、小さな花が。
やはり冬は追い払われているな。
タイトルの『冬の名残り』は多くの人が『春の訪れ』と言うでしょう。
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と、ここまで書いて投稿しようとしたら、この暖かさはどうしたことか!老生はただとまどうばかりなのです。冬にまで置いていかれてしまったようでさびしい。
それどころか、そろそろ耕運機を入れてジャガイモを撒かなければ。春が追いかけてきた。
オカルト近現代史観 天皇不敗仮説
2025 FEB 19 0:00:00 am by 西 牟呂雄
幾多の血を流し、飢え、病に侵され、最後に人類の悪夢である原爆に本土を焼かれて日本は敗れた。
その後占領され、武装解除・人間宣言・新憲法・財閥解体・自由選挙・組合結成・数々の改革と称した洗脳を経ることになる。ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムである。
物理的には完膚なきまでに負けたわけで、東京裁判批判も含め占領者としてのアメリカの悪意は十分汲み取れる。だが、諸先輩方の巧みな舵取りと努力により多少の危うさを内包しながら今日ではG7の一角を占めている。
アメリカは占領後もヤバいとなると銀行護送船団方式を破壊し、円高を仕掛け、繊維戦争・鉄鋼戦争・自動車戦争・半導体戦争を仕掛けてきた。今更アメリカ・ファーストもないもんだ。そういう国家であり続けているに過ぎない。
それでも、資源も無い日本がそこそこやっていけるのは何故か。国民が勤勉だとか多少のIQが優位であるとかでは語りつくせないファクターがあるに違いない。そういう分析無しに円安に振れたとか少子化による労働人口減少に解を求めても大事なことを見失うと筆者は考えている。
ところが、国会だ官庁だ企業だと見渡してみてもシステムとして日本を下支えしているとは言えず、教育は最近はなはだあやしい。
以下、文化的に多神教が底流にあるとはいえ宗教的に大らかである、武士道精神を尊ぶ、同調圧力に従順である、どれもしっくりこない。この調子で分析を進めるとしまいには居酒屋でのノミニュケーション文化にまで言及せざるを得ず定量化は断念した。
石原慎太郎がどこかで聞いてきて書いていた、電車の中での若者の会話の話。余程の無知なるものなんだろうが、日米が太平洋で激突したことに及ぶと『それでどっちが勝ったのか』と聞いたのだそうだ。多分に作り話めいてはいるが、目下の状況から見て(例えばアメリカの製鉄会社を買収するとか)勘違いするバカが出ないとは限らない。
この話でフト思いついたのは(勿論メチャクチャに負けたのだが)何か負けていなかったものがあったのかもしれないという仮説である。
そんなものあるのかね、と思いを巡らしてたどり着いたのは、終戦を決めてポツダム宣言受け入れた御前会議の天皇陛下のお言葉だった。活字媒体で拾えた『内外の情勢、国内の情態、彼我国力戦力より判断して軽々に考えたものではない。国体については敵も認めていると思う。毛頭不安なし』のくだりだ。この『毛頭不安なし』に込められた意味を噛みしめると、ボロボロにされ占領されても日本で唯一人天皇陛下だけは負けなかったのではないか、という仮説が頭をよぎった。
この仮説を実証しようと、敗戦後のお振舞いを追っていくと。
マッカーサーに単独で面会し,イチコロで篭絡した。彼を自在に操り、全国巡行を打ち出す。GHQは各地で群衆に吊るしあげられると期待したが、結果は逆だった。ただ一人負けなかった昭和天皇は各地で熱狂的に迎えられる。GHQは驚き、慌て、巡行は一時中止させられる。クライマックスは原爆ドームをバックに現れた昭和天皇に向かって数万の群衆が君が代を歌い、万歳を叫んだ。
後年、外交評論家の加瀬英明が晩年のマッカーサーを訪ねた時に『私が最も尊敬しているのは言うまでもなくテンノーヘイカだ』と聞いている。テンノーヘイカと日本語で言った後は ヒズ・マジェスティ と呼称した。
天皇陛下の訪米に当たって(マッカーサーは既に没していた)外務省はマッカーサー未亡人との対面をさせようと画策したが、陛下は賛同しなかった。使い切った者は必要なし、ということだ。
翻って大日本帝国憲法が、第3条天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス としたが、昭和の始まった時点では誰もが『現人神』と言っても生身の人間であり、万世一系にしてもいささか怪しげであることは知っていた。敗戦・占領を経て高度経済成長の波に乗ると、主として読書階級とでも言う中流レヴェルはGHQの洗脳や進歩的と称する論調に推され一部は反天皇制の風に乗る。旧社会党に投票していたゾーンだ。
だが結果として昭和天皇は敗戦後の混乱からバブル時代までを勝者の帝王として敬われたのだった。
やがて代替わりとなりバブルは弾けて日本は長い低迷期に入る。平成の御代は多難なスタートだった。バブルの不良債権は10年後には更に増えた、というか今もって総額が分からない程のダメージをもたらした。上皇陛下の天皇在位中に株価は8千円を切った。
おまけに、これでもかと言うほど自然災害が起こったのである。英明なる陛下はご自身のお勤めを慰霊と被災者への労いに定められたのだろう。天皇になられてまず中国を公式訪問され、その後は海外に出向かれて戦没者を慰めた。
阪神淡路・鳥取西部・新潟中部・中越沖・岩手内陸、と続いた犠牲者の出る地震。有珠山・三宅島・御嶽山の噴火。そして東日本大震災。平成流と称された被害者の視線まで膝をつかれたお姿は記憶に新しい。犠牲者を弔い、被災者を励まし、その都度日本は蘇った(無論未だ復興途上のところはある)。
退位を表明された時のお言葉は『国民の安寧と幸せを祈ること。これを全身全霊でできなければ象徴であることは難しい』とまで仰った。
実際物凄い密度でのお祈りなのだ。そもそも明治以前には皇室に金もなく、新嘗祭(即位の際は大嘗祭という)と四方拝くらいだったのが、明治以後様々な祭祀が行われるようになった。神道の元締めとしての権威付けとして加えられたらしいが、あまりの多さに明治・大正と天皇は自らは行わず、代拝と言って代わりを立てられることが多かった。昭和天皇も戦後は全てはなさらなかった。
それが、上皇陛下は80を超えても皆勤である。深夜にも及ぶ祭祀を全てこなされるとは涙ぐましくもある。
新嘗祭をナメてはいけない。
神座(黄端の短い畳)、御座(白端の半畳)、寝座(薄畳の重ね敷き)に神饌である稲作物(蒸しご飯・お粥・粟ご飯・粟のお粥・新米で醸造した白酒・黒酒)、鮮魚(鯛・イカ・あわびなど)、干物(干し鯛・鰹・蒸しあわび・干し鱈)、果物(干し柿・かち栗・生栗・干し棗)が供えられる。天皇は鎮魂祭を済ませ、皇太子(あるいは皇后)・天皇の順に斎戒沐浴(さいかいもくよく)して純白の祭服に着替え、侍従が剣璽(けんじ)を、東宮侍従が壺切御剣(つぼきりのみつるぎ)を奉安した後神嘉殿に渡御する。天皇は神嘉殿の神座の前の御座に正座して、秘儀に入られる。御手水ののち、柏の葉に神饌を移し神前に供えて拝礼。ついで皇祖皇宗に御告文(おつげぶみ)を奏上すると、皇太子以下、幄舎に控えていた参列者たちもこぞって拝礼し、神前に供えたものと同じものを食す。
この秘儀は実際に何が行われているのかは天皇家以外誰も知らないのである。特に新天皇即位の大嘗祭では、寝座に体を横たえ、最も秘儀だとされている所作が行われ、玉体が新天皇に移行する。かような神秘体験を経てこそ備わるモノがあろう。
現天皇家のDNAには瞬時に時代の流れを読み、なすべき未来が見えてくる能力が備わっているに違いない。上皇陛下は『自分の代は艱難辛苦に耐える世である』ことが読めていたのだ。
ひたすた祈り、無論負けなかった。避難所で苦労されていた被災者が、時の総理や大企業幹部を罵倒するほど煮詰まっていたのに、陛下のお姿を見た途端に癒されていたではないか。
同様なことは、近現代の先帝陛下方にも当てはまる。明治帝は富国強兵の政策の元に二度の対外戦争の時代を体現され、大正期は勃興するデモクラシーの風に乗られた。それは作られた物でもあるわけだが、時代に合わせることのできる予知能力と見識がおありだったと解釈できなくはない。
亡くなられた寛仁親王殿下も何度も癌の手術をされアルコール依存症になっても負けることはなかったと記憶する。
令和の天皇陛下は筆者よりもお若い。聞くところによれば、祭祀に臨む姿勢は上皇陛下と同じだと聞く。大変に真面目におつとめされると側聞する。とりあえずコロナ禍は他国に比べれば遥かに軽かった。
何があってもわが国に天皇陛下おわす限り日本が日本であり続けられる。
太古の昔より伝え続けたこの血脈をもって、更なる研鑽によって鍛えられなければ天皇足り得ないことは明らかで、昨今の女系天皇論は日本を破壊すると言って過言ではない。ジェンダーがどうしたどころの話ではあり得ない。
旧宮家の皇族復帰に難色を示すムキがあり、いわゆる直親王家が皇統から分かれたのが何百年前だから合理的でない、とか戦後何十年も民間で過ごして今更、といった言説があるが、旧皇族と天皇家は『菊衛親睦会』を通じて親戚づきあいをしていて、お写真などを見ればみなそっくりである。『民間暮らしが何十年』に至っては、2千年の歴史から見れば瞬き一つだ。
そういう歴史を無視して女系天皇を認めてはならない。あの〇室の子供なんかが天皇になったらどうしてくれる。国連引っ込んでろ!
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東アジア同時有事
2025 FEB 11 10:10:50 am by 西 牟呂雄
2028年、台湾海峡で中国海軍が一大演習を始めた。南シナ海を大きく迂回して空母打撃群を太平洋側に配置し、あたかも海上封鎖を展開するような形での演習は一週間続いた。
中東が一段落したものの、ウクライナ紛争は足掛け10年近く戦っても一進一退の攻防を繰り返しており終結の目途が立たない。トランプ大統領の和平提案は国境変更を伴うためヨーロッパが強烈に反対して成立しなかった。任期が1年を切ったトランプ大統領は『もう勝手にしろ』と怒り狂ったが、武器・弾薬の供給だけは続けていた。
某日、突如台湾南部でⅯ7の大地震が発生。台南・高雄に壊滅的な被害が起きた。
同時に周辺での演習をしていた中国海軍も津波による大ダメージを被り、数十隻の艦船が海の藻屑となってしまった。
すると、驚くべきことに突如『台湾救済』を習近平が発信し、空母機動部隊を含めた中国海軍に加えて海警局並びに武装していると見られる漁船の大船団が台湾に一斉に押し寄せた。事実上の海上封鎖である。それどころか、一部は強硬上陸をする動きを見せ始めた。
時の総理大臣である高市早苗は『邦人避難並びに災害支援』の名目で自衛隊機を台湾に飛ばす決断をした。一番機に乗り込んだのは復興支援部隊指揮官に指名された民間人の番匠幸一郎退役陸将である。民間の復興支援チームなのだが、中谷防衛大臣のキモ入り人事だ。
当然中国は非難声明を出すが高市総理は歯牙にもかけない。『人道支援をして何が悪いのか。中国こそ我々に協力すべきだ』と突き放した。同時に自衛隊宮古島要塞および沖縄米軍は戦闘配置につく。自衛隊に秘かに周辺事態待機命令が出され、米軍はアラーム・グリーンを発令したのだった。
次々と飛来するCー130輸送機は無事松山空港に降り立った。実は支援要員として武装自衛官を送っていたのだが、極秘作戦のため世界中が気が付かなかった。送り込まれたのは陸上自衛隊秘匿コマンド部隊『トラ』であった。
台湾海軍も警戒を強め、上陸可能な地点に機雷を敷設した。事実上の臨戦態勢となり、いつどこで戦闘が始まるのか神経戦に突入して行った。
その翌日、北朝鮮がミサイルを発射したらしい。日本海で警戒に当たっていたイージス艦『みょうこう』が初めの一発を迎撃したとの報告が上がる。ほぼ同時に38度線で異変が起こった。米軍リエゾン・オフィサーのロバート・ワイマン大尉は衛星回線に向かって叫んだ。相手は厚木の国連軍司令部にいるレイ・ニシーム大尉である。
『レイ!ついに朝鮮人民軍が進撃を開始した。砲撃も始まっていて砲弾は我々を超えてソウルを叩いている。板門店では戦闘が始まった。必死に押しとどめているが死傷者が出ている』
『ラジャー。任せろロバート、在韓在日米軍は迎撃態勢に入る。今台湾周辺に出されているアラーム・グリーンに加えて38度線にアラーム・レッドだ』
『分かった。韓国軍もペッコル・ブデ(白骨部隊)に戦闘命令が出された』
ユン韓国大統領は前回の騒動では寸前まで行ったが憲法裁判所は結局弾効しなかったため、職務停止期間を除いた任期の最終年だったのだが、ここで戒厳令を出すことができた。ソウルは北の砲撃射程圏内のため次々に被弾し死傷者が出る。大統領は戒厳司令部を南の大邱に移動させ指揮を執った。
通称白骨部隊は正式名称第三歩兵師団で朝鮮戦争以来韓国陸軍最強部隊である。侵攻してきた朝鮮人民軍を跳ね返し、38度線以北に押し戻した。
ミサイルは数十発発射されたが、韓国内に5発が着弾した以外の日本向けは『みょうこう』『こんごう』『ちょうかい』の3隻のイージス艦が全て迎撃した。
戦闘は即拡大し、ほぼ同時に北にある複数のミサイル発射基地に飽和攻撃が為された。日本海及び東シナ海からの発射のようで、あらかじめ警戒に当たっていた第七艦隊のロサンゼルス級原潜から発射されたらしいが正式発表はない。
驚くべきことに瞬時に固定発射台と確認できた移動中の発射台はことごとく壊滅したのだった。
一方台湾には公共機関・官庁・軍にサイバー攻撃がかけられた模様である。ところが台湾はかの天才、オードリー・タンが構築したサイバー防衛システム並びに非常時ネット遮断プログラムが作動し、戒厳令と同時に官庁・銀行・公共サービスの全てが停止。政府発表のテレビ以外のコミニュケーション・ツールは機能を失った。アナログ通信のみは生きていたが、ネット関連はブラック・アウトしてフェイク・ニュースや流言飛語が締め出される。
それどころか、戒厳令下にアクセスしようとした外部ツールには逆にウィルスが送り付けられるという反撃が始まる。実は日本とアメリカのような周辺友好国には事前に説明がなされていて、有事のデジタル通信はシャット・ダウンされたのだ。
ジリジリとその包囲網を狭めて来るような動きのまま海上封鎖は続いたが、膠着状態が破られた。
潜水艦からと思われる魚雷攻撃により空母「遼寧」が撃沈されてしまった。全く油断していたとしか言いようのない無様な被弾で、中国海軍も海警局もパニックに陥る。中国海軍の対潜哨戒能力は大したことは無かったのだ。
慌てた人民解放軍幹部は習近平を焚きつけて大陸とは指呼の距離にある金門島・馬粗列島に猛烈な砲撃を加えた。だが、海上封鎖の目を潜って民間人は既に島を脱出していたことと、既に要塞化されていたため人的被害は確認されない。続いて繰り出された上陸部隊は飛来するドローンによって阻まれ、島に近づくこともできない。
『レイ。朝鮮人民軍の様子がおかしい。組織的戦闘をしていない。退却しているようにも見える』
ワイマン大尉の声は驚きに満ちていた。
ところがニシーム大尉の返答は更に驚愕すべきものだった。
『それどころじゃない。監視衛星の映像から見て中朝国境で一部銃弾が飛び交っている。人民解放軍が鴨緑江を超えようとするのを阻止しようとしているらしいんだ』
『ワット!何が起こっているんだ。38度線は全く手ごたえがない。白骨部隊も我が海兵隊も進軍してもいいのか困っている。交戦規程には相応の反撃しか明記されていない。国連軍司令部は何をやってる!早く指示を出せ』
『ラジャー』
一体38度線の北側で何が起こっているのかよく分からないままその日は北進命令は出ず、警戒が続いた。
北の様子が次第に分かって来た。各地で暴動が起きているらしい。軍内部の反乱なのか民衆による武装蜂起なのかはっきりしないが軍内部の統制が乱れているのは確かだった。
推し進められる極端な核シフト・ミサイル開発政策が、前線軍団や砲兵・戦略軍の序列を崩壊させてしまい、兵種・部隊間の不公平感が分裂を招いた結果なのだろうか。即ち、強硬派の南への暴発と軍内部の亀裂が武力衝突を引き起こしたのではないか。そして事前に情報を掴んだ北京が体制崩壊を恐れて人民解放軍に鴨緑江を渡らせようとし、北の部隊が阻止しようとしたらしい。
ついに第七艦隊の空母打撃軍が台湾海峡に向かった。折しも共同訓練のためにはるばる回航してきた英国の新鋭空母『クイーン・エリザベス』も海上自衛隊の『かが』『いずも』と共に護衛艦隊を従えて同時に出港した。台湾封鎖中の中国海軍を威圧するためである。
トランプ大統領は習近平トホットラインでの会談を呼びかけ日程が組まれた。それにしても「遼寧」を撃沈させた魚雷を放ったのがどの国のどの潜水艦なのかが公表されない。米海軍は否定している。無論海上自衛隊も完全否定である。だが、中国が公開した映像では確かに複数の魚雷が命中し爆発・炎上している。
世界中のSNSで様々なフェイク・ニュースが飛び交った。特に欧米で流れたのは中国海軍による自作自演説。他に韓国海軍説からイスラム過激派説・沈黙の艦隊説。
事実は不明のままトランプ大統領と習近平は事態の収拾で合意した。
一方、大混乱の北の国のとんでもない情報が韓国情報部からもたらされた。キム国防委員長の暗殺未遂が起こったというのだ。詳細は全く不明。暴動は各エリア(軍管区)別に次第に統制が取れてきているようだが、労働党からの指揮・命令も乱れがあるようで、テレビ放送も国防委員長を讃える歌ばかりが流されていた。さらに緊張が高まったのは鴨緑江を挟んでの小競り合いが拡大しつつあることである。
実態は大打撃を受けた北の防衛能力に乗じて38度線を北進されると思った人民解放軍のフライングがきっかけの戦闘であろうが、明確な指示のないまま国境を越えてしまったため止まらない。
2日ほど経つと、中国電視台のニュースに金与正とおぼしき女性が、これまた金正恩の娘とされる金主愛とウリ二つの人物がインタヴューに応える映像が流された。肩書は『共和国要人』とされ、目下の混乱した状況を語っている。
『腐敗しきった野獣のような裏切り者達が平和を維持していた我々朝鮮労働党に牙をむき、正当なる指導者である私の兄を手にかけようとした。偉大なる将軍様は今なお敵中に孤立しながらも戦い続けています。裏切り者達は邪悪なるアメリカの走狗と成り果て、永遠なる友邦である中国人民解放軍にまで銃弾を浴びせた。殲滅せよ!蹴散らせ!』
ミサイル固定発射台のほとんどを失ったものの、わずかに数台残った移動式発射台が照準を合わせだしたことが監視衛星をモニターしている米軍から発表された。
一体だれが命令を出しているのか、現体制なのか敵対勢力なのか、搭載されているのは核なのか、委員長は健在なのか、反乱を起こしているのは民衆なのか軍なのか、韓国陸軍と在韓米軍は北上するのか。中国はどう動くのか、自衛隊はどうするのか。
ついに何者かによってミサイルは発射されたが、向け先は大陸内部である。標的は北京なのだった。首都防衛は万全であろうがこのミサイルは核を搭載しているかも知れない。着弾まで後5分を切った・・・。
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雪中行軍生還記 Ⅱ
2025 FEB 4 22:22:52 pm by 西 牟呂雄
傘を被った富士山です。
ずいぶん前にも別の『傘富士』を載せましたっけ。
手前の雲の塊が邪魔をするので、実際のおどろおどろしさが伝わらないのが残念。
古くから『富士が傘を被ると翌日は雨が降る』と言われていますが、本当です。
翌2月2日、朝から雪が降りました。寒い。
雲が低く下がっていて近くの山は霞んでいます。
雪が降ります
ゆきがふります
周りの色がなくなります
どんどん見えなくなっていきます
ときどき通る電車以外
動く物はありません
川のせせらぎだけが
さわさわさわさわ
聞こえているだけ
庭は既にこの状態。
この後、足跡を付けて遊びましたが、さすがにアホらしくて写真はやめました。
足跡で『バカ』とか書いてみたんですけどね。
積雪は5cmくらいでしょうか。
道路には積もっていないので、閉じ込められる心配はありません。
以前は3日程身動きできなかったこともあります。
さて、ラーメンでも食べようか、と考えてハッとしました。
ネイチャー・ファームのニンニ君はどうなっているのか。
長靴に履き替えて駆けつけると、スーパー・ニンニ君は必死に寒さと闘っていました。
ガンバレガンバレ!
うっすら積もった雪を払ってやります。
あっ、もう上がって来た。
それじゃ庭の雪を掃こうかね・・・、
さむっ!
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贋作ジェット・ストリーム ベルベット・ヴォイス編
2025 JAN 27 20:20:42 pm by 西 牟呂雄
ーインストゥルメンタルのミスター・ロンリーが流れるー
またお目にかかれました
パーサーのジェット・ニシームです
去年の日本は長い夏でした
やっと紅葉がみられると
もう冬に
するともう春めいて
温暖化は進むのでしょうか
いや、もう手遅れなのか
私たちの地球を
もう少しいたわる気持ちを
持ちたいものです
艶やかな女性ボーカルをお楽しみください
ー晩秋の風の強い日ー
やわらかい日差しの中
きらきらと ただきらきらと
落ち葉が視界を横切った
光の中を 泳いで落ちた
少し風が吹くと
川が流れるように
一斉に飛んでくる
思わずその流れに身を任せて
僕はくるくる舞うのである
不自由な体をきしませて
くるくると舞うのである
ーロシア・チェリャビンスク州でー
「こんにちは。」
こんなところで日本語を聞くとは
「わたしの名前はアリューナです。」
12歳のロシア娘が話しかけてくれた
「日本のアニメが大好きです。」
きっと君はとびきりの美人になるだろう
そのころ日本においで
おいしい日本食を御馳走してあげる
楽しみにしているよ
いかがでしたか
さて、行ってらっしゃい でしょうか
或いはお帰りなさい でしょうか
旅は 続き 終ります
またいつか 空の旅でお目にかかりましょう
お相手はパーサーの ジェット・ニシームでした
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プーチンとは何か
2025 JAN 20 19:19:51 pm by 西 牟呂雄
800ページを超える上下二巻の『プーチン』を読了。BBCの特派員としてモスクワ・ワシントン等の駐在経験のあるフィリップ・ショーが綿密な調査を元に検証した評伝である。後述の事情によりロシアとの間合いに苦慮する私にさる先輩が勧めてくれ手に取った。
未だに停戦の目途の立たない不毛の戦争を仕掛けたのは何故か。どう落とし前を付ければ気が済むのか。スパイを平気で暗殺してシラを切り、自作自演のテロをやってまで原理主義者を潰す、政敵を投獄して死に追いやる、ついに他国に侵略を始める、これらのタフな行動は一体どこに由来するのか。ロシアの新ツアーリなのか狂人か。一体どのような経験を潜り抜けてプーチンはプーチンになったのか、興味は尽きない。
筆者はクリミアの占領まではプーチンを高く評価していた。冷戦に負けて国家がデフォルトし、長い行列で細々と買い物をせざるを得なかった故、改革に舵を切ったゴルバチョフはソ連瓦解の序章を司る役目を負った。エリツインは共産党を舞台から引きずり下ろし何度かの政治的危機を乗り越えてみせたが、ソ連は無くなった。その後登場した無名の男は巧みに西側にすり寄って見せつつ何とか国家の体を整え、一時はG8としてロシアを国際社会に蘇らせたのである。
筆者はロシアとの付き合いがあった。技術を出して現地での合弁を立ち上げ、黒字を維持できるレベルまで粘り強く育ててきた。現地スタッフとの友情も育んだ。今から10年前、クリミアに部隊を展開させて住民投票に持ち込んだのは、野蛮な行為ではあったが戦術としては鮮やかだが、パートナーのロシア人達は『何もあんな何もない所を占領することもないだろうに』と言っていたものだった。
一方、今ではすっかり被害者になっているが、筆者の知る限りでは当時のポロシェンコ大統領や美人のティモシェンコ首相の腐敗ぶりは凄まじく、とてもじゃないがまともな国家と言えないレベルであった。
ただしクリミア占領後でも、あのアゾフ大隊が立て籠った製鉄所とは平気で取引ができていた。
それが侵攻作戦が始まって以来、我が国も制裁をせざるを得ず、この10年の苦労は水泡に帰した。パートナーは『恥ずかしい。合わせる顔がない』と嘆いた。飲めば大声で詩を暗唱し、クラシック音楽を愛でるロシア人達が。
危機に際して、できるだけ多面的に長期的に将来を見据えたいところだが、目下は打つ手もない。これはロシアの内在的行動と言えるものなのか。それともプーチン一人の衝動によるものか。何とかヒントが得られないものかと本書を手に取った。
プーチンの曾祖父は革命前の農奴で祖父は料理人、父は革命後の工場技術者、決して恵まれた環境で育ったわけではない。その頃のレニングラードは大戦の痕跡がまだ残り、復興には程遠い街で、犯罪も多い所である。
筆者は東京の下町で育ったが、本書の記述による戦後のレニングラードの方が、地上戦が行われた分だけ大空襲を受けた東京よりもひどい状況だったと思われる。そんな殺伐とした、行ってみればガラの悪い所でプーチンはやや問題児として少年期を過ごす。どうも周りにいたチンピラの影響を受けた喧嘩っ早いワルガキだったらしい。そして小柄な割に強かった。キレると執念深く食い下がる。この悪い癖は成人になってからも治らず、KGB時代に地下鉄でモメた挙句骨折したりしている。要するに優雅な佇まいを身に着けることなく、下品に成長した。
こういうタイプは表の世界では控えめに見せ、放課後にいろいろと画策するのが常だ。後に政界に出てきたときに『目立たない男』『全くの無名』という表現があったが、チンピラのパフオーマンスを知らない評価である。
そんな環境下でも頭のいい子供だったらしく、あちこちトラブリながらも進級を重ね、サンボと出会う。道場で知り合った仲間には、その後犯罪組織に関わった連中も多い。柔道との関わりもあったが、これはプーチン本人から日本向けに喧伝された部分が多いようだ。ただ柔道の山下とは確かに親交はあり『あなたに頼まれたら断れないな』と多少の便宜を図ったこともあった。
競技は強かった。成績も悪くはない。化学の中等専門学校に進学する。
この頃からようやく将来を考えるようになり、至極まともな動機からKGBを志望したらしい。だが、筆者が思うに、共産主義やソ連体制への忠誠心からではない。当時のミドル・クラス以下の青年がマトモな職業について安定した生活をするために最も硬い職業として志望したのではないだろうか。当時のソ連社会の貧しさや不自由な統制とはびこる犯罪者の混沌とした中からエスタブリッシュメントに這い上がる選択肢はそんなに多くはない。チンピラから脱皮して、さて何をしようかという時に目についた『職業』だったのに過ぎない。実際レニングラードKGBを訪問し、就職したいと尋ねたらしい。その時は門前払いだったが、やがてレニングラード大学法学部に進学し卒業時点でKGBスカウトされる(かつての訪問が効いたのかは不明)。
さて、KGBで勤務のかたわらプーチンは結婚をする。紹介されたスッチーだった。この結婚はプーチンにとっては計算ずくだったのだろうが、相手のリュトビラにとっては誠に息の詰まるような思いのするもののようだった。そもそも職業がKGBだとは言わなかった。プーチンの自分を見せない生活態度とロシアの農村風の家長然とした振る舞いはリュトビラには馴染みにくかったに違いない。後に離婚する。
だが、別に珍しいことではない。筆者の知るところではロシアはやたらと離婚率の高い国で、人口千人あたり4~5%だ。これは既婚夫婦の7~8割が離婚する、という先進国ではダントツ・レベルである。富裕層は不倫しまくり下々はサッサと離婚する、という印象だった。筆者と交流のあった中間層はそうでもなかったが、もっぱらDVと性的指向の不一致が多いそうだ。
また、リュトビラは『ある日主人によく似た男が帰って来たが、その男は何がどこにあるのか全く知らなかった』と発言し、これがプーチン替え玉説の根拠になったという話もある。
その後、KGBでの秘密訓練をうけて、おそらく国内での諜報・分析活動をした後、東ドイツに駐留する。この時期は今までよりも充実し(スパイ活動をしていて充実もないものだが)安定した暮らしを手に入れた。このころまでのプーチンの野心は大したことはない。本人もその上を目指す強い意志を持っていたとは思えない。しかし東ドイツにいたことは後のキャリアにとって良かったようにも見える。
なぜなら、その時期の本国はゴルバチョフ~エリツィンと冷戦敗北の大混乱期である。
歴史的考察は省くが、その混乱とはカオスそのもので権力の移動に伴いありとあらゆる裏切り・略奪・暴動からクーデター騒ぎまで起こし、デフォルトに至る三流国家になり果てたのだった。
その後、共産主義からは決別したものの、実態は国家資産のブン取り合いと経済のマフィア化だ。それがすさまじい格差と混乱を増幅して今日に至る。
その時点で帰国したプーチンはサンクト・ペテルブルグで政治デビューを果たし、次第に頭角を現しモスクワ入りする。サンクト・ペテルブルグ時代は改革派市長の右腕だった。
それにしても、本書によるロシア社会の宿痾ともいうべき汚職・腐敗は、おそらくは共産党内も凄かったのだろうが、帝政以来の伝統のように凄まじく、とても根絶できるような代物ではない。今もそうで、これからもひどくなる一方だろう。日本の裏金なぞはカワイイものだ。エマニエル・トッドが外婚制共同体家族 (息子はすべて親元に残り大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である)と分類した中国やロシアは共に共産主義と汚職の親和性が高い。
どうにも立ち行かなくなったエリツインに後継指名された時点で、ロシアはそういう国であった。
そんな中でプーチン自身は(無論真っ白ではありえないが)周りのバケモノのような腐敗体質とは一線を画していて、それなりに職務に忠実で、何とか先進国レベルに追いすがろうとする。
折しも9・11の惨事からテロ根絶にアフガニスタンに雪崩れ込んだ米軍には周辺の基地を提供する。NATOとの共存を訴えて『いっそロシアのNATO入りも可能だ』とまで言った。G7プラスロシアとしてオブザーバー参加するところまでこぎつけたのだ。
ところがこれに対し、G7側は領土問題のある安倍総理を例外として実に冷淡だった。
特にマズかったのは、イスラム系テロ集団と対峙したチェチェン問題について、やれ人道的見地だのといった理屈でネチネチ足を引っ張った。あれはワッハーブ派イスラム原理主義者で、おとなしいスンナ派の中にあってとびきり厳格ですぐにジハードを仕掛けたがる過激派である。あのビン・ラディンがそうだった。ちなみにサウジはワッハーブ派を国教とするが、侵略やテロを正当化することを禁じている。
頭にきたプーチンはいまでは公然の秘密となった自演のテロまで仕掛けて根絶に乗り出した。
歴代アメリカ大統領もブッシュからバイデンにいたるまで、ナメた態度をとり続け、ネオコンは陣取りゲームのようにジワジワとロシアに迫って来たのだ。プーチンは焦るとともに落胆したことだろう。その心中は屈辱感で一杯だったはずで、内向的なプーチンの中でマグマとなったに違いない。
このあたりから、プーチンのチェチェンやシリアへの介入は凄みを増す。戦闘員も何もなく皆殺しだ。戦闘をすることそのものが非人道的な行為であり人権もクソもない、の様相を呈し始める。
隣国であるウクライナの振る舞いはさらにプーチンをいらだたせた。すっかり被害者となって国際的な同情を集めているが、ウクライナはその腐敗っぷりといい約束の守らなさといい、決して褒められた国ではない。その国がNATO入りとはプーチンに言わせれば『片腹痛い』だろう。
この間G7唯一のアジアの国である日本は、安倍総理の巧みな外交により関係は良好であった。何しろ同じ月のうちにプーチンとトランプの両大統領と会談することができた唯一の首脳という手練れの総理。しかもどちらもヤバい筋にもかかわらず猛獣使いのように捌く。例えばソチ・オリンピック開会式への参加など、必ずプーチンの心の琴線に触れたはずだ。
筆者はこの頃に安部ートランプープーチンの三者会談が取り持たれていたら、目下の戦争は避けられたのではないかと考えている。
長引く戦闘、思うようにいかない戦況、ブリゴジンの乱、シリア放棄、さすがのプーチンも焦りが出て北朝鮮の支援まで受けた。あんな国に縋らなければならないとは、プーチンの心中はいかばかりか。中国は友好国ではあるが、プーチンは実際には中国人(ロシア語でキタイスキーという)のことを『ハエ(ロシア語でムッハ)』と呼んで嫌っている。あの長い国境の向こう側に2億人のキタイがいて、ロシア側は8百万しかいないから竹槍で来られても防げない。おまけに今の経済規模の差では下手に頼れば飲み込まれてしまう恐怖がある。その中国もインドも行き場を失ったロシア産の石油を安く買い叩く。
果たしてトランプ大統領のディール外交にプーチンは乗るだろうか。
いずれにせよ、ロシアは首都占領というような古典的勝利はあげられず、ウクライナもロシア領内の拠点は確保できまい。どちらも勝ちきれない状態が続く。
無論、戦闘を以て国境を変えるという愚行を実行したプーチンは糾弾されてしかるべきなのだ。
だが、読了後の不快感は執拗に挑発しウクライナを盾に相手国を消耗させるネオコンの悪辣さにも思いを馳せざるを得ない。散々挑発されて真珠湾をやったどこぞの国と被ってないか。
くどいようだが、大日本帝国の愚行を礼賛するつもりもサラサラない。
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新しい年の新しい風と新しいセール
2025 JAN 12 9:09:32 am by 西 牟呂雄
我が艇は去年のレースでメイン・セールが破けてしまい、この半年は本格的なセーリングができなかった。巻き込み式のセールだったのだが、レース中の激しい出し入れで噛みこんでしまい、慌てて引っ張り出した時に破れてしまった。
この際巻き込みはやめてオーソドックスなスタイルに戻すことにした。船齢も30年、船としてはお婆さんなのだ。
この船に移ってからもう10年が経過していて、ちょうどブログを書き出してからの海に関するブログは全てこの船の思い出である。船もクルーも年を取ったわけで、もうロングの航海をすることもできない。
それでも新しいセールを何とか手に入れて、どうやら体裁が整った。
ただ、新品のセールは全くしならないので慣らさなければスルスル上がらない。
手始めにマストの中のファラーポストのグルーブにボルトロープを通しながらUP。慎重にやったつもりだが、グルーブの入口周りの空間が狭く、グルーブの入口とボルトロープが擦れて嫌な音がする。見るとUPする最中にボルトロープの取付部が2ケ所切れていた。5cm1ケ所、10cm1ケ所。
セールやボルトロープが新しくまだパリパリのせいかも知れないが、ファラーポストのグルーブ使用は、こんな調子では荒れた海上のセールUP作業はスムーズに揚がらない。うーん。
次にセールをブーム上に折り畳んでみた。できなくはないがタックとクルーをブーム前後につけたままでのセールDOWNで折り畳みは難しいだろう。しかもこのところ油壷ではスタックしてブーム上にしまったメインセールの中に、台湾リスが巣を作ってしまい、セールを齧られる被害が多い。
仕方がない。予備グルーブに合わせたスライダーをつけて、毎回メインセールを取付け・取外しをするのが良い、となった。
これではまだシェイク・ダウンできないが、何分、安全のためにはしょうがない。いつになるのやら。
揚げてみた真新しいセールは湾内の具風をしっかりと孕んで輝いていた。新しい船出だ。
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