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闇に潜む烏 新撰組外伝 上

2018 DEC 30 9:09:38 am by 西室 建

「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
 老若男女がデタラメに踊り狂っている。四条烏丸通りの辻に突如伊勢神宮のお札が舞った。どこから降ったのか分からないがヒラヒラと落ちて来るお札を拾った町衆が『天から御札が降ってきた。これは慶事の前触れや』と節をつけて歌うと数人の男女が一斉に踊り出した。幕末の世情を騒がせた『ええじゃないか』の始まりであった。
 瞬く間に大勢が寄って来て、どこが始まりでどこが終いなのか分からないほどの群集になりいつ果てるとも分からない騒乱が続いた。慶應三年の八月末、むせかえるような京都の夏の昼過ぎである。
 報告を受けた土方歳三はすぐさま非番だった井上源三郎の六番隊を率いて洛中に巡察に出た。
「一体何の騒ぎだ、ありゃあ」
 土方達が着いた時はもう手が付けられない状態で、町屋や商家は成るに任せるしかない。酒までが振舞われたようだ。髪をほどいた女、化粧した女形姿、酔っ払った老女などが入り乱れ踊り狂っている。
 どうやら伊勢神宮のお札が降って、これはめでたいと踊りだしたと分かった。
「副長。単なる酔っ払いの憂さ晴らしでしょう。御用改めにはなりませんや」
「待て。その降ったというお札はどんなもんだ。持って来い」
 誰も泣く子も黙る新撰組にはめもくれない。しばらくして隊士が戻って来た。
「それが、実際に持ってる奴は一向に見当たりません」
「なんだと。降ってもないのに騒いでるのか」
「いや、札振りだって騒いで始まったらしいんですが縁起物だって持ってっちまったみたいで。後はこの騒ぎです」
 土方は一瞬表情を曇らせたが気を取り直して言った。
「まったくこいつ等。ようやく長州を追っ払ってやったのに浮かれやがって。ほっとけ」

 実際のところ土方にとって踊り狂う町方なぞどうでもいい。頭の中を占めているのは不逞浪士ですらない。
 一つ目は、伊東甲子太郎一派が新撰組から御陵衛士として分離してしまったことである。伊東は新撰組の参謀兼文学師範だったが尊王家で、会津藩預りの新撰組主流とは微妙に温度差があった。
 次にどうも薩摩の様子がおかしい。特に土佐浪人の坂本龍馬が藩邸に出入りしている、という報告が入る。坂本は要注意人物で、去年伏見奉行所が寺田屋で捕縛しようとして逃げられている。又、禁門の変で追い払ったにもかかわらず、洛中・洛外で長州人を見かけたという話が頻発するようになった。報告によれば薩摩藩邸あたりの目撃情報が多いのだ。
 そこで薩摩藩の動向探索と御陵警備任務の名目で伊東が分離を申し入れたときには、これを受け入れざるを得なかった。
 付け加えると途中入隊してきた唯一人の薩摩人、富山弥兵衛は伊東に付いて行った。
 新撰組はとっくに時流に取り残されていた。薩長秘密同盟は一年以上前に結ばれていたのだ。

 例のエエジャナイカは秋になって更に頻発する。踊りもやかましいが、騒ぎは大きくなる一方で、2~3日は商売も何も街の機能が停止する。
しかも洛中洛外だけでなく、大坂・播磨・尾張などでも散見されるようになるにおよんで土方のカンが反応した。
「近藤さん。あの ええじゃないか は何やら臭い」
「そんなこたーねえだろ。浮かれてるだけさ」
 局長の近藤の頭にあるのは新撰組の統率だけで時流には疎い。土方は監察方の山﨑丞を呼んだ。
「最近騒がしいあのエエジャナイカだがな。そう年中お札が降るのも尋常じゃない。誰かが糸を引いていると見た」
「わかりました。任せとくれやす」
 山崎は大阪人で飲みこみの早い切れ者だ。暫くしてお札を持って来た。
「副長、お見立て通りです。明け方に蒔いてましたわ。これは拾ったもんですが、撒いている所も見てます。忍び装束が4人でした」
「やっぱりな。こりゃひどい捏造品だぜ。どこの野朗だろうと一網打尽にしてやる」
「へぇ」
 土方は秘かに夜半になると隊士を巡察に回した。ただし大勢でウロウロはしない、三条から四条にかけて、室町通りと烏丸通りのあたりに潜ませておいて何かが動くのを待つ。
 張り込んでしばらく無駄に終わったが4日目、監察からの知らせが入る。錦小路付近で不審者を見た、と言うのである。現場に急行するとこの日の出番は十番隊だ。土方はそっと聞いた。
「原田か(十番隊長は原田左之助)。その賊はどこにいやがるんだ」
「オッ副長。屋根に登っているのを見たんで四辻ガッチリ固めたんやけど。降りてけえへん」
「いきなり火もかけられねえな。よし、梯子を用意しろ。それで御用改めでかたっぱしから町屋に踏み込め。京の町屋は奥までつながっているからそこから梯子をかけて上がってみろ」
「歳さん」
「何だ、総司まで来たのか」
「どうせ人手は足りないんでしょ。調子も良かったもんでチョイと」
「じゃさっさと裏を固めろ」
 周辺でドンドンと戸を叩き『新撰組だ。御用改めである』の声が響いて家の中がバタバタする喧騒が広がった。中庭に押し入り梯子を架けて隊士が屋根に上がって行くが誰もいない。だがお札の束が残されていたのを見つけた。
「副長。これが」
「やはりな。どこのどいつだ、こんなものをバラ撒いてるのは。長州の手の者か」
「どうやらズラかった後のようですな」
「逃げ足の速い奴だ・・・・、退け」
 隊士は足早に屯所に引き上げて行き喧騒は収まった。
 するといずこかの屋根から一つの影法師が音もなく舞い降りた。忍び装束である。そしてスススーっと闇に消えていこうとした時、声がかかった。
「待て」
 影はピタリと動きを止めた。
「役にも立たないお札のバラ撒きはおぬしの仕業だな」
 それには何も答えず背中の刀をスッと抜いて構えた。物陰から姿を現したのは既に抜刀している土方、待っていたのである。
「そのナリは忍びか」
「シャァッ」
 いきなり切りかかってきたのを土方が払いのけ、正眼に構えて対峙した。するとその影法師は覆っている忍び頭巾を解いて顔を晒す。
「素顔を見せるとは覚悟を決めたな。どこの廻し者だ」
「クックッ土方やろ。後ろを見てみい」
「なに」
 振り向くと何と音もなく影法師が一つ。いつの間にか挟み撃ちにされていた。しかもその影法師は忍び頭巾をしておらず、その顔を見た土方は息を飲んだ。同じ顔、同じ構えだ。まるで鏡に写したような姿で両方からジリジリと間合いを詰めて来る。しかし百戦錬磨の土方は、元の方に向いて言い放った。
「怪しげなまマヤカシをしやがって」
「グアッ」
 怪鳥の叫びが後ろから飛んできた。
「歳さん。危なかったですよ。こいつはマヤカシなんかじゃありませんよ」
 新たな影を、その後ろから気配を消して忍び寄った沖田が必殺の突きで葬ったのだった。
 土方が振り返ると元の影は姿を消した。
「総司。余計な事しやがって、逃がしちまったじゃねえか」
「ハイハイ。ところでこいつ何でお札を撒いたんですかね」
「そいつの顔を良く覚えておけ。逃げた野郎と瓜二つだった」
「ほう、双子なんですかね。あれ、この仏、女じゃないですか」
「何だと。くノ一ってのはこれか、気色悪い。女の骸(むくろ)なんざいたぶる趣味はねえ。隊士を呼べ」

 土方はこの「ええじゃないか」は仕組まれた騒乱だと睨んだ。
 15代将軍となった徳川慶喜は二条城におり威を放ってはいたが、既に土方達の知らない内に薩長秘密同盟は成立し、洛中には倒幕の気配が漂う。不逞浪士の姿が目立ってきたのだ。
 10日程は何も起こらなかったが秋風を感じた日。
「副長、例の札が撒かれてました」
「どこだ。直ぐに行くぞ」
「四条烏丸通りですわ」
「ど真ん中じゃねえか、なめてんのか。当番は」
「へぇ、一番隊です」
「沖田ー!」

つづく

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