僕は保守派
2024 AUG 11 21:21:01 pm by 西 牟呂雄
「世界は、絶えざる運動の中にあるのではない。むしろ、それが耐久性を持ち、相対的な永続性をもっているからこそ、人間はそこに現れ、そこから消えることができるのである。言い換えれば、世界は、そこに個人が現れる以前に存在し、彼がそこを去ったのちにも生き残る。人間の生と死はこのような世界を前提としているのである」
思想家ハンナ・アーレントの言葉である。『全体主義の起源』で名高いアーレントの評価は一旦置くとして、このところの筆者にとってこの言葉はズッシリと腑に落ちた。
ここで『運動』と表現されているのは、例えば世界史の潮流として現れる社会運動や思想的流行、更に技術開発に伴う構造変化といったものまで大きく網羅していると考えられる。
例えばグローバル化が進行した、世界は右傾化したといった流れはその時々で観察されるものの、溶液の中の酸化・還元が繰り返されていながら一定の均衡状態を保つようにバランズするごとし、と読み解ける。その中で個人は繰り返し現れては消えていくが、集団としての動的平衡は保たれる。
無論個人の内在する葛藤やら感情はそれぞれだが、ピースの一つとしてアーレントのいう『耐久性を持ち、永続性をもっている』ところに光をあてればいかなる凡人の人生でも光輝く。
即ち、相矛盾する事象といえども現実に共存することはごく自然なことで、人間も社会もそうあることこそ自然体だとも言える。
筆者はかつてそのような考え方について『川の流れの方が流れることによって学習し、流れに潤っている生きとし生けるものは施しを受けているに過ぎないと。流れの水が大地の形から自然の造形を記憶しているのではないか』と表現してみた。
このブログはそれを言語化しようとした失敗作だが、6年前はといえばすでに還暦を過ぎていたにもかかわらず、この程度の考察しかできていない。
それがアーレントの言葉をもって安寧を得た。
障害物に当たった個人は自分と世界の関係を理論化しようとして現実否定のイデオロギーを作り出そうとするが、それは理性の傲慢であり、理性は必ず過去の習慣や先入観に育まれているから、それらを完全に否定すれば方向性をも見失う。それゆえ社会というものは(この場合筆者の好みで言えば保守主義というものは)手入れを怠らずに鍛えに鍛えても漸進的にしか変わらないのだ。
翻って、バブルの崩壊以後、少子高齢化、就職氷河期、財政健全化、非正規拡大、不法外国人労働者、郵政民営化と30年を失っている間に様々な『運動』があったのだが、その間『改革』と称して俎上に上ったもので効果があったのは『異次元の緩和』くらいだろうか。民主党政権や小泉改革とは何だったのか。
議論は色々あろうが、そうであれば故安部元総理を除けばほとんどがアーレントの視点を欠いた小手先の『改革』でしかなかったと言えるのではないか。筆者でさえもその視点を6年前は持ち得なかったのだ。
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海に眠る魂
2024 AUG 4 0:00:17 am by 西 牟呂雄
以前ブログでも紹介したことがある。
海でしか生きられなかった人、通称『鮫さん』が亡くなった。先日は山荘で知り合った『ヒョッコリ先生』を弔ったばかりでいささか参った。
鮫さんは遠縁の親族が荼毘に付したが入るお墓が無かったようで、僕たち海の知り合いがホーム・ポートの沖合に散骨することになった。
某日、我が艇のスターンに献花台を置いて生前親しく付き合った数名がお別れをした。写真は今から15年ほど前に4人のクルーで大平洋を横断した時のものを飾った。三浦から33日でサンフランシスコに無事着いた記念写真である。
出艇すると相模湾は快晴の無風.
献花してもらった花をたくさん積んで沖に出た。
僕はそんなに深い付き合いではなかったが、あの独特の人柄がこの海から消えてしまったと思えばさびしい。
ポイントに来ると仲間の船が7~8艇集まって来て、散骨が始まった。
箱から遺骨を少しづつ海にながしていき、船団が周りを回航しながら花を添えた。広い海の一角に花の渦巻きが出現したようだった。
鮫さんは下戸だったのだが、ビールや焼酎をトスして、もう二日酔いもしないだろうからたくさん飲んでくれ、と海に落とす。
一斉に各艇がマリン・ホーンを長音で鳴らす。
ファーン、という大音量に送られて鮫さんは大好きな海に眠った。痛みも苦しみもない水底に。
港に戻って思い出話をしたが、鮫さんのプライベートは謎に包まれている。船のオーナーではなく、仕事が何だったのかも誰も知らなかった。一種のプロのヨット乗りとも言えるだろうが、白石康次郎とか斎藤実ほどの職業的なポジションにあるとも思えない。
最後は自室で倒れているところを発見されて病院に担ぎ込まれ、一時回復したものの退院することなく亡くなった。即ち、自由と孤独の中で天寿を全うしたともいえる。
この『自由』と『孤独』は表裏一体のようなもので、自由に死ぬ場合には孤独が必要なのだ。
鮫さんの場合、極端に言ってしまえば病院に行くことは本意ではなく、そこで最先端の延命治療を拒否できなかったのは痛恨の極みではなかったのか。
散骨ポイントは、実は過去に何回も行われたところだった。古くは麻生元総理の弟さんも海難事故にあって亡くなったあたりである。
『あの辺で釣れる魚は人骨を食べたりもするだろうからカルシウムは豊富だったりして』
『あの人下戸だったけど、今頃は竜宮城で鯛や平目の舞い踊りを楽しんでるな』
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がんばれ!さくらジャパン パリ・オリンピック
2024 JUL 29 8:08:58 am by 西 牟呂雄
いよいよ始まった大好きなオリンピック。花の都のパリにこそふさわしい、その名もさくらジャパン、ご存じ女子ホッケーの日本代表である。僕は過去、リオ・TOKYOの全試合で彼女たちを応援してきた。果敢な闘志、全力を出し切る集中力、華麗なフォーメーションといった全てが面白く、ダイナミックな魅力にハマった(と言っても普段は見ないが)。
リオの時からファンになったホッケー一家の永井姉妹は3大会連続の出場で、今大会に期するものがあるはずだ。
このフィールド・ホッケーの醍醐味の一つに独特のペナルティー・コーナーがある。相手ゴールラインからのパスを受けた攻撃側が押し寄せるようにゴールに殺到する。守備はキーパーと4人のディフェンスが、ゴールの中に固まっていて一斉に飛び出す。
ホッケーのボールは固い硬球だから顔にでも当たれば大怪我だ。女子の場合はフェイス・マスクを着ける。このフォーメーションが実に迫力があってスリリングなのだ。
そしてここだけの話、女子ホッケーの選手は美人が多い。
ところが、である。始まって競技日程と放送予定を確認して驚いた。中継も録画も無い!
遠く日本から応援しようというファンの気持ちを踏みにじるつもりか。それでなくとも予選Aグループ6チームでワールド・ランキングが日本より下なのは開催国枠で参加するフランスのみ。ランキング1位のオランダが入っている厳しいグループなのだ。
競泳・スケボー・フェンシング・体操・サッカーバドミントン・柔道・バレーボール・卓球と日本選手の活躍が報じられる中(ウタちゃんは負けてかわいそうだったが)さくらジャパンはひっそりとドイツ戦を戦い2-0で負けてしまった。そりゃ相撲もあるし大谷は活躍するし日本ハムファイターズも調子を上げてはいるが、ホッケー協会はもっと営業するとかコネを使うとかやりようは無いのか!リオでさえ観客は少ないのに放送されていたというのに。
と思ったら本日のBS/NHKが17時半から中国戦を中継する!読者諸兄諸姉、少ない機会に彼女達に声援を送ってくれ!
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怪奇 水生ヘドロ人間
2024 JUL 28 12:12:30 pm by 西 牟呂雄
日本橋から上流に向かって常盤橋と言う名前の橋が二本架っている、日銀の直ぐ横だ。近い方は車も通れる道路橋だが更に上流には石造りで歩行者専用の旧常盤橋があって、あまり知られていないが渋沢栄一の銅像がたもとに立っている。
この日は雨模様で上を高速道路が通っているため雨宿りのホームレスが映ったのは御愛嬌。
お江戸御府内から奥州街道へ抜ける木戸門があったため、ご覧の石垣が残された。
美しいアーチの姿は江戸情緒と言うより帝都感満載で、元の職場が近かったこともあり昔からここが好きで今でも時々散歩する。
子供の頃、即ち高速道路ができる前などは悪臭を放つドブ川だったが今では水質も改善され、濁ってはいるが小魚がいて実際に魚が釣れるドキュメンタリーを見たことがある。

それが、この日何気なく川面を見ていると不思議なモノが漂っていた。
川底から細かい泡がブクブクと湧き上がって来てそれとともに黒いシミのような塊が浮かび上がってゆっくりと流れて行く。因みに日本橋あたりの川面は東京湾と同じ高さなので満潮の時はジワジワと上流に流れる。すると、泡の発生源が何なのか分からないが、水中で何かが息を吐きながら移動しているように見えて不気味なのだ。
昔、宇宙から飛来した物質がヘドロの中で生命体となり、て巨大化した怪獣ヘドラとなってゴジラと闘うという映画があった。さながら水中からヘドラが歩いて上がって来るような光景を想像して気持ち悪くなった。
尤もこの河川は浅いところでは水深1.2m程度しかないため、大怪獣が水中移動などできるはずもない。
問題はこのブクブクは何かということなんだが、川底に溜まったヘドロの中の有機物が分解した際に出る気体ではないだろうか。だがそうであればヤバい。想像できる範囲で思いつくのはまずメタンガス (CH₄)、次に硫化水素 (H₂S)、それから二酸化炭素 (CO₂)とアンモニア (NH₃)といったところで、地球や体に悪いものばかりである。
だが、地球で最初に出現した生物は硫化水素をを利用して炭水化物を合成するバクテリアで、このバクテリアが生み出した有機物が起点となった生態系が進化してきた。
おそらくそのバクテリアのエネルギー効率は恐ろしく低いためその後の進化はなかったのだろうが、現在のバイオ技術で高能率の合成が可能になる生態系は生み出せるのではないだろうか。硫化水素を吸収する水中人間とか。
ところが、面白いもので色々夢中になって検索するとアクア説という仮説があった。500万年以上前にヒトが類人猿と別れた頃、人類は水生だったというトンデモな話だ。すると悪い発想が湧いてきて、強烈な硫化水素を合成することによってエネルギーを蓄えられるアクア・サピエンスなる亜人類に進化したらそれはどんな姿なのか想像したくなった。
水生だから足は必要ない。硫化水素を吸い込むだけだから口もいらない。知的作業をするなら手は必要だろう。脳もそれなりの大きさになる。
想像するに、形状はエビ型かオオサンショウウオ型になるのではないか。
そう思って色々検索してもどうもしっくりくる画像がなかったので自分で書いてみた。
こういう生物が日本橋の川底を、硫化水素を吸いながら泳いでいるとしたら、なかなか面白いのではないか。
しかしこの姿、どっかで見たような。そう思って検索したらあった。
これ、享和元年(1801年)に水戸藩東浜で捕獲されたとされる河童の絵としてWikiに載っていた。なんだ、お江戸の時代にも僕と同じようなことを考えた輩がいたのか。人間の想像力と発想は変わらんものだな。
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ヒョッコリ先生 さようなら
2024 JUL 20 1:01:36 am by 西 牟呂雄
あっ、レイモンド君だ。久しぶりに見ると(1年振りかな)さすがに大きくなって一人で歩いていた。この子英国帰りだよな。よし、試してやるか。
『グッド・アフタヌーン』
『ヨーライ』
ん?なにそれ、英語?
『レイモンド君だよね』
『アーイ』
わかった。この子コクニィを喋ってるんだ。ヨーライとは you alight だな。
『ハウ・オールド・アー・ユー』
『ヨンサイデス』
ふうむ。何とかコミュニケートできる。日本語も前より喋れる立派なバイ・リンガルになりつつあるようだ。
『トゥダーイ・グランパ?(まてよ、ひいおじいちゃんか)』
『オッ、オージー・サマップ・・・ネンネ』
ん?オーストラリア人がどうした?するとお母さんが走ってきて大声を上げて呼んだ。
『勝手に走って行っちゃダメって言ったでしょ!』
お母さんは喪服をお召しだった。
『すみません、いう事聞かなくて』
『いえいえ、大きくなりましたね。帰国されたんですか』
『ええ。急な話で。この子のひいおじいさんが先日亡くなりまして取り急ぎ帰ってきました』
『えっ、先生が?』
『はい。お陰様で大往生でした』
『それはそれは御愁傷様です』
『これから〇〇寺で葬儀なんです』
呆然とした。あのヒョッコリ先生が逝ったとは。そうか、ご葬儀が〇〇寺なら近所だな。曇って小雨が気持ちよい。
昼メシを食べてブラブラと散歩がてら〇〇寺まで、先生との会話を思い出しながら行ってみた。するとずいぶん大勢の人が見送りに来たようで、本堂に収まりきらなくて境内にたくさんの黒い人だかりができていた。ふうん、人気のあった人だったのだな。
そしてちょうど焼香が終わったところで、喪主さんの挨拶が始まるところだった。初めて見かける顔た。レイモンド君のお爺さんで僕と同じくらいの年だろう、普段は東京にいてこちらに来ることは滅多にないらしい。
本日はお足元の悪い中、またお忙しいところ近しい皆様にご焼香していただいて父も満足したことと思います。故人になり替わりまして御礼申し上げます。
本日お見えの皆様には改めて父の事蹟たどる必要は無いものと思います。
晩年の父が大変に好んだ肩書が三つございました。
一つは『海軍兵学校76期会代表幹事』。この76期という年次は、入校時点にはすでに戦局が悪化し、サイパンは落ちておりました。そのため苛烈な教育を受け、2号生徒で敗戦を迎えました。兵学校は江田島です。従って直前の広島のキノコ雲を同期全員が目撃した年次です。そこでの体験はその後の父の人生に多大な影響を与えたのは想像に難くありません。思想的には海軍ふうの中道リベラル、息子の私が右ッパネですので「お前は少し危ない」と窘めることがしばしばありました。また、最期が近くなると悟って「ワシは海軍葬で送られたい」と言い出しました。まさか民間の我々が軍葬をやるわけにもいかず、本日皆様が若干の違和感を感じられる棺の軍艦旗や流された音楽は、せめて故人の意向に添ってやりたいという私達の思いとご承知ください。
二つ目は、長年奉職しました東京●●株式会社が功績のあったOBに与える『社友』です。戦後、荒廃した祖国の復興の一助にと入社したと聞いております。時期は高度経済成長の真っただ中で、需要家はどんどん増加し、インフラが次々と立ち上がる中、大変忙しくしていたことを覚えております。そんな中、先代を早く失くして若干30歳にして当主となったため、未亡人となった祖母並びに兄弟、そして我々家族を支えました。
三つめは、中央での仕事をあらかた片づけて活動の拠点をこちらに移した際、丁度地元の公立北富士総合大学の法人化を進めるため理事長を引き受け、その功績に対し与えられた『名誉市民』です。兄弟の中で最も地元に貢献したのはワシだ、と自慢しておりました。面白いもので、地方出身の学生さんを月に一度自宅に招き、夏はバーベキュー、冬はお鍋を囲んで話を楽しんでおりました。
さて、様々な御厚情を賜った中で父の人生に彩を添えたのは、こよなく愛した『酒』でありましょう。皆様お一人お一人にも故人と酌み交わした思い出をお持ちと思います。ひたすら楽しい酒との付き合いでした。今頃は先に送った弟達と車座になってニコニコしながら飲んでいるのではないかと慰めております。
最後に体力が衰えてベッドから降りられなくなり食事も喉を通らなくなったのですが、目が覚めると「喉が渇いた。ビール持ってこい」と言い、2缶位を「うまい」と飲み干しました。お医者様もさばけていて、もはや投薬の必要もないから飲みたいものを飲んでよい、とのことでしたが、まさかそれから10日余りも生きるとは思ってもいなかったようで驚いていました。最期は苦しみも痛みもなく、次第に息が細くなって天寿を全うした次第です。
概して明るく豪快に見えた父でしたが、ことに当たっては緻密に考えをめぐらし、丁寧に物事を運ぶ人でありました。
父は30台で当主となりましたが、跡継ぎの私は古希であります。この歳にして大きな柱を失ってオロオロするのは誠に情けない限りですが、まさに路頭に迷うような思いです。本日ご列席の皆様には、残された我々に故人の生前と変わらぬご厚情賜りますようひたすらお願い申し上げてワタクシの挨拶と致します。本日はありがとうございました。
そうか、もうヒョッコリ先生には会えないのか。ずいぶん立派な人だったんだ、知らなかった。
レイモンド君は本堂の奥でお母さんの膝の上にチョコンと座っているのが見えた。
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続・街道をゆく 旧甲州街道犬目宿
2024 JUL 13 15:15:35 pm by 西 牟呂雄
旧甲州街道は上野原あたりで現在の国道20号線よりやや北側の山間を通っていた。犬目峠を越える前後の休息のため、一村を以て宿場町をしつらえ犬目宿とした。江戸開府後に日本橋を起点とした五街道が整備され、参勤交代も定着した6代将軍徳川家宣の頃の話だ。
八王子から小仏峠の関所を過ぎると街道は山間部を縫うように進むので、実はほとんど富士山は見えない。ただ一か所、富士が顔を覗かせるのがこの犬目峠である。そのせいで浮世絵師が題材にしている。
このうち広重のものは実際の景観ではなく(こんな景色は犬目にはない)後に尋ねた『猿橋』の構図の類似が指摘されている一種のコラボと言ってよい。
一方北斎のものは浮世絵特有の富士山をデフォルメしてはいるものの、街道の雰囲気を良く伝えている。
中央高速で山梨県に入ると最初に談合坂S・Aがあるが、この談合坂の山側が犬目宿にあたる。この談合坂という地名は別に中央道建設の際に土建屋が談合したからではなく、犬目が歴史上わずかにその名を知られる事件に由来する。
このエリアは元々米作には不適な山間部のため、コメは甲府の商人からの買い付けに頼っていたが、天保の大飢饉の際には買い占めによる米価高騰から大規模な一揆が発生した。その際にリーダー格として指導したのが犬目出身の水越兵助だった。その兵助と志を同じくする現在の大月市エリアの無頼の徒を束ねていた森武七と語らったので談合坂という地名になった。
一揆は当初、貧民救済のため米・金を五カ年賦で借り受けて貸し付けるという綱領を持って良く統率され、現在の笛吹市春日居の穀物商小河奥右衛門宅を打ち壊して帰村した。
ところがその後、甲府盆地ではこの騒ぎに乗じた無宿人・博徒といった連中が大暴れしてメチャクチャになってしまうオチが付いている。兵助自身は騒動後家族とともに木更津に身を隠した後に戻ってきてこの地で義民として敬われている。
さて、多少迷いながら犬目宿に着いた。本来の町並みは昭和期の火事により大半が失われたというが、縫うように曲がりくねった先にそこだけ真直ぐな一本道が通り、両側に民家が整然と並びいかにも宿場町だというたたずまいである。
印象としては、大藩の長い行列がいっぺんに泊まるのには少々狭かったように見える。毛槍をかざしての『したーにー、したに』と整然とやるのは宿場に入ってから出るまでなので、この距離では長い行列には足りないのではないか。
というのも、宿場町では殿様の安全を確保するため、本陣を中心に入りと出の道を捻じ曲げた構造になっており、特に甲州街道は江戸に向う軍勢の防衛上の理由から西から来るところには宝勝寺という防衛拠点を置いているため直線が短い。
参勤交代は宿に大きな現金収入をもたらしたが、そのための役務提供は常備している人馬では足りず、近隣の民衆から助郷役を課したため民衆への負担も大きかった。
また、各大名が宿場で鉢合わせると大混乱になるため、時期やコースを調整して宿泊が重ならないようにしたらしい。
例えば御三家筆頭の尾張徳川家は普通に考えれば東海道を通りそうだが、しばしば中山道経由で甲州街道を使った。尾張藩は大藩であるから犬目宿のキャパをこえてしまう。その際に殿様が泊まった地元の素封家が今でも残っていたが、その理由は庭先から見えた富士山の景色が気に入ったからだ、と伝わっていた。
葵の御紋の高張提灯が掲げられ門番が立ち、武士であろうとも下馬しなければならない格式だと言うが、こんなところに普段武士なんぞ居るはずがない。
ところで以前のブログでも指摘したが、このエリアには桃太郎伝説があり、百蔵山の桃太郎が犬目の『犬』鳥沢の『雉』猿橋の『猿』を連れて岩殿山の『鬼』を退治したことになっていて、それにちなんで宝勝寺は犬の寺を称していた。近隣に犬嶋神社も3つほどあり、犬とは何かの関係がありそうだが分からない。
歴史的には戦国時代においてこの地域は甲斐と相模の国境にあたるためしばしば戦闘が行われた。即ち関東の支配者である小田原北条と甲斐郡内の覇者小山田が干戈を交えている。
主たる戦場は山中湖から御殿場へ抜ける都留郡や相模川沿いの厚木に加え、八王子城と対峙するこの辺りであった。古戦場の跡がある。
街道はそういった戦乱や天災、および利便性の改善のためにルートが変わったようで、今通っている旧甲州街道の更に前、古甲州街道ともいうべき道も残されている。この右上に上がっていく険しい道がそうである。籠や馬なら行けそうだが、馬車ともなるととても上がれない。
明治13年、天皇陛下全国後巡幸で山梨県にお出での際には馬車を仕立て文武百官を従えての大行列である。一つには大名行列以上の華やかさを演出する必要もあったのだろう。
そこで慌ててこしらえたの現在の旧『甲州街道』なのだ。
一行は上野原での宿泊の後、ここを通って犬目宿で小休止。大月の星野家で昼食、初狩の小林家で小休止、笹子峠手前の黒野田宿で宿泊した。
星野家は今でも立派な屋敷が残っていて名産『桃太郎納豆』を売っている。
小林家は筆者の祖母の実家だが、特に口伝は残っていない。当主が幼かったため小休止に於いては御尊顔を拝することはなかったと思われる。
こういった記念碑は『御小休(ごこやすみ)』として各地に残る。何しろ馬車に乗っての全国御巡幸であるから名望家・素封家・本陣などさぞ気合が入ったことだろう。筆者は都下荻窪にいたことがあるが、そこにも存在していた。
街道は古戦場跡を縫いながら、参勤交代の大名行列のために整備され、明治天皇行幸のおかげで広げられ、眼下に鉄道が通り車時代に至って通行をしやすいように国道20号線となって遥か下に移り犬目宿は廃れた。更には大動脈としての中央道が見えている。
尾張の殿様が愛でた富士を写メに捉えようとしたが、梅雨時だったので雲の中に埋もれてしまった。
いずれ、秋口の晴れ渡った時に挑戦しようと思っている。
殿様が見た時は、こんな無粋な鉄塔は無かったんだろうな。
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怪奇 マンモス・フラワー
2024 JUL 5 13:13:47 pm by 西 牟呂雄
これは以前ブログで紹介したこともある、孤高の観葉植物で、喜寿庵の奥にある通称ネイチャー・ファームのはじっこにひっそりと佇んでいる。
それがですな、この梅雨時になって異常な姿に変身したのである。
あまりの奇怪さに、思わず昔見たウルトラQ(50代以下の人、ごめんなさい。ウルトラマンの前の特撮テレビ)を思い出した。
この番組ははじめはオトナを対象に企画された特撮物のフシがあって、怪奇現象を扱う不気味なテイストだったが、途中からもっぱら怪獣の出番が増えて後の子供向けウルトラマンの出発点ともなった作品である。
ゴメスとかナメゴンとかカネゴンのキャラクターを僕たちは白黒で見たのだった。
その中に東京の都心で突如巨大な植物が花を付ける『マンモス・フラワー』というのがあったが、それを彷彿させたのがこの写真である。あの寂しげな観葉植物の中からニューっと茎が伸びて花を咲かせた。
長年見ているが花を咲かせたことはない。何じゃこれは。
よく見ると花自体はそうケバケバしくはないものの、どうも突然変異的に出現されると不気味ですらある。あまりの気候変動でおかしくなったのだとするとコワい。
という訳でその後必死に画像検索をすると、どうやら一番近いのはリュウゼツランという植物だった。そしてこの種は成長が遅く花を咲かせるまでに数十年を要し、開花・結実後に植物は枯れる一回結実性(一稔性植物)だとある。
なにー、すると今現在見ている花は、こいつが生涯をかけてその最期に力を振り絞って咲かせた結晶とでも言うのか。
そんな珍しい物に興味を示すのは僕の二代前、即ち変わり者で有名だった爺様に決まっていて、その爺様がヒマに任せて普請したこの喜寿庵はそろそろ百年が経つ。爺様、例によって凝った仕掛けをしたな。孫の僕が突然咲いた花に仰天して、その最期を見届けるのを今頃どこぞでニヤリとしているに違いない。
ヨシッ、これで枯れてしまうならその時までをちゃんと記録してやるぞ、と意味もなく力を込めた。
ところでその横でゴソゴソやっているネイチャー・ファームのアグリであるが、去年植えたスーパー・ニンニ君とお彼岸に蒔いたニコニコ・ポテトの収穫が始まった。ロクに肥料もやらず、厳しく育てられたニンニ君は締まった表情だが、ポテトの方は新品種かと思うほど小ぶりになってしまった。料理の材料にはなりそうもないので、茹でて自分で食べた。今のところ体調に変化はないので、少なくとも毒ではないだろう(不味かったけど)。
さて、枯れてしまうのをドキュメントしようとスケジュールの合間を縫って見に来たら、枯れるどころかますます健やかに咲き誇っている。どういうことだ。
その後、二週間経った。
相変わらず花は咲いている。
下の方から枯れて来るという記述があったが、ご覧の通りドヤ顔で立ったまま。
本当に枯れるのか、今度はそっちが心配になってきた。
今年は梅雨も短く、その後は酷暑という。
まさか・・・。
梅雨空の元、
更に一週間が過ぎてついに花が落ちた。
いよいよ百年の寿命が尽きるのだろうか。
但しこの硬い葉はまだ青々としたまま。
まてよ、一部はすこーし白っぽいかな。
そうなるとやたらと応援したくなった。
せっかく異常気象なのだから、もう百年くらい行けるのではないか。
そう思って周りに油カスを埋めたり水をやったりしている。
ガンバレガンバレ!
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ドン底とは何か 日本ハムファイターズ
2024 JUN 29 20:20:03 pm by 西 牟呂雄
交流戦の巨人とやったあたりからおかしくなった。3引き分けをはさんで1勝5敗で3位に転落、首位ホークスとの差は11.5ゲームに広がった。
理由は簡単で、役立たずの清宮と12球団一の下手キャッチャー清水を1軍に上げ、尚且つたまに使うからだ。ついでに最悪ストッパーだった杉浦も中継ぎで出す(今のところ防御率はいいが)。バカ・ボスは学習しない。
交流戦MVPは水谷だ。ピッチャーもそこそこ。それで去年のファイターズに逆戻りとは、どう考えても監督力のダメさである。そしてチーム状態が悪くなっているところへ首位ホークスをエスコン・フィールドに迎え撃つ。なんというマズさか。
初戦は山崎福也を持ってきて、清水も清宮もスタメンには使わない、ヨシヨシ。ホームランにはホームランとまずまずの出だしだった。ところがこの日の山崎はコントロールが悪くその後ポカスカ打たれるのだ。守備に至ってはゲッツーのはずが、何とダブル・エラーという珍プレーも出てアッと言う間に5-1と試合は崩れた。福田の二塁への送球がそれ、細川から一塁への送球もそれ、その間に1点献上と高校野球でもないような下手さ。全く去年までのファイターズ丸出しに僕は天を仰いだ。
打線もマヌケ感満載でスチュワート。ジュニアのナックルに7回までに13三振。それならばピッチャーの代わりバナをと津森を攻め立てたのだが、川村のファイン・プレーでパァに。こう言うのを手も足も出ない、と言う。あまりの不甲斐無さにあきれた。
本日はまたしても守備がエース伊東の足を引っ張った。水谷が落球!このエラーで交流戦MVPが帳消しになった。そして1点だけ取れたのは出してはいけない清水が打点を叩き出すという悪い冗談。これで4連敗。
思うに、少し調子がいいからと言ってバカ・ボスが思い上がったのではないだろうか。打てもしないのにバントのサインが少ない。スクイズは殆どない。エラーは清宮がいなくても去年並。つまり全員去年と変わらない下手だったのに貯金ができて舞い上がったに過ぎないのだ。
それにしてもこの11試合の1勝7敗3引き分けはあまりに酷い、即ちどのチームにも年に一度は来るドン底なのだ。バカ・ボスに覚醒を期待できないから、このドン底をいかに抜け出すか、選手一人一人が考えなければファイターズの今シーズンは終わる。
それを占うのは明日の第3戦。宿敵ホークス相手に勝負を挑むファイターズの明日はどっちだ!
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白い狐 VS 緑の狸 都知事選スタート
2024 JUN 19 9:09:45 am by 西 牟呂雄
白狐は別名砂かけババアという妖怪で、人にイチャモンをつけることで成り上がった。緑狸は別名塗り壁といい、権力にスリよって今の地位に上り詰めた。
ただしどちらもスネに傷を持っている。白狐は参議院議員当選後も二重国籍だったことがあり、緑狸は学歴詐称を金でもみ消した。そしていずれもテレビ業界を手玉にとることに長けているが故に集票能力は高い。
さらに言えば白狐は『二番じゃだめなんですか』という小学校低学年並の質問で有名になり、緑狸は怪しげな英語の標語を連発した。
どちらも自陣営での人望は無く、嫌われ者である。
筆者は都民であるが、両者の立候補した選挙全てでどちらにも票を投じたことはない。だが両者に投票した都民は何百万人もいるのだ。そいつらはバカか政治に絶望したニヒリストかどこかの工作員に違いない。どっちが当選しても引っ掻き回すだけで何も都民のためになることなどしないに決まっている。築地のドタバタは何だった。7つのゼロはどこへ行った。
共通点は大陸のアノ国が大好きで、緑狸はコロナの初めの時点で備蓄している医療用の防護服を送った。白狐は北京大学に留学した。なぜ国籍まで持っていた台湾大学ではないのか。
白狐は外国人投票権を打ち出す恐れさえある。緑狸はアラビア語が喋れないのがバレるのがいやでエジプトと断交でもしかねない。或いは卒業証書を出してくれた借りを返すため依怙贔屓してイスラエルを敵視するか。既に刑事告訴までされた。
どっちもいやだ。田母神閣下・ドクター中松・元衆議院議員の小林興起・タレントの清水国明(あのねのね)等が出馬するらしいので応援したいがおそらく死に票になる。究極の選択をするぐらいなら住民票を喜寿庵に移さねば。
こうなったら何とかもうチョットまともな候補者をぶつけて二人をつぶす秘策を練ってみた。この際、どちらにも見るべき政策なんかないのだから政治能力・政策立案能力はどうでもいい。
➀ 女性には女性を
本来、支持しているマトモな女性政治家で言えば高市早苗と言いたいところだが勝てそうもない。そこでだ、国民的女優から選ぶとすればこの人しかいない。東京出身で品格も申し分のないとなると吉永小百合さんで決まり。自民党が必死に口説けば白狐の下品さと緑狸の胡散臭さを凌駕することだろう。
➁ スター選手から
有権者の中高年、特に団塊の世代から上の圧倒的な支持を得られるとすればこの人、巨人軍永世名誉監督の長嶋茂雄!
滑舌は大変に悪いようだが、元々何を言っているのか分からないのだからいっそ全く喋らなければいいのだ。下手に喋れば票が減る。
➂ 意識高い系タレント
有権者の半分を占める女性票にのみ焦点を当て、それなりに格好の付くタレントとは。『嵐』で人気者だったうえに最近ニュース・キャスターでも活躍する櫻井翔だ。
この人は女性票をゴッソリ取れる上に、お父さんがキレ者官僚として有名だった。息子のために副知事にでもなって後ろから振り付けをすれば何とかはなること請け合い。
➃ 引退大物政治家
結構厳しいが、すでに議員を辞めた大物の中に使いモンになるのはいないだろうか。森元総理を考えたが、裏金の黒幕のイメージがあってダメ。
石原慎太郎が実は死んでいなかったことにして比較的顔の似ている次男の良純を立てる手も考えたが難しかろう。
それならまだ元気そうな小泉純一郎はどうだろう。
いや、いっそ都知事を輸入する、例えばオバマ前大統領でもヒラリー・クリントンでも超法規で国籍を付与してなってもらう。
⓹ もう何でもいい
とにかくあの二人の二択は耐えられない。どうしてもいやだ。棄権するのも消極的賛成にされそうでイヤだ。
ビートたけしでも東国原でも所ジョージでも何でもいい!あの二人のどちらかに給料として払われる税金を払いたくない。大阪は横山ノックで何とかなったし東京だって青島幸雄だったこともあるじゃないか。
何なら緑狸に投票しておいて、あることないことフェイクを流し、スキャンダルまみれにして引きずり下ろすか。
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令和亜空間戦争 老人ホーム編
2024 JUN 15 0:00:08 am by 西 牟呂雄
ついにオレは体が利かなくなった。ロクに歩けない。手は震えている。耳は遠く、目も暗がりや遠くは分からない。同居人には愛想を尽かされ子供も孫も寄ってこない。有り金はたいて介護付き老人ホームに転がり込んだ。ここで静かに余生を送ろうと思ってのことだが、なかなか快適である。後は寿命との勝負。脳は持つのだろうか。
メシも旨いしプライバシーにも気を使ってくれる。ネットも使えるし申し分ない暮らしだ。
ただ、一つ気になるのは食事の時にどこに座って食べるのかの塩梅が難しい。こっちはこのありさまだから車いすを押してもらって空いているところにしか行かれない。だが、まだ多少元気な奴はヨチヨチしながらも仲のいい連中の所に行きワアワア言いながら食べている。オレも入っていきたいとも思うのだが、面倒な気もしていつも言われるままに黙って食べさせてもらっている、何しろ手が震えるのでこぼしてしまうのだ。情けない。
しばらくして様子が分かってくると、小集団の中に一際目立つ男がいるのに気が付いた。襟足にかかる髪型と切れ長の目に特徴のある表情をした奴である。良く笑う。そして周りにいる老人は男も女も奴の言う事にいちいち反応して一緒に笑ったり頷いたりしている。時々視線が合うのだが、その目は明らかにオレを拒絶しているようなのだ。
入居後一か月が経った。そうこうしているうちにオレにも挨拶をしたりテーブルを一緒に囲む仲間ができてきた。といっても半分は介護がなければ食事もできそうにない連中で、要するに介護士さん達と仲良くなったわけだ。すると彼等・彼女等からあの男の評判が聞こえてくるようになった。名前はアベというらしい。現役時代は怪しげな団体役員をやっていたそうで、なにやらいろんな知り合いが多い。まだ体も結構動くのでたまに外出する。
ある日、天気が良かったので介護士さんが庭に連れ出してくれると、あのアベが立っていて『やあ、どうも』と挨拶をする。こちらも『どうも』と返した。すると『介護士さん、忙しいでしょうから車いすは僕が押して散歩につきあいますよ』などと言うではないか。オレはそんなことしてもらうのはいやだと思ったが、介護士さんは『それじゃよろしくお願いします』と行ってしまった。
奴は庭を回ると『せっかくいい天気ですから外に行ってみましょうか』と言い出した。多少面倒かとも思ったがヒマに任せて言うがままに押されて外に出た。
久しぶりの外気は心地よく、今日は風もない。住宅街だが人通りもない。
『あなたは以前は何をしていたのですか』
『普通のサラリーマンでした』
会話はうるさいというほどではなく、とりとめもなく続いた。ところが、この地区を流れる河川にかかる橋のところに来ると、押す手を止めた。
『辺りに誰もいませんねぇ』声は低く変わっている。
『ええ、こんな街中で静かなもんですね』
『目撃者もいなくて今私がこの川に飛び込んだらあなたに何かの容疑がかかるかもしれませんね』
こいつ何を言い出したんだ。
『或いは私が徘徊を始めていなくなった場合はあんたは誰かが発見してくれるまでここにいることになりますかな。いや冗談ですよ』
言いようのない不気味さが伝わってくる。こいつ、オレにマウントしているつもりなのか。
待てよ、人の気配がしない。オレは不自由な首を精一杯回して見ると、奴はいない。なんてこった、オレを置き去りにしたのか。
『こんなところまで来て何してるんですか』
突然大声で呼ばれてハッと我に返った。
『いや、オレはアベさんに押してもらってここに来たんだけど、彼どこかに行っちゃって』
『何言ってんですか。アベさんならずーっとみんなでリハビリ体操してますよ。ダメじゃないですか勝手に出て行っちゃ』
『勝手にって、オレ一人じゃここまで来られるはずないでしょ』
『またそんな言い訳して。これは電動車椅子なの!』
どうなっているのか。
オレの推測はこうだ。奴は妖術を使うのかマジシャンなのかは知らないが、何らかの手段で人を服従させたり洗脳したりしてあの施設のボスの地位を手に入れているに違いない。そうはさせないぞ。
それからしばらく、冷静に奴を観察し、たまに挨拶などはするが細心の注意を払いつつ秘かに呪術の研究を始めた。丑の刻参りでもやりたかったのだが、この有様では夜中に抜け出すこともできやしない。
まず初めにタロット・カードを使おうとしたが、その解説書のあまりの多さに驚いてヤメ。魔法陣を書いて『エロイムエッサイム、我は求め訴えたり』とやろうとしたが、検索するとあれは水木しげるが自作したらしく、それなら自分で描けばいいとオリジナル魔法陣を作ろうとし、円の中を五芒星にするかダビデの星にするかで悩み挫折。
そうこうしているうちに、奴のマジックは続いた。オレの嫌いなおかずが増えているし、中庭に押してもらって行くと奴とその取り巻きがこっちを見てニヤニヤする、オレのお風呂の順番に奴が割り込む。
ある日、オレがボーッと窓の外を見ていると、奴が何かを唱えながら不思議なステップを踏んでいた。なんだかモタモタと歩きブツブツ言っている。聞こえてくるのは『リン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・・・・』なんだありゃ。だが、その動きを見ているうちに突然気持ち悪くなってきた。息が上がり目がくらむ。
次に目が覚めたのはベッドの上だった。起きようとしたが金縛りだ。
運よく介護士さんが見回りに来てくれたので『起こしてください』と言おうとしたが声が出ない。介護士さんはこう言いながら事情を察知したらしく起こしてくれた。
『もう、一人ではうろつかないでくださいよ。危ないから』
いや、オレはズッとこの部屋にいたのに、分かった。奴がまた妖術を使ったな。ところがうまく言えない。
『ヨージュツ、、アベ、、、』
というのが精一杯だった。意味は通じないだろう。介護士さんは無視して出て行ってしまった。
奴のあの不思議なステップには何かある。オレは大変な苦労をしながらパソコンで検索しまくった。すると、何と謎が解けた。
あれは念じながら北斗七星の形を踏む『禹歩』というステップで、『三歩九跡の法』という陰陽師が使う秘術なのだ。そうか、奴は陰陽師だったのか。
しょうがない、それに対抗するにはこちらも陰陽師だ。
不自由な体で検索を続け、精神統一のために結界を張って瞑想し、ユーチューヴでそれらしい動画を見続けた。
すると驚いたことに体調がよくなってきて、車椅子でなくても少し歩けるようになった。オレにも霊力が備わって来たようだ。いいぞ。次の段階に進もう。
折り紙を折って『式神』をたくさんこしらえ、自作の呪文をかける、『阿毘羅吽欠蘇婆訶(アビラウンケンソワカ)我は求め訴えたり』を深夜0時に三回唱えること7日。どうやら霊力が強くなって来たころ合いを見て、枕の下に並べて寝てみた。
その晩に見た夢は痛快であった。奴が『禹歩』を踏みながらこっちに迫って来るのをオレの式神が左右から攻撃し、慌てた奴がボロボロになって倒れこむ。再び立ち上がってまた『禹歩』で立ち向かってくるのを今度は前後から攻撃する。奴は何度も倒されるのだが、次第に近づいてくるのが不気味。っと、目の前に来た時点で目が覚めた。
翌日の朝食時間に奴は現れなかった。効いてる効いてる、しかもおかずにオレの大好物の茄子のシギ焼が出た。どうやら一人前の陰陽師になれたようだ。
部屋に帰ってみると、枕の下に隠していた式神がいない!ははぁ、奴の所に波状攻撃をかけに行ったのだな、ヨシヨシ。
と喜んでいたら、夕食には奴はいた。何事もないような顔をしていつも通り側近に囲まれて大声で笑う。聞き耳を立てていると、夕べは娘さん一家のところに泊まって来たような話で、オレの式神は何の効果もなかったかもしれない。
頭にきたオレはこのような式神を12体こしらえそれぞれに「青龍・朱雀・白虎・玄武・勾陳・六合・騰蛇・天后・貴人・大陰・大裳・天空」と名前を書き霊力を込めた。そして夜半、再び呪文を唱える。今回は物部神道の祝詞に変えた。
『ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ』
この日の夢はとんでもなく大変だった。奴が『禹歩』で来てオレの式神が襲い掛かるのだが、突如奴の周りに普段一緒にいる側近達が同じステップを踏みながら集団で迫って来るとオレの式神が次々と燃えてしまい、役に立たない。恐怖に駆られたオレは仕方なく奴らと同じ『禹歩』で歩き始める始末だ。ここで目が冷めた、フーッ。
翌日は無論奴は元気である。それどころか昼食後に中庭で仲間を集めて『禹歩』の練習を始めているではないか!そしてあの呪文を一斉に唱えている。『リン・ピョウ・トウ・シャ・・・・』
わかったぞ!あれは陰陽師の呪文、臨兵闘者 皆陣列在前(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)のことだ。ヨーシ。
これでは陰陽師のまねごとをしていては奴にやられる。こんな甘っちょろい式神なんぞでは奴は倒せないのだ。
オレは更に研鑽を重ねた。
そしてついにたどり着いたのが真言密教の呪詛だった。
不動明王の御力でもって邪を払い悪を倒す、正義の秘宝を身に着けたのだ。
深夜、ろうそくの一点を見つめながら7回唱える。
のうまくさんまんだ~、 ばざらだん せんだ~、 まかろしゃ~だ~、 そわたやうんたらた~、 かんまん
この、最後の『かんまん』のところをトントン、というように節を取るのがコツだ。早速今晩から始める。
『あのアベさんは本当にいい人だね』
『ハルアキさんのこと?協力的だしそう手もかからないからね』
『それだけじゃない。健康促進のために考えたステップをみんなに教えたりしてくれる』
『あれは老人の足腰を鍛えるのにちょうどいいらしくて評判だよ』
『それに比べて私が担当しているおじいちゃんには困ってるよ』
『ああ、あの変わり者の人?』
『もうわがままでわがままで困るよ。なんのリハビリだか知らないけど一生懸命折り紙の人型を作ってたり。掃除のたんびに全部捨ててるんだけどね。この前なんか夜中に部屋でろうそく立ててたから叱り飛ばしたけど』
『少しボケてんじゃないの』
『少しどころか大ボケだよ。分けわかんないことブツブツ言うし』
『あんな耄碌したお爺さんがセッセとなんかやってると恐いな』
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