Sonar Members Club No.36

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喜寿庵紳士録 ヒョッコリ先生 Ⅳ

 北富士総合大学も新入生を迎えた。
 喜寿庵に遊びに来てくれる学生グループも二人の新入生がいて、ささやかな入学祝いの宴を設けた。みんながお鍋を作ってくれるので、僕は祝辞を述べつつガバガバ飲んだ。
『皆さんの未来は明るい。実は日本の景気は良くなってきているんだ。ただ一部の大企業の物凄い赤字とか不祥事が報道されるのであまり明るいニュースは出ない。それでも皆さんは着実にやっていけるレヴェルではあるだろう。イヤナニ真面目にやっていれば道は開けるよ』
 何と意味の無い祝辞だろう。
 卒業生は地方出身なので就職は地元に帰って行った。業種は公務員・教員が多い。地元にそんなマトモな民間企業がないからだ。そもそも地元で真面目にやってきてこの田舎で学生生活を送ったのだから、全くすれていなかった。これからたくさんの経験を積んで大きく羽ばたいて根を張って欲しい。 

奥でふんぞり返っているのがヒョッコリ先生

 と、いい気持になっていたら何故かいつの間にか例のヒョッコリ先生が話の輪にいるではないか。来たことに気が付かなかったのは酔いが回ったせいだろうか。
 先生は学生のサークルについてエラそうに講釈を抜かしていた。そして目が合うといきなり『こう見えても僕は左翼だからね』などと言うではないか。ご存知の通りコッチは右翼だ。ただしこういう場所で不毛な神学論争などしない。
 ところが先生がいきなりこっちの方に話を振った。
「どうだろうね、今日的な意味での左翼と右翼の違いって」
 えっこのオッサン僕が保守派なのを知っているの?一瞬呆気にとられたがかろうじて取り繕った。
「そうですねえ。強いて言えば伝統を守り新しいものには懐疑的に接するのが右。破戒してでも新しい体制を目指すのがリベラルでしょうかね」
「違うな。社会の改革・平等を目指すのが左翼。社会の安定・固定化を目指すのが右翼だよ」
「いや、今日的なイデオロギーとしての対立はそうじゃないでしょう。理論としてのマルクス主義は実際にはもう不可能であることが明白です。大きな政府で福祉を充実させるか新自由主義で規制緩和するくらいの違いでしょう」
「ははは、流行りのリベラルとコンサバに持って行くつもりだな。その手は何度も経験してる」
「結局アプローチの違い程度じゃないですかねぇ」
「ニシムロ君、まだまだ青いな。新自由主義は思想的な定義では右翼的ではない。恩恵を享受したヴェンチャーの旗手は右翼でもなんでもないだろう」
「それはお互い様でしょう。先生の仰る左翼というのだって『中央集権的な独裁国家』は目指すわけにはいかないでしょう」
「それは常識だよ。僕は政治家ではないし、純粋の左翼は国家を運営するノウハウは持っていない」
「すると国家運営そのものは現在の民主主義で充分ですよね」
「当たり前じゃないか。それは右も同じでお互い片翼では飛べない。右翼と左翼は共存しなければ国家は羽ばたけないに決まっているじゃないか。ハハハハハ」
「ハハハハハ」
 気が付くと先生は僕と肩を組んでいて、僕と一緒になって二人で笑いながら羽ばたく真似をしているではないか。こんなバカな会話を学生達はどう思うだろう。いたたまれなくなって僕はトイレに行く振りをして庭に出た。
 見上げれば満天の星。全くせっかく学生さんがいるのにあの先生ときた日には、今時流行らない話を振ってメチャクチャにしやがって。だんだん腹が立ってきたが、気を取り直して一服した。
 すると家の中がやけに静かになったような気がして勝手口から上がる。
 えっ、もう片付いてしまっているではないか。新四年生がテーブルを拭いていたので聞いてみた。
「先生はもう帰ったの」
「誰の事ですか。そんな人いませんよ」
「いや、ボクと肩組んでたおっさんだよ、あの」
「何言ってんですか。酔っ払ってウトウトしてたじゃないですか」
「・・・・・・・。」
 何だと、それじゃあれは。僕には肩を組んだ感触がまだ残っているのだが。
「ウトウトしながら『片翼の天子は飛べない』って寝言言って受けてましたよ。新入生は飲まないから素面でしょ。みんな喜んでましたよ」
 

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