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酒 考(反省)

2015 MAR 4 22:22:00 pm by 西牟呂 憲

 小倉のバカ飲みの言訳ではないが、今では生活の一部と言っていいだろう。『酒』である。
 そもそもウチの家系は父方も母方もまるで優性遺伝でもするように血の繋がっている者は例外なく酒が強く、且つ好きである(男女問わず)。僕の酒癖の悪さは何度かブログでも紹介した(小倉分含めて)。そして色々なことに巻き込まれているが、僕以前に親族が若い頃にやらかした恐ろしい話はいくらでもある。幾つか証拠を挙げてみよう。
・ 泥酔して本郷の交番にストームをかけて保護されたがお巡りさんが名前を誤記して無罪放免になった。
・ 酔っ払ったその日に国電の大事故があり、家族が死体安置所にまで行った頃朝帰りした。
・ 京浜東北線で寝込み2往復した。
・ 常磐炭坑節をがなりながら某ターミナル駅前の交番で保護されていた。
・ アメリカ出張の際にお土産に買ったはずのウィスキーを飛行機で全部飲んでしまった(3本?)。
・ 朝起きたら会社の前に停まっていたトラックの荷台で目が覚めた。
これらは1960年代に目撃された事例だ。
 尚、当時の戦後社会もそういう風潮ではなかったか。小林秀雄の伝説に『酔っ払って水道橋のホームから落下したが(高架で結構高い)無傷だった』『鎌倉で待合だと思って上がりこんで酒を飲んでいたら人の家だった』といった類の話が英雄譚的に伝えられている時代だ。

しかし時代を越えて
・ 新宿西口交番でゲロまみれになって保護されたが、あまりの悪臭に交番の外に座らされた。
・ マンションのエントランスで発見されたが完全に意識がなく、どこの誰だか分からず放置された。
・ 本人から『いくら歩いてもウチに着かない。どうなってるんだ。』と携帯から電話が入った。
といった報告が現役から来ている。僕の話じゃないですよ、念のため。

 概して一族は明るい酒で、何かの折に一族が集まって飲み始めると何が楽しいのか『ウワハハハハ』『ガハハハハ』といった荒々しい笑い声が響き渡る。冠婚のときの親族の席は一際目立つ。半世紀も前の事、家で宴会が始まると当時は日本酒をいちいちお燗していたから母親が席の暖まる間もなく、お銚子を並べたお盆を持って台所と何十往復もしていた。座敷の壁際に空いた一升瓶がズラーッと並んで行く。僕はそのたくさんの一升瓶を並べたり転がしたりして遊んだ。
 既に小学校には上がっていたかと思うが、子供心に『オトナは宿題やれ、とか早く寝ろ、とか言われないであんなに楽しそうに酒という物を飲んでいる。早くオトナになってああやってみたい。』と思い、その酒というものはああやってガバガバ飲むもんだ、と刷り込まれた。どちらも大間違いだったのだが。
 こっちは実際に見たことないが、母方の祖父が義弟達を集めてやる酒宴も物凄いモノだったらしい。手元が狂って女学生になりたての僕の母親が床の間まで吹っ飛んだ話は一度書いた。それどころじゃない、床の間に活けていた花を酔っ払って食べてしまったり、みんなが被って来た帽子を重ねてパンチで底を抜いたり。こういう人々が高級官僚だったり海軍軍人だったり、果ては裁判官までいたのだから恐ろしい。

  長じて最も反省させられるのは、キリがないことだ。僕は酔ってくると物凄く早口になるらしい。後から考えるとその時点で意識は飛んでいるから何を喋ったか忘れるのだが、周りには泥酔していると気づかれない時間があってやっかいだ。物を忘れることも多すぎる。先日も携帯を失くした。
 しかしあの痺れるような味がする飲物があったとしても全く酔わなければあんな量を飲み干すことはできないだろう。目下の心配は『自分』まで失くしてしまい、そのまま頭でも打ってアルツハルマゲドン状態になってしまうことか。
 先日都内某所で今から35年から40年前のバカバカしい行状を白状して笑われた。まぁ実際当時ですら『オレはもしかしたらヘッポコ探偵小説の主人公なのではないか』とため息をつくような暮らしをしていたっけ。翌日さすがに『昨日の話は全て消去、デリート、あれはウソです。』と言ってみたけれど。ドルフィンの皆さん信じて下さい、あれはウソです。

 気が付けば今夜も酔いの中・・・・。いやだな。

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Categories:アルツハルマゲドン

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