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七条油小路

2017 JUN 14 20:20:54 pm by 西 牟呂雄

「ふざけやがって!」
局長近藤勇がドスの聞いた声を絞り出した。
 新撰組から分派した御陵衛士が長州藩に対し寛大な処分を、と建白したというのだ。
「歳、どうすんだ」
 傍らにいる土方に向かって聞く。
「どうするもこうするもねえ。あんたはいつもそれだ。決まってんだろ、殺る」
「どうやって」
「いいから何とか理屈をつけて伊東を呼び出してくれ。北辰一刀流は理屈が好きだからな。全く藤堂まで」
 藤堂とは試衛館以来の盟友、藤堂平助である。元々は千葉周作の玄武館で剣を学んだ後、試衛館の師範代になった。隊士募集の際に北辰一刀流門下で面識のあった伊東甲子太郎を紹介したのも藤堂だった。
 しかし伊東が門弟を引き連れて入隊すると、当初の同志である天然理心流一派より伊東の言説に共鳴し、とうとう御陵衛士に合流してしまった。理由はやたらに人を切りたがる近藤一派の野蛮さに辟易したからだ。
 伊勢津藩主藤堂高猷公の落とし胤、とホラを吹いていたが貧乏旗本の三男である。
 剣は、強い。

 近藤は早速妾宅で酒宴を催し、したたかに飲ませた伊東を待ち伏せした大石鍬次郎の槍で突き殺した。土方の下知だ。
 土方は伊東の死体を検分すると目を閉じたまま言った。
「こいつを油小路に捨ててこい。それで山崎、配下の連中を高台寺のあたりにやって伊東がやられたと言い振らせ」
 監察、山崎丞(すすむ)は頷くと姿を消す。土方は幹部を前に更に指示する。
「永倉、原田、隊士を連れて待ち伏せして皆殺しにしてやれ。島田と大石、お前等も行け」
 名前を呼ばれた永倉新八は眉をひそめて土方に言った。
「副長。平助が来たらどうします」
「何だそれは。お前が敗けるとでも言うのか」
「いや。ただ」
「ただ、何だ。切られてくるか。迷うようなら局長にでも聞け」
「副長は行くのですか」
「馬鹿野郎!御陵衛士の5~6匹殺るのにいちいちオレが行けるかよ」
 土方さんらしい、と永倉は原田左之助に目くばせして屯所に向かった。あの人は本音が言えない、山南の時も沖田に行かせた。
 すると物陰から一人の男が前に進み静かに進言した。
「拙者も参ります」
 土方はさすがに驚いた表情になった。
「斎藤か。貴様は平気なのか」
 斎藤一。新撰組屈指の使い手である。秘かに言い含めて御陵衛士に潜り込ませたのは土方だ。建白の秘密情報を持ち込んだのも斉藤なのだ。
「今更どうしました。服部武雄・毛内有之助もかなりの遣い手。まさかの時は・・」
「ケリをつけたいのか。勝手にしやがれ」

 果たして高台寺の伊東一派は激高した。藤堂平助は体が震えた。また例の手を使ったか。だから罠だと言っただろうに。おのれあの百姓上がりども、それでも武士のつもりか。
 紅顔の美少年と言われた平助の眉間から頬のかけて池田屋の時に負った向う傷が凄味を帯びていた。
「きたない奴らめ」「しかも遺骸を路上にさらし者にしているとは許しがたい」「とにかく伊東先生の御遺体を」「おうっ」「おうっ!」「行くぞ!」
 立上がる中、一人服部武雄が声を掛けたが。
「御一同。相手は新撰組ですぞ。必ず切りあいになりましょうぞ」
 服部が鉢金を巻いて支度をする間に他の六人はその声を無視して飛び出して行った後だった。

 息せき切って御陵衛士七人が油小路にやってきて伊東の遺骸を見つけた途端、いきなりジャラジャラと音を立てて抜刀した新撰組に包囲された。こういう時に新撰組は誰も口を利かない。御陵衛士側も直ぐに刀を抜いた。藤堂が一歩進んで低く呟いた。
「やはりな」
 切っ先を上下させながら歩を進めると、囲みの中から一人の隊士が対峙した。その顔を見て藤堂の表情が引きつる。永倉新八である。長い付き合いの永倉を向けるとは、しかも近藤も土方も沖田も、天然理心流は高みの見物か。おのれ。
 永倉もすぐには切り掛かれない。互いに手の内を知り尽くしているのだ。藤堂の眉間の切り傷をみて、永倉はフト思った。
 この怪我以来こやつの心根が変わったのではないか。しかし切らねばやられる。
 永倉はツツッと体を交わす素振りをした。平助、逃げろ、とは思わなかったか否か(近藤がそう意を含んだと後に永倉は維新後証言している)。
 刹那、背後に回った三浦常三郎が切り掛かった。『むぅ!』と藤堂が声を上げると取り囲んだ隊士が一斉に刃を振り下ろし、藤堂は即死した。
 その刀音が合図になったかのように、まず御陵衛士、富山弥兵衛が示現流のトンボの構えから「チェーストー!」と裂ぱくの気合を発して囲みに突っ込む。富山は薩摩の出身で、入隊の時点から間者の疑いを掛けられていたが伊東が斡旋していた。
 必殺の切り込みに新撰組も一呼吸置かざるをえなかった。二人ほど太刀を払いかけるが富山もこれを膝を折るように刀を振り下ろして叩き落す。三人が後に続いて血路を開いた。篠原泰之進・鈴木三樹三郎・加納道之助である。
 しかし二人遅れた。いや居残ったのかも知れない、後に引けずに。
 毛内有之助は武芸十八般何でもござれの達人で、更には和漢の経典を講ずる文学師範や諸士調役兼監察までこなし「毛内の百人芸」と言われた。切りかかってくる新撰組の攻撃をかわしにかわし、遂に大刀が刃こぼれすると小太刀を振るって奮戦するも多勢に無勢。原田左之助の槍の餌食となった。
 服部武雄は毛内と同じく諸士調役兼監察を勤めた。並外れた体格と怪力で二刀流の剛剣を遣う。塀を背にして半円形に取り囲む隊士を全く寄せ付けなかったが、半時ほどの戦闘に力尽き猛烈な切り込みを受けて死ぬ。
 二人とも遺体はズタズタに切られていたのだった。

 土方は幹部の多くが妾宅を構えるなか、相変わらず屯所の離れで過ごしていた。
 この晩は寝付けなかったので居室から障子を開けて屯所に戻ろうとしてギョッとした。体調を崩して臥せっていた沖田が厠に立つところだった。胸を患い顔色は悪い。黒目がちの光る眼がこちらを見ていた。
「土方さん。きょう藤堂さん達をやりましたね」
「なにィ」
「さっき永倉さんが局長の所に来てましたよ」
「それがどうした」
「いや。僕も元気だったら行けたなって思って」
「総司・・・・」
「え、何のことですか」
「いいからさっさともう寝ろ!」
「はいはい」
 屯所への渡り廊下から青白い満月が照らしている。今日一日で一体天下の何が変わったと言えるのか。土方は無言で仰ぎ見た。そして二尺八寸の愛刀・和泉守兼定を抜き、月光にかざして見つめた。
 

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