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逆転 江戸城総攻撃 前編

2021 SEP 24 0:00:06 am by 西 牟呂雄

 鳥羽・伏見での動乱の後、急遽江戸に帰ってきた徳川慶喜に、満面の怒りを込めて対峙しているのは勝海舟である、
『上様!何たる不始末!恐れながらこの勝、情けなさに腹も切れませぬ』
『やかましい!』
 凄まじい怒声に思わず顔を上げた。
『いいか、ここからが勝負じゃ。そんなに戦がしたければタダではすまぬということを思い知らせてやる。何のために幕府歩兵部隊を無傷で江戸に連れ帰ったと思うのじゃ。小栗上野介を呼べ。そしてそちは榎本の艦隊を品川沖に集結させろ。それからエゲレスのパークスとメリケンのハリスに話をして、今後の商いをエサに中立を約束させよ。覇権は関東に有り』
 勝は面食らった。意気消沈しているかと思った将軍慶喜は鬼の形相で言い放ったのだ。
『恐れながら。無傷の歩兵部隊とおっしゃいましたが、なぜ大阪城で籠城なさらなかったのでございましょうや』
『うつけ者!籠城すれば成程戦には負けないであろう。しかしどうする。その後上洛し御所に攻め込むのか。長州風情ではあるまいに、帝の庭先で暴れるつもりか』
『重ねて恐れながら。大阪城が炎上しても最後の一兵まで戦う、と仰せと聞きました』
『時間稼ぎじゃ。この江戸に先回りされたら我が方は後ろ盾を失う。薩長を上方に釘付けにするための方便に過ぎぬ。城受け取りはわが従兄弟、尾張慶勝。意は通じておる』
『恐れ入りましてござります』
『官軍は東海道・甲州街道・中山道を戦闘もなしに意気揚々と来るであろう。江戸府内に入る前に海と陸ですり潰してくれる。おォ、安房守(勝の事)。そこもと敵将西郷と親しかろう』
『ははー』
『山岡でも使って三田の薩摩屋敷までおびき寄せろ』
『といいますと』
『浜御殿(現在の浜離宮公園)から側面攻撃をかける。後ろからは品川沖に停泊させた榎本の幕府艦隊から砲撃する。その間、敵の敗走に備えて海路にて会津・桑名の精兵を移送し挟み撃ちにせよ。ただし外国人の居留する横浜は避ける』
『甲州街道・中山道からも押してきておりますが、いかがいたしましょう』
『甲州の方は街道沿いの諸隊をまとめ上げて甲府にて迎え撃て。官軍本隊はあくまで東海道を来る』
『そちらの指揮は』
『食い止めて膠着状態にしておけばいい。そうだな・・・。多摩か・・・・新選組を使え』
『局長の近藤は負傷しておりますが』
『副長の薄気味悪い男がいるじゃろう。確か多摩出身の』
『土方歳三でしょうや』
『そいつじゃ。そ奴にやらせよ。地の利にも明るかろう』
『中山道方面は』
『伝習歩兵隊四個大隊を小栗に指揮させ板橋にて迎え撃つ』
『すると品川・東海道筋は誰が指揮を執られますか』
 ここで将軍慶喜はニヤリと不敵な笑みを浮かべた
『余、自ら成敗してくれる』

 勝は内心とんでもないことになったと慌てた。実は京都で王政復古のクーデターまがいが起こって将軍を排除するとは思ってもみなかったのだ。西郷の野郎、本性をむき出しにしやがったな。本音を言えば国を割るような戦はしたくない。そのための大政奉還だったのをブチこわしやがった。上様も気が変わりやすいとは言えあれは本気だ。乗せると手がつけられねえから一戦交えなければ収まらないだろう。それにしても将軍自ら指揮を執るなど二代将軍秀忠公の大阪の陣以来絶えてなかったのだ。
 取り合えず小栗と土方を呼んだ。どちらも見るのも嫌な相手である。ただし身分が違い過ぎるので同席させられない。従って同じ話を二度もしなければならないのにうんざりさせられた。ちなみにこの日、勝は幕軍の大参謀という地位を与えられていた。
 呼び出された小栗・土方の二人は対照的な対応を見せた。小栗は三河以来の譜代の名門らしく厳かに言った。
『誠に良い死に場所を仰せつかまつり恐悦至極。必ずやその官軍を殲滅し、敵将の首を上様にご覧に入れて見せます』
 と、慶喜に拝謁した。
 土方の方は
『甲府の城の取り合いじゃ勝っても負けても犠牲が多い。取ったところで知れたもの。攻めて来るのは土佐の乾退助が率いる迅衝隊と聞き及びます。甲州街道は山間をうねるように走って小仏峠を下る。だだっ広い甲府の盆地でやりあうより狭い街道沿いでしつこく襲撃してやれば敵は細る一方で、武蔵の国に入る頃にゃ擦り減っているでしょう。そこを一気に潰します。ついては八王子の千人同心を手前の配下にお加えください。奴等は元はと言えば旧武田の遺臣達ですから今でも行き来があって街道を知り尽くしてます。そうですねえ、まず猿橋で、次は犬目。小仏峠でも仕掛けますかな、ふふふ』
 そう言うと笑みを浮かべてさっさと帰った。なるほど上様が薄気味悪いというのも尤もだと気分が悪くなった。
 さて西郷をおびき出すと言っても果たして乗ってくるのか。思案した挙句に江戸城大奥にいる天璋院の文と自筆の添え状を持たせて山岡鉄舟を官軍本営に行かせることとした。クソ度胸がなければつとまらない。念のためではあるが、江戸で散々火付け打ち壊しで暴れていた薩摩人、益満休之助を同行させた。自筆の添え状には『江戸開城につき相談の義これあり』とだけしたためている。
 官軍は既に駿府に進んで来ていた。
 そこへ「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る」との大音声を発っして馬上の武士が乗り込んできた。、兵士たちは今にも切りかかりそうであったが、先導する益満休之助を見て踏み止まる。益満は「西郷大参謀にお目通りを」と案内を請い面会が許された。西郷は江戸城引き渡し・将軍慶喜は備前藩に預ける、といった条件を出すとともに勝との面談は飲んだ。策士・勝の術中にはまった。

 かくして三田の薩摩藩邸で面談が成ったのである。山岡も同席している。西郷の後ろには村田新八・中村半次郎(のちの桐野利秋、この時点では人切り半次郎である)が控える。
『勝先生、お久しぶりでごわいもす』
『いや西郷さん、わざわざすまねェ』
『さて、いかな御用向きごわすか』
『まぁ、な。例の小御所会議じゃだいぶドスを効かせたらしいですな』
『おいは公家どんの議は好かんごわして』
『煮え切らない連中に「短刀一本でカタがつく」と脅しあげたと聞きましたが。まあいいや。しかしいきなり政りごとをもぎとるのも荒っぽかあねえでんしょうが』
『そいならなして慶喜公は幕府軍を上洛させようとしもした』
『ありゃ呼ばれたんで行っただけですぜ。それをいきなり発砲したのはお前さんの薩摩兵だそうじゃねえですか』
『錦旗に向って進軍されたら守らにゃ仕方あいもはん』
『さてさて、山岡に寄越したあの条件はひどすぎる。飲めなきゃ江戸を焼き払うってんですか』
『そちら次第ごわす』
『なあ、西郷さん。日本の中でいがみあってるご時世じゃねえのはお互い承知でしょう』
『勝先生、先生は油断ならんお人ゆえ、そのまま伺ってはこっちがあぶのうごわす』
『策も何も、あんなに上様を煽っちゃオレもどうしようもねぇ。こうしている間にも開陽丸は目と鼻の先に錨を下ろしてるんですぜ』
『脅すつもりごわすか。帝に弓を引かるっと』
『そんな気はさらさらねえよ。脅すつもりならとっくにこの山岡が抜きますぜ・・・・マッよーく分かった。この足で上様にかけあってくらぁ』
『山岡さあが抜くならば、ここにいる半次郎がだまっておいもはん。いずれんせよ、そいは宣しく頼みもす』
『お互い達者でな』
『勝先生もくれぐれも』
『今年の春は夜がやけに蒸していけねえ、寝冷えしねえように』
 互いに暫く無言で見つめ合った。

 甲州街道ではしきりに土方のゲリラ戦が展開されていた。何しろ勝沼宿を過ぎると狭い山間の街道のため、総勢千人近くの迅衝隊は長く伸び切ってしまう。編成は15小隊・砲隊・本営・病院・鉄砲隊・輜重隊と近代的な軍である。街道は整備されておらず進軍は平地の倍はかかった。
 なお、乾退助は甲斐入国に当たって、先祖である武田の旧臣、板垣信方(武田四天王の一人)の姓に改め、板垣退助となっていた。
 土方は配下の小隊を猟師道を使って山中に忍ばせ、しきりにゲリラ攻撃を仕掛けていた。それも鉄砲を打ちかけると一斉に引き上げて深追いしない。初狩(はつかり)では先頭で例の「宮さん宮さん」のメロディーを奏でる隊列を崩し鉄砲隊を粉砕。猿橋では最後尾の兵糧部隊を谷底に葬った。そして犬目(いぬめ)宿で宿営する迅衝隊に夜襲をかける。この時は新選組を率いて自ら切り込み『新選組副長、土方歳三である』と怒鳴り上げて姿を消した。土佐浪人には新選組に切られた者も多い。あからさまな威嚇に隊士は震えあがった。迅衝隊の指揮官は赤熊(しゃぐま。歌舞伎の連獅子のような赤い被り物)を付けていたため遠目にも目立ち、格好の標的になったのだった。
 そして、その頃には板垣の耳にも敵が新選組の土方だということは伝わってきていた。当時は龍馬と中岡慎太郎を切ったのは新選組だと思われていたのでその名を聞いて激高する。おのれ、かたきを取ってやる、と。
 勝・西郷の会談が行われる7日前。迅衝隊が駒木野(現在の京王線高尾駅のあたり)を過ぎると一気に視界が開け武蔵野が広がるが、板垣は周りを警戒した。土方のことだ、必ず包囲戦の仕掛けをしているに違いない。大砲隊が山肌を下るのを待って、ジリジリと進んだ。時刻は午後の2時頃になった。
 すると、八王子宿の街あたりに急ごしらえの幕軍の防衛線が目に入った。左右には敵はいない。板垣はなお慎重に大砲を前面に曳いて据え付けると、轟音とともに前衛を吹っ飛ばした。
 幕軍も一斉に射撃を開始して戦場は膠着する。板垣は小軍監(副隊長格)の谷干城(たにたてき)を呼んだ。
『谷。あん中にゃあの土方がおるはずぜよ。何か策を講じてるろう。おまんチクと手勢を連れてあの開けている右へ進んでみい。仕掛けがあるはず』
『心得た』
 谷は向かって右側に続く丘陵沿いに侵攻した。不思議なことに敵陣が丸見えなのだが、その防御は扇形に薄く広がっているように見え、橋頭保が築かれていない。妙だな、と思いつつ部隊をその扇の要のあたりに向って進めた。
 すると、今までは小銃の射撃のみであった幕軍から、おそらく四ポンド山砲と思われる砲撃音が3発轟いた。その音に反応するかのように一斉に退却が始まった。谷は益々違和感を覚え本営の板垣に『不審の動き也』と伝令を走らせるが、既に官軍は突撃が始まってしまった。板垣が総攻撃命令を下したのだった。
 ところが前衛が突っ込んで行くのだが、未だ後方の狭隘地にひしめいている後続部隊がにわかに乱れた。通常は最前線を押し上げるように進むはずが、バラバラになってしまっている。右翼方面に展開していた谷の元にも伝令が転がり込んできた。
『大変ぜよ。突如背後から襲撃されちょるきに』
『なにー!いかん、取って返すぞ。仕掛けは後方じゃった!』
 一隊を率いて急遽駆け出し、本体の混乱を目の当たりにした谷は信じられない物を見た。

 赤地の段だら模様に『誠』の染め抜き。泣く子も黙る新選組の隊旗である。
『なんじゃとー!どこに潜んじょった。いかんぜよ、しかも前が飛び出して追われる格好の挟み撃ちじゃ』
 谷は配下の者達を率いて新選組に突っ込んでいった。既に述べたようにこの時点では龍馬の仇だ。今日では見廻組の暗殺だったことが定説である。谷は突進しながら土方を探した。ところが近づいても誰もあの羽織を着ていない。あの浅葱の段だら模様の羽織だ。土方、どこにいる、と戦闘に駆け寄る、もちろん抜刀した。白兵戦になってしまうと味方を撃ってしまうので銃は使えない。迅衝隊は異変に気がついても前線の鉄砲隊を向けることができないのだ。
 混乱の極みになっているところに駆けつけた谷は、真ん中で剛剣をふるっている洋装の士官に目を止めた。あれが土方に違いない。切りかかる迅衝隊士を払いながら「切り飛ばせーい」と声をかけていた。カタキを取るぞ、と力を込めた刹那、今度は前衛の方から鬨の声が上がった。
 今までジリジリと後退を続けていた幕軍が突如反撃に転じたのだった。初めから3段構えの塹壕を掘り、3段目に本隊となる八王子千人同心の主力を潜ませていた。地域を知り尽くした土方ならではの『三枚突き通しの陣』である。
 前面を持ち堪えられなくなった迅衝隊は敗走を始める。混乱の中、板垣は谷と偶然出会い、取り急ぎ撤退の方針を固め、川に沿って相模方面に落ちることとした。
 戦況は逆転した。後を追おうとする新選組隊士や千人同心を止めて土方は言うのだった。
『クククッ、津久井を抜けて東海道筋まで行き、どこかで官軍本隊に追い付こうとしてるぜ。そうはさせるかよ。新選組、一息入れたらオレに付いて来い。ゆっくり行くぞ。ただしやつらは休ませない、眠らせない、食わせない。深追いせずに動きが止まった時だけ撃ちかけ切り込んで少しづつ追い込んでやる。2日もあればバラバラになるさ。千人同心諸君、すまんが多少の人数を割いて2日程の食いものを準備し後を追ってくれ。面白くなるぜー』
 隊士も同心も底知れぬ不気味さを感じて引きつった。しかし、この男についていけば負けない、とも強く思った。

つづく

逆転 江戸城総攻撃 後編

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