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闇に潜む烏 新撰組外伝 下

2019 JAN 2 9:09:14 am by 西 牟呂雄

 そもそも『蝦夷共和国』は正式名称でも何でもなく、税金の体系すらない。伝習隊(陸軍)・彰義隊・新撰組の敗残兵と江戸湾から脱出した榎本武揚の幕府海軍(但しこちらは無傷)の連合で、一応の選挙(入れ札)をやり榎本を総裁とはした。
 近藤や沖田をはじめ新撰組として戦い続けた仲間はもうほとんどいない。
 新撰組は函館でも一応1分隊から4分隊まで百人弱の人数がいて、部隊編成上は陸軍第一列士満(レジマン)配下にあった。レジマンとはフランス語の連隊の呼称をそのまま使った外来語で、幕府陸軍伝習隊の顧問だったブリュネ大尉他四名が伝習隊の北上に従って来ていてそのまま函館で指導を続けていた為に使われた。『大隊、進め』は『バタリオン、アルト』である。
 京都以来の生き残りは島田魁、相馬主計(とのも、最後の隊長)以下数名である。陸軍部行並みとはなったが、土方は孤独だった。

 ある晩、寝付かれずに五稜郭の堀端まで月を見に出た。漆黒の闇に満天の星。
 あれから、甲州・宇都宮・会津と戦い続けてこの函館に来るまで何人が死んでいったか。特に盟友近藤の斬首と沖田の病死が悼まれてならなかった。
 函館の冬は厳しい。と、風が吹いて人の気配を感じた。
「ここまでよう来た。土方歳三」
 振り向くと伝習隊のユニフォームを着た人影が既に抜刀しており、その顔を見た土方は直ぐに思い出した。あの札をバラ撒いていた顔、ええじゃないかの輪の中にいた顔だった。
「貴様、沖田が切った片割れだな。なにしに来やがった」
 すると、後ろからまた声がかかる。
「沖田は我らが始末した。千駄ヶ谷の植木屋で臥せっておったところを切って捨てた」
 振り向くと今度は薄汚れた夜鷹のような女がだらしなく胸をはだけさせて抜刀していた。同じ顔である。
「沖田を殺っただと」
 土方は後ずさるようにして二人を視界にとらえつつゆっくりと刀を抜いた。
「我等の同胞(はらから)の仇をとったまで。次はお主や」
 また後ろから声がした。
 さすがに顔色を変えて体を入れ代えると、もう一人。やはり同じ顔が。こちらは町人姿だった。
「ほう。まだいるのか。全部で何人だ」
「ふふふ。冥土の土産に教えたる。我が一族は男も女も双子しか生まれへん。男の双子が十七になると連枝で十五の双子の娘と契りを交互に交わし、再び双子を生むのや。その四人の従兄弟を一束(ひとつか)と呼ぶ。沖田が切ったのは我等が束の一人、夜叉姫や」
「ケッ、薄気味悪い。その束がなんで ”ええじゃないか” のお札を撒いた」
「我等は帝(みかど)に危機迫る時だけ世に出る烏童子。公方(くぼう)慶喜公あまりに目障り、長州を引き込むための騒乱や」
「やはりな。大政奉還でピタリとおさまった。で、今度は官軍のつもりで敵討ちにわざわざ函館までオレを切りに来たのか」
「死ね、土方」
 伝習隊の制服姿が切り掛かった。
バン!振り向きざまに懐から引き抜いた土方のリボルバーが火を噴いて、制服は後ろにのけ反った。
「てめえらに切られなくともオレはすぐに死ぬ。京都に帰れ」
「そうはいかんのや。束は一人欠けると全員死ぬのが掟。逆に京都におったら消されてまうわ。ウチらもオマエと同じなんや」
「だったらオレともうひと暴れ一緒にやるのはどうだ」
「今ここで不浄丸を撃っておいてなんや」
「ケッ、だったら名乗りを上げろ」
「北面の烏童子。ワシは浄行丸や」「ウチは吉祥姫」
「土方先生ー。今の銃声はどうしましたー」
 衛兵が駆け寄って来たが、死体が一つ転がっており土方が佇んでいるだけであった。
「先生。こいつは何者ですか。このナリはわが軍の・・」
「オレに恨みのある奴が紛れ込んだのだろう。女か」
「男ですね」
「そうか、男か」
「何か」
「いや、いい。この顔を良く覚えて人相書をつくっておけ。同じ顔があと二人いて隊内にまぎれるかもしれない」
 烏童子はくノ一だと思っていたが、男もいた。この時代は男女の双子は心中者の生まれ変わりという迷信があって、間引きされてしまうことも多かったため珍しかった。

 政府軍は五稜郭を潰そうと続々と北上してきた。五稜郭側は財政的にも苦しくなり、貨幣を発行したり店のショバ代を取り立てたり、勝手に通行税まで取り出して急速に民衆の求心力を失った。五稜郭政権とは初めから砂上の楼閣だったのである。そしてついに江差に上陸した。
 土方は烏童子を撃ち殺して以来、尋常な目つきでなくなった。
 二股口の戦いが始まると、常に先頭に行くようになった。元々指揮を取るのは最前線だったが、弾丸飛び交う中を進み最初に突進するのである。右手のリボルバーを3発撃つ間に敵陣にたどり着くように間合いを取って懐に納め、剣を左手で振り上げて切り込む。政府軍の弾はかすりもしない、ましてや官軍は刃を合わせることもなく骸と化すのみ。鬼神の突撃で敵を蹴散らした。
 ある晩、自室に土方附きの市村鉄之助を呼んだ。遺品を故郷に届けさせる為である。市村が入ると土方の両眼が碧く光ったように見えて驚いた。刀に手を掛け今にも抜刀しそうな殺気に慄きながら座ると、遠くを見据えるような普通の目付きになってこう呟く。
「鉄之助か。よかった」
「副長。どうかされましたか」
「いや。別の顔に見えたんだ」
 市村が土方に呼びかけるのはどうしても京都以来の『副長』である。
「別の・・・」
「この前に一人撃ち殺したろう。あれと同じ顔の人間が後二人いて、この五稜郭に忍び込んでいるはずだ」
「・・・ところで副長。なんの御用ですか」
「オウ。戦闘が激しくなる前にお前はここを出て多摩に帰れ」
「何をおっしゃってるんですか!」
 その後は多くの読者の知るところである。土方には榎本・大鳥の幹部が降伏の説得を受けかねないことを肌で感じていたのだった。

 江差から上陸した新政府軍は箱館市街を制圧した、更に一本木関門を抜こうと迫った。このままでは弁天台場が孤立する。そしてそこを固めているのは新撰組なのだ。 
 土方は現場に急行する。すると既に押された兵士は敗走して来るではないか。馬上から号令をかけた。
「止まれ、とどまれー。逃げる奴ァぶったぎるぞ!」
 一瞬、敗残兵の顔がみな同じ顔に見え、烏童子が押し寄せて来る幻覚に襲われた。馬上より一閃、先頭の男を切った。その瞬間に我に返ったところ、確かに烏童子の一人である。他の兵は土方には目もくれずに逃げて行く。
 直後『ガン!』と銃声がして土方は馬から落ちた。背中から撃たれた。地上に転がった土方が辛くも振り返ると伝習隊姿の烏童子が銃を構えていた。
「・・・来やがったな。本懐成就か・・。てめえらも終わりだ」
「我が束の最後。吉祥姫なり」
 敗走する兵を追ってきた新政府軍が土方の遺体を踏み越え、一人立ちはだかる吉祥姫に殺到した。

 一陣の風が吹いた後、おびただしい遺骸が重なり異臭が漂う。誰なのかもわからない死体はかたずけられ、蝦夷共和国側は降伏した。

 時は経ち平成の御世代わりが近くある。

 平成の御代。皇居前広場では平日にもかかわらず、多くのランナーがジョギングに勤しんでいる。反時計回りに走る人々を見れば、10分ほどすると先程通り過ぎていった美しい女性と又同じ顔の女性が走っている。また10分後にはそっくりな青年が走り去って行った。
 皇居は一周5km、ジョギングペースの1km8分で40分かかる。
 同じ顔が10分ごとに現れることは一般ランナーには不可能、即ち同じ顔の四人が正確な間隔で走っていることになる。女・女・男・男の順番で。
 御代変わりの皇室は現在も烏童子に守られているのだった。
 そして、この同じ顔をした人々は渋谷ハローウィンで騒動が起きた際にも目撃されていた。平成の『ええじゃないか』だったと言われる所以である。

おしまい

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