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タオイズム(道教)は難し Ⅲ

2019 AUG 26 6:06:19 am by 西室 建

 大変腑に落ちる話ですが、生まれたての人間の赤ん坊ほど無防備な生き物はいません。魚でも動物でも生まれた途端に泳いだり歩いたりします。ですが人間の赤ちゃんはあてがってやらなければ自分でミルクも飲めません。
 そこで周りが寄ってたかって世話をするわけですが、それにより能力や運動神経が後天的な要素にのみ支配されるということにはならないらしいのです。
 むしろ多くの遺伝的因子がDNAに組み込まれていて、人間という”意識”が受け継がれていくことになっているという論説が流行っています。
 但し、実験的にそういう環境を施すことはできないため、あくまで”統計的”にそう言えるというだけですが。同じ環境・教育水準・人間関係で、ということです。
 余程特殊なケースを除けば、人間は自然に言語を持ち表情があり死を怖れる。動物は全てない。感情は持ち合わせているにしても、ほぼ生存本能の命じる範囲でしかありません。
 そして「言葉を持つ」という非常に学習密度の高い訓練を、長い「子供」の時期を通じて身に着ける訳ですから、後天的に備わる部分は大きいでしょう。言葉が無ければ考えることはできません。

 私は『いきものばんざい』から『ダーウィンが来た』に至るまで、NHKの動物モノを楽しんでおりますが、究極的には本能に従って弱肉強食と子孫繁栄の営みを続けていることが良くわかります。NHK的には「恋の季節」などと上品に表現しますが、単なる繁殖で、動物にはLGBTなどいない。例えば作り笑いをするようなコミニュケーション・ツールもありえない。
 「自然に帰れ」「本当の自分を見つけろ」こういった言い方は昔からあって、古くはヒッピーやフーテンが盛んに煽りました。その行き着くところは「自分探しの旅」でしょうか。あれは功成り名遂げた高名なサッカー選手が引退し、やることが無くなってブラブラしているのを咄嗟に形容した言葉です。本人はインタビューなんかを見ても、なかなか頭のいい人のようですからああいう旨い表現になったに過ぎないと思っています。しかし結果としてその旅で自分を見つけた人っているのでしょうか、寡聞にして知りません。
 閑話休題。
 そうして後天的に刷り込まれた『意識』というものが、強く集団として作用するのが宗教ではないかと思います。欧米のクリスチャンは食事の前に家族で祈りを捧げているシーンなどを見ますと、いもしない神様という者が漠然と存在するような刷り込みがされて行くでしょう。神様の姿が見えないので、マリア様やキリストの像に祈ります。イスラム教は偶像崇拝を禁じている代わりに一日五回も礼拝します。神道も神様のカタチはありませんね。
 一神教と多神教は後者の方が原始的に思えますが、一神教の絶対神も仲介者としての審神者(さにわ)としてモーゼ・キリスト・モハメッドが伝えなければ信仰にはならなかったはずで、古代においてはどちらもドロドロとした土俗的な”信仰”だったことでしょう。その後イスラム教やキリスト教は一神教として洗練されました。
 仏教についてはお釈迦様はカミ様についてどうこういったのではなく、解脱のノウハウを伝授して後継者たちが体系化していきます。そして大衆化していくに従って様々に具象化され、これはインド以東のアジア全般の多神教的な風土と良く馴染みました。
 ここで個人的な話です。私の家は浄土真宗でお寺にお墓参りに行きます。ところが母方は神道で、お葬式や法事に当たるお祭りにはお経の代わりに神主が来て祝詞をあげます。亡くなると命(ミコト)になってしまい、その際には一瞬照明を落とすのです。焼香はしないで玉串奉奠(たまぐしほうてん)、榊の枝を捧げるだけ。葬儀に清々しいとは多少違和感があるでしょうが、確かにそうなりますよ。
 一方で、最近ハマっているタオイズム(道教)は『無為自然』を説きます。

 おわかりでしょうか、生まれたままで好き放題なまけていればいい、とはなりません。人間などはそのまま一人では生きていくことさえできないのです。言葉を覚え集団で暮らしてこそ進化することができたはずです。
 ここからもう一捻りして、本能を鍛える訳です。思考し、格闘し、煩悶し、懊悩する、そこから生き物”人間”としての本能を呼び覚ます。その共通の思念の流れがそれぞれのエリアの民族を形作ると考えるのが自然でしょう。
 それでは日本とは?但し、近代の日本は様々な思想・宗教を内包しているため、一筋縄ではいきません。天皇親政が一番自然ですか?それはないでしょう。
 昨今の東アジア情勢を見ても、エリアで括ることは(同じ黄色人種であっても、モンゴロイドであっても)不可能に思えます。
 福沢諭吉は『脱亜入欧』と言いましたが、どうも最初から日本は『非亜抱欧』だったような気がするのですが。アメリカ人は一概に言えませんが正義が単純に好きですが、英国のシェークスピアは『マクベス』で魔女にこう言わせています。「きれいはきたない、きたないはきれい」なんとも薄気味悪い響きですが原文はと言えば「Fair is foul, and foul is fair」。解釈によっては「公正は不正、反則は正当」とも訳せてタオイスト風じゃないですか。
 これ、日本人の気質にも通づるように思えてなりません。

 ところでタオイズム本家の中華圏ではあやしげな現世利益宗教に成り果てたのはどうしてでしょうかね。

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タオイズム(道教)は難し

タオイズム(道教)は難し Ⅱ

 

Categories:2021年の安寧

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