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心に残るプロレスの名言 全日本編

2014 MAR 13 11:11:34 am by 西室 建

    地上デジタルのゴールデン・タイムの放送がなくなったって、プロレスはプロレスで独自に進化する。そして振り返るとそこには忘れられない、心に残るプロレスならではの名言が残されていく。活字媒体で拾ったものも含めて、僕が大事にしているプロレスの名言集を綴ってみよう。

「馬場の耳に念仏であります。」福澤アナウンサー  プロレス中継の傑作として名高い。新崎人生(しんざきじんせい)というレスラーがいる。僧形に頭を剃り経文を全身に書き付けたりするコスチュームで、みちのくプロレスから米国WWFで頭角を現した。基本的な技を『極楽固め』『曼荼羅捻り』と名付けたり、パワー・ボムの際『念仏ドライバー』といって合掌して見せるパフォーマンスが実に良かったが、その一つに『拝み渡り』というのがある。腕を捻り上げ、その手首を持ったままコーナー最上段にあがり、片手拝みをしながら隣のポストまで歩きそこからチョップを振り下ろすという、バランスの難しいプロレスっぽい技だった。それをこともあろうに交流マッチのシングルでG馬場にやったのだ。この技は腕を捻り上げて引っ張っていく所に味があるのに相手がデカすぎる。馬場は薄ら笑いを浮かべながら引かれていったが、チョップの際にはこれを払って逆に唐竹割で返した。そこで、当時の福澤アナが思わず叫んだのが冒頭の台詞。あまりのツボの入りように僕は感動した。一緒に見ていた小学生だった息子に『馬の耳に念仏』という諺は本当は馬場の耳に念仏が正しいのだと教え込み、学校で言いふらすように指示したぐらいだ。もっともバカらしくてしなかったらしいが。

「皆さん、こんばんわ」ラッシャー木村  マイクを使ってパフォーマンスすることがご愛嬌になった木村の、そもそものスタートがこのハズしだった。猪木に挑戦するためにリングに上がった時、マイクを渡され一瞬なにを言っていいか分からない様子で、猪木を睨みつけながら観客に挨拶してしまったのだ。そのときの観客のどよめきと言うか失笑と言うか、どう反応していいかとまどった雰囲気を覚えている。もう少し打ち合わせりゃいいものを。最低限握手するふりをして殴りかかるとか、「何がストロング・スタイルだ!本当のプロレスを教えてやる!」くらいのことを言わなきゃ。そう言えば、国際プロレスの先輩でもあったストロング小林が猪木に挑戦した時は調印式でいきなり殴りつけて猪木が吹っ飛んでいった。木村は普段は恐ろしく無口で何も喋らない人だったので、いきなり振られてとまどったのだろう。後年、愛嬌のある「喋り」でブレイクしたのだが、しばらくはオチョクリのネタにされていて笑えた。

「あんなもんだろうよ。」ジャイアント馬場  長州力のジャパン・プロレスが全日本で暴れて活況を呈していた頃、頂上対決として実力日本1と言われたジャンボ鶴田と長州がシングルで戦った後、御大が漏らした一言。この試合は結局のところ60分フルタイム見ごたえのある戦いを続け、互いに技は全て出すことができた好バウトだったが、その後があった。実は長州は息も絶え絶えになって控え室ではしばらく動けなかった。一方の鶴田は余裕綽々で鼻歌交じり会場を後にした。馬場が言いたかったのは要するにスタミナだ、ということのようだ。鶴田という選手はとにかく天才としか言いようの無い無限の耐久力があったようで、それは練習量とかいった後天的なものとは違っていたのではないか。それは師匠の馬場も同じで、あの巨体でドロップ・キックができたくらいの運動神経を持ち(坂口もスタン・ハンセンもできない)、なおかつロクなトレーニングもしないでもあれだけの動きができたのだ。こういうバケモノがトップなので、必然的に新日本との住み分けができたのだと思う。

「何だ、まだやれるじゃないか。」ジャイアント馬場  還暦となり、その前に三千試合連続出場の偉業を達成した頃のセレモニーで、リングに上がってインタヴューを受けた時の一言。アナウンサーの還暦になった感想を問われて「いやー、昔は還暦の人を見るとずいぶん爺さんだと思いましたけれどねえ。イザ自分がなってみれば、」から冒頭の言葉にと続いた。会場からは「さすが、ジャイアント馬場!」といった歓声が上がり、興奮したアナウンサーが「日本一強い還暦です!」とフォローを入れた。この頃はメインのリングには上がらず、前座で若手を相手にした試合ばかりだったが、それは汗もかかないような展開にも関わらず、間の取り方が絶妙でツウを飽きさせなかった。一つには実力と運動神経が違いすぎていて、近くで見ていても若手は馬場に全くダメージを与えることができない。僕はそろそろアラカンなのだが凄いとしか表現できない。そんなことできますか?

「アントニオ猪木がやるほど面白くはならないだろうが。」梶原一騎  ご存知タイガー・マスクの生みの親。この人、本当のところストーリー・テラーとしては大変に面白い。『空手バカ一代』なんかは筆が滑りすぎて一部の極真会関係者からも、あれはちょっと、と言う具合らしい。実はジャンボのことを高く評価していて、猪木がやっていた異種格闘技シリーズをもし鶴田がやったら、との問いに答えて言った一言とされる。結果はレスリング・パワーで圧倒する、とのオチだ。
 ところで鶴田の叔父さんが都内でタクシーの運転手をしていて、僕も一度乗ったことがある。『応援お願いしますよ。』などと言われ『もちろんです。』と張り切って答えた。この叔父さん、僕の知り合いだけでも複数の人に確認されているが今どうしているだろう。
 しかし肝腎の鶴田に見るべき台詞が残されていないのが残念だ。リング上の掛け声「オー!」だけでは物足りない。
 話をもどして僕はこの梶原一騎が全日本のリング・サイドで観戦していたのを見たことがある。試合は猪木とあのネール・マッチをやったりタイガー・ジェット・シンと組み、ヒールで鳴らした上田馬之助、後楽園ホールだった。試合そのものはおっしゃる通り「アントニオ猪木がやるほど面白く」なく、馬場のアーム・ブリーカで上田の腕がブラブラになってしまって勝負あった。上田が観客席に雪崩れ込み観客が逃げ惑う中、上田を制するようにサッと立ち上がった姿に気がついたのだが、貫禄十分だったなぁ。

 このブログを書いているときに往年の名レスラー、ビル・ロビンソンの訃報が届いた。最初から思っていたがダブル・アーム・スープレックスを『人間風車』とは、あまりにもマヌケなネーミングではないか。せめてブリティッシュ・バスターとか・・・だめか。 お疲れ様でした、合掌。

10.21横浜文化体育館

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