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齋藤次郎氏インタヴューを嗤う

2023 APR 26 12:12:35 pm by 西 牟呂雄

 文芸春秋の今月号に元大蔵事務次官である斎藤次郎氏のインタヴューが載っている。先ごろ出版された『安倍晋三回顧録』に対する反論である。この方は在任期間中から抜群のキレ者で、10年に一人の大物として有名だった。
 私は回顧録の方も買い、随所で膝を打って快哉を覚え、同時に、こりゃ役所の言い分も相当あるだろうなと思った。そこにこの反論とは、興味深く読んだ。
 文中、氏の在籍していた時代に(おそらく主計局では)盛んに議論が行われ、ただでさえ優秀な官僚が切磋琢磨していたかを述べている。これは本当で、今はどうか知らないが夜の時間を気にすることなく延々と議論し、時には一杯やってから役所に戻ることも珍しくなかった(但し午前中にキャリアが席にいることもない)。
 財務省は税金を取ることと予算を切ることが仕事だ。
すなわち、どうやって増税するか(主税局)いかにに概算要求を切って上手く納めるか(主計局)の大義とノウハウを磨き上げ鍛えられた。そうして財政規律を固く守って来たと綴っている。
 ただでさえ優秀な連中がこうしてスキルを磨くのだ。一様に『それはダメです』という事に関してはプロ中のプロ、右に出るものはなかろう。
 それは結構な話だが、なぜそうかという例に先の大戦時の戦時国債をもって来たのには恐れ入った。確かにパーになってインフレを招いたのだが、それは負けたからだろう。亡母の実家はさる筋であったため、資産のほとんどを軍事国債にしてスッテンテンになったのは事実だ。
 だがその話をこの平和な(日本ではの話)今日に引き合いに出されても現実的ではない。ましてや単年度一発で複式会計もやらないドンブリのまま。この点は長く指摘されてきたが全く議論の俎上にも上がらない。後段になって、今後の防衛費増大についても国債は以ての外であり、復興特別税・法人税・タバコ税でまかなうことを財務省の功績であるとしている。
 筆者はリフレ派で、こういう事態には個人向け国債が最適だと考えている。
 増税は、消費税もそうだが、タイミング次第で必ず経済を冷え込ませる。氏の見解には全体を通じて景気・雇用・成長といった面への言及が全くなく、その配慮すら感じられない。将に『下々のことは知ったこっちゃない』なのだ。
 さて、回顧録にある元総理の財務省に対する非難に対し、消費税アップを延期した際の財務省との攻防で谷垣当時幹事長を担ぎ出そうとしたことを『荒唐無稽な陰謀論』と断じている。氏がその動きを知らなかったはずはないのだが、バックレられるのは実働部隊が旧斎藤組(主計局長だった時の部下達)でなかったからで、このあたりはアリバイ作りとして巧妙だ。
 そう言うご自身は深く小沢一郎に接近し、その人脈をフルに活用していた。そして小沢一郎に操られた細川総理に深夜の記者会見で国民福祉税構想を発表させるという荒業を繰り出した張本人だった。
 更に、故安倍元総理は仮想敵を作り出し、それに対して極端な排除の論理で政権を運営した、と主張されるが、それは氏と二人三脚で組んでいた小沢一郎の得意とするところではなかったか。            『省益とは何を指すのか理解できない』と話を持って行くのだが、決まっているではないか。オレ達の好きに税金を取らせろ、予算を切らせろ、のことだ。そこに手を突っ込まれかけたのが気に入らないに違いない。小沢は好きにやらせてくれた・・・。
 『モリカケ』問題に至っては、リークの可能性を一笑に付し改竄を指示した佐川当時理財局長に同情すらして見せる。筆者はあの件は佐川氏が責任を取って腹を切らなかったので自殺者まで出したと解釈しているので、これも頂けない。元総理が与り知らなかったのはすでに明らかになっている。
 財政規律の話に戻る。1990年代後半までトリプルAだった国債の格付けが2014年から徐々に落ちはじめ、故安倍総理の増税延期を機に『A+』となった下りには、さすがキレ者と感心した。氏が様々な大蔵キャンダルの挙句、部下に罪をなすりつけたと言われながら辞任したのが1994年なのだ。その後天文学的不良債権処理で失われた20年に陥り財政規律もクソもなくなるのは自分のせいではない、と言いたいらしい。故安倍総理の増税延期は2014年。前年に大蔵省の後輩である黒田氏が日銀総裁に就任し、黒田バズーカを撃ったタイミングであり、ここでも見事なアリバイが成立する。参った。小沢一郎をたぶらかして¥80/$をほったらかしたあと民間がのたうち回って国力がガタ落ちしても財政規律の方が大事だ、という論法だ。
 同じ文芸春秋の一昨年十一月号(10月発売)に現役財務次官が『財務次官モノ申す』としてコロナ対策に纏わるバラ撒きを批判した論文が載り、氏はこれを高く評価している。安倍内閣は2年前に終っていたが随所にアベノミクスを引き合いにしているところもあった。当初、元総理は現役が官邸にモノ申す前にマスコミに発表することに厳しい目を向けていたが、その後は執筆者の矢野事務次官を囲む勉強会をしたそうである。そして安部氏亡き後矢野氏は、真の調整役がいなくなりその穴は大きい、と漏らしたらしい。ちなみに矢野氏は上記佐川元理財局長と同期である。他に片山さつきセンセイ。
 時は巡り、安部-野田総理の代表質問から解散に至り、自民党政権が復活した。その前の民主党政権時に斎藤氏は日本郵政社長のポストにいた。郵政民営に反対の立場で入閣していた亀井静香の人事と言われている。
 すると、政権交代により自身の立場が危うい上に大蔵人脈のポストを奪われてはならじ、とばかりに、任期を残したまま後輩の坂篤郎に譲り、政権交代後の菅幹事長を激怒させた。急遽民間出身に挿げ替えられた。坂氏はこれも優秀な人材で知られており、ゴリ押し人事のとばっちりを喰らった格好でむしろ気の毒ですらあった。

 しかし、繰り返しになるが筆者はリフレ派・MMT支持の立ち位置なのだが、いささかヤバい時期には来ているとは考えてはいる。金利差によって¥130/$で安定しても、一向に競争力が上がらないのはどうしたことか。既に巨額の貿易赤字が3期も続いており、エネルギー・コストは爆上がり。春闘で企業がキバったところで賃金の上昇分は吹っ飛んでしまう。最早手遅れなのか。
 妙案はないのだが、国債の暴落は本当にヤバいから、少なくともイールド・カーヴ・コントロールの形を残しながら10年かけてチビチビ金利を上げるしかないのではないか。市場の歪みは当面置いておく。
 抜本的とか言い出すと大幅に福祉を切るとか、核武装して防衛コストを下げるとか力業の政策に行かざるをえなくなり本末転倒。それでも財政規律が回復する前に災害も不慮の国際紛争にまきこまれないとも限らない。
 蛇足ながら、インタヴュー中でもっとも巧みなのはゴルフについての部分である。ゴルフを始めて面白くなったころ。信頼する上司から『公務員たるもの接待ゴルフなどするな』と言われて止めた、とある。これを現代日本語に翻訳すると、『主計官がたかりのゴルフなんかするな、と言われたので以後は渋々自腹でプレイした』となるだろう。

一般不均衡理論 Ⅱ

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