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京都魔界探訪

2022 NOV 1 0:00:41 am by 西 牟呂雄

 大正の中頃には僕の3代前は黒紋付の染め抜きの専業で手広く事業を展開したそうだ。関東の染色業者にも関わらず京都に店を構え、関東者が成功したと珍しがられたらしい。早い時期に専売特許を取得したこともあってほぼ無競争の商売だったようだ。
 その跡を継いだ次の代(すなわち爺様)が京都の事業を任されていたことになっていたのだが、爺様は仕事なんかしないで京都帝大に通っていた。
 先日、古い物を整理していたらその頃のモノが出てきて色々と面白かったのだが、京都の店の従業員の記録とか一連の綴りがあった。そして爺様が通ったのは経済学部であったことを記したものがあり驚いた。旧制高校は蔵前高等工業(現東工大)。通説では工学部に行ったことになっていたのだが経済学部である。更に不可解なことに中退していた。京大ではそのころ河上肇によるマルクスの研究が盛んで、京都学連事件(きょうとがくれんじけん)などの導火線となる学風であったため、大いにその方面に接近し当主(曾祖父)の勘気を被った可能性が高い。事実その直後、地元に帰され結婚もしている。
 それからおとなしく仕事をしたかと言うと、そうはならずに様々な奇行を重ね、挙句の果てに戦争中に統制を受けて店を閉めてしまい、息子達は跡を取らなかったせいで経営を譲ってしまった。宮内庁の仕事を手掛けて大赤字を出した、とも聞いた。菊の紋章を図案化するのに竹でできたコンパスを手作りしたとのことである。続けていてくれたのなら、僕はサラリーマンになんかならずに済んだはずだ。 
 以前からその京都の店および工場(こうば、と呼びならわしていた)がどうなったのかが気になっていて、先日京都に行ってみた。住所は京都らしく『〇〇通り▽辻クダル』。
 古には都大路だったというその通りの南端は羅生門があったと伝わる一角である。新撰組が入京してしばらくいた壬生のすぐそばにあたる。

いかにもな

 一見京都の普通の街角に立ってみた。往時を思わせるものは何もない。染物屋の店も工場も見当たらなかった。わずかに『××染工業』という看板がかかる事務所がビルの1室にあったが休日で人はいなかった。
 こういう時は近所を取材するのだろうが、それらしい人が都合よく歩いているでもない。漬物屋さんが店を開けていた。『ごめんください』と狭いお店に入ると柴漬けとかお惣菜があって、出てきたのは建築史や京都の歴史の泰斗である井上章一先生にそっくりなご主人.少し買い物をして、おもむろに尋ねた。
『ご主人、このお店は昔からやってるんですか』
『ワタシが始めてからは50年かな』
『はあー。その昔このあたりには染物屋はありませんでしたかねえ』
『そらこころはみーんな染屋でしたわ。床見てみなはれ』

『石造りですね』
『ウチは染屋に糊を卸してましたんや。糊を焚くのにセメントやらアスファルトではでけんので石敷いてました』
『えっ、じゃこの石畳は大昔からあったんですか』
『いや~、市電の廃材かなんかですやろ』
『・・・・』
 何やら得体の知れないオッサンで、後から考えるとこの時点で術中にはまったのかもしれない。
『その中に黒染めの専業の店はありませんでしたか』
『あったあった。こうしゅうこく、ゆうて世界一の黒染めやったで』
 何と!世界一って凄すぎないか。絹の黒染めなんかが世界に輸出されたとは聞いてない。
『こうしゅうこくって何ですか』
『甲斐の国の甲州に黒と書いてそう読ませてた』
 その屋号はウチだ、ただし こうしゅうぐろ、と読むのだがまっいいか。
『私はその四代目なんですが』
『(まったく無視して)店はすぐ三軒向こうやったけどもうついこないだ取り壊してしもた』
『僕のおじいさんはそこから京大に通ってたみたいなんですけど』
『(これまた無視して)最後に住んではったんは娘さんじゃなかったかな。工場(こうばと言った)は角の煙草屋の先にあって、今三階建てのうちが三軒並んどる』
 どうも話は嚙み合わないまま、ともかく場所は確認できた。私の脳裏にはマントを羽織った爺様が闊歩する姿が浮かんでいた。
 フト気が付くとお店には写真が飾ってあって、そのオッサンとソムリエの田崎真也さんが一緒に写っている。いったいなぜ。
『あっこれ、ターやんな。よう来るねん』
 いくら聞いてもどこで撮った写真かは教えてくれない。なんだかヤバい。

 その横にはこれまたそれなりの墨絵、京漬物と書いて落款が押してある。田崎真也さんの話はあきらめて。
『この絵は以前のお店の絵ですか』
『これな。これ芸大のセンセがくれたんや。いつもその先で飲んではったんで一緒になった時に頼んだら描いてくれはった』
『凄いじゃないですか。なんていう先生ですか』
『(これも無視)このセンセな、西本願寺はんのお土産に売っとる絵葉書の墨絵も描いたはる』
『誰だろうなあ』
『(無視)飲んではったときに描いたから筆も酔うてまんのや。ホホホホ』
 オッサンは耳でも悪いのか。いやそうじゃない。これが京者のイケズの真骨頂なのか。この話もやめた。
『えーと、ここから壬生のお寺は近いんですか』
『アンサン東京の人やろ。新選組の跡を身に行かはるんやろ』
『(なんだ聞こえてるじゃないか)ええ、ここまで来ましたんで』
『京都で新撰組で稼ぐんは八木のとこだけや。あら幕府お抱えの人殺しなんやで』
ギクッその八木邸、新撰組に転がり込まれて芹沢鴨が切られた所に行こうと思ってた。おまけに私は大の佐幕派。マズいぞ、これは。
『はぁ、お寺さんにでもお参りしようと』
『あの辺、夜になると(両手首をダラリと下げた幽霊の手つきになって)出るで』
『えっ、見たことあるんですか』
『あんなとこ夜に行くわけないやろ。コワイコワイ』
 その時のオッサンの上目遣いの三白眼にはゾッとした。口は笑っているのに。これはそろそろ退散した方がよさそうだ、と挨拶もそこそこに逃げ出した。

 オッサンの言っていたあたりは、確かに家を取り壊した更地があった。爺様、ここで暮らしたのか、と感慨に耽っていると、なんだか地面にシミが、オイオイオイ。
 もう少し先を行ってみたが煙草屋なんかないじゃないか。
 まさかオッサン、ボケているのか。
 田崎信也さんも本物じゃなくて、墨絵もただの印刷だったりして。どうも怪しい・・・。

三階建て

 アッ三階建てがある。よかった!まるっきり嘘じゃなかった。
 近いうちにもう一度訪ねてあのオッサンにまた確かめなければなるまい。その時は違う話をするような気がするのだ、京都人だから。

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Categories:アルツハルマゲドン, 遠い光景

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