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オリンピックへの道  あと2年(2015年からの憂鬱 破章)

2013 OCT 14 16:16:09 pm by 西室 建

2018年の春、国防陸軍朝霧駐屯地に新兵が配置されてきた。国民皆兵法による徴兵第三期300人の部隊である。四半期に一度の募集が原則であるが、自主的な入営の希望者が殺到したためこの年に限って毎月の配属である。年齢はバラバラであるが、大部分が中高年で2~3割が20~30台の比較的若い者も散見される。予想されたことではあるが、整列させてもピシッとしない。この300人は独立混成旅団として編成され、指揮を取るのは若干40がらみの出井大佐。新制国防陸軍は旧階級が復活していた。事前の調査によって比較的健康状態のものが集められたことになっている。訓示の後は下士官 英(はなぶさ)特務曹長の元、早速行進の訓練である。これがまたひどい。『前へーッ、進めーッ。』『左向けーッ、左!』『回れ右前へーッ,進めッ』英特務曹長の呆れ返った顔が次第に強ばりながら、何かを書き付けていた。

新規部隊を受入れるに当たっては国防軍当局もかなり気を使ったため、命令口調も嘗てのような険しいトーンは消えており、ましてや帝國陸軍のような内務班内の陰惨なシゴキは全く消えていた。『ナニナニされたし。』『ドウシタされるべし。』といった国防軍用語が用意されていた。

「本日はこれにて解散されたし。夕食後、各位点検、フタヒト・マルマルに就寝さるべし。」フタヒト・マルマルとは娑婆で午後9時と言われる時間だ。

英 曹長の疲れ果てた声に送られ、平均年齢63才の新兵達は兵舎に向かった。

「やれやれ、廻れ右なんて小学校以来だよ。忘れてた。」

原辺(ばらべ)はベッドにヘルメットを投げながら隣の椎野に聞こえるように言った。

「郷に入っては郷に従え。いくら何でもその内慣れるさ。」                     
軽く目で笑いながら答えた。二人は入隊時に同じ63才であり、聯隊の配属も同期だったので行動を共にしていた。椎野はどこから聞いてくるのか情報通で実に物が解っているふうだった。
「あの英曹長ってのはずいぶん若いな。まだ20代だろ。」                 
「あれはキャリア入隊の腰掛け。国民皆兵法が出来た時に大学卒業だけど就職するのもめんどくさいから体の利くウチにサッサとやっておこう、てクチだな。下士官やって上にいくのかどうか考えるんだろう。本職は英文学らしいぜ。」
「出井旅団長は?」                                        
「あっちはバリバリのエリートだよ。技官だそうだからもうすぐ予備役だろ。あの法律はキャリア・エリートの類いは予備役になっちまってからが人生の果実でオレ達みたいにならんですむ訳だ。だけどアレ40そこそこだろう、かっこいいよなー。」

若いエリート部隊と違い、老兵混成旅団は大幅に自動化が進み戦力的にも機動力は期待されていない。装備も固定されている武器以外は改良された『軽量突撃銃』が主流で、移動も全て軽量装甲車。災害救助の役には立たないし、往年の陸上自衛隊に比べればピクニックに毛が生えた程度の訓練でもすぐに音を上げる、何しろ年である。それなりにカリキュラムをこなして、初の外出日となった。殆どの者が出払ってガランとした兵舎に何故か原辺(ばらべ)と椎野が取り残されていた。
「椎野はどこも行かないのか。」                                 
「お前こそ家に帰らなくていいのか。」                             
「いろいろあんだよ。」                                      
「こっちだってそうさ。」                                      
そして二人でシコシコ飲みに出た。
原辺は50で離婚され還暦でリストラされ、居場所を失って入隊して来た。
「オレ何と息子から勧められちゃったんだよ。アイツ今度結婚するんだけど、オヤジどうせ国民皆兵だから入隊するとウチが空くだろ、だってさ。いつまでいることになるのかな。」
「オイオイ、少しは調べておけよ。ここを出て食えるなら2年満期だけど、国民皆兵法は本当のところ年金打ち切りだからな。放っといても年金貰えるのは国家公務員OB,教員OB、自立農業経営者、まあ他にもクドクド決めてるみたいだけどハグレ者には関係ない。生意気なこと言ってて挙句の果てに役立たずになった輩の一括処理みたいなもんさ。お前みたいにガキにおん出されたり、カミさんに追い出されたり、オレみたいにヤケになった者の吹きだまりだ。」
そういう椎野は経営していた会社を売り飛ばして遊び歩いているうちにバクチの大負けで借金を背負い込み、しばらく海外に逃げていたが里心がついて帰国したところ、女に追いかけ回されて逃げ込んだのがこの部隊だった。他も大体似たり寄ったりなのだろう。
「だけど怪我したり病気になったり、それこそボケたりしたらどうなるんだ。」
「それが簡単にはいかないんだよ。使いもんにならなくなると各師団に併設されてる野戦病院にブチ込まれておしまい。出られなくなるぞ。程度のいいのは朝から晩まで単純作業、ひどいのは人間扱いされなくて直るもんも直らんという話だ。凄いのは網走の第七野戦病院送りで細菌兵器の実験台にされてる、という噂もあるくらいだぞ。何しろ元刑務所だからな。」
「そんなことしたらさすがに問題になるだろ。」                        
「あくまで噂だがな。ひどい扱いではあるらしいが冷暖房完備で、別に拷問してるわけじゃないからな。第一ボケの入った老人なんか天下の嫌われ者だ。どうもそうしちゃった方が社会的なコストが一番安いんだそうだ。」
「オイオイ、でも看護師さん位いるだろ、若くてきれいな。」                 
「フッフッフっ、そこにいるのがバーサマ部隊なんだよ。ここの賄いにもいるだろ。やつら復讐のつもりなのか、ボケたやつなんかオモチャにされてるらしい。行くもんじゃない。」

奇妙な平和が醸し出す弛緩した空気がいいやら悪いやら。世の中はオリンピックまであと1年チョットだ、と煽っていた。しかしどんな世界でも差がつくもので、出井混成旅団は比較的デキが良いらしく、半年後原辺・椎野の二人は同期のトップで二等兵に昇進した。老人部隊には三等兵が新設されていた。出井旅団長から食事の案内が届く。恐れ多くも英曹長の後陪席であった。佐官食堂に第一種礼装で赴く重々しさはさすがに国防陸軍の面目躍如。二人で個室に入ると両上官が挙手の礼をもって迎えてくれた。
「大変ご苦労様です。今後とも宜しくされたし。」                         
丁寧な言葉使いで労ってくれる旅団長は近くで見ると大変なイケメン、隣の英曹長は小柄だが厳しい表情を崩さない。訓練の感想、生活について色々話題に上ったが二等兵組からは特に不満や要望は言わなかった。文句を言わず質問をしない兵隊は良い兵隊だからだ。1時間が経過した。                                        
「それでは私は午後に視察がありますから、これにて失敬。実は来月早々新規配属三等兵が30人我が旅団に配属されます。新兵教育について英特務曹長を補佐されたし。引き継ぎを受けられます。」
ビシッと決まった敬礼をして辞していった。3人で班編制、教育スケジュールの打ち合わせを細かくした。
「旅団長殿は大変立派なお方ですね。」                           
「原辺二等兵、国防陸軍では『殿』はつけません。出井大佐は防大物理出身で、実戦部隊は初めてのはずです。責任感旺盛。判断力、統率力、敢闘精神どれをとってもダントツの指揮官でしょう。」
「英曹長はどういう御経歴でありますか。」                           
「自分は英文学、特に現代アメリカ文学が専攻です。就職をするつもりがまるでなかったので、ここに来ました。先例が少ないので、いつまでいるのか、退官後は学究生活にもどります。デモシカ曹長ですよ、あははははは。」
「・・・・。」「・・・・。」                          「どうもお二人ご存知ないようですが、出井大佐は女性ですよ。」              
「エッ。」「えっ。」

つづく

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