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えらいこっちゃ

2013 DEC 26 15:15:05 pm by 西牟呂 憲

82才になる母親が転倒して腕を折った。上腕骨頭下部粉砕骨折と診断され、元々足が弱っていたこともあり立ち上がれなくなった。地元の整形外科では手に負えなくなり、結果は某大学病院への入院となったが、3日間実家で介護をした。骨折が金曜日でその日行けるのが私だけだったため、とりあえず駆けつけ車椅子に乗せてレントゲンを撮りに行ったが、骨密度が極端に低いこともあり立派な骨折。腕はダランと下がり動かせば痛い。こちらも素人だから、起こす際には前から支えるように動く右手でしがみつかせて引っ張るのだが、折った方の肘が当たったりすると痛がる。体重40kg以下の老婆なのに無理な体制でやるものだからこちらも無駄な力が入って物凄く重く感じた。入院させてから分ったが、あれは後ろから支えるのが正しいようだ。夜に父親が帰ってきたので引き継いで家で寝たのだが、こちらも85になる翁である。一晩で腰を痛めた。翌日から月曜の入院までまる3日つきあう事になった訳だ。痛いのは本人だし、思い通りにならないもどかしさから、勢い口を突いて出る台詞は激しいものとなる。明け方起こされたときはこちらも辛く、さすがに売り言葉に買い言葉にはならなかったものの、何と言えばいいのか『カッ』となったのは事実だ。

この『カッ』となった感情というもの、表現する言葉がない。双方悪意がないことは勿論、申し訳ないとさえ思っているのは間違いないのだが、行き所の無いドロドロとした感情のマグマが噴出する寸前の気分なのか。この気持ちは入院させる時にも湧いた。大学病院も稼働率が高いため病床のやり繰りがつかず(本人がどうしても個室、と言い張ったため)特別病室に入ることになり、その料金が一泊◎万円だった。それを聞いた時に、そうも言ってられないと思いつつ又『カッ』となった。大体この年でもう元に戻ることは無いのに・・・・。今では最後の贅沢か、と折り合いをつけてはいるが。

母は戦前のお嬢さん育ちで大変マジメな質なのだが、気象の激しい人。フランス文学にかぶれて日常会話くらいはこなして見せた。躾は厳しかったがずいぶんと無駄になっているのは、できあがったのが私と愚妹なので御案内の通り。昭和ヒトケタのど真ん中で時代と共に軍国少女→疎開→敗戦→大挫折→没落→左傾→高度成長の道をたどった。標準的な昭和ヒトケタ世代と括るのは簡単だがその響きは限りなく深い。恐らく百人百色・千人千色の人生があり、様々な事象の上に今日があるであろう。小さくなってしまった母親を抱えた時の以外な重さがこれなのではなかろうか(実際には中腰なのと痛がるので無理な姿勢をとったに過ぎないだろうが)。

骨折程度の怪我は現代医学ではカスリ傷程度、とばかりに最新の手術でめでたくチタンのバーを入れてもらい、病院はそれ以上治療することはない。後はリハビリなのだが、2週間ベットにいたので我儘も手伝い一向にやろうともしない。その顔を見て3度目になる『カッ』が又来た。ガンでもエイズでもないくせに、死にそうな声をだしやがって、といったところか。どうにか歩けるようになってもらわなけりゃ帰って来られても暮らせない。85才になるオヤジは元気だが、放っておいたら二次災害になってしまう。

そうこうしている内にあまりに痛がるので腰から足のレントゲンと精密検査をしたところ、当初かすかなヒビがあったのが骨の弱さも相まって亀裂が生じ、再手術となってしまった。さすがに病院側もあわてて発見後翌日には執刀される予定だったのだが。本人のストレスは物凄く、腑抜けたようになってしまいこちらも見ていて辛い。そして当日麻酔をかけた段階で異変が起こった。その場にいた訳ではないが一時心臓が止まった。手術は中断しICUに担ぎ込まれ口から鼻からチュ~ヴを突っ込まれてしまった。家族は呼ばれ夕方ベッドの横に行ったのだが、その段階ではチュ~ヴは抜かれていたが錯乱したのだろう、怒り狂っていた。『何でこんな所にいるのか。』『誰がこんなことを承諾した。』と目つきも凄まじく、鬼気迫る形相に驚いた。更に点滴を引き抜こうとするので腕を拘束されている。本人も大変なのだろうが僕はむしろにこやかに対応している先生方や看護師さん達に心底同情し感謝した。この日実際には夜も少しおかしくなり、駅周辺で飲んでいた僕達はもう一度ICUに行くことになった。例の『カッ』となることはなかった。それよりも何故か若い頃に読んで読後感が不気味だった深沢七郎の『楢山節考』の一説が思い出されたり、戦場で散った若い特攻隊員の命に比べればずいぶんコストがかかる、医学が発達し過ぎてこうまでしなけりゃ死ねないのか、等という不謹慎なことを考えたりした。なにしろ心臓が弱っているため、血流が滞るのを防ぐように足に空気マットでマッサージをし続ける機器までついているのだ。

今から考えると、表現が難しいのだがこの心臓停止時点で逝くのも、本人にとっては楽だったのかと思う。翌日執刀医がわざわざ詫びに見えた時、言葉を選びつつ本人も家族も無理な延命は望まないと伝えたが。

こういう時西洋人や中東では宗教に行くのだろうが、『神様の・・・』という概念は露ほども浮かばなかった。菩提寺は浄土真宗だし、母の実家は神道なので、思し召しもなにも無い。耄碌も進むだろうと覚悟を決めつつあるとき、実家のかたずけに行った妹がベッドの脇から大量のメモを発見した。それは何と消えつつある記憶を必死に残そうとしたのか、自分が好きだったものを書き綴っていたのだ。クラシック音楽(フルトヴェングラーにつぃての記述、マリア・カラスの印象、カラヤンの悪口)、文学(フランス文学の泰斗故辰野隆博士の記憶、ヴェリエ・ド・リラダン、アルチュール・ランボウ)、華やかだった少女時代の印象の記述があった。妹は「さすがに切ない。」と表現したが、その内いくつかは子供のころから聞かされていた話で、SMCの趣旨に則りそのうちに記録として残してやりたい衝動にかられる。

意識が戻った段階で、ICUでの記憶は、むしろ幸いなことに全て飛んでいた。そしてまともな話ができるくらいには回復したのだが、この先歩くのは難しいだろう。こういうことを書くのは勇気がいるが、日本中どこでも誰でも経験することであり、また遅かれ早かれ通る道でもある。耄碌が進んでしまえば何億年もかけて進化してきた『人間』とは違った道に行ってしまうのだ。その時も安らかであることを心から願う。そしてそれでも生きようとする命というものに改めて敬意を表する。最後に全力を尽くしてくれた某大学病院のスタッフに深く感謝したい。

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えらいこっちゃⅡ

えらいこっちゃ Ⅲ

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菩提寺のニワトリ

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