新撰組外伝 公家装束 Ⅰ
2015 JUL 25 6:06:25 am by 西 牟呂雄

「副長。又隊士がやられました。」
怒気を含んだ斎藤一が報告に来た。それを聞いた土方は『ケッ。』と舌打ちしながら立ち上がった。
「何番隊の野郎だ。」
「一番隊隊士。椎野剛之助です。」
「総司ー!何やってんだ。行くぞ。」
「あーハイハイ。」
「バカヤロー。ハイは一回でいい。」
「はーい。」
「縮めろ!」
「さ、行きましょう。椎野さんも気の毒に。」
土方にこんな口がきけるのは隊内でただ一人、沖田総司だけであった。黄昏時が過ぎた紫紺の空に月が輝いていた。場所は島原の先、屯所からは少し下った所との報告だった。
肩をいからせて進む土方の後ろを沖田・斎藤と監察の山崎進が付いていく。人通りは少ないというか誰ともすれ違わなかった。
壬生を下って島原まで当時は畑もあるような場所で、一同は提灯を持っていた。
「総司。椎野は何だ。女狂いか。」
「狂っちゃいませんがそこはそれ、誰だって行くでしょ。」
「お前は配下の隊士には好き勝手させてんのか。」
「やだなぁ。夕べはウチは非番ですよ。非番の時にどこにいるかはわからないでしょ。」
「・・・・。」
向こうから紫の公家装束の男が足元を男衆に照らさせながらスッと歩いてくる。この男、物凄く早足で提灯で足元を照らす者は小走りに走っていて、風のように一行とすれ違った。
土方は一瞥をくれた。真っ白に塗り眉を落とす公家化粧をグロテスクな物だとこの男は忌み嫌っていた。この若い公家は広い額、大きく切れ長の目、引き締まった口に紅をさし、いかつい顔だった。
「ごっさん(公家のこと)。御公家様。待たれよ。新撰組だ。」
「あい。」
「こんな時間にお一人か。その先で人が切られた。物騒ですよ。」
「おそろしき長(なが)刀(がたな)。壬生狼(みぶろ)か。」
「お名前は。」
「ホホッ。姉小路(あねのこうじ)綾麿。」
月に照らされた青い顔がうっすらとほほ笑むと踵を返して去って行った。
「なんだありゃ。薄気味悪りい。」
「歳さん。あいつ血の臭いがする。」
「血だぁ。」
「以前に人を切ったことがありますよ。ねぇ斎藤さん。」
「うむ。それに公家にしちゃやけに腰を落とした歩き方。剣を使うでしょう。」
「あんな女みたいなのがか。」
「土方さんは人切りばかり見てて遊郭にも足を運ばないからアノ手の殺気は分かんないんでしょう。」
「ウルセー!」
椎野の死体は綺麗なもので、胸の一突きで絶命していた。
「何流なんだ、この太刀筋は。」
「椎野の剣は刃こぼれしていますね。一か所だけですけど。これ陰流、いや新陰流じゃないかな。」
「だから一人でウロウロするなと言ったんだ。しょうがねぇ。」
「近藤さん。近頃隊士が切られる。この二月(ふたつき)で三人もやられた。」
「歳、たるんでるんじゃねえか。気組みが足らない奴に一人歩きさせるな。下手人は長州野郎か。」
「それが良く分からん。十津川だとか土佐だとか噂はあるんだが、さっぱり見えねえ。」
「切られるのは新撰組だけか。」
「そうなんだよ。佐々木さんの見廻組にも会津藩にもやられた奴はいねえ。」
「腕の立つやつに夜回りでもさせるべぇ。」
「沖田、永倉、斉藤あたりだな。」
「歳、お前もだ。」
「当たり前だよ。」
「おい、総司。何をゴロゴロしてるんだ。夜回りはいいのか。」
「歳さん、今晩は永倉さんが行きましたよ。」
「バカヤロー!副長と言え!」
「だけど毎晩行ってもしょうがないでしょう。いつも出るわけじゃないし。」
「だから毎晩行けと言ってるんだろうが。」
「副長。気が付いたんですけどね。切られるのはいつも一人。それも決まって晴れた戌の日の晩ですよ。」
「本当か。早く言え!」
「今気が付いたんですよ。」
「次の戌の日はいつだ。」
「あしたです。」
「よし。明晩一番隊を連れて巡察に出るぞ。」
「副長。ダメダメ。あいつは一人じゃないと出ませんよ。」
「アイツって誰だ。お前知ってんのか。」
「見当はつきますよ。あの若い公家、姉小路と言った。」
「バカ。見当違いも甚だしい。あんなのに新撰組が切られる訳がねぇ。」
「副長も都(みやこ)にうといな。ああいう筋の人達はねえ、そりゃ大体がナヨナヨして子供ができなかったり病気がちだったりしてますけど、血筋が絶えちゃマズいって本能が働いて何代かに一人くらい獣みたいなのが出るんですよ。」
「ゴタク並べてるんじゃねぇ。屋敷は調べたのか。御用改めで踏み込もう。」
「すぐそれだ。何の詮議だって踏み込むんですか。それに土方さんや近藤さんの剛剣じゃまともに立ち合わないでしょうね。」
「オレが敗けるとでも言うのか。」
「そうじゃないですよ。土方さんだったら向こうは抜かない。まさか公家さん相手にいきなり切り掛かるわけにもいかないでしょう。僕に任せておいて下さいよ。」
「勝手にしろ!」
つづく
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