台風の通った相模湾を渡る
2024 JUN 8 0:00:11 am by 西 牟呂雄
なんと間の悪い。恒例の油壷ー伊東レースが、台風直後の6月1日に行われた。前日、土砂降りの中、船を下したが、準備も何もレースが成立するかどうかも分からない荒れた天気で、台風は通過しても雨・風・うねりは残るかと暗澹たる気持ちになった。我が艇はレース・ボートではないのであんまりうねりに叩かれると規定時間内に入港できず、リタイアにされる公算が高いのである。
そう思って朝起きてみると何と風はない。油・水・ビール・ウィスキィ・食料を積み込み出艇申告し、レース旗であるピンクのリボンを括りつけた。本部艇にチェック・インをするため、スタート・ラインに向ってみれば鏡のような凪の海面である。我が艇はうねりにも弱いが、ベタ凪はもっと困る。凪では更に進まない。
試練は続く。メイン・セールを揚げようとすると出ない!マスト内の巻き込み式なのだが、中で噛んでしまっていた。ボースンがリフトに乗ってマストを登り、色々手を尽くしてもダメ。スタート時間の信号が鳴った。
ところが、あまりの風の無さに各艇ポジション取りに悩み一斉にフライングしてしまった。ジェネラル・リコールという再スタートとなる。こっちもはれどころじゃなく、メインはあきらめてやれゼネカーを出すぞスピンを揚げるぞとジタバタし、全く船は進まずに焦りまくっているうちに予告信号が鳴り、再スタートとなった。
スタート後10分を経過した時点で冷静沈着なスキッパーが厳かに言った。
『エンジンをかけろ。我が艇はリタイアするから本部にコールしろ』
全員全く異存なく、一部はニターッとした(僕が)。
こうなったらエンジンをブン回していい所に船を付け、早く温泉に浸かろうと一瞬にして切り替わったのだ。
後方で必死に風を拾い真面目にレースを戦っている僚船を見ながら、通常は6時間はかかる航路を約3時間で伊東に着いて入港祝いのビールを飲んで温泉に入った。
ところがのんびりと船に戻って来ると、大モメにモメている。僚船のオーナーとレース委員がトラブッていた。
レース委員会はあまりの風の無さにコースの短縮を決定したが、その際のフィニッシュ・ポイントは『北緯35度2分45秒 東経39度10分15秒付近』と決められていて、熱海から見える初島の北側である。ところがまずいことにこの日、同じような葉山~初島レースも行われ、そのフィニッシュ・ラインもそのあたりだった。そこでレース本部は多少ズラしてラインを張った。この際、ピン・ポイントで狙ってきた船がラインを見誤り、多少行って来いとなってロスが生じたのだ。その時本部艇に向ってかなり激しい罵声が飛んだらしい。
こういうこともあり得るので帆走指示書には『上記の位置はおおよそであり、位置の誤差は救済の対象にならない』と規定している。この『おおよそ』が問題とされた。
そこから事態は複雑になった。罵声を浴びせられたレース委員会も頭に来たらしく、船名を確認するとその船の所属ヨット・クラブの会長に厳重注意の電話を入れた。そして査問を受けたそのクルーも激高したという話。話がつかずに、油壷のドンである我がスキッパーの所に持ち込まれた。こういう時『おおよそ』は困るのだ。
まぁ、レースの最中だから興奮するのは分かるものの、品性に欠ける罵声は宜しくはない。その場でクレームのレッド・フラッグを揚げてレース成立後にしかるべき話し合いが行われるべき、という結論だ。
モメごとを捌いて、伊藤市長も来賓として参加する歓迎パーティーに臨んだ。
ここだけの話だが、地ビールというのにあまり旨いものはない、とだけ言っておこう。
さて、翌日再びセールと格闘して遂に引きずり出すことに成功、よかったよかったと港を出ると、真向いの東風を受けた。真上り、と言ってとても帆走できない。しかもよく見るとセールの一部が破けている。これは・・・・。このまま風に逆らわずに行ければ持つのだろうか。
案の定、破れ目は伸びてしまいこのままでは裂けて修理不能になる。今度はあわてて下ろしてたたむ。思えばこのセールも、十年以上良く働いてくれた。僕達のムチャな航海にも付き合わされて波飛沫を浴び、寒風の中を何とか安全に港へと運んでくれたのだ。これで寿命かとなると葬式でも出してやりたくなる。いや、むしろ捨てずに喜寿庵にでも持って行ってハンモックにするとか日差し除けにでもならないのか。そう言えば物置の奥に押し込んだ、もう使わなくなったゴルフ・クラブとかスキー板のようなものを並べて眺めたら楽しいかもしれない。
いや、他にもあるぞ、弾かなくなったギター、得体の知れないスパイク、使い物にならないノコギリ、と次から次へと頭に浮かんできて、暫し黙って海面を見つめていた。
それらは人間の業のような・・・マッ、ただのゴミ・ガラクタだが。
初島を交わし熱海に別れ告げ、真鶴半島を過ぎたあたりでは日が射した。夕べから飲み始めたウィスキィが2本が空いた。
で、結局のところ往復ともセール無しの汽走になってしまい、とてもヨットで横断した気がしなかったが、安全な航海はできたことになる。帰港した途端に雨が降り出した。
セールよ、ありがとう。
もう梅雨だな。
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Categories:ヨット