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最後の将軍と尾張藩主 Ⅱ

2017 JAN 15 3:03:36 am by 西室 建

徳川慶喜(よしのぶ)と徳川慶勝(よしかつ)没後対談

維新後の慶喜

維新後の慶喜 趣味の狩猟姿を撮らせた

徳川慶勝(以下 尾張)「上様。お久しゅう御座います」
徳川慶喜(以下 将軍)「尾張殿か。息災にしておるか」
尾張「こちらに来て130年でしょうか」
将軍「そちは余より30年ほど早かったのう」
尾張「色々と気苦労しましたので」
将軍「気苦労ならこちらも負けておらぬ。なにしろ徳川を終わらせたのだから」
尾張「大政奉還の頃の上様は全身に英気が満ちており溌剌とされておいででした」
将軍「余もあの頃が一番気力が充実していた」
尾張「最初の長州征伐の後、上様に上奏した折はひどく勘気を賜りました」
将軍「赦せ。余もヤル気満々であったから、話し合いで決着をつけたのが面白うなかった。あれ以来そちは余を避けるようになったな。鳥羽伏見の時も京都を動かなかった」
尾張「(いやな顔をして)まさか上様がすぐに江戸に帰られるとは思いもよらず、薩長の先遣隊を鎧袖一触で蹴散らされるとばかり朗報を待ち望んでおりました」
将軍「余は錦旗が揚がったのでもはや時代が変わったのだと考えたのだ」
尾張「それならばせめて弟達も賊軍と言われぬように扱っていただきたく、いや畏れ多い事を申しまして」
将軍「弟とは余の後に一橋を継い茂栄(もちはる)のことか」
尾張「お戯れを。その下の会津と桑名の弟でござる」
将軍「(涼しい顔で)容保と定敬には気の毒であった。あれは家臣共が悪かったのだ。それで江戸開城の後までも戦に追い込まれてしまった。余とて官軍が尾張を素通りはおろか、江戸まで無傷で来るとは思いもよらなんだ。そちの斡旋でもあったのか」
尾張「さて何の事でしょうや。各藩勤王の志ことのほど厚く」
将軍「もうよい。ところでそちも写真をやっていたであろう。余も生前いささか嗜んでおった」
尾張「おそれながら、上様のは毎日の記録でございましょう。わたくしは絵心をもって格別の思いを込めました」
将軍「余も晩年は腕を上げた」
尾張「何やら東京の写真専門本に採用されなかったとか、いや失礼つかまつります」
将軍「(ムッとして)そこへ直れ!・・・・いや二人ともこちらに来ておった。もはや時代が違う。それはそうと弟達は息災であったのか」
尾張「生前は四人で銀座で歓談したものです」
将軍「オォ!今度その席に余も呼んではくれぬか」
尾張「・・・・その儀はヒラに・・・・」
将軍「ムッ・・・・その方等、成仏いたせ」(もう全員鬼籍に入っている)

右から 尾張徳川慶勝 一橋茂栄 会津松平容保 桑名松平定敬

右から 尾張徳川慶勝 一橋茂栄 会津松平容保 桑名松平定敬

最後の将軍と尾張藩主 Ⅰ


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Categories:架空対談

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