Sonar Members Club No.36

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昭和45年11月25日

2019 JAN 31 6:06:58 am by 西 牟呂雄

 バルコニーから撒かれた檄文を手に取って、見上げた私は紛うことない高名な作家の引き締まった表情を真っ直ぐに捉えた。作家はこう肉声で訴えた。
『諸君は永久にだね、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ』
 そう来たか、ついに言ってしまったか。周りに自衛隊員が集まって来たが、一様に青ざめ呆然としている。
『おれは4年待ったんだ。自衛隊が立ち上がる日を。4年待ったんだ。諸君は武士だろう。武士ならば自分を否定する憲法をどうして守るんだ。どうして自分を否定する憲法のために、自分らを否定する憲法にぺこぺこするんだ。これがある限り、諸君たちは永久に救われんのだぞ』
 私は檄文に目を落としながらどうなってしまうのかとハラハラするような気分に沈んだ。一体なにが起こったというのか。
 突然、東部方面総監・益田兼利陸将名で第32普通科連隊に総員非常呼集がかけられた。完全武装にて、の指示である。普通科以外の人員は持ち場待機、と矢継ぎ早に命令が出される。バルコニー前の隊員は持ち場に急ぎ戻った。
 実はこの日32普通科連隊は東富士演習場に出ており100名程度の留守中隊しかいなかった。そして運命のいたずらか私はその中隊に所属していた。実弾携行・装填の後、戦闘服にてバルコニー前に整列した。作家はあの楯の会の制服に『七生報国』の鉢巻を締め、同じ格好の4人の楯の会会員を従えて立っていた。整列・点呼の完了まで15分ほどかかった。
『見たまえ。男一匹が命がけで訴え、総監命令の非常呼集をかけても15分もかかる。たるんでおるとは言わんが、これで首都を、陛下をお守りできると思うか』
 作家の激烈な言葉が降ってきた。
 益田陸将がゆっくりとバルコニーに姿を現して作家の横に立った。副官がマイクスタンドを準備した途端に正午を知らせるサイレンが鳴った。その音が消えるや陸将の野太い声がマイクを通じて流れた。
『注目ー!これは演習ではない。目下の騒然たる世情は心得ておるだろうが、破壊分子による首都の制圧が何者かによって計画された事が判明し、自衛隊治安出動が発令された。これより32連隊の残存総力を以って皇居の警護に当たる。尚、警視庁による道路封鎖の完了を待って前進する。気付いているだろうが民間の楯の会の諸君も行動を共にする』
 そういえば先ほどからパトカーのサイレン音が聞こえていた。
 市ヶ谷の前の三叉路から靖国通りまでジュラルミンの楯を持った機動隊員が交通を封鎖しているではないか。そしてヘリの爆音までが遠くに聞こえている。私はかすかに体が震えてくるのを感じた。
 副官である吉松一佐が指揮を執るようで、益田陸将は指揮車両に乗り込んだ。戦闘服である。作家並びに4人の楯の会メンバーも準備された車両に乗り込むと発車させた。少し間を取って吉松一佐から『前進ー!駆け足ー!』の号令がかかった。
 一口坂を駆け上がって行くと車は通行止めになっており、道の左右は機動隊員によって規制され、通行人が『一体何事だ』とこちらを見ている。大通りの真ん中を中隊約100人が4列縦隊で駆けて行くのは普段はできるはずもないことで、とてつもない興奮を伴った。私は後方にいたので良く見えないが、我々の前には楯の会のメンバー100人が合流をして同じく走っているようだった。靖国神社の横の千鳥ケ淵を曲がったところで、先ほどから聞こえていたヘリの爆音の正体が分かった。大型のバートルが何機も皇居の上に飛来しているのだ。何が何だか分からないうちに半蔵門が見えてきた。すると視界の先から1台の乗用車が突っ込もうとして機動隊員に阻止されている。我が部隊の先を行く作家を乗せた車両を塞ぐ形で止まった。一人の警察官が降り立った。
 楯の会の100人の4列縦隊と、それに並ぶ形でのわが中隊の4列縦隊が重なると
『全体止まれー!左向けー左!』
 部隊全部が半蔵門に向き合った。指揮官車両からは何と抜き身の日本刀を持った作家と楯の会会員、もう一台から陸将と武装自衛官二人が降りて阻止された車両に向かっていく。すると先程の警察官がハンド・スピーカーを持って大音声で言い放った。
『警視庁警備局警備一課長の佐々淳行だ。自衛隊の諸君。先程の防衛出動命令は誤報。中曽根防衛庁長官が正式に発表した。速やかに原隊復帰されたい。三島先生!武器を携行するのはおやめください。銃刀法違反並びに騒乱罪・公務執行妨害で逮捕せざるを得なくなります』
 そうか。あの作家は三島由紀夫だったと気が付いた。だがその三島と益田陸相並びに4人の楯の会会員は佐々と名乗った警官にどんどん近づいて行った。
『三島先生!益田総監!それ以上近づくと発砲しますぞ』
 いうが早いか腰の拳銃を抜いた。ところがなぜか半蔵門を守っている機動隊員は少しも持ち場を離れず誰もその警察官を護衛しない。警察官が怒鳴る。
『四機!指揮官どこか!防御態勢を取らんか』
 ほぼ同時に益田陸将は
『打ち方用意!』
 と号令を下すと中隊狙撃手4人が突進して作家と陸将の左右から小銃を構えて警察官に照準を合わせた。緊迫の時間が過ぎる。
 上空をホバリングしていたバートルが広がるというか、皇居上空を中心に散開する陣形を取り出した。良く見ると遠巻きにするようにたくさんのヘリが飛んでいる。おそらく異変に気が付いた報道のヘリではないだろうか。バートルはそれを牽制しているのか。
 目の前の緊迫は続いており、私達にどういった命令が下されるのか不安とも期待ともいえない気分につつまれた。
 すると彼方から爆音とともに飛行機が飛んでくる。アッという間に上空に飛来したのはCー130だ。そして落下傘が降下した。皆がそれに気を取られ驚いている間に楯の会会員が警察官に突撃する、警察官は咄嗟に上方への威嚇発砲をしたが組み付かれてしまった。三島が歩を進めながら
『佐々君。我々は人を傷つけたりはしない。君を人質にするような真似もしない。ここは引き取ってくれ』
 どうやら二人は旧知の間柄のようで、佐々と呼ばれた警察官は小声で何かを言ったようだが聞き取れなかった。
 空挺落下傘部隊は見事に皇居の中に吸い込まれていく。そして警察官は乗ってきた車で帰っていった。
 三島がこちらに向き直って命令を下す。
『諸君!我々は堂々と皇居に向かい、世界に向けて独立宣言をする時が来た。楯の会、我に続け』
 益田陸将もまた、号令をかけた。
『これより皇居を固め天皇陛下をお守り奉る。32連隊、前進!』
 私たちが隊列を組んで半蔵門をくぐると、皇宮警察、第四・第七機動隊、空挺部隊が強力し、既に外部との接触を断ったようだった。上空にはまだヘリが旋回していた。

つづく

昭和45年11月25日 (その後)

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Categories:遠い光景

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