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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅰ)

2015 MAY 16 10:10:27 am by 西室 建

 僕(英・はなぶさ・元彦)は学生時代にアメリカではなくヨーロッパを放浪した。なぜヨーロッパかというとまずイギリス、ビートルズの誕生したリバプールを見たかったからだが。僕達の世代はフラワー・チルドレンから少し遅れてきているのでヒッピー趣味はあまりない。それにどちらかというとガンガン鳴るハード・ロックよりもキンクスとかホリーズといった趣味だったこともあってロンドンを中心に動いたのだ。
 ヤバい奴らは沢山いたがヨーロッパはどちらかというとヒッチ・ハイクの事故なんかは少なく、日本人自体がまだ珍しがられたせいもあって結構親切にもされた。僕が小柄だったことも相手に危険を感じさせなかったのだろう。
 しかし冬場は寒かったのでとても移動する気になれず、アルバイトに精を出した。定住してみるとロンドンは安定感も感じる。何というか基本的な都市インフラは世界大戦前に終わっており(それも19世紀中に)古い物を長く手入れを重ねて使うこと自体が美徳だと思っているかの様だった。
 僕は彼の地で行きがかり上(専門は英文学)ジョージ・オーウェルに凝った。
 そして言うまでもないが、全く色恋沙汰には縁がなかった。

 適当に見切りを付けるはずが1年半も滞在してホームシックも関係なく帰国することにした。日本の情報というか様子は、たまにめぐり合うバック・パッカーのような怪しい日本人から仕入れていたのでロクな話は入ってこなかったが、遂に金融・商社の駐在員といったエリートとは付き合うことはなかった。そういう人達には家族もいるだろうし、政治・経済関係に疎かったのでその辺のいきさつを長々と説明されるのが面倒だったのだ。流れ者は直ぐにどこかへ行ってしまいその後も付き合うことは無かったからその点気楽だ。すっかりそういう人間関係に慣れてしまい、滞在中はズッとそうしていたかった。日本に帰りたいとはあまり思わなかった。 
 それは英語の語感というか使い回しというか、日本語より遥かに硬質な表現に浸かっていたので、たまに日本人と話しているとピリオドの無いようなズーッと繋がっている会話・文章との際立った違いにうんざりさせられたりしていたこともある。

 カズオ・イシグロは世界的に評価が高いベストセラー作家だが、彼は家庭内では日本語で両親と話しているそうだが、作品は完璧な英語である。これを翻訳するとわずかにニュアンスがズレる。
 ハッと気が付いた。これは英語で身を立てられそうだ、と。
 イシグロは偶然だが1954年生まれで僕と同い年でもある。
 日本に帰ってから復学して大学院に進み、翻訳と教師をやりながら、僕は自分の道を見つけられたようだった。

 ある日長年音信の途絶えていた高校時代の友人、椎野茂から電話をもらった。暫く東南アジアだか中国だかに行っていたことまでは知っていたが、こちらからは連絡できなかったのだ。
 会話はのっけから衝撃的だった。
「オレな、マニラでB・Bと会っちゃった。」
「エッB・Bってあの原部(ばらべ)?」
「そうなんだよ。ビックリしたなー。」
「マニラでなにやってたんだ。」
「それがなぁ。フィリピン・バンドでヴォーカルやってた。」
「なにー!あいつ確かマトモに就職したんじゃなかったか。」

つづく

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅱ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅲ)

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Categories:サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる オリジナル

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