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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅱ)

2015 MAY 17 21:21:31 pm by 西 牟呂雄

 うっかりして、香港行の最終が出港してしまった。リスボア・ホテルのカジノでこのまま朝までいるしかない。バカラでこの時間から負けが込んだらえらいことになるので、しょうがないルーレットでもチビチビやるか。
 席についてまずは色に張る、素人っぽく4枚・8枚・16枚と掛けて当たればまた4枚から張る。ディーラーが一番いやがるかけ方だ。どうせ勝たなくてもいいんだから、などと気を抜くと全部やられるから一応盤面からは目が離せない、酒のガブ飲みなんぞ以ての外だ。ポツポツとチップが溜まり出す。
 するとやっぱり寄って来た、ヤバそうな若い女だ。やたらと露出の多いチャイナ・ドレスを纏ったのが隣が空いた途端に滑り込むように座った。
『ハイ、ニッポンジン?』
 顔を見た途端にギョッとした。目の焦点が合ってない、こいつはさっき一本キメてきてラリったかハイになった典型的なジャンキーだろう。
『エニィシング トゥ ドリンク?』
 うるさいな。オッと体を摺り寄せてきた。
『シャチョサン、ルームナンバー、100ドルオーケー。』
 冗談じゃねぇ。無視プラス白目を剥いてやったらヘンッという顔をしてどこかに行った。

 オレ(椎野 茂)は日本を離れて3年8ヶ月。巨額の借金を半ば強引に踏み倒して来た。もっとも金利は十分に払ったつもりだし、相手はまともな銀行だから融資担当の方も消えられるのが一番困るから適当な整理機構に移された時に自己破産してケツをまくった。いわゆるバブルの崩壊というやつだ。活動拠点は上海・香港・マニラでそれぞれ別の仕事をしている(ことになっている)。女房と娘にはいくばくかの金を送りつつ、まぁテキトーにしのいでいる。
 上海ではレストラン、香港では雑誌の発行、マニラでは日本人専門の不動産をさばく(ことになっている)。あんまり羽振りが良くなるとこれらの場所では危ないから目立たないように稼いでいた。もうそろそろほとぼりも冷めた頃だろう、日本に帰りたいのだが。

 今日はマニラに泊まる、久しぶりにマニラ湾沿いにあるいかがわしさ十分の飲み屋に来た。まさかいきなり女を買うわけじゃないが、飲み食いの時に一緒に座る女の子を選ぶシステムだ。食事は吹き抜けになっている2階部分で取り、一階はバンドが入って女の子と踊ったり、最近はカラオケもできる。日本人観光客はヤバすぎて滅多に来ないがそれでも駐在員のような多少スレた連中は来ることがある。
 特徴のあるギター・イントロが聞こえてきた。ワイルド・チェリーの『Play that Funky Music』ではないか。身を乗り出して見入ってみるとヴォーカルはどうも日本人のようだ。『ヘーイ・ドゥ・イ!』の出だしがミョーにカタカナっぽい。こんな所で変なやつがいるなと思ったのだが、良く見ると見覚えのある顔なのだ。目が合った。
あいつ・・・B・Bだ。
 奴は一曲だけ歌い終わると二階のオレの席まで来た。
「ユー、椎野だろ。」
「お前原部(バラベ)か、B・Bなのか。」
「ロング・タイム・ミス・ユー。15年ぶり?」
「こんなところで何歌ってんだよ。」
「おまえこそ、よくこんな店に来れたな。ここデンジャラスよ。」
「前にも来てたんだ。」
「ウワーオ。」
 話していると馴染みなんだろうか、店のオネーチャンが『ハーイ、B・B』等とあいさつしてくる。
「マニラに住んでるのか?」
「ノー、ノー。出張だよ。あしたはタイペイだし。ユーは遊び来たの。」
「いや、仕事だ。月に一回は来てるよ。次連絡するよ。」
「うん、僕もしょっちゅういるから。ゴルフしようよ、チープよ。でもね、もう日本帰りたい。」
「オレも3年以上帰ってないな。そろそろ帰ろうかと思ってる。」
「そうなの。もう泣きくらい帰りたいよ。結婚した?」
「そりゃしてるよ。娘もいるしな。お前は。」
「こんな暮らししてたらとてもとても。いいなあ、帰りたい。」
 いったい何をしているんだ、こいつは。

つづく

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅰ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅲ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編 最終回)


 

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Categories:サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる オリジナル

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