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救いがたい男と女

2026 AUG 8 10:10:51 am by 西 牟呂雄

『あなたって最低の男ね』
ベットで伸びをしながら女が言った。男はネクタイを締めながら間髪を入れずに言った。
『オレもそう思うよ』
女は起き上がって呆れ果てたように続けた。
『だからさ、あんたのそういうところが大っ嫌いなのよ』
『そりゃそうだろう。だったらもう帰ってこないから恨みっこ無しにしようぜ』
女は怒りに任せて飛び起きて男の首に両手で飛びつき、力を込めた。
『ウッ、何だそりゃ、ウッ、ウッ、効かないぜ、まだ息ができて話せるし』
『ウワー!!』
 女は泣き出した。だが男は気にもしないでうそぶいた。
『かわいそうに。オレ会社行くから私物は捨ててくれ』
『今晩どこ行くのよ』
『分かる訳ないだろ。とにかくノコノコ帰ってきて今度は出刃包丁だったら死ぬかもしれない。泣くだけ泣いたら少しは気が晴れるから、ほらよ。ここの鍵』
 キーホルダーから部屋の鍵を外して放り投げるとドアを開けて出て行った。まだ泣き声が聞こえていた。
 男は思う。夜中明け方まで愚痴を聞かされてこっちもウンザリだ。反論も何もどのみちこっちが悪い話なんだから返事のしようもない。土下座でもしてみせればその場はどうにか収まったかもしれないが、あまりの退屈さに焼酎を飲みだしたのが更にまずかった。二日酔いどころかまだ酔っ払いそのものだ。
 別の浮気をしたとか別れ話を切り出したんじゃない。要するにあまりのいいかげんさに女がキレた。それだけだ。確かにオレは計画性とか将来展望といったモノが欠如している。仕事はしているが、真剣に打ち込んでいるとは言い難い。帰りは良く泥酔して帰る。しばらく歩きながら相手から発せられた罵詈雑言を反芻してはムカついたものの、さて今晩はどこで寝ようかに思いを巡らし、次に切羽詰まりかけている仕事に気が飛んで、職場に着く頃は今晩はどうやって飲むか考えていた。

 女はさる輸出関連会社で働くキャリア、美貌のバツイチ。30代後半らしい。男の方が多少若いようだった。女は考えた。なによあんな男。面白かったから付き合ったけど中身なんかないじゃない。時々上の空みたいになって独り言を言ったりメロディーを口ずさんだり。仕事柄キレ者だったり頭のいい男はあきるほど見てきたけれど、気難しかったりナルシストみたいなのにはうんざりしていたから、ちょっと軽めでミョーに明るいのに乗り換えたらこの有様。あれは出たとこ勝負のただのガキじゃない。体調も悪いから今日は休むわ。

 さて、帰るところも無くなったしどうすりゃいいんだ。取り合えずコンビニで下着を買って事務所の近くのビジネス・ホテルを何とか確保したが、今更家出なんかどうやっていいのか途方に暮れる。カードはあるが2~3日はいいとして泊まり歩ける奴といえばえーと・・・。捨てられて惜しいのはスーツと靴か。GパンとかTシャツはいいとして、どうにもならない物は実家の兄貴に借りてっと。アレッ、何じゃこれは、女房が忙しいから今日は来るなだと、アノヤロー。アッこいつもだめか、どいつもこいつも役に立たんな。おっ一人いた。

 それにしてもあいつの私物はこれしかなかったのかという少なさに今更驚いたの。歯ブラシとかカミソリとか下着・Gパン・Tシャツ以外は靴とスーツくらい。一緒に暮らして半年だからそんなものかしら。オレは物欲がないミニマリストだと言ってたけど、男は本当に何にもなくても暮らしていけるみたいねぇ。女はそうはいかないもの。そう言えば勤め先は聞いたけど、家族がどこで何をしているのかあたしは聞かなかったしあいつも言わなかった。もっともアイツも聞かなかったからあたしのことも何も知らないのじゃないかしら。風みたいにとらえどころのない奴かあ、サッサと忘れなくちゃ。

 居候といえばそうなんだけど、悪いと思って家賃は半分出している。それに転がり込んだ手前、機嫌を損なっては悪いから掃除や食器洗いは全部オレがやることにした。もともと前の彼女がだらしない性格だったからオレがやってたし。トイレもユニット・バスもキッチンも食器もピカピカにしてやった。狭い2DKを分けて暮らすことも出来ないから困ったんだが、一応オレはサラリーマンで奴は水商売+芸能関係だから起きるのは早くて昼過ぎ、帰りは朝だから上手くすれば住み分けられる。
 食うためには辞めずに続けるのが一番楽だからオレのテーマである『自由に生きる』にはサラリーマンが一番いい。そう思って真面目に就職してから15年。自由に生きるとはなんと不自由なんだろう。

『かしこまりました』電話を切ってサッ見積もりのフォーマットに入力。AIのお陰で仕事は楽勝。イヤな奴との商談も激減したわ。一番助かったのはハイ・スペックの割に使えない男が次から次へとリストラされていったこと。要するに仕事は危機管理そのものだから、納期が合わないとかクレームが起きたとかね。そんな時に反射神経の鈍い高学歴な管理職は全く頼りにならないのがAIが普及してバレたのよ。あたしなんか昇進欲求もないし、これ以上忙しくなるのは勘弁だから構わないけれど、昇進の早かった同期の男や給料の高いくせに無能なオッサンが加速的にリストラされたり転職したりしている。それが不思議なんだけどそういう方々から飲み会の誘いがあるのよね。今日はそんな一人の元上司から誘われているの。

 昼飯を食いに事務所を出て、隣の雑居ビルの地下にあるうどん屋に降りて行った。創作ウドンというのかオリジナルなメニューがあって、うどんもツルツルと腰があって旨いんだ。冷やし坦々うどんをトレイに乗せてカウンター形式のテーブルに着いた。すると隣に座っていた女性と目が合ってお互い『あっ』と声を上げた。先程までその女性からAIソースコードのプレゼンを受けていたのだ。『先程はドーモ』と言いながら食べだした。
『さっきはすみませんでした、あたしの説明が下手で。分かっていただけたでしょうか』
『いやいや、十分分かりましたよ。先程言いましたが今回は見送りになりますが次の入札にはまたお願いしますよ』
『あたしどうにも今みたいな営業職が向いてないらしくてなかなか注文いただけないんですよ』
『そりゃそう簡単ではないでしょうね。こういった営業は足でナンボでしょうからね。でもマニュアル読むだけじゃないところは好感持てましたから、大丈夫ですよ・・・』
 ギョッとした。女の目から見る見る涙が滲み、目の下は真っ赤になっていた。

『おっ、久しぶり』『ご無沙汰してます、お元気でしたか』『元気元気。そっちはどう?事務所の雰囲気は変わった?』『なんか、しずーかな感じになりましたねえ。リモートも多いし』『そーかぁ、ずいぶん変わったんだろうね。もう1年になるから』『そうですね。活気があるのかないのか、何しろ人が少なくなりましたから。でも決算はいいみたいですよ。オファーも増えてますし』『そりゃそうだろ。世の中景気は上向きだ』『新しい仕事はどうなんですか』『うーん、キツいと言えばキツいよ、年寄りには。まあヒラ社員からやり直しみたいなもんだからね』『そうですか』『うん。でも幸か不幸かDSが進んでないから僕なんかでもまだついていける。ただね、管理職の調整業務みたいなノウハウはお呼びでない』『そっか、あたし達はシステムが変わるたんびに山ほどマニュアル読まされてそっちが半分仕事ですよ。最近はチャットGPTがお友達みたい』

『あたしは何でも一生懸命やりすぎて嫌われるんです』『どういうこと』二人は食事をしながら飲んでいた。『子どもの頃から仲間外れにされないようにガンバるんですけど途中からなんだか潮が引くみたいに人が離れていくんですよ』『ふぅーん、だけど友達いないわけじゃないんだろ』『特定の友達はできなかったんです』『クラブ活動は』『あたし絵が好きで、中学も高校も美術部だったんです。美術部っておとなしい人ばっかりだし基本自分の好きなことをやるって感じですから』『で、そっちに進んだわけか』『違います。好きだってだけで上手いわけじゃないんです。情報系の専門学校に行きました。資格取って今の仕事してるんですけど他の人はどんどん伸びてソース・コード任されたり独立したりするんですけどあたしはドジばっかりで外回りでもやってろって感じです。でもがんばってればいつかいいことあるかな、なんて思ってやりすぎて滑るんです』

『実はな、本当のこというと寂しいんだよ』『はぁ?』『リストラされて転職しただろ。僕なりにさてもう一華咲かせるか、と思ったら女房から離婚を切り出されてねぇ』『ありそうな話ですね』『そうか。まあ僕も至らなかったんだろうな』『お子さんたちは』『それが、みんなもう出ているんだけどね。二人とも「お好きにどうぞ」ってな感じで、見たところカミさん側に付いてるみたいだな』『うーん、あたしもバツイチですけど終わる時は孤立無援ですよ。未練があります?』『うーーん・・・・無いかな』『そうでしょ、そうでしょ。初めから間違ってたんですよ』『えっ』『一生懸命感がウザいって思われてたんですよ』

『それってさ、最初から間違ってんだよ』『えっ』『いつかいいことある、っていつも思ってテンパってると大事なモノがみえなくなるんだよ、きっと』『そうなんですか』『あのさ、発想が逆だよ。人間は生まれてから死ぬまでだれでもロクでもないことの連続なんだ。それでそう思ってると例えば道端に花が咲いてれば、オォッお前もがんばったな、って気になって少しハッピーって感じるさ』『あのう、いつからそう考えていたのですか』『うーん、子供の時からそう思ってたのかなー。昔からこうだったよ』『なんだかお釈迦様みたい』『そうかい。オレって偉いな』『独身ですか』『うん』『彼女とかいないんですか』『ふふ、ちょっと前までいたけどね』『別れたのですか』『いや、捨てられた』『ウソッ』『いや、マジだよ』『何があったんですか』『何もないよ。そうだなー、簡単に言えば相手もオレみたいなやつだったのが上手くいかなくなった理由かなぁ』『似た者同士だってことですか』『そんなもんだよ。日常の生活習慣はまるで違ったけど、詰まるところ考え方の基本は同じだったんだろうな』『要するに「愛」がなかったんですね』『えっ!あい・・・』

『キミは彼氏とかいないのかい』『それって既にセクハラって言われますよ』『そうかー。スマン、撤回します』『別にいいですよ、ついこの前別れたところですよ』『ふぅん。あっさりしたもんだね』『アハハ、あっさりもなにも追い出したんですよ』『そりゃまたワイルドな』『自分かってな奴で一応勤め人だったけど、あれでよくクビにならないなって思うほど自由な感じで、あたしにはアレヤレコレやれって一切言わなかったのが良かったんですけどね』『それってキミみたいな人だった、ってこと?要するに「愛」がなかったのかな』『えっ!あい・・・』

 作者はこの4人のその後の運命を知っている。幸せになれるのはこのうちの一人だけである。ヒントのために作中に書かれていない一人一人の秘密を記しておく。
 追い出した女     実は上昇志向が強く常に上から目線
 追い出された男    実家は大金持ちの資産家
 リストラされた男   DVの癖がある
 一生懸命な女     その後起業して大成功する
 読者諸兄諸姉、この4人の中で幸せな思いの内に生涯を終えられるのは誰か、作者に挑戦せよ。正解者には仮想通貨100億ムロンの賞金が与えられる。正解者が複数の場合はじゃんけんで決める。
 尚、追い出した女とリストラされた男、追い出された男と一生懸命な女は結婚することになる。

 

 

Categories:春夏秋冬不思議譚

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