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縞模様の空 (今月のテーマ 空)

2017 MAR 13 21:21:01 pm by 西室 建

 先日、中央高速下りでちょうど小仏トンネルを抜けたあたりで異様な空を見た。
 飛行機雲が幾筋かあって、更にもう一機が既に引かれている筋に交差するように飛んでいく。交差してバツ印ができそうなあんばいに(運転中だったが)一瞬見とれた。
 さる暗殺事件があった直後だったので、一瞬あの国が何かやらかして福生や厚木の米空軍とか航空自衛隊のスクランブルでもかかったか、とわざわざ車を寄せて携帯を確認した。勿論そんなことはない。
 もう一度ゆっくりと空を見上げるとだいぶ薄れてしまったものの少し残っていて(撮り忘れた)そのうちの一筋が中天の太陽にかかっていた。マズい!
 この現象は「白虹(はっこう)日を貫く」といって凶兆とされている。その昔の支邦の戦国時代、荊軻(けいか)が秦王(後の始皇帝)を暗殺しようとした時に現れた自然現象として記録されているのだ。本当は飛行機雲なんかではなく(その頃飛行機は当然ない)霧による白い虹が自然現象として現れる。
 燕の国の人である荊軻は普段は何にもしないで酒を飲み酔っぱらっては歌い傍若無人(要するにブラブラして)に暮らしていた。しかしその中でも読書に勤しみ秘かに胆力を練っていた(らしい)。相当ハッタリもかましたことだろう。
 そうこうする内に燕の宿敵・秦は強大な力を持って手が付けられなくなってしまい、ついに秦王を刺し違えなければニッチもサッチも行かなくなった時に荊軻に白羽の矢が立つ。ここで、待ってましたと匕首を偲ばせて秦に旅立つ。
 その日見送る者は皆白装束。そこで振り返ることもせずに高らかに詠んだのが次の歌である。
「風蕭々(かぜしょうしょう)として易水(えきすい)寒し。壮士ひとたび去って復(ま)た還(かえ)らず」 
 僕はこの光景が好きで、荊軻を気取って何もせずに酔っ払うことを心掛け、イザという時に備えている(その時が来る気配は全くないが)。結局暗殺は失敗に終わり荊軻はズタズタに切り殺される。うまくやっていれば秦の始皇帝は全国統一することなく中国史は変わったものになったであろう。
 もっとも白虹が日を貫ききってないから、燕太子・丹は荊軻の失敗を悟ったと言う説もある。秦王は結局始皇帝になっている。
 井伏鱒二は昭和11年2月26日の『荻窪風土記』にこう書いている。
『空は青く晴れ,皇居の上に出てゐる太陽を白い虹が横に突き貫いてゐるのが見えた。虹は割合に細く,太陽の直径の三分の二くらゐの幅である』
 翌日は例の2・26事件が勃発した。

 しかしこれも昭和天皇の踏ん張りによって粉砕される。失敗したのだから貫ききっていなかったのだろうか。それとも井伏鱒二だけに見えたのか。他に目撃が記録された例は見ていない。

2月26日に考えた事

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Categories:言葉

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