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実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その3)

2014 NOV 13 19:19:41 pm by 西 牟呂雄

 もう年の暮れだ。寒くなってきた。オレはもう一月以上ここで主夫をやっている。ジイチャンはやっぱりボケが進んでいて、どうやら何を育てる訳でもないのに畑を耕すのが仕事だと思い込んでいて毎日セッセとやっている。その間オレは掃除と洗濯をして週に二回買出しに行く。オレの呼び名がアキラの日とハルオの日だった。きのうがハルオの日だったので、又酒その他買出しに行き、ガソリンや洗剤まで買い込んだ。しかしこういう暮らしは食い物以外には金がかからないので、酒代がもっとも大きい支出だ。毎日テレビを見ながら夕方から酒を飲むのだが、ジイチャンは焼酎二杯で酔っ払って寝てしまい、だからほとんどオレが飲んでるようなものだ。オレは元々着替えなんて持ってないから、寒いのでジイチャンの(だと思う)半纏みたいなものを借りたり、野良着のようなセーターを着たりして過ごしている。一度だけ民生委員とかいうのが訪ねて来たのと電話が一本あった。その電話にはジイチャンが出たが、何だか突然『うるさい。ワシは大丈夫だ。』と怒り出して切ってしまった。あれは家族じゃなかったか。そうだとすればボケが進んでいることを心配しないのだろうか。

 あと二日で大晦日、きょうのオレはヒトシになっている。例によって掃除洗濯に精を出していると、表に車が泊まった気配がした。『あら、なんで車があるのかしら。』と喋り声が聞こえてきて、玄関がガラガラ開けられた。マズいことにオレが這いつくばって雑巾がけをしている時で、女の人と目が合った。相当ビックリされた。
「あの!どちらの方ですか!」
「あー、ワタシ斉藤さんに頼まれて掃除と洗濯にお助けに来てるんですが・・・。」
「エッ、おとうさんったらそんなことしてたの。どうも申し訳ありません。おとうさんはどこですか。」
「畑に行ってますよ。」
そうかこのオバサンは娘なのか。しかし『申し訳ありません』等と口では言っているがオレを見る目つきは実に胡散臭そうな視線だった。そりゃそうだろう。実家に帰ってみたら見たことも無いオッサンが何故だか雑巾がけをしてりゃ誰でも驚く。オバサンは畑に呼びに行ったのか、出て行った。
 ところが、その直後に家の前で猛烈な怒鳴りあいが聞こえてきた。オバサンとジイチャンが喧嘩を始めたのだ。
「だっておとうさん、もうろくが進んでるじゃないの!あんなの家に入れて!」
「うるさい!ヒトシには頼んで来てもらってるんだ!ワシはどこへも行かんぞ!」
「そんなこと言ってもやって行けないでしょう。」
「ヒトシは泊り込みでやってくれてるんだ!」
「なんですって!赤の他人を泊まらせているの!」
オイオイ、随分ヤバい話じゃないか。暫くいるのにジイチャン娘がいるなんて一回も言わなかったじゃないか。息子だ甥だ、あと籠原の知り合いに・・・。
 これは恐ろしいことに巻き込まれないうちにオサラバしたほうがお互いの為じゃないだろうか。たった一つの荷物の旅行カバンを出してきて荷作りした(何にも無いに等しいが)。するとそこへ怒鳴り合っていたジイチャンとオバサンが上がってきた。ジイチャンは荷物をまとめているオレを見て
「ヒトシ!なにやってんだ。」
と大声を出した。
「イヤ、何かいちゃまずいんじゃないの。」
オバサンはオレを疑わしそうに見て聞いてきた。
「あなた一体誰なんです?」
「ヒトシと言います。」
「どこのヒトシさんなんですか。」
ハッとした。オレはもう何日も自分の名前を使っておらず、ジイチャンの呼びかけにヘイヘイと返事をするばかりだったから、名乗りを上げるときの本名を一瞬忘れていた。マズいぞ、マズい。
「イヤー、実は通りすがりの者なんですけど、畑を少し手伝ったのが縁でチョットおとうさんの面倒を見たんです。怪しい者じゃないんですが(十分怪しいか)。」
「あたしはこの斉藤の娘です。ウチのお父さんもモウロクしてますんで、時々変ですからあんまり」
「うるさい!モウロクはしてるがボケてはおらんぞ!ちゃんとヒトシと二人で暮らしてる!」
「ヒトシさんは何をしている人なんですか。」
「ハァー、余生をボランティアに・・・・。その・・・。」
「どうせ畑と言っても遊んでるようなものですし、もうここを引き払ってお父さんにも一緒に住んでもらおうと思ってるんです。」
「いやだ!」
びっくりするような大声だった。ジイチャンの叫び声だった。
「そんなこと言ったっていつまでも一人じゃ困るでしょ!酔っ払ってどうにかなっちゃったらどうなると思ってるの。ウチの人もいいって言ってくれてるんだから。それともこのヒトシって人に騙されてるんじゃないでしょうね。」
「ちょっと待ってくれ。オレは何にもしてないぞ!言われたとおりにしてるだけだ。第一騙して何を持って行けってんだ。」
「本当かしら。」
「うるさーい!もう帰れ!出てけ!」
「あーそうですか。せっかく一緒に住もうって言ってやったのに。」
「じょうだんじゃねぇ。誰が住むか。ここがワシのウチだー!」

結局オバサンは出て行った。オレは為す術もなく参った。
「さぁて、ヒトシ。焼酎でもやるか。」
「エッ、うん。まぁ。」
早速一緒に飲みだすのだがいつもよりジイチャンもオレもペースが速い。速い上に盛り上がらない。
「なぁジイチャン、家族がいるんだろ(ガブッ)。」
「いや、いないよ(ゴクリ)。」
「でも昼間のオバサン自分は娘だって言ってたぜ(ガブガブ)。そうなんだろ。」
「いや、違うな(ズルッ)。」
「でもなあ、昼間はジイチャンいきなり怒り出したけど、モノには潮時ってもんもあるぜ(ガブリ)。」
「ワシは知らん。はよう飲め(ジュルッ)。」
「ジイチャンって幾つなんだ。」
「でもアンタが来てくれて楽しかったよ。」
ジイチャンはもう半分眠そうになっている。しょうがないから布団を敷いてやった。今日オレが干してやった。
「タノシイって、そりゃ毎日飲んで楽しいか。」
「ワシも久しぶりに仕事に身が入ったよ。」
「ガハハ、仕事ったって・・・。まっいいか。」
待てよ、潮時。オレもいつまでもここには居られないだろう。昼間のオバサンだって今頃大騒ぎをしているに違いない。まさかとは思うが、なにかあったらオレが疑われるのは間違いない。考えて見ればこの界隈でオレの本名を知っている人はいないじゃないか。不安になって思わず聞いた。
「オレは誰だっけ。」
「楽しかったよ。」
ジイチャンは泣いていた。これだけボケが入っても、泣くという感情表現ができる内は立派な人間であることに変わりはない。二人でガバガバ飲みながら、ジイチャンもオレも別れの時が来たことを悟ったのだ。
「楽しかったよ。ヒーン、ヒーン。」
と言いながらジイチャンは寝てしまった。明日の朝早く、声をかけずにオレは出て行こう。それだけのことだ。さよならジイチャン。オレも楽しかった(と思う)。

ー15年後ー

 ところで、オレはなんという名前だったのだろう。もう誰も声をかけてこなくなったので名前で呼ばれることが長いことない。ここに連れてこられて身の回りの面倒を見てもらっているのだが、来た時には何も持っていなかった。そしてずっと誰かを待っている気がしているのだが。ずっと昔、そう15年くらい前に、今では思い出せない場所で見知らぬ年上の人と仲良く楽しく暮らした記憶がかすかにある。 
 アレ!むこうから来るのは誰だろう。待てよ、オレじゃないのか?

おしまい

実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その1)

実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その2)


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