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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編)

2014 JUN 6 17:17:25 pm by 西 牟呂雄

 僕の苗字は「バラベ」というのだが、読みにくいのでみんなは「B・B」と呼ぶ。都内の中二だ。
 毎日遊ぶのが忙しい。ゲームの進化が早くて、ちょっと気を緩めると流行から遅れる。メールはひっきりなしに来る。パソコンもいじる、たまに勉強もする、クラブ活動もしている。夏はキャンプにも行ったし、冬はボードだなんだで一年中飛び回っている。一体僕は何なんだろうか。周りの同級生は天才からアホまで一通りいて、僕自身は天才でもアホでもなく、真面目でもないが、ドスの利いた不良じゃないあたりだろうと思っている。
 夢がないのかと言われれば無いようで、将来不安は無いのかと言われれば、あるような気もする。大体何か欲しいとか、何をどうしたいといった気分が沸いてこない。こんなチャランポランでいてはロクなもんにならんことくらいは分かっている。僕の身近に恰好の反面教師がいるからだ。
 それはウチのオヤジだ。
 僕は一人息子なので、チビの頃は大層甘やかされて育ったと聞いている。母さんがナントカいう難病とアレルギーで入退院を繰り返すので(今もだが)オヤジ本人の言によれば”必死”に可愛がったのだそうだ。実態は病身の母さんの手前一人でほっつき歩くのが具合が悪かったので、僕を連れてヨットだスキーだと繰り出し、色んなワルサを口止めするためビールを飲ませたりした。これを可愛がったと言うのだろうか。
 オヤジが一体何の仕事をしているのか未だに僕には良く分からない。朝は僕より遅く起きるし、月給をもらって来るので会社勤めなのは確かだ。スーツを着てると普通のサラリーマンに見えなくは無い。時々びっくりするような有名な会社の話しをしている。年中海外に行くが、行き先は決まってなくて『今は中国にいる』とか『ここはカナダだよーん』といったメールが来るだけ。この前は真夜中に電話があって、慌てた母さんが一緒に来いと言うからタクシーで最寄の駅まで行くと作業服を着て道端で寝転がっていた。その時はつくづくこうはなりたくない、と思ったもんだ。向こうも薄々そう思われていると知ってるらしい。一度あまりに勉強しない僕に真顔でした説教にあきれた。
「お前その調子だとオレみたいになるぞ。」
 
 2004年の7月は目が眩むほど晴れが続き、先が思いやられる夏だった。期末試験が終わり、あしたから休みの日、クラブ活動をして遅く帰ると、オヤジがヨットに乗りに行くところだった。何も予定が無いから、僕もついていくことにした。油壺に停泊する愛艇エスパーランサーに泊まる。
 ところでこのヨットも不思議な船で、いったい誰の持ち物なのかわからない。オヤジは『おれのもんだ』と言うのだが、いつも一緒に乗っているオッサン達もゲストを連れて来ると『オーナーは私で他の連中は皆クルーです。』と自慢しているのを何回も聞いた。オッサン達が何者なのかも良く知らない。しょっちゅう長い航海に出ていて、以前はこの人達のことを漁師だと思っていた。
 朝、キャビンで目が覚めると、寝る時はいなかった二人のオッサンが転がっていた。外に出るとデッキにはウイスキイの空瓶や空缶が散らばっていて、夜遅く来てから飲んだくれたのだろう。そうなると当分起きて来ないから、ヤレヤレと湾内を散歩した。油壺はフイヨルドのように曲がっていて、どんな時化の時もうねり一つ入らない良港だ。差し込んでくる朝日に山の緑がきらきらしている。入り江の水面は、外洋みたいにブルーじゃなく、周りの森を映してグリーンだが、目を凝らして一点を見ていると、ヒタヒタ満ちてくる潮の中に小さな魚影が分かる。ひと時もジッとすることなく動き回る。ボラだろうか、大き目の魚が泳ぎかかると、一斉に群れが弧を描いてさざ波が立つ。オッチョコチョイはジャンプする。汗ばむ程の夏の光の中、僕は何時間見ていても飽きないだろう。ボラ、カニ、小魚の群。アーア、こいつ等もヒマなんだろうなあ、と歩いていたらガサガサと小さい音がする。そっと林の中に入ると、何とセミがひっくり返って死にかけている。孵化に失敗したのか、羽がクチャクチャになって飛べないのだ。だけど何年も真っ暗な土の中にいたんだろう。やっと地上に出てきたのにうまく飛べずに死んでいくセミがかわいそうだと思った。暫く見ていたが、まだ足が動いている。死ぬところを見たくなくて、走って逃げた。
「オーイ、メシ食いに行くぞ。」
 やっと声がかかった。ボチボチ起きて来たんだ。メシといってもビールをガブ飲みするんだろうけど、湾内の定食屋に行った。
 
 出港してセールを上げる。風を一杯に孕んだ帆は生命の躍動感を感じさせる。波をかき分け、乗り上げながら進むワイルドな感覚は実に爽快だ。今日はやや凪の薄曇り。遮るものも無い風に、強い紫外線を浴びながらヒールした右舷から足をブラブラさせて三浦の陸地を見ていた。だけど僕は死んだ(だろう)セミのことが頭を離れなかった。あの森の中に一体、何億何兆の命があることなんだろう。
「よーし、タックしようか」
オッサンのうち舵を取っていた通称『キャプテン』から声がかかった。僕はジブセールのロープをほどいて合図を待つ。『セーノ』の声でリリースすると、大きく傾ぐ船の反対側に移動し、もう一本のロープを手繰りウインチを巻く。一番下っ端は忙しい。
 江ノ島までセーリングしてマリーナに入れた。このあたりは古いリゾート地だから、垢抜けない『おみやげ』やら『射的』だの『スマートボール』といった看板が並んでいる。
 ところが上陸したオヤジ達は『久しぶりだなー』と感動し、スマートボール屋に大挙してなだれ込んだ。これは白いビー玉をピンボールみたいに遊ぶ子供用のパチンコみたいなもんだ。何人もが並んで『ギャー』だの『やったー』だの言いながらはしゃいでいるのは不気味だが、ふと気が付くと一緒になって大騒ぎしている自分が情けない。何しろ子供は僕だけだから『いい年してみっともないだろ』くらいは言わないとならないんじゃなかろうか。散々騒いで又船に乗った。
 
 帰りの航海は珍しいほど静かで、鏡のような海をセールも上げずに帰港した。風も波もないヨットは渡し舟みたいなもんで、オヤジ達はすっかりやる気を失くし、舵を僕に任せて買い込んだビールを飲みだした。
「B・B、何だか元気ないな。」
 実は死んだセミのことをまだ考えていた。何年も土の中にいて、やっと羽ばたく段になったのに、運悪くグロい姿で死んでいった哀れなセミ。言うかどうか迷ったが、行き交う船も見当たらない退屈さから『実はねー』とその話をした。
「いや、そりゃそんな惨めなもんじゃない。何しろ生まれた時から土の中だから自分が惨めだなんて気付いてないんだ。」
「そうそう。結構蟻の巣を掘ったりミミズに出くわしたりして遊んでるわけよ。B・Bがゲーセンに行く感じだな。うん。」
「それがいい加減年寄りになって、ああ疲れた、とか言って出てくるんだろ。一週間で死んじゃうんだっけ。」
「しかも日が昇ると急にサカリがつくわけだ。生まれて初めて明るくなって『やりたい、やりたい』ってなるんだな、これが。」
「で、やったらオシマイ。ナンマンダー。」
「してみるとB・Bの見たやつは光にビックリしたギリギリのところで死んだんだ。」
「かえって良かったんじゃないか。雑念で頭が一杯になる前だからな。」
「うーん、うらやましい死に方だ。ワシ等はもう手遅れだからな。」
 これが分別のあるオトナが中学生にする話だろうか。哀れなセミの話がいつのまにかうらやましい死に方になってしまった。オッサン達に口を滑らせた僕がバカだった。今後この手の話をするのは金輪際やめだ。
 
 油壺に帰港すると、今日はこのハーバーのお祭りなので、知らないゲストの人達が一杯来ていた。バンドが入って飲むは踊るはでドンチャン騒ぎだ。オヤジ達がいつも演っている『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』をみんなで歌っている。うるさくてキャビンでは寝られず、オヤジと二人、テントで寝た。といってもキャンプ場でも何でもない近所の公園だ。テント暮らしも嫌いではないが公園だとホームレスに思われるかな、と思いながら寝た。
 翌朝カッとする日の光で目が覚めて、モソモソしてたら珍しく先に起きていたオヤジが外から声をかけた。
「起きたか、これ見てみろ」
 這い出してみると、テントの端っこをジーッと見ている。視線の先をたどるとたくさんのセミの抜け殻がくっついていた。そうか、こいつら命を散らしに行ったんだな。
 二人で黙ったまま暫く抜け殻を見ていた。
つづく

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編Ⅱ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年 男子中学編Ⅲ)


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