春夏秋冬不思議譚 (秋の日に慌てた少年)
2013 SEP 28 12:12:38 pm by 西 牟呂雄
学校から帰ってくる道を歩いていたら、夏の頃はもっと高かった夕日がちょうど商店街の道のズーッと向こうに落ちていくところが見えた。きょうはウチには帰りたくない。
僕は小学五年生だが本当に憂鬱(最近覚えた、書けないけど)というのはこういう気持ちなんだろう、勉強になった。実はあしたは秋の遠足ということで高尾山に登ることになっていて、今日『父兄同意書』という紙にハンコをもらって出さなきゃならなかったのだけれど、すっかり忘れてしまった。担任の山田先生(通称ヤマダン)は怒った。まずいことにクラスで持ってこなかったのは僕だけだった。ヤマダンは大声で言った。
「お前はもう来なくていいー!」
遠足に行けないのは仕方が無い。来週みんなが遠足の時の話で盛り上がってたりしたら寂しいけど、それはしょうがない。ヤマダンが怒るのも当然だ。問題はウチに帰ってからだ。かあさんに何と言ったらいいのだろう。こういう時に怒り狂ったかあさんは決まって「みんながみんなできることが、アンタだけなんでできないの!」だ。僕だけ忘れ物をするのは自分でも困ってるんだから、なんで一人だけそうなるのか教えて欲しいのはこっちだ。そして「まったくお前だけだなんて、恥ずかしいったらありゃしない。」あー、うるさいな、皆の前で立たされてかあさんの何倍も恥ずかしい思いをしてきたのは僕なんだよ、僕!それで黙ーっているとまるで死ぬまで怒り続けるんじゃないかってくらい、寝て次の日に行くまで怒るだろう。いや、まてよ、僕はあした連れて行ってもらえないんだ。遠足に行く振りをしてウチを出るのはどうだろう。だけど教室に行ったって5年生は誰もいないから目立ってしまうだろうし、六年生や四年生に混じり込むのもなー。いっそ一日公園かどっかでお弁当を食べてごまかしちゃおうか。ダメだ。普通の日に小学生が一人で一日公園にいる、なんてことはお巡りさんに見つかる。こまったな~。ますます家が近づいて来る。公園のベンチに座って考えてみよう。だけど夕焼けって言うのもこうして見ているときれいなもんだ。いっそこのまま明日の夕方になってくれれば助かるんだがなぁ。
「キミキミ、ほら、ボク。」
ワッと思った。見上げると知らないおじさんが立って僕を覗き込んでいる。あービックリした。ちゃんとスーツを着てネクタイをしている優しそうな顔をして、ニコニコしていた。
「キミ、ウチに帰りたくないんだろ?」
何で分ったんだ、ボクは目を丸くしたらしい。
「はっっはっは、おじさんもそうだったことがあるんだ。よくわかるよ。あのねえ、ついておいで。お腹が空いたろ。」
そう言えばペコペコだった。何も考えずにおじさんの後についていった。どこかで見た顔なんだが思い出せない。今来た道をおじさんについてトボトボと歩いた。すると通いなれた道なのだが、あまり気が付かなかった角をフイッと曲がった。どこだここは。路地を通ると見たことも無い空き地があって、そこにはテントが張ってある。商店街から一歩裏に入るとこんなところがあったのか。テントはウチのとうさんが使っている奴と同じ物だが覗いてみると絨毯が敷いてあって、結構広い。おじさんは着替えていた。それから、ご飯を食べに行こう、となって駅の方に歩き出した。町並みは見慣れているはずなのだけれど、どうもいつも良く見ていないようなところを歩き、駅を越えてどこか人の家のような所に勝手に入っていく。中に入るとなぜかファミレスだった。そして一緒にスパゲティを食べた。はっきりいってまずい。
僕はそれから家に帰ることもできず、おじさんと一緒に暮らすことになった。おじさんは何故かスーツを何着も持っていて、毎日違う色を着ている。それで会社にも行かずに全然働かない。そしてどこからか拾ってくるのか良く本を読んでいた。そしてお酒も毎日飲んでいる。パソコンで映画を見ていたりもする。しかしどこかで見たような感じなのだが思い出せない。
僕はますます帰れないどころか学校にも行けず同級生やとうさん、かあさん、妹にみつかりゃしないかビクビクしながら暮らさなければならなくなってしまった。コンビニのお弁当もずいぶん食べたんだが、ちっとも満腹にならない。なんだか寒い。おじさんがこっちを見ている。
「もうそろそろ帰りたいんじゃないかい。」
なんでわかったんだろう。
「こんな暮らしをしているとおじさんみたいになっちゃうよ。」
それもなんだかいやだな。
「うちまで連れて行ってあげようか。」
「こんな公園で寝てないで早く帰りなさい!山田先生から電話があったわよ!あした遠足だそうじゃない!何で言わなかったの!全く恥ずかしい!」
「アッかあさん、いやぼっぼっ僕はそのう・・・・。」
もしかしたらおじさんは未来の僕じゃないだろうな。
ウッ目が覚めた。いやな夢を見たがあれはオレの子供時代のことみたいだな・・・。
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Categories:春夏秋冬不思議譚 四季編
花崎 洋 / 花崎 朋子
9/29/2013 | Permalink
西室さん、初めまして。いつも小説家のような文章力に引き込まれておりますが、今回は特に、私小説なのでしょうか?次回をまた楽しみにしています。花崎朋子
西室 建
9/29/2013 | Permalink
花崎様、有難うございます。私の周りにはしばしば不可思議なことが起こります。あまりに奇想天外なのでそのまま書くことをはばかられ(一説には私が定期的に狂う、とする説もあります)、本稿から不思議譚シリーズで数回綴っていきますので、ご笑納下さい。