2035年 わっ 大変だ !
2015 JUN 4 22:22:28 pm by 西 牟呂雄
人工知能編
このところどうもおかしい。僕がヨレヨレになって人工知能付きライフ・スーツを2千5百万で買ってからどうも面白くないのだ。僕は今80歳だが75歳の時に原因不明の奇病を発症し、身動きが取れなく認知症も出た。ところがその頃から異常に発達した人工知能、生命工学および介護医療機器のおかげで何不自由なく暮らせるようになってしまった。
ライフ・スーツはワイヤーを使って駆動させることが基本だが、皮膚へのダメージや感覚をソフトにするための多くの新開発が盛り込まれ、僕が買ったものはグローブタイプといって指先までカヴァーされているが暑かったりかゆくなったりしない。そしてあらゆるポイントにセンサーがついていてこちらが『立ち上がりたい』とか『歩きたい』『コップを持って水を飲みたい』と思うとそれに合わせた動きをしてくれるのだ。目の動きと神経の伝達を人工知能が感知して動くらしい。歩いているのはフワフワと腰掛けている感じだ。
腰を悪くした人は若い人でもヒップスーツなどを着用している。これにより介護の負担は大幅に低下し、ライフ・スーツの売り上げは年間1兆円の巨大マーケットとなった。
しかし愛用しだしてから、どうも自分で考えないでも人工知能が勝手にモノを食べさせたり排泄させたりしているような気がしてならない。認知症が進んできているのは記憶障害があったり言葉がすぐ出なかったりと自覚はしているのだが、最近はこのスーツのおかげで思考することができなくなったような気がしてくる。
ウッ先程空腹感もないのにモノを勝手に食べたような気がしたが・・。待てよ、その後何を考えたんだっけ・・・。話そうとしたが何を言えばいいのか分からない。目の前の人は誰だ。
これは・・・僕は生きていると言えるのだろうか・・。死ぬことはできるのだろうか、それとも死んでいるのか。
待てよ!実験されてるとしたら・・・わっ大変だ!
鏡 子供編
「ほら、この鏡をもって三面鏡に映してごらん。鏡の中に鏡を持った自分が映っていて、そのまた映った鏡のなかにもズーと映っているだろ。」
「ホントだ。すごーい。どこまでも続いていて最後は点みたいになってはじっこで消えちゃうよ。その先はどうなってるの。」
「それはズーッと続いているんだけど、目と鏡に角度がついてるから見えないんだ。目が鏡の中に入っちゃわないと見えないよ。」
「へー。じゃ目が鏡になれば無限の奥まで見えるの。」
「そりゃそうだけど。目が鏡になっちゃったら見えなくなるんじゃないの。」
「アッ。」
「どうした。」
「見て見て。てまえから五番目に映ってる僕が動いてる。」
「何言ってんの。手がずれたか、自分で動いたんだろ。」
「違うよ。見てよ、5番目だけ横向いてる。ホラ、見ろよ。」
「何だよ、手動かすなよ。アッ本当だ。オイッお前目を離すなよ。コッチを見た。」
「わぁッ、本当だ。そっち見てる。」
「おい、手を振ってるぞ。オレを見てる。」
「痛い!」「痛い!頭ぶつかっちゃった。」
「こっちも手ぐらい振らなきゃ。」
「アッ、僕が横向いた。」
「エッ、お前今オレのこと見てるじゃないか。」
「いや、鏡から目が放せない。」
「何言ってんだよ、鏡の中じゃなくて今こっち向いてるじゃないか。」
「違うだろ、鏡の中の5番目のお前のことを見てるんだ。お前も写ってるじゃないか。」
「おい、変だぞ。オレ目が鏡になっちゃったんじゃないか。」
「僕も変だ。お互い鏡の中に・・・。目が鏡になっちゃったよ!」
「わっ大変だ!」
魚眼 編
夜の桟橋でライトを射し込んだらゴンズイ玉がウネウネと漂っていた。色が不気味な緑色だったことを覚えている。この際哺乳類の鯨・イルカは別にして、魚は大きくとも小さくとも頭脳の程度は同じだとすると水の匂い、流れ、水圧、そして魚眼から見る風景といったものを感じて本能だけで生きていると考えて差し支えないだろう。更に光の届かない深海では物をみることも無いから、その辺で生きている魚類の視覚はかなり退化していると思われる。
しかし僕たち人間は自力の移動について地表を二次元的にしか動けないが、魚は三次元移動可能だ(水の中だけではあるが)。海底や川の底に腹這いになる種類もいるだろうが、大体は陸上のいかなる動物より(鳥だって寝るときは地上か木の枝にとまる)自由に上下左右前に(中には後ろにも)移動していられる。
それにしても魚眼は360度の視界で、魚は目が横についているからほぼ全方位を見ているのではないか。あの小さい脳の中でいかなる画像処理ができているのか。
実は生命工学の発達により、現時点では人間の目の機能を体の別の部分に移植することは可能になり、十分に脳との信号のやり取りができることが確認されている。一応の倫理規定があるが、中国では手の平に目を移植した事例が報告されている。また、一時はまがいもの扱いされたSTAP細胞もその後に彗星のように現れた天才科学者、大日向霧子博士により見事に再現(というより発明)された。これによって臓器はおろか器官までどこにでも付け替えられるのも時間の問題だ。
だから見た目を気にしなければ耳をウサギみたいに頭のてっぺんに移植して、目を顔の耳の部分に移植し左右別々に見えるようにすることも自由だ。その眼も何色にしようが魚眼レンズにしようがお望み次第。が、横についていて魚眼だったら人間の視界は脳内でどのように画像処理されるのか・・、意外とプレデターの見る画像に近かったりして・・・わっ 大変だ。
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酒 考(反省)
2015 MAR 4 22:22:00 pm by 西 牟呂雄
小倉のバカ飲みの言訳ではないが、今では生活の一部と言っていいだろう。『酒』である。
そもそもウチの家系は父方も母方もまるで優性遺伝でもするように血の繋がっている者は例外なく酒が強く、且つ好きである(男女問わず)。僕の酒癖の悪さは何度かブログでも紹介した(小倉分含めて)。そして色々なことに巻き込まれているが、僕以前に親族が若い頃にやらかした恐ろしい話はいくらでもある。幾つか証拠を挙げてみよう。
・ 泥酔して本郷の交番にストームをかけて保護されたがお巡りさんが名前を誤記して無罪放免になった。
・ 酔っ払ったその日に国電の大事故があり、家族が死体安置所にまで行った頃朝帰りした。
・ 京浜東北線で寝込み2往復した。
・ 常磐炭坑節をがなりながら某ターミナル駅前の交番で保護されていた。
・ アメリカ出張の際にお土産に買ったはずのウィスキーを飛行機で全部飲んでしまった(3本?)。
・ 朝起きたら会社の前に停まっていたトラックの荷台で目が覚めた。
これらは1960年代に目撃された事例だ。
尚、当時の戦後社会もそういう風潮ではなかったか。小林秀雄の伝説に『酔っ払って水道橋のホームから落下したが(高架で結構高い)無傷だった』『鎌倉で待合だと思って上がりこんで酒を飲んでいたら人の家だった』といった類の話が英雄譚的に伝えられている時代だ。
しかし時代を越えて
・ 新宿西口交番でゲロまみれになって保護されたが、あまりの悪臭に交番の外に座らされた。
・ マンションのエントランスで発見されたが完全に意識がなく、どこの誰だか分からず放置された。
・ 本人から『いくら歩いてもウチに着かない。どうなってるんだ。』と携帯から電話が入った。
といった報告が現役から来ている。僕の話じゃないですよ、念のため。
概して一族は明るい酒で、何かの折に一族が集まって飲み始めると何が楽しいのか『ウワハハハハ』『ガハハハハ』といった荒々しい笑い声が響き渡る。冠婚のときの親族の席は一際目立つ。半世紀も前の事、家で宴会が始まると当時は日本酒をいちいちお燗していたから母親が席の暖まる間もなく、お銚子を並べたお盆を持って台所と何十往復もしていた。座敷の壁際に空いた一升瓶がズラーッと並んで行く。僕はそのたくさんの一升瓶を並べたり転がしたりして遊んだ。
既に小学校には上がっていたかと思うが、子供心に『オトナは宿題やれ、とか早く寝ろ、とか言われないであんなに楽しそうに酒という物を飲んでいる。早くオトナになってああやってみたい。』と思い、その酒というものはああやってガバガバ飲むもんだ、と刷り込まれた。どちらも大間違いだったのだが。
こっちは実際に見たことないが、母方の祖父が義弟達を集めてやる酒宴も物凄いモノだったらしい。手元が狂って女学生になりたての僕の母親が床の間まで吹っ飛んだ話は一度書いた。それどころじゃない、床の間に活けていた花を酔っ払って食べてしまったり、みんなが被って来た帽子を重ねてパンチで底を抜いたり。こういう人々が高級官僚だったり海軍軍人だったり、果ては裁判官までいたのだから恐ろしい。
長じて最も反省させられるのは、キリがないことだ。僕は酔ってくると物凄く早口になるらしい。後から考えるとその時点で意識は飛んでいるから何を喋ったか忘れるのだが、周りには泥酔していると気づかれない時間があってやっかいだ。物を忘れることも多すぎる。先日も携帯を失くした。
しかしあの痺れるような味がする飲物があったとしても全く酔わなければあんな量を飲み干すことはできないだろう。目下の心配は『自分』まで失くしてしまい、そのまま頭でも打ってアルツハルマゲドン状態になってしまうことか。
先日都内某所で今から35年から40年前のバカバカしい行状を白状して笑われた。まぁ実際当時ですら『オレはもしかしたらヘッポコ探偵小説の主人公なのではないか』とため息をつくような暮らしをしていたっけ。翌日さすがに『昨日の話は全て消去、デリート、あれはウソです。』と言ってみたけれど。ドルフィンの皆さん信じて下さい、あれはウソです。
気が付けば今夜も酔いの中・・・・。いやだな。
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夢のアルツハルマゲドン
2014 DEC 12 16:16:24 pm by 西 牟呂雄
身の回りが青く広がっている。ブルーな世界だが透明感に包まれている。どうも宙に浮いているようで、気が付いたら足は地面を踏んでいない。息は普通にできているし手足も動く。
だんだんあたりが暗くなってくる。ブル~からブラック、色の無い世界にゆっくりと変わってくる。すると遠く、距離がどのくらいか見当もつかないような遠くの方にチラチラ光が見えてきた。それは前後左右上下と球面体のように広がっていて、体は自由に動くのだが重量感は感じられず、宇宙の真ん中を漂っているようなのだ。しかし先ほどから呼吸は不自由ない。そして重力を感じないせいで上下左右の感覚もない。漂っているのだ。
漆黒の空間に稲妻のような裂け目が走った、と思ったらガバッといった具合に水の上に頭が出た。今まで泳いでいたのか。いや、足が着いている。更に驚いたことに全然広くも無い水溜りのような池に立っているではないか。水は緑色に濁っていて下半身は見えない。出ようとして縁に手を掛けたらガサッと崩れて、同時にトイレが流れるときのように足元から吸い込まれて落ちていく。
転がり出た先は今度は何だ。緑色のタイルがモザイクのように敷き詰められただだっ広い部屋の中だ。ツルツルする手触りがあった。寝ていたのだ。ゆっくりと起き上がってみると体育館よりも広い。重力が感じられた。東京ドームがこのくらいなのだろうか、たった一人で寝ていたようだ。立っては見たが足元が滑って歩けない。しょうがないから四つんばいになって進もうとしたが、どっちへ行けばいいのかが分からない。滑りつつもセッセと這うことを繰り返したが、進んでもいない。上を見ると床と同じ色の天井が遥か高いところにあるのが分かった。ここは一体どこだ。
するとその部屋だか何だかがゆっくりと回転を始めた。体が少し滑るので分かる。そして平面方向だけでなく3次元軸も回転を始めた前後左右に滑り出したのだ。更にだんだん速度が速くなってくる。タイルの目地がぼやけて全体が緑の空間のようににじんで見えてくると、不思議な浮揚感に包まれ体の重ささえも感じられない。今は緑色の球の仲で浮いているような感覚になってしまった。手足の感覚がない。
いや、見ようとしてみると手も足も無い!無いというより見ることができないというか、肉体がどうも無くなった。緑の球になったころからだ。さっきまで四つん這いになっていたのに。
しかし何故だか『焦る』とか『困る』といったハラハラ急き立てられる感じがしない。この訳の分かんない状態は一体何なのか、どうしてこんなことになっているのか、全て分からない。それどころか、この緑の空間というのは僕に見えている”何か”なのか。肉体が無いというのは痛いもかゆいも疲れたもないので多少の陶酔感すらある。もしかしたらこの緑の空間が僕の『意識』かも知れない。
だんだん暗くなってきた。僕はズーッとしたを向いているらしい。下の方に下がって、いや落ちて行っているのだ、うわー・・・。真っ暗になっちゃったよ。
薄目が開いたように少し視界が利いている。声も聞こえるみたいだ。ぼんやりと人影も見える、動いている.『おじいさん、息して!』うるさいな、息なんかしなくても苦しくも何ともないんだよ。誰だあれは。見たことあるけど。もう目を開けるのも面倒だ・・・。あれ、オレは・・・・今まで何だったんだろう。人間だったかもしれないが、もう口が無いので言葉も発せられない。アッ目ももう無いようだ。瞬きしようとしたが瞼がない、目がなくなっているのだ。周りからはオレはどう見えているのか。オレ・・・・死ぬのかな・・・・。
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実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その3)
2014 NOV 13 19:19:41 pm by 西 牟呂雄
もう年の暮れだ。寒くなってきた。オレはもう一月以上ここで主夫をやっている。ジイチャンはやっぱりボケが進んでいて、どうやら何を育てる訳でもないのに畑を耕すのが仕事だと思い込んでいて毎日セッセとやっている。その間オレは掃除と洗濯をして週に二回買出しに行く。オレの呼び名がアキラの日とハルオの日だった。きのうがハルオの日だったので、又酒その他買出しに行き、ガソリンや洗剤まで買い込んだ。しかしこういう暮らしは食い物以外には金がかからないので、酒代がもっとも大きい支出だ。毎日テレビを見ながら夕方から酒を飲むのだが、ジイチャンは焼酎二杯で酔っ払って寝てしまい、だからほとんどオレが飲んでるようなものだ。オレは元々着替えなんて持ってないから、寒いのでジイチャンの(だと思う)半纏みたいなものを借りたり、野良着のようなセーターを着たりして過ごしている。一度だけ民生委員とかいうのが訪ねて来たのと電話が一本あった。その電話にはジイチャンが出たが、何だか突然『うるさい。ワシは大丈夫だ。』と怒り出して切ってしまった。あれは家族じゃなかったか。そうだとすればボケが進んでいることを心配しないのだろうか。
あと二日で大晦日、きょうのオレはヒトシになっている。例によって掃除洗濯に精を出していると、表に車が泊まった気配がした。『あら、なんで車があるのかしら。』と喋り声が聞こえてきて、玄関がガラガラ開けられた。マズいことにオレが這いつくばって雑巾がけをしている時で、女の人と目が合った。相当ビックリされた。
「あの!どちらの方ですか!」
「あー、ワタシ斉藤さんに頼まれて掃除と洗濯にお助けに来てるんですが・・・。」
「エッ、おとうさんったらそんなことしてたの。どうも申し訳ありません。おとうさんはどこですか。」
「畑に行ってますよ。」
そうかこのオバサンは娘なのか。しかし『申し訳ありません』等と口では言っているがオレを見る目つきは実に胡散臭そうな視線だった。そりゃそうだろう。実家に帰ってみたら見たことも無いオッサンが何故だか雑巾がけをしてりゃ誰でも驚く。オバサンは畑に呼びに行ったのか、出て行った。
ところが、その直後に家の前で猛烈な怒鳴りあいが聞こえてきた。オバサンとジイチャンが喧嘩を始めたのだ。
「だっておとうさん、もうろくが進んでるじゃないの!あんなの家に入れて!」
「うるさい!ヒトシには頼んで来てもらってるんだ!ワシはどこへも行かんぞ!」
「そんなこと言ってもやって行けないでしょう。」
「ヒトシは泊り込みでやってくれてるんだ!」
「なんですって!赤の他人を泊まらせているの!」
オイオイ、随分ヤバい話じゃないか。暫くいるのにジイチャン娘がいるなんて一回も言わなかったじゃないか。息子だ甥だ、あと籠原の知り合いに・・・。
これは恐ろしいことに巻き込まれないうちにオサラバしたほうがお互いの為じゃないだろうか。たった一つの荷物の旅行カバンを出してきて荷作りした(何にも無いに等しいが)。するとそこへ怒鳴り合っていたジイチャンとオバサンが上がってきた。ジイチャンは荷物をまとめているオレを見て
「ヒトシ!なにやってんだ。」
と大声を出した。
「イヤ、何かいちゃまずいんじゃないの。」
オバサンはオレを疑わしそうに見て聞いてきた。
「あなた一体誰なんです?」
「ヒトシと言います。」
「どこのヒトシさんなんですか。」
ハッとした。オレはもう何日も自分の名前を使っておらず、ジイチャンの呼びかけにヘイヘイと返事をするばかりだったから、名乗りを上げるときの本名を一瞬忘れていた。マズいぞ、マズい。
「イヤー、実は通りすがりの者なんですけど、畑を少し手伝ったのが縁でチョットおとうさんの面倒を見たんです。怪しい者じゃないんですが(十分怪しいか)。」
「あたしはこの斉藤の娘です。ウチのお父さんもモウロクしてますんで、時々変ですからあんまり」
「うるさい!モウロクはしてるがボケてはおらんぞ!ちゃんとヒトシと二人で暮らしてる!」
「ヒトシさんは何をしている人なんですか。」
「ハァー、余生をボランティアに・・・・。その・・・。」
「どうせ畑と言っても遊んでるようなものですし、もうここを引き払ってお父さんにも一緒に住んでもらおうと思ってるんです。」
「いやだ!」
びっくりするような大声だった。ジイチャンの叫び声だった。
「そんなこと言ったっていつまでも一人じゃ困るでしょ!酔っ払ってどうにかなっちゃったらどうなると思ってるの。ウチの人もいいって言ってくれてるんだから。それともこのヒトシって人に騙されてるんじゃないでしょうね。」
「ちょっと待ってくれ。オレは何にもしてないぞ!言われたとおりにしてるだけだ。第一騙して何を持って行けってんだ。」
「本当かしら。」
「うるさーい!もう帰れ!出てけ!」
「あーそうですか。せっかく一緒に住もうって言ってやったのに。」
「じょうだんじゃねぇ。誰が住むか。ここがワシのウチだー!」
結局オバサンは出て行った。オレは為す術もなく参った。
「さぁて、ヒトシ。焼酎でもやるか。」
「エッ、うん。まぁ。」
早速一緒に飲みだすのだがいつもよりジイチャンもオレもペースが速い。速い上に盛り上がらない。
「なぁジイチャン、家族がいるんだろ(ガブッ)。」
「いや、いないよ(ゴクリ)。」
「でも昼間のオバサン自分は娘だって言ってたぜ(ガブガブ)。そうなんだろ。」
「いや、違うな(ズルッ)。」
「でもなあ、昼間はジイチャンいきなり怒り出したけど、モノには潮時ってもんもあるぜ(ガブリ)。」
「ワシは知らん。はよう飲め(ジュルッ)。」
「ジイチャンって幾つなんだ。」
「でもアンタが来てくれて楽しかったよ。」
ジイチャンはもう半分眠そうになっている。しょうがないから布団を敷いてやった。今日オレが干してやった。
「タノシイって、そりゃ毎日飲んで楽しいか。」
「ワシも久しぶりに仕事に身が入ったよ。」
「ガハハ、仕事ったって・・・。まっいいか。」
待てよ、潮時。オレもいつまでもここには居られないだろう。昼間のオバサンだって今頃大騒ぎをしているに違いない。まさかとは思うが、なにかあったらオレが疑われるのは間違いない。考えて見ればこの界隈でオレの本名を知っている人はいないじゃないか。不安になって思わず聞いた。
「オレは誰だっけ。」
「楽しかったよ。」
ジイチャンは泣いていた。これだけボケが入っても、泣くという感情表現ができる内は立派な人間であることに変わりはない。二人でガバガバ飲みながら、ジイチャンもオレも別れの時が来たことを悟ったのだ。
「楽しかったよ。ヒーン、ヒーン。」
と言いながらジイチャンは寝てしまった。明日の朝早く、声をかけずにオレは出て行こう。それだけのことだ。さよならジイチャン。オレも楽しかった(と思う)。
ー15年後ー
ところで、オレはなんという名前だったのだろう。もう誰も声をかけてこなくなったので名前で呼ばれることが長いことない。ここに連れてこられて身の回りの面倒を見てもらっているのだが、来た時には何も持っていなかった。そしてずっと誰かを待っている気がしているのだが。ずっと昔、そう15年くらい前に、今では思い出せない場所で見知らぬ年上の人と仲良く楽しく暮らした記憶がかすかにある。
アレ!むこうから来るのは誰だろう。待てよ、オレじゃないのか?
おしまい
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実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その2)
2014 NOV 11 20:20:40 pm by 西 牟呂雄
きょうは朝から雨が降っている。ジイチャンとの不思議な共同生活が10日も続いている。その間ジイチャンがオレを呼ぶ名前はユズル⇒タケシ⇒アキラ⇒ユタカ⇒ヒトシ⇒ツヨシ⇒ハルオと毎日変わった。どうなることかと思っていたらそれ以上は増えず、不思議なもので一週間経つとまたこれらのどれかに戻る。知り合いや親戚の甥っ子の名前の様だが、過去の話を全くしないので一体何の素性なのかは分からない。
ジイチャンの所にはどこかから分けてもらったのか、自分で食べる分の米だけはたんまりあるようで、朝起きるともう米を研いで炊飯器でその日のメシを炊いている。漬物と海苔くらいで朝メシを済ます頃に、その日の呼び名で呼ぶ。きょうはアキラだった。
「なあ、アキラ。きょうは雨だから畑ができん。郵便局に行かないか。」
これはすぐ気が付いたのだが、ジイチャンは畑を耕すだけで何かを植えるとか種をまくようなことはやっていないのだ。やり方を忘れてしまったのか、秋口から耕して春に備えているのか。しかし、いつもオレにエンジンを掛けさせ、同じ所を2往復するだけだ。
「郵便局って手紙でも出すのかい。」
「アキラは何にもしらねーな。年金が振り込まれてるんだよ。取りに行くんだ。」
「ジイチャン年金払ってたのか。えれーな。」
これがボケだったら門前払いされるだろうと思いながら、ジイチャンを車にのせた。すると角に来れば『そこ、右行ってまっすぐ。』とか『左に寄せて。』と的確な指示。嘗ては運転していたのだろう。村の郵便局に着いた。ジイチャンはヒョコヒョコ入っていった。
しばらく車で待っていると、ジイチャンは封筒を持って、局員に付き添われて出てきた。本当に年金を引き出してたのだ。ところがその局員が車まで一緒に来てオレの顔を覗き込むのだ。
「アキラさんですか?」
「あー、はい。」
今から考えればこの一瞬の躊躇はマズかった。
「あなたはこの斉藤さんの何ですか?」
「斉藤(今まで名前を知らなかった)!あぁ、介護です。」
「かいご?斉藤さん介護申請してるんですか?」
「オニーチャン、アキラはボランティアでやってくれてんだ。しんぺーないって。」
「アッそうなんですか・・・。それじゃ斉藤さんお気をつけて。」
局員は実に怪しげな視線を送って来たが、無視して車を出した。
「アキラ、おめーダメだな。あんなときにオドオドしたら疑われるだろ。ちゃんと東京にいる甥のアキラです、って言わなくちゃ。」
「・・・・うん(そんな話初めて聞いた)。・・・・。それはいいけどちょっとコンビニ寄って少し栄養のあるもんと焼酎でも買おうよ。」
「あーいいよ。こっちだ。」
ジイチャンは慣れた感じで方向を指示する。すると村外れにちゃんとそれらしいコンビニがあった。ジイチャンは焼酎パックを5本買い、オレは缶ビールやコロッケ、カップ麺、野菜パックを買った。ほとんど漬物とメシばかり食べていたので肉が食いたかったからハムとチーズも買った。結構な量になったら、ジイチャンが払おうとするではないか。
「オイオイ、ジイチャン。金はオレが払うよ。タダで泊まってんだから。」
「なーにが、アキラ!きょうは金いっぱい持ってんだから。」
万札を出してお釣りを貰っている。計算はできるんだ。気になるので車の中で聞いて見た。
「なぁ、ジイチャン。普段は買い物なんかどうしてるんだ。」
「エッ、いつもアキラが乗せてってくれるじゃねーか。」
ダメだこりゃ。
その日はジイチャンが仕事だと思ってる耕運機の往復はアメでできないから(本気を出せばできるだろうが)オレは日中ズーッと掃除をした。風呂もトイレもだ。それで夕方から又焼酎だ。久しぶりのビールが胃に染みた。
「朝だよー。」
の声で起こされた。八時か。
「おはよー、ジイチャン。きょうはオレ誰なんだ。」
「トボケるでない。まだボケてねー。ユタカだろ。わーかってんだから。」
「はいはい。」
「ワシはちょっと畑行って来るからメシ食ってろ。」
きょうは見事な晴れ、初冬だからインディアン・サマーのようだ。そのせいかジイチャンは張り切って出て行ったので、オレはメシを食い一服し、布団を干して洗濯機を回した。昔は大家族だったんだろう、布団は沢山あって長いこと使わなかったようだ。何か布団がかわいそうな気がして片っ端から引きずり出してみんな縁側に並べて干した。
「斉藤さーん。ゴメン下さい。」
オヤ、誰か来たのか。オレしかいない。
「はい。斎藤のジイチャンは畑に出てますが。」
「あなた、どなたですか。」
「アッワタシ東京の甥のユタカですが。」
「あら、甥子さんが東京にいるなんて聞いてないですよ。きのう郵便局に斎藤さんと来た人ですよね。」
「あれは僕じゃありません。斎藤さんの知り合いのアキラ(オレだけど)って人ですよ。」
「別の人ですか。郵便局が『見たことの無い怪しいやつと斎藤さんがお金を下ろして行った。』って通報があったんできたんですがね。あたし民生委員なんです。」
「それは大丈夫でしょう。あいつは(オレのことだけど)大丈夫です。あ、ジイチャン帰って来た。ジイチャン、この人アキラ(くどいようだがオレのことだ)のこと怪しいやつだってさ。」
「アキラ、そりゃ見た目はマトモではなーいがね。」
「そうかい、普通だろ(だってオレの事なんだぞ)。」
「いや、あれは確かにヤバい所もある。ところでユタカ、耕運機が壊れてんだが、チョット見てくれ。」
「あーいいよ。じゃ民生委員さん、大丈夫ですから。」
「はい、斎藤さん少しおかしいときもあるから悪いサギにでも合ってないか心配で来たんです。こんな親切な甥子さんがいるなら・・。でももう10年以上ひとりだったけど。」
オバサンは首を振りながら出て行った。あの郵便局員の奴、オレをサギとでも思ったのか。ジイチャンと畑に行って、また直ぐ掛かるエンジンを掛けてやった。
つづく
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実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その1)
2014 NOV 9 23:23:33 pm by 西 牟呂雄
一人旅といえば聞こえはいいが、できるだけ現金をケチってウロウロするのもこの年になると楽ではない。はっきり言って車上生活をしているホームレスと言われても仕方がない。夏場に宮城・福島でボランティアめいたアルバイトに精を出して少しは被災地に貢献しただろうから、小金を持って南下した。埼玉に入ったあたりで少し休みたいと、高速を降りネットで探した最も安い所にチェク・インした。田舎だな、あたりをブラッと歩くと家畜の臭いがするときがある。写真でみたホテルは何やらプチ・高原ホテルといった趣で、悪く言えばバブルの落とし子の行く末の典型だ。恐らくリストラを迫られたのだろう、使っている部屋は二階建ての下だけで食事もつかない。
このあたりは水が少なさそうで、水田というより畑。それも恐らく昔は養蚕のための桑畑だった地域と思われる。少し広い所は耕作放棄地が草茫々になっていて、それはそれで古の荒地風情だ。もう少し行くと工業団地になっているらしい。
歩いていたら、麦藁帽子のオッサンが畑の隅に腰を下ろしてタバコを吸っているのと目が合った。ニッコリするので『コンチワー。』というと『ご苦労様です。』等と返事が返ってくる。更に『いや~、参っちまったよ。』と言う。傍らに小型耕運機があった。
「ナントカ原のカントカが行っちまってよ、けえってくるって言ったけどどーこ行ったかさっぱり戻って来ねえ。」
面倒だったので聞き返しもしないで一緒に腰を下ろしてタバコに火を付けた。
「いい天気だねー。」
と話しかけると、ゆっくりこっちを向いた。
「早く直してくれよ。おりゃ仕事になんねーよ。」
と困った表情を浮かべた。
「直すって?」
「来てくれたんだろ。これ直してくれに来たんだろ。」
えっ、何言ってんだオッサン、いやジイチャンだな。指差しているのは耕運機だ。
「これどうしたんだい?壊れたのかい?」
「ずーっと待ってたんだよ。」
とニコニコしている。何だよ。その耕運機(手押し型)の所へいってスターターを引っ張ってやるとすぐにエンジンがかかった。なんじゃこれは。するとジイチャンは満面の笑みを浮かべて、
「ありがとう、ありがとう。やっぱりユズルがやってくれると仕事が早い。」
ユズル?誰のことだ??まあいいか。ジイチャンは耕運機を押しながら畑の向こうまで行っては返ってくる。二往復くらいしたらエンジンを切った。
「ああ、疲れた。ユズル、帰って一杯やろう。」
「いや、オレはユズルじゃないよ。間違えてるんだよ。」
と言ったが構わずスタスタ行ってしまう。振り向いて、
「ホレ、早くしろ。焼酎やるべい。」
不覚にも『焼酎』の一言に吸い寄せられてくっついて行ってしまった。直ぐそこの田舎作りのそれなりの一軒家に入っていった。誰かバアさんでもいるのか。
上がりかまちから覗くと土間になっていてジイサンは上がって手を洗った。オレも洗う。一年中このままにしているような炬燵のところに茶碗を二つ持ってきた。
「ほれ、いっぱいやれや。」
と焼酎をドボドボ注いだ。
「よう帰ってきてくれたのう、ユズルがいると酒がうまいわ。」
「ジイチャン、オレはユズルじゃないって。」
「んー?早く飲めよ。」
「ユズルじゃないって。間違えてるんだよ(ガブッ)。ん、うまい。ユズルってジイチャンの何なんだ。」
「なーにが。息子の名前間違えるはずがない。ちょっと待て。」
息子!これジイサンはボケてるのか、だったらまずいぜ。ジイサンは立って台所に行き、漬物を切って持ってきた。
「ジイチャン、オレ息子じゃあないよ。通りすがりの者だ。(ガブッ)。」
「そうかそうか。この漬物うまいぞ。(ガブッ)。」
「あのさー、ジイチャン家族とかいないのかい。(ガブッ)。」
「ウロコ雲が出たからそろそろ霜にも気を配んなきゃな~。(ガブッ)。」
「あのさ、ジイチャン・・・・。まっいいか(ガブッ)。」
そうこうしているうちに、オレも酔いが廻ってくる。
「オオ、ニホンシリーズなんだ。テレビテレビ。」
二人で一緒にテレビを見る。するとジイチャンは阪神タイガースのファンらしくて、いつの間にかトラのメガホンを持ってきてセッセと応援しているではないか。癪に障ったのでホークスを応援する。ジイチャンは『ろーっこーおーろーしー』等と元気一杯に歌ったり、スタンドに合わせてメガホンを叩いたり。負けちゃいらんないからコッチも力が入る。その間ガブガブ飲む。
二人で騒いでいたら何と西岡が守備妨害でアウトになってしまって、二人同時に『アーッ!』と声を上げた。この瞬間ホークスの日本一が決まった。
「ジイチャン残念だったな。ん?」
返事がないと思ったら寝てるじゃないか。しょうがないな、オレも帰ろう。
翌日、そのホテルをチェック・アウトしたのが昼時だった。フと気になって車で昨日の道をジイチャンの家の方に出した。すると驚いたことに昨日と同じ所に座っているではないか。
「おーい、じいさん、夕べは世話になったなー。」
「オオ!籠原のタケシじゃないか。良く来たな。」
「ん?昨日はユズルじゃなかったか?」
「なーに言ってんだ。ユズルはワシの息子だろうが。こう見えてもボケちゃいねーぞ。」
ボケてんだっつーの。まあいいや、と車から降りた。
「イヤー助かった。耕運機が動かねーんだよ。ちょっと見てくれよ。」
なんだよ、またかよ。はいはい、とスターターを引っ張ると直ぐかかった。
「ホレ、ジイチャン。」
「おーおー、さすがタケシだ。助かったよ。」
昨日と同じ所を耕運機を押して往復すると、オレを見てこう言った。
「よう、タケシ。せっかく来てくれたからウチに寄れよ。焼酎やるだろ。」
昨日と同じじゃないか。こりゃ本格的にイってるぜ。
「ジイチャン、オレ車だから飲めねーよ。」
「じゃ泊まっていけよ。」
なんだかデ・ジャ・ヴだ。こっちもヒマだけど・・・。
「分かったから車に乗ってくれよ。」
つづく
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実験ショート小説 アルツハルマゲドン(オレは誰なんだ!)
2014 MAR 24 17:17:37 pm by 西 牟呂雄
暑い、胸のあたりに汗の粒ができて流れ出すのがわかる。しかしここは何処なのか。気がついたら砂漠の中を歩いているではないか。そしてどうやら一人ではない、何人かが後から同じように歩いてくるのがわかった。うしろの人影を見やると、何と野戦服を着て突撃銃を持っているではないか。「コントゥレ・ヴー・ムッシュゥ。」フランス語だ。よくわからないが、戦うといっているのじゃないか。鋭い目でオレを見ている。オレはというと、と気がつくとアッと驚いたことにこっちも野戦服に銃を装備している。それは知る限りではフランス外人部隊のものだった。そしてオレは先頭に立って砂漠の中をただ歩き続けているこの小隊の指揮官なのかも知れない。どうしてなんだ。
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突然意識が目覚めるとベットに寝ている、痛みはない。自宅のベットではなさそうだ。一人でシングルベットに寝ているのだが、ホテルのベットとも違う。ここはどこだ。壁も天井も白く塗られていて家具は無い。わかった、ここは病院なのだ。どこか悪くしたのだろうか、それとも怪我か。まだ目が覚めたばかりのような感覚で、全身が麻痺している。試しに手足を動かそうとしても、どうやら動かないようだ。どこかで障害を負うような目に合って担ぎ込まれたのかも知れないが、オレにはわからない。日付や時間が知りたくて目を動かすのだが、のっぺりした壁があるだけ。窓があるのだが、ベットからは外の景色が見えない。どうも晴れていて外は明るいようだ。いつからここにいるのか、いつまでいることになるのか。
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砂漠に這いつくばって、必死に何かに耐えている。息苦しい。後ろから叫び声が聞こえてきた。「ルオンズ・ジュェン!」何のことだ。風もそう厳しくないのにオレ達は砂に伏せているのだ。前の方で何かが起こっているようなのだがわからない。わからないが必死になっていることは確かだ。又、叫び声が聞こえる。「ルオンズ・ジュエン!」オレも叫び返した。『6月11日がどうしたんだ!』どういう訳か突然フランス語を理解したのだ。だが不思議なことに喋ったのは日本語だ。「3月11日と9月11日の真ん中だからルオンズジュエン(6月11日)。」あの忌まわしい9.11と3.11とこの状況に何の関係があると言うのか。オレはテロとは関係ないし、被災こそしなかったが被害者には手を差し伸べた立場だった!それにこの白人の兵隊、日本語も分かるのは何故だ。きょうは2014年6月11日のようだった。
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オレはベットに座っている。目の前のベットに被さるような移動テーブルを見ているのだが、そこに乗っているのは、どうやらオレの足のようなのだ。足の脛から下の部分が二本、置いてある。あわてて自分の足を見ると、確かに膝から下がない。何かの事故に会って手術でも受けたのだろう。痛みも何もないのは時間がずいぶん経ったからか麻酔が効いているからなのか。その自分の足を手にとって見たが、思ったより軽くて驚く。こんな程度でオレの体重を支え、なおかつ走ったりしていたのか。試しに膝の下に当ててみた、それがくっついていたことを確かめるように。すると切れ目のところは包帯でグルグル巻きにされているにも関わらず、ぴったりくっつく感じがして、やはりオレの足だったことは感覚として蘇った。もともとがそうであった時を思い出すように、丁寧にその足を押さえて、それが足だったときの、すなわち立ち上がるときの動作をしてみようとした。
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前のほうから砂丘の砂が崩れ出してきているようだ。這いつくばっている高いところから見える先の方から、音も無くずり落ちていくのが見え出した。一体なにが起こっているのか後ろの兵隊に確認しようと振り返ると、その兵隊は「スペクタークル!」と叫んで立ち上がってしまった。オレも急いで立ち上がってみると、何とオレとその兵隊の二人だけになっているではないか。前方の砂崩れは続いていて、それはドンドン近づいて来るのだが、砂埃が上がるわけでもなく音もしない。そして風景の向こうに高層の摩天楼が林立している街が見えてきているではないか。オレ達はコンバット・ゾーンにいるのじゃなくて、災害に合っているようだった。
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結局オレの足はしっかりとは付かないのだが、バランスを取りながらソッとやってみると立ち上がることも出来そうだった。やってみるとまるで球乗りの曲芸をやっているようだが、歩くことは歩ける。ギクシャクと病室の外に出ようとした。自分の足が外れてしまわないように、足元を見ながら何とかドアまでたどりつくと、目線の高さのところは30cmくらいガラス張りになっているので外の廊下が見えた。看護師さんが歩いている。突然男がヌッと覗いた。グレーのスーツに紺のネクタイを締めているので、医者や看護師ではなさそうだが、オレと目が合った。見ると良く知ってる顔なのだが誰だか思い出せない。男はオレにドア越しに怒鳴った。「勝手にウロウロしちゃだめじゃないか!」この男は誰なんだ。
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砂崩れが迫ってきた。その向こうから見えてきた街の低さから、推定100m下まで崩れ落ちていっているのではないだろうか。後ろに立っている部下(らしい男)の双眼鏡を引き寄せて覗くと、5kmくらい先に確かに街、それも全体がブルーの光を反射しているビル群があるのだ。そうこうしているうちに、砂崩れが真近にせまってきた。まずい、と後方転進した。すると何故か今まで気がつかなかった、棒高跳びに使うようなポールが突き出しているのを見つけた。「オイッつかまれ!あの棒につかまれ!」と言って必死に走った。部下(らしい)兵隊もオレも足を取られながら、跳び付くようにつかまった。途端に足元の砂はサーッと崩れ落ちて行き、まるで氷山が崩れ海に吸い込まれるような感じで、ポールに掴まっているオレ達は宙に浮いていた。そのポールは廻りの砂が(どこに流れて行ったか分からないが)崩れ去った後も不思議そのままで、下を見ると遥か何十mもの高さでポツンと立っているのだ。
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この男よく見るとオレに似ている。いやむしろそっくりだ。ただ、唇がやけに赤く、どういうつもりか部屋に入って来るではないか。「何回言ったら分かるんだ。部屋から出てきちゃだめだろう。又転んだらどうするんだ。」ずいぶんな剣幕だが、一体何者なんだ。気が付くと入り口の横に洗面台があって鏡が付いていたので目が行った。するとやけに老け込んだオレが映っているではないか。いつの間にこんなに年をとったのか。先ほどの男を見やると、男は困った顔をして言った。「もうすぐ食事の時間だからベットで待ってろよ。」どうしても分からないので、とうとう口に出して聞いてみた。「君は一体誰なんだ。」
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二人も掴まっているので、危なげに立っていたポールがしなり出した。高さが高さだけに空中を浮遊するようで、どうも前方に見えている街のほうに倒れていく。スピードが上がってくると何と街のすぐ上に達した。高層の建物がよく見える。ビルの間を漂うように浮いていたが、しなりの反動が来てまた体が上昇を始める。気が付くともう一人の部下(らしい)男はずっとポールの下の方に伝い下がっていく。「大丈夫かー。」と声をかけると「サ・ヴァ!トゥ・ヴァ・ビァン。」と答えた。このまま掴まっていると手が体重を支えられなくなると考えて足をポールに絡ませてしがみついた。かなりの高さまで戻った時に良く見廻してみたが、何とさっきまで這いつくばっていた砂丘が全く無くなっている。崩れてどこへ行ったと言うのだ。
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「又それか。オレはあんたの息子だって言ってるじゃないか、いつも。まぁすぐ忘れるんだろうけど。」息子、息子がいる。一体どういうことだ。恐る恐る質問した。「今日は何日、待てよ、何年何月何日だ。」男はフーッと息を吐いて「2016年12月11日だよ。カレンダーがあるだろ。」と壁を指して言った。確かにカレンダーが張ってあり12月だ。日付のところに10日の所までチェックが入っていて11日からはない。過ぎた日を消し込んでいるのか、と理解した。オレは記憶が無いのか、2016年とは。混乱しているオレを見て男はあからさまに嫌な顔をした。しかし息子がいるということは、誰かと結婚して(してないかも知れないが)家庭を持つなりして暮らしていたはずだが。恐ろしくなったオレはフト気が付いた。ついさっきまで苦労していた足取りが何ともなくなっていて、見下ろすとなんの不自然さもなくちゃんとくっついているではないか。あの感覚は何だったのか。記憶をたどろうとしたときに、フト引っかかったのは2014年6月11日という日付だ。その日に何をしていたのか。
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又ポールのしなりが始まった。さっきよりしなり方が大きく弧を描いているらしく、もっと遠くの建物のほうに落ちていく。ほとんど真横にって、オレは手長猿が木の枝にぶら下がっているような恰好になってしまった。ある恐怖感に駆られた。このままではいつか力の限界が来て下に叩きつけられるのではないか。そう思った瞬間、ある建物の屋上が目に入った。正確に言えばぶら下がっているから頭の方の視界に入った。今だ、とばかりに脚を解いて手だけでつかまり、ポールがしなり切った時点を見計らい、離した。オレの体はストンといった具合で落ちた。まことに不思議な感覚でスーッと屋上に立ったのである。
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「とにかくおとなしくしてないと拘禁されちゃうぞ。昨日は屋上でうろうろして大騒ぎになったじゃないか。」何の話だ。オレは昨日のことが分からなくなってしまったのか。昨日は、昨日は、昨日は・・。待てよ、部屋には備えつけの机があってメモ用紙が散らばっている。3枚の紙片に日付が書き込んである。2001.9.11・2011.3.11・2014.6.11と書いてある。初めの日付はあの恐ろしいテロ、次は大災害の日だ。その次はかすかに記憶があるが、何だか思い出せない。きょうは、息子と名乗る男から2016.12.11と聞いたので、新しいメモ用紙に『きょう』の日付を書き込んでみた。その男はオレのその様子を見て部屋から出て行った。オレは4枚のメモ用紙を穴の開くほど見つめた。少し計算した形跡が細かい字で書いてあるが、何かを計算していたようだ。どうやら考えたのは数列のようだった。0から9までを並べてその整数の出現頻度別に0が5個、1が14個、2が4個あとは3、6、9と続く。なんの関わりも見出せない。整数を合計したり、0の前後を加減乗除しても何もない。今みても分からないのだ。
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腰から下はドローンとした歩き辛い、やけに生暖かい水温の沼地をそろそろと歩いている。数名の人がオレの後からついてくる。一体ここはどこだ。足が取られるので一歩一歩進む。頭上には南国の高い太陽が差しているが、蒸し暑さが感じられない。オレは手に磁石を持っているのだが、何処へ向かっているのか。それよりもいつからこうしているのか。振り返ると精悍な鋭い目付きの迷彩服の男達がM-16ライフルを持っているではないか。ギョッとして言葉を失った。5人いてこっちを見ている。白人二人、黒人一人、東洋人二人。何かを言わなければならないようなので、小声で言った。「今日は何年何月何日だ。」すると一番前の若い白人がきっぱりと言った。「トゥーサウザン・トゥエニィ・シックス・デセンバー・エレヴン。サー!」2026.12.11・・・。オレは一体誰なんだ。
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