喜寿庵歳時記 リフォームと民泊
2025 DEC 16 0:00:16 am by 西 牟呂雄
築百年、各ジェネレーションごとに屋根を変え、サッシを入れ、床暖を張り、暖房を引き、と手を加えてきた喜寿庵も、ついに私の番が回って来た。きっかけは能登の地震で古民家が全滅したことだった。恐る恐る耐震構造の診断を受けたらば、一発アウト。柱と土台はしっかりしたもののようだが、壁の耐震はやはり基準の無い頃の建築なので持ちそうにないとのこと。おまけにマズいことに崖の上に建っているものだから能登並の地震だったら一たまりもない。
診断をしてくれた方が親切だったのでリフォーム業者をお願いしたところ、それなりの古民家ということで宮大工のような神社・仏閣・古民家の専業を紹介され、はっきり言って見積もりはハネ上がった。だがその時点ではもう後に引けなかった。
すると、アーダ・コーダと蘊蓄を聞かされ新たな提案までされた挙句、手が足りないの材料が無いのとなって工期は何と半年!こうなりゃもう破れかぶれだ。
いよいよ工事が始まった。
覗きに行くと畳は上げられ床ははがされ壁も一部は抜かれていた。へぇ、この下はこんなになっていたのか、などと見ていたが、幼いころから過ごして来た家が解体されるのには感慨深いものがやはりある。
そういえば庭だって楓が枯れたりこの辺には薔薇があったな。
新たな命を吹き込むようにリフォームされれば家も喜んでくれるだろう。冬の寒い日には早く言って温めてやらなければ、と車を飛ばしたものだった。
で、親方が帰って一人になった時点で気が付いた。今晩ここには泊まれない!
いかにも間抜けな話だが、工事は二階・書斎部分と居間・水回り部分の2か所を分割して行う計画だ。即ち二階部分は普通に使えることは使え布団も置いてある。カップラーメンでも食べながらキャンプ気分で泊まろうと考えていた。だが親方の帰り際の一言ですべてが瓦解した。『電気・ガス・水は止めてますから』
これ、どうすりゃいいんだ、今から東京まで帰るか。
と、あることに気が付いた。このすぐ近くに北富士総合大学の学生が運営する民泊がある。ダメもとでいってみるか。そこも空き家をリフォームして学生サークルが交流の場に活用していたはずだ。
とことこ尋ねてみると学生さんが一人で留守番をしていた。聞けば相部屋でよければ泊まれるという。平屋で共有スペースの他に畳敷きの6畳二部屋・4畳半一部屋、素泊まり〇千円の安さだ。お願いして日帰り温泉までメシとお風呂に行った。
さて、ビールと焼酎を手に戻ってみると驚いた。8人ほどが鍋を囲んでいるではないか。
半数は白人で、イタリアからの旅行者と北富士総合大学に来た留学生だそうだ。
僕は数十年前にしばらくイタリア南部にいたことがあるので少し喋ると破顔一笑、いろいろ話してくれた(そこからは英語)。二人は従弟同士で片方は学生、もう一人は休みを取って1年かけて世界中を回っている、どういう制度なのか知らないが給料は出ているらしい。シンガポールから上海に渡って富士山を見に来た、この後はオーサカだとか。試しに焼酎のロックを勧めると少し飲んで目を丸くし、もういいと笑った。
こちらの二人は遥かエストニアからの留学生で日本語専攻で留学に。確かに上手な日本語だった。今度はロシア語で話しかけたのだが全然通じない。そうか、バルト三国がソ連邦だったのはこの子たちが生まれる前なのだ。ましてやエストニアは今やNATOの一員でもあり、ロシア語なんかお呼びでない(その後英語で話した)。
話していると、こういうゲスト・ハウスはあちこちにあって旅慣れた外人はよく使うらしい。学生さんに聞けば利用者は半分以上が外国人だとか。ふうん。そしてこういった民泊のネットワークは全国にあるらしい。
皆さんお若い、老人は僕だけ。だが老人が旅をしてはいけないという事はない。僕もリュック一つでこういう所を泊まり歩けば行ったこともない日本の各地を回れる。面白そうだな。
さて、酔いも回ったので寝ようと民泊用語のドミトリーという6畳敷きの部屋に行き、つい立てで区切られた一角に布団を敷く。すると相部屋の人がムックリ起き上がった、女性?挨拶するとドイツからの観光客で一人で富士山を見に来たと言っていた。ドミトリーはそういうものらしく平気で着替えだすと腕にはタトゥー。妙な恐怖感を感じたが、まあいいや。
翌日チェック・アウトまで寝ていたら、客は僕だけになっていた。工事は半年かかるからまた泊まろう。
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Categories:和の心 喜寿庵






