闇に潜む烏 新撰組外伝 中
2018 DEC 31 17:17:52 pm by 西 牟呂雄
土方が一番隊を連れて駆け付けた時はもうドンチャン騒ぎが始まっていた。
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
周りの店(たな)から振る舞い酒が出され民衆が踊り狂っている。まだ昼前だというのに、だ。
「総司、一番隊で遠巻きにしろ。お前が切ったくノ一の片割れがいるかもしれん」
沖田に下知して土方は民衆に目を据えた。
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
男女が入り混じっての大集団が、札降りのあったという家にあがりこんでまで騒いでいる。同じ節のなかで替え歌のようなものも混じっており全体が反響するようなうるささなのだ。その中で気になる一節が聞こえた。
「これは新たな世直りや えじゃないかえじゃないかえじゃないか」
土方は耳を疑いその声のする方を目で追った。だが人数が人数だけに良く分からない。
「おい、総司。今『世直り』と言ってなかったか」
「聞こえました、はっきりと。ほら、また」
明らかに男装している風情の女が中心で踊っている数人の内の一人がこちらに顔を向けた。「あいつだ!あいつがいやがる」
土方が傍らの沖田をうながした。
「どこですか」
「こっちだ。来い」
踊り狂う輪に割って入ったが、興奮している群集は泣く子も黙る新撰組を気にもしなかった。
「ええい、どけ。新撰組だ」
「ええじゃないかええじゃないかえーじゃないか」
踊りの人数が多すぎる。全く統制の取れていない集団は巨大な生き物の様でどっちへ向かっているのかもわからない。土方はついに視線の先に捉えていた者を見失った。
「歳さん、そっちじゃない。逆ですよ、あっちにいる」
沖田が認めた姿は先程の反対側にいて、はっきりとこちらを見据えていた。
「待て。‥‥総司、こっちにもいやがる」
「えっ・・・同じ顔の奴が」
「まだいるのか」
いつの間にか集団に埋没した土方と沖田は必死に捜し求めたが、そのだらしない男装の風情の踊り手は次第に数が四人・五人と増えていく。気色の悪い事におかめ・ひょっとこ・きつねの面を付けていた。その内の一人、ひょっとこの面が近くに来た。土方は乱暴にも『オイッ!』と面に手をかけた。
「これは新撰組はん。ナニをしますんや。一緒におどりまひょ」
いつかの顔とは似ても似つかない正真正銘の男である。
「なに!ふざけんな」
「歳さん。副長。まずいですよ」
「これは・・・、退け」
京都に来て初めて後ずさりした。踊りの中からほうほうの体で抜け出した時には、二人は白昼夢を見たかのようにその怪しげな連中はいなくなっていた。周りを固めていた隊士達に”男装の風情の踊り手”が逃げ出していないか確認しても、誰一人その姿を見た者はいなかったのだ。
禁門の変の時、京都に”鉄砲焼け”と言われる大火を引き起こした長州藩だったが、何故か不思議な事に恨む声よりも同情する声が多かった。京の町衆は時勢に敏感で情報も早い。
10月14日を過ぎると噂が直ぐに広まった。『将軍様が大政奉還なさった』と言うのである。
「歳。どういうことだ」
「見当もつかねえよ。将軍が政(まつりごと)を投げ出したんだろうよ」
「すると幕府はどうなる」
「さあな。今度は帝(みかど)が差配なさるんだろう」
「新撰組は元々尊王攘夷の志だ」
「それはそうだが。それより伊東の一派を何とかする方が先じゃねえか。長州藩に対し寛大な処分を、と建白していたそうだぞ」
「何!」
時代の展開は拍車がかかる。
翌月15日には坂本龍馬が見回組に暗殺された。
そして新撰組伊東一派を磨り潰したのは3日後の11月18日だった。
そして不思議な事にその頃には ええじゃないか のバカ騒ぎはおさまってしまったのだった。
つづく
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