Sonar Members Club No.36

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私家版 同級生交換

2022 JUL 8 0:00:24 am by 西 牟呂雄

 先に席に案内されたのでビールを頼み待っていると奴は現れた。予想に反してスーツ姿だった。
『やあやあ、久しぶり。忙しそうだな』
 昔ながらの笑顔を振りまいた。
 久しぶりと言っても2年ぶりくらいだから、お互いそう変りようもない。
『直近の仕事、相変わらずの充実ぶりに恐れ入ったぜ』
 この男、妙に鋭い表現で評論をするところがあるので、たまに会っては私の事業の感想を聞くことにしている。大半がどうでもいい感想なのだが、100回に1回くらい、目から鱗のことを口走る。
『あんまり面白いのでつい感心しちまったがよ。どうも先祖返りしたみたいでオレなんか懐かしいけど一般の顧客からはネタ枯れに見られるかもしれんな』
 これが聞きたかった。確かに苦し紛れのテーマかも知れない、成程。
 この男、奇想天外なことを言うかと思うと変にイジケテ見せたりして、ちょっと話しただけでは頭がいいのかバカなのかよくわからない、異形のサラリーマンである。
 こういう奴の人生は破滅するだろうと見ていたら、大学卒業後に猫を被ってカタギの就職をしたのでビックリした。ちなみにまだデキアガッてないが酒乱でもある。
『お前時々自分がマトモだと勘違いするけど、人から見りゃ十分偏屈で頑固なんだから普通にやってるつもりの仕事が個性を際立たせるんだからな。奇をてらう必要なんかない』
 こいつにだけは言われたくもないが、こいつが言うからそうかもしれないと思わせる、という複雑なプリズムである。
 そういうこいつは、就職先の評価は別にしても、やりたいように自由気儘な人生を重ねているが、本人に言わせると『若い時分から苦労を積み上げた血と汗と涙の人生を送った』ことになるらしい。バカバカしいのでその話が始まるとみんな無視している。
『これはこれはお待たせ』
 次の男が来た。抜群の秀才で人格高尚の教授である。酒を飲んでもそんなに崩れないし人望も厚い。研究に没頭しているかと思うと、事務処理能力も高く、人からは何と順調な人生を送っているのだろうと思われるに違いない。
 ところがこの男は病んでいるのだ。挫折をしないが故に心を病むという、これまた奇怪な人格を隠して生きている。それには本人も多少の自覚があるらしく、それだけでも最初の男よりはマシだ。
 更にこいつの美徳は働き者であることだ。といってもあくまで比較の問題なのだが毎日出勤しているのは仲間内ではこいつだけ。そしてなぜ未だに働くのかという問いに対し『性格がいいからだ』と平然と答える余裕さえ見せた。
『どうもどうも、みんな元気そうじゃん』
 三人目が登場した。こいつは単純に不可解である。いつ聞いても『今は基本的にプーだよ』と言って、確かに正業にはついていそうもない。若い頃に確か広告代理店の下請けのような会社を経営していたが、その後行方知れずになっていて、巷では本当にヤクザにでもなったのじゃないかと噂された。
 本人の言葉によると、上海で雑誌を作ったり和食屋を手伝ったりしたと言うのだが、バブル崩壊の大波を受けて日本から逃げたと睨んでいる。
 こいつの場合、働いていないことが日常で、こいつが忙しくなる時は世情騒然としているので、世の中のバロメーターとしては重宝である。
 でもって、目下のところウクライナの戦争やら物価上昇・円安おまけに選挙と喧しいがどうなのか。
『昨日もヒマなおっさん達と麻雀やって稼ぎ倒したぜ』
 日本は平和ということだな。
『おォ、もう始まってるのか』
 時間ピッタリに真打登場で今日のメンバーが揃った。最後のこいつも一筋縄ではいかない。宇宙人のように頭が良く大変なイケメン、一見性格も穏やかなのでよくモテる。いつも輪の真ん中にいて、オレ達のやるようなバカ騒ぎにはあまり加わらない。
 ところが内側に高温のダークサイドを秘めていて、チョッカイを出したマヌケは大やけどを負ってしまう。
 そして時々黙って狂う。あまりに女を寄せ付けないので一時ホモだと噂されていたが、それもない。
 プッツンの白眉は、ある中間テストだか期末テストの時に全科目で白紙答案を出すという暴挙である。僕にしろ最初の男や三番目の奴(要は一番マトモな2番目を除いて)は勝手に設問と関係ない内容を回答したりして遊んでいたが、さすがに全科目白紙には腰が抜けた。このことは職員室で大問題になったらしいが、教師の方もはれ物に触るのがいやだったようで、そのまま進級させてしまった。
 そう、そろそろ白状するとこの連中とはさる学校の同級生である。
 日経新聞の交遊抄や文芸春秋の同級生交換には、それなりの功成り名遂げた方々が『会えば途端に昔に帰り』などと麗しい青春譚が記されているが、我々はそうはいかない。あんな時代には二度と戻りたくはない。     
 表では大っぴらにサボり倒し、雀荘に入り浸ってははしゃぎまわっていたが、暗い焦りと将来の展望の無さに荒み切っており、そしてそれを周りに気取られないように繕うことに精いっぱいだった。何かに打ちこむわけでもなくヒマを持て余し、それぞれが発狂寸前だったが、そのカオスを互いに嘗め合うことなど決してしなかった。
 或いは共通の目的でも共有していたならば、それはスポーツでも芸術でも学業でもいいが、切磋琢磨してライバル関係となり得たかもしれないが、目指すモノ(それがあったとしたら、だが)が違い過ぎてありえない。むしろ、コイツみたいにだけはなりたくないとさえ思った、とでも言う方が実態に近いだろう。
 その後、何度かヘマをして今日に至っている。嘘ではない。具体的に言えば、酒・バクチ・女・自滅に絞られる事実があった。あの頃はそうでもしなけりゃいられず、止める訳にはいかなかったのだ。
 そして前期高齢者ともなれば、互いに何かの悪事を共有しているような秘密結社化した集まりになってしまい、無論他の連中はそれぞれ別のグループとも関わっているものの、この結社には誰も入れなくなった。
 この共有しているモヤモヤ感を、果たして友情と呼べるのだろうか。
 僕は秘かに自問した。これよりひどい集まりはあるだろうか、と。

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Categories:遠い光景

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