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突然変異的血脈

2016 DEC 13 4:04:05 am by 西 牟呂雄

夢野久作(大正十年)

夢野久作(大正十年)

 怪奇小説『ドグラ・マグラ』を読んだことはお有りだろうか。
 夢野久作が戦前に書いた、実に読後感の悪い小説である。九州帝国大学の精神病科に入院している記憶喪失の男が殺人事件のカギを握っている、という気味の悪いモノで、独白の文体も古く大変に読みづらい。是非、読まないことを勧める。
 ただ、こういう小説を書くような人間の頭脳は常人の及ぶ所ではないだろうと作家には興味があった。
 一方で僕は右翼の思想史を研究しているが、この作家が右翼の巨魁、あの杉山茂丸の息子だということをある本で知った。
 杉山は一代の怪人。帰農した福岡藩士の息子だが、上京して山岡鉄舟の門人となる。その後伊藤博文の暗殺を企てるが失敗して全国を逃げ回った後、頭山満と福岡に帰り例の玄洋社を作った。いわゆる自由民権運動から大アジア主義の理想に燃えて香港・台湾・満洲と縦横無尽に暴れ回り、陸軍・政界・財界に人脈を広げて黒幕となる。
 この人の事跡だけでブログどころか本何冊にもなってしまう。
面白いことに珍しい出会いをして喜ぶ風があったようだ。良書『行雲流水』石山喜八郎の生涯 にこういう記述がある。
『喜八郎は一瞬その場に立ちすくんだ。先方は刺客でも来たのかと思ったらしかった。だがすぐに丸腰なのに気づいてホッとしたようだった。すると奥のソファーに寝ころんでいた人物が「お前達座れ」と声をかけた。それが杉山茂丸だった。・・(中略)・・。こんなことまで初対面に近い若造にしゃべっていいのかと喜八郎は思った。噂のとおりおもしろい人物だった。』
この喜八郎という人も奇人だが、当時は一介の書生である。
 
 誠に不思議な親子というべきだが、この血脈には続きがある。その夢野久作の息子に杉山龍丸というのが出る。陸軍士官学校を卒業し先の大戦に従軍した軍人で兵科は航空。
 兵員輸送船『扶桑丸』でフィリピンに向かう途中で米潜水艦の攻撃を受け漂流。運よく救助されマニラには着いたものの、その後は内地勤務を経てボルネオに赴任した。そこで胸部貫通の重症を負い生死の境目を彷徨って終戦を迎える。とこれだけでも大変な人生なのだがそこで終わらない。
 戦後ふとしたきっかけでインド人と知り合い(それからも色々あって)インドを訪問した際に見たパンジャブ地方の貧困と荒廃に衝撃を受ける。
 その後3万坪とも4万坪ともいわれた祖父の残した農園を売り払い、私財を投げ打って基金を作りインドのユーカリ植樹事業に一生を捧げる。まるで祖父の大アジア主義が乗り移ったかのようだ。国際環境会議の出席の旅費が無く友人に借りたというエピソードも残っている。
 現在パンジャブ地方からパキスタンに至るまでの道路のユーカリ並木とその周辺の耕地は杉山の功績で、インドでは『グリーン・ファーザー』と敬われているそうだ。龍丸が家庭も何も顧みなかったので、息子さんは苦学され学校の先生をされている。

 しかしこのテの特殊なDNAがこの血脈に流れていて、それぞれの代で思想家になったり作家になったり篤志家になったりするのだろう。ウチじゃなくてよかった。

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Categories:藤の人

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