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渚のいざない 海へ

2024 MAR 20 0:00:28 am by 西 牟呂雄

 

 インドからやっと帰ってきて、色々あったので海の基地まで出かけた。
 垢落しというか骨休めというか、何とも精神的にグッタリして海が無性に見たくなったからだ。
 ここは私のお気に入りの浜で、朝から晩までサーファーが練習している。
 そしてこの岬を回ったところに満潮時には隠れてしまう秘密のビーチがある。一人で引き潮の時に寝そべっているうちに満ちてきていきなり胸まで波を被って慌てたこともある。チョット危なかった。
 実は大いに落ち込んでいて、機嫌が悪いのである。不愉快なのだ。そしてどうしようもないことも分かっている。
 私は鬱病になる体質ではないので、この気分をもっとも正確に表すのは『悪い予感がする』か。
 こんな時は海を見ているに限る。
 普段であればハーバーで船を出すのだろうが、それも億劫なので始末に悪い。

潮溜まり

 引いた後の潮だまりはまるで小宇宙。貝だのイゾギンチャクがいる箱庭のようでかわいらしい。今回は小魚はいなかった。
 個々の生き物はこの小さい世界が自分たちのテリトリーだと信じ、満足し、必死に生きているかと思えば、私たちの知り得る無限の宇宙と同じだ。まぁイソギンチャクはモノを考えないかもしれないが。

年輪か

 そしてこの潮溜まりのある巨岩の表面に描かれた年輪のような模様に目を奪われた。
 表面はザラザラしているが、このキメの細かい線が柔らかい滑らかさを演出しており、恐らく石英が層を成した砂岩と思われる。
 幻想的な模様を刻んだこの岩を波が長い年月をかけて『滑らか』に磨いたのだろうか。
 その気の遠くなるような時間を思えば、現在その美しさに息を飲んでいる自分は冗談のような存在に思えて来る。
 特に、現時点の『悪い予感』に苛まれている身としてはね。

 この晩は良く晴れた月夜で、潮は上がって来ていた。
 不安定な心持のまま、人っ子一人いないビーチに出た。何故か星の輝きは記憶にない。泥酔していたからだ。
 昼間見た砂岩を眺めたくなってフラフラとビーチを歩いていたところで何かに吸い込まれるように転倒した。
 そこからは顔がヒリヒリしたという記憶のみが残った。
 翌日鏡をみてゾッとする。顔に大きな痣。それも、柔らかい砂浜にめり込んでできるような甘いもんじゃない。コンクリートでこすったような立派な怪我で腫れている。あの『悪い予感』はこのことだったのだろうか。
 いや、いくら何でもそれはない。なぜなら『悪い予感』はまだ続いているのだから。
 そこで再びあの砂岩のところまで行ってみた。やはり・・・・。私の煙草の箱が落ちている。小さな石段があってそれに気付かずによろけたに違いない。

謎の洞窟

 フト見上げると崖の中腹に妙な凹みが見えた。
 波の浸食によるものか、と登って行くと(夕べの事もあり多少恐怖感があった)明らかに人工的な掘削の跡である。
 這いつくばらないと奥までいけないのだが、例の『悪い予感』のせいで進む気になれず、入り口の所で座って海を見ていた。
 そもそもなんでこんな洞窟の掘削跡があるのか意味不明であるが、雨風くらいはしのげそうで寒くなければ寝泊りもできそうだった。1時間もいただろうか。
 すると続いていた『悪い予感』が引いていることに気が付いた。波は規則的に音を立てて寄せてきて、それに呼吸を合わせていた。そして不快感の本質が朧げに分かってくるような気分になったのだ。
 それは過去から将来に続く不整合に対する怒りとでもいうのか、言葉にしにくい感情で、最も近い表現は子供が無意識に持つ『死』という絶対に対する絶望のようなモノかもしれない。この世の神羅万象はことごとく繰り返される『波動』であり、私はただ波の音を聞くことでその『波動』を取り戻したように思えた。
 そろそろ帰りの渋滞が心配になり、顔の傷の痛みもひどくなったあたりでやっと腰を上げることができた。
 またここに来てこうしていたいが、それまで洞窟は誰も手を付けずに残っているだろうか。

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