Sonar Members Club No.36

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モノを失くすという事

2017 NOV 28 21:21:17 pm by 西室 建

 僕はうっかり屋なのでしょっちゅう物を失くしていた。従って最近はできるだけ物を持たないようにしている。
 過去ヤバかったのは携帯・現金・カード等。
 酔っ払って無一文になった時の恐怖感、マニラのさる場所にパスポートごと置き忘れた時の絶望感も記憶に刻み込まれている。使っている手帳をどこかにやった時は身を引き裂かれたような気がして、全く同じデザインを見つけるのに一日中本屋・文房具屋を駆け回った。
 最近は年のせいかもはや心霊現象としか言いようのない事態になっている。これもおそろしい。
 喜寿庵の農作業に使っていた鉄の錆びた鋏が手許から忽然と消えたのには驚いた。さっきまで持っていて、失くすといけないと思って手許に引き寄せたにもかかわらず無くなった。無論必死に探したが、無い。無い物は無い。
 この鋏は切れ味はダメだったが手にした時の重量感が調度よく、長年愛用していたので寂しくてしょうがない。ネイチャー・ファームに行くと気になってアチコチ探すのだがない。新しく買ってもあの味わいは戻らないに決まっている。
 以前同じように可愛がっていたシャベルが消えたが、いつの間にか手許に現れて神に深く感謝した。
 もっと怖いのは(酔っ払ってはいたが)帰って来たら錨のマークの入っていたセーターを着てなかったこともある(ジャンパーは羽織っていた。タクシーで脱ぎ捨てたとでもいうのだろうか)。その直後にお気に入りのグレーのマフラーが突然消えて久しい。
 子供の頃は定規とか手袋を失くすと、その物が必死に僕を呼んでいるような気がして悲しかった。確か泣いたこともあった気がする。
 モノが消えるだけではない。
 記憶そのものが無くなっていることも多いのだろう。それはそれでいいのだが、こんなことを書き出したらマズい記憶が蘇ると困るので止める。そして失くしてしまった物自体は、自分から捨てた訳ではないからどこかで何かの役に立っているだろうと信じることにした。

 去年は親友を失ったし最近も親族を送った。この先自分だってどうなるか分からない。喜寿庵を整理し始めたら明治・大正の写真がワンサカ出てきて、かろうじて二代前までは顔が分かったが正体不明の人が殆んど。それらを見ているうちに、この人達のようにスンナリと忘れられたい衝動に駆られた。面倒なことをサッサと済ませてボケ老人になりたい(人の迷惑にはなるだろうが)と言ったら飛躍しすぎかな。
 何しろリチャード・ギアとジュリア・ロバーツの名前が出てこなくて、検索したら分かるだろうが自分の脳がちゃんと思い出すという行為ができるか試そうとしたら半日苦しんだ。 

 子供は色々と失くしておとなになり、オッサンは失くしたことも忘れて消えたりして。

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Categories:遠い光景

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