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近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅱ

2015 NOV 14 8:08:04 am by 西 牟呂雄

 警視庁生活安全課長の椎野は、マイナンバー詐欺の追及のための膨大なネット・メールのデータに目を通しながら席を立った。そして夕刻には都内、六本木のマンションの一室を訪れた。何の変哲も無い賃貸物件の一室は、電磁波シールドと最新の盗聴防止システムを備えたネット上難攻不落の要塞で、サイバー戦争の最前線を担う防犯関連者の連絡所としてキィ・クラブの体裁をとった密室である。
 認証システムが施されたキィを使って入室すると生活臭は一切無く、事務机が淋しげに並んでいる。一人の男が椎野を待っていた。警視庁公安部サイバー対策課長、出井である。
「待ったか。」
「今来たところだ。」
 二人は一切外部に漏れない環境で密かに状況を伝えあった。即ち、ここは地下に潜った詐欺組織を燻り出すための秘密作戦室、具体的には法律ギリギリの囮捜査の司令塔なのだった。コード・ネームを『ラー』と言った。
 二人は2018年にこの秘密組織が始まってからのメンバーだったが、発足当初目覚しい成果を挙げたものの毎年逮捕件数は下がり続けた。一つには個人情報保護の観点から、テロリスト情報や性的変態犯罪予備軍の管理が公安調査庁側に大幅に移管されたこともある。しかしそれにしても、世の中が進歩したり人々が利口になったはずはない。サイバー空間でのセコい詐欺も激減したかに見えるがそんなこともない。しかし成果が下がるのは官僚組織にとっては命取りだ、予算が削られるのである。

「サイバー囮捜査は完全に手詰まりだ。ネット関連で引っかかる詐欺の類は殆ど素人しかいない。」
「みんなデータを監視されているのが当たり前になりすぎてしまった。我々が相手にするようなプロの犯罪者は既にネット上には出てこないのではないか。この囮捜査も時代遅れだろう。」
「しかし組織犯罪はどこへいったんだ。ヤクザを追い込みすぎて解散させてばかりいたから事務所のガサ入れも出来なくなったぞ。」
「監視慣れというかネットでの勧誘詐欺は首都圏ではもうない。何か別の手段が採られているに違いないのだが分からん。何か撒き餌を仕込まなければ。貴様いい知恵はないか。」
「そうは言っても公安調査庁と違ってこっちは予算が無い。」

 散々悩んだ末に二人が思いついたのは、何とか地下犯罪組織に辿り着こうとする涙ぐましいアナログ作戦だった。新宿のホームレスに『マイナンバー売ります』のカードを持たせそれを配らせる、引っ掛かった(変な話だが)闇のグループが連絡を取るにはホームレスの親方(どこにも仕切り屋は居る)に言い含めて住所と固定電話を教えさせるようにした。何しろ誰もが管理されているのが前提のため携帯・メールは絶対に信用されないご時世なのだ。全く変な世の中になってしまった。
 しばらくすると驚いたことに次々と連絡が舞い込んだ。そしてその通信手段は電報なのだ。それも毎日10件・20件と来る。たちまち小所帯の『ラー』では捌けなくなってしまった。二人のほかには24時間交代勤務でネットを監視しているサイバー官5人しかいない。
 今回のアナログ・ヒュミント作戦では、犯罪組織にマイ・ナンバーを「売り」に行く実在のスパイが欠かせないのだった。切羽詰った出井と椎野は応援を仰いだ。所轄の人員では足りそうもない。公調(公安調査庁)に人を出してもらいたいのはヤマヤマだが交流も無い。仕方なくホームレスの親方と話をつけて、多少口が利ける程度の子分を斡旋してもらった。そもそもその電報には待ち合わせ場所が記入されているのみで今時の通信手段は全く使わないので、その場所まで行けるレベルを選ぶ。格差社会が進行して識字率までが落ちているから電車にも乗れないのがいるからだ。手配できる人数はせいぜい100人程度で直ぐに「売り」の配布を打ち切り日付の確かな電報に対応させる。すると、半数の者は接触出来た。残りは手ぶらで帰って来た。駅の改札で待ち合わせる、といった電報はほぼガセだった。
 その場で『マイナンバーを寄越せ。』と要求された者が殆どで、そういう輩には精巧に作られた偽のマイナンバー・カードを大体5~10万円で売りつける。そして実際には使えないことを後に知ることになり、使用時点で御用になる。
 三人だけ、共に公園のベンチを指定された者がその場でタッチ式の検査機のようなものでカードをチェックされ見破られた。
 二人は帰ってこなかった。
 一人、メモを渡されたのがいた。『本気ならばこんなカードではだめ。固定電話で連絡請う。03-△△△△ー◆◆◆◆』と記されていた。固定電話というのがヤバそうだ。
 相談した結果出井が公衆電話から掛けることになった。
「もしもし、メモを頂いた者ですが。」
「メモでございますか?」
出たのは若い女の声である。
「あのー、マイナンバー・カードの件で・・・。」
「チョットお待ち下さい。」
コールが鳴って男に代わった。
「あー、そちら様公衆電話なの?」
「あっはい、そうです。家電持ってないんで。」
「あーそう。冷やかしとかじゃないの?本当にナンバー売るほど困ってんなら相談乗るけど。」
「いや、本当に困ってます。おいくらで売れますか。」
「オタクお幾つ?そう若くないね。」
「はい。35です(本当は45)。」
「それは結構高いよ。じゃあ会ってみるかい。名前は。」
「ヤマトといいます。是非お願いします。本当に困ってるんです。」
 男はいきなりその日の夕方、都心から少し離れた沿線の駅前の喫茶店の名を告げた。

つづく

近未来 無犯罪都市 TOKYO

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅲ

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅳ


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