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僕の新入社員時代

2014 MAR 17 10:10:19 am by 西 牟呂雄

最後に学校を卒業をした今から数十年前、僕にも初々しいフレッシュマンだった頃がある。最初の配属は某県の現場だった。そこの生産スケジュールを管理する工程員としてサラリーマンの第一歩を踏み出したわけだ。地方だから独身寮があり、先輩達が寮でしてくれた歓迎会に仰天した。壇上の壁に『儀』と書かれた紙が貼ってあって、その前にバカでかい杯が鎮座している。ズラリと並んだ先輩達は一言も口を利かない。声一つしない中、司会者が壇上に現れると(この人には生涯頭が上がらないくらい世話になった)大音声で言い放った。

「新入社員諸君。配属お目出度う。我々は心から諸君を歓迎する。本寮への入寮者は、過去一人の例外も無く『儀』の洗礼を受けている。今年も滞りなく無事に済むことを祈っている。」

と書くと立派な入寮式に聞こえるかも知れないが、中身はその大杯なみなみと注いだ酒を一気飲みさせることだった。学生でも今どきしないと思うが、製造現場は田舎で、規模のバカでかい製造所だったからそのような野蛮な風習が残ったモノと思われる。事実その会社は僕の配属になった所以外にもいくつかの拠点があって、どこでも似たようなことをしていた。大杯だった僕たちはまだマシで、ある現場ではヘルメットに注がれたと聞いた。ヘルメットは底にチョロっと入れて3合だそうだ。
 まるで戦場のような宴会に呆気にとられた。

 通勤が始まる。会社の通勤バスが寮から各工場行きに朝も昼も夜中も出る。寮で歌い継がれた『通勤節』という、行き先をズーッと繋げただけの歌が宴会のたびに高らかに歌われていた。
 仕事は工程スケジュールの管理だが、動かしている工場は学生の想像をはるかに超えていて、1ライン三交代で数百人、全体では数万人の人が働く巨大なコングロマリットだ。機械化された自動運転の高能率かつ知的集約型の工場ではあるが、スイッチ入れれば動くような甘い代物じゃない。生産計画を立てて(これは割と機械的にシステム化されていた)製造命令を現場に下ろすのだが、日々思わぬトラブルがあちこちで起こり、現場には現場の都合があり、電話は掛かるし,上司は怒る。
 楽天的なものだからこんなもんだろうとと開き直った。そのくせ何故か夜遅くまで残業していた。これは新人の僕だけじゃなくてベテランから女子社員までセッセセッセと居残っていた(当時)。

 当時はパワハラもセクハラも何にも無いし、鬱病でさえそんなポピュラーな代物じゃなかった。モロに体育会のノリで、その証拠に新入社員も応援部とかボート部、野球部の出身者がたくさんいた。これ等は礼儀は正しいしつまらん小理屈は言わないし、実際仕事もテキパキとこなす。一方の僕はと言えば、今度こそ真面目にやらなければ、と一念発起して固いメーカーを訪問した。人生リセットの勢いだったが、結局今から考えると素性がバレるのは時間の問題だった。

 翌年の暮れにとんでもないオチがつく。僕たち工程スケジュールを組んでいる者はラインが動いている間は4日とか5日をまとめて休むことなんかできない。特に年末は第4/四半期の稼動日数が少ない(正月の一部休止と2月の暦日数の関係)ので、年末31日と正月2日くらいに出勤して生産命令を出さないと工場が止まってしまう。帰省で人も少なくなった寮でヒマを持て余した僕は、バイクでメシを食いに行った。ラーメンの大盛りか何かを食ったあと、世間では紅白歌合戦でも見ている頃には寮に帰ろうと飛ばしたのだが、突如、一瞬宙に浮いた感じの後、ガササッ!と音がした気がした。
 次に気がついたのは河原に寝転がっている自分だ。真夜中なのは間違いない、どうやら気絶していたらしい。アチコチ痛いがどうやら動く、起き上がってみるとライダー・スーツを着たままで、すぐ側に水の少ない川があった。回りは渓谷になっていて、バイクごと転落したらしい。そこら中に石が転がっていて、頭から行ったらと思うとゾッとした。ともあれ助けを呼ばなければ、ほぼ無傷の僕は崖(3mくらい)をよじ登り、近所の家を探し(100mくらい先に2軒あった。行く年来る年を見ていただろう一家の人ごめんなさい)救急車を呼び、病院に行き、警察調書をとられ(結局自爆ということで違反なし)新年を迎えた。読者は俄かに信じられないだろうが、恐ろしい真実である。付け加えると僕は夜中に病院を脱走し、ヒッチ・ハイクで寮に逃げ帰った。

 更に後日談がある。新年4日の仕事始めに会社に来た幹部は当然ながら怒り狂った。悪意のある噂が既に蔓延していたのだった。どう責任取るのかと怒鳴られ、一瞬考えて『倍働いて何とかします』というと、係長・課長を従えた部長が厳かに指示した。『こんなのが倍も働いたらメチャクチャになる。ベテランを付けろ』
これでは将来真っ暗なことぐらい僕にもわかった。

 
 
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