さらば黒い呪術師 アブドーラ・ザ・ブッチャーの哀愁
2019 JAN 17 6:06:56 am by 西 牟呂雄
黒いムスリム・ターバン、アラビアン・ナイトの小道具のような凶器シューズ、妖怪肉玉とでも言いたくなる体型、そして毎試合切れるギザギザの額。
ネイティヴ・アメリカンの父と黒人の母。この血筋は僕が長年愛好しているキング・オブ・ソウル、ジェームス・ブラウンと同じで、そういえば雰囲気が似ていなくもない。
僕が最もブッチャーに魅せられていたのは70年代の全日本マット時代。
対デストロイヤー戦でデストロイヤーが凶器で攻撃するとブッチャーは耐えに耐え、後に隠していた凶器で反撃。白覆面が真っ赤に染まった試合が凄かった。
後のファンクス戦でテリーの腕にフォークを突き刺したシーンもテレビ観戦して興奮した。
ただ専門家としてコメントしておくがああいうのは必ず事前に知らされているし、使う方も相手に障害が残らないようにやっているはずだ。
実力者ハーリー・レイスの肩を脱臼させ、リングで欠場を詫びるレイスに襲い掛かる。これにはレイスも相当恨みを溜め、翌年のチャンピオン・カーニバルで頭突き世界一をかけて戦った大木金太郎との試合に突如乱入しメチャクチャになった挙句、場外乱闘どころか日大講堂の外で殴り合いになり道路が渋滞し、さすがに警察が来た。
無類のタフネスぶりには目を見張った。場外ノー・コンテストが多いせいもあるが、フォール負けを見た記憶はない。
この頃赤坂に『MUGEN』という凝ったディスコ(今で言うクラブ)があって、驚くべきことにそこでブッチャーを見たことがある。暗い中真っ黒なサングラスだったが額の傷ですぐ分かった。子分みたいな黒人と二人で来ていて、そのツレに物凄く威張ってウィスキーを注がせる。そしてフロアでユラユラという感じで踊るのが、正直恐かった。普段着の革ジャンを着て、デカいことはデカいがリングでの印象程ではない、両手の指にキンキラの指輪をいくつもつけていたのが印象的だった。
仲間割れをしたザ・シークと抗争し、シークがブッチャーの血まみれの額を鉄柱に打ち付けた時に振り返った目付きが尋常でなく、シークが走って逃げたシーンも良く覚えている。逃げ方が卑劣な感じで実に良かった。
色紙をブッチャーの流血した額に当てて血痕をつけるのを『血拓』といって一部のファンがやっていたのだが、これができるのは入場の時に座席が階段状になっている後楽園ホールだけ。テレビ中継でそれをやっていた知り合いの高校生が映ってしまったことがある(どうでもいいが)。
昔は後に喝采を浴びる空手の型はやっていなかった(地獄突きはやっていたが)。空手の型は、僕がベスト・パートナーだと思っているキラー・トーア・カマタとコンビを組んだ時が最初ではなかったか。もっともこの二人、アメリカでは血みどろの戦いをしていたが。
当時の観客は、悪逆非道なブッチャーが懲罰的に痛めつけられ、カン高い『ギャー』という叫び声に喝采したものだが、僕はあの叫び声に何故か哀愁を感じた。
物凄いケチであること、何度も騙されたらしいこと、外人レスラーの中でも孤立がちだったこと、痛めつけられることによりファンは喜びマネーになるという厳しいビジネス。信じられるのは金だけだという人生を歩み続ける悲哀・・。
引き抜き合戦で暫く新日本にいたが、ブッチャーの攻撃は地獄突きとエルボードロップだけだから、例のストロング・スタイル(相手の攻撃を全部受け、技で切り返す)に馴染めず、結局全日本に戻った。僕は見ていないが、猪木にアリ・キックと延髄蹴りからブレーン・バスターを喰ってフォール負けをしたはずだ。
技には山嵐流バックドロップというのもあるにはあったが次第に使わなくなる。
全日本に戻った頃には凶器攻撃はやらず、漫画のボッチャーの影響か何故か人気者になってコミカルなキャラを定着させる。
実はこの頃全日本の隠れキャラが次々に立ち上がる。その際たるものが和田京平レフリーだろう。「レフェリー和田京平」「キョーヘー」の大歓声とともに軽快な動きとオーバー・アクションでの試合捌きが大人気、プロレスの進化を感じた。ブッチャーとの対決アングルではタイガー・ジェット・シンに三々七拍子の声援を送る「シン・シン・七拍子」も出現した。
そしてついに、というか今更というか、とっくに現役を辞めていたのに来月の19日の『ジャイアント馬場没20年追善興行~王者の魂~』に来日し引退セレモニーを行う。そしてあのコスチュームと狂気のフォークを置く。
「いつかあの世でミスター馬場と再会したら2人で試合をして試合後は最高級キューバ産葉巻をくわえながら昔話をしたいもんだ。でも、オレはまだまだこっちの世界で人生をエンジョイするつもりなので、あの世でトレーニングを続け、待ってくれと伝えたい」と言ったとされる。でもギャラは要求するんだろうな。
この日にはスタン・ハンセンもゲストで来るらしい。
孤独な悪役は淋しくはなかっただろうか。聞くところによれば、奥さんは日韓混血の東洋人だとか。
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Categories:プロレス
西室 建
2/20/2019 | Permalink
ブッチャーの引退セレモニー、会場には行けなかったが僕はCSライヴで見た。
ブッチャーは車椅子でリングに上がった。
松永アナウンサーが来た。徳光さんも来た。
あれはドス・カラスとマスカラス兄弟ではないか。
全身人工関節のスタン・ハンセン。そして死闘を繰り広げたドリーがやって来た。
ブッチャーよ、ゆっくり休んでくれ(もう休んでいるが)。
君こそがプロレスだった。
僕は不覚にも涙ぐんでしまった。
君については改めて書いてみたい。
さらば呪術師。さらば悪役。
西室 建
3/27/2019 | Permalink
驚くなかれ、あのNHKの「アナザー・ストーリー」でブッチャーを特集していたではないか!
録画して見てしまったが、あまりのベタに番組構成者の意図がミエミエ。
要するに、悪役をやっていたのはビジネスで本当は優しい人間だったのがファンに伝わったから人気が出た、という話。
いいやつかどうかなんてプロレスを愛する者にとってはどうでもいいことで、人それぞれだ。
善玉をやっているいやな奴なんか山程いるに決まってる。
差別を受けていたことも確かなことで、ことさら強調しなくてもいいのだ。
せっかくアナザー・ストーリーなんだから、ツウのためにはどのようなトレーニング(しなかったかも含め)をしていた、とかコスチュームの靴なんかをもっと掘り下げて欲しかった。
ヨボヨボのドリーが出てきて「ファンクス人気はアブドーラが作ったんだ」と言わせたのもナンセンス。
番組終盤で、山口県の田舎で「囲む会」をやっていたが、行きたかったなぁ。ファンがブッチャーにフォーク攻撃を受ける写真を撮らせてくれていた。
ところでその際のギャラは幾らだったのだろう。ハンセンもいたみたいだし。