映画 PERFECT DAYS レヴュー
2024 JAN 26 2:02:37 am by 西 牟呂雄
どういう事情か知らないが、前期高齢者の独身オヤジが毎日繁華街のトイレを掃除する仕事を淡々とかつ誠心誠意こなす。毎日ローテーションをこなし同じ公園でコンビニのサンドイッチを食べ、銭湯の一番風呂に浸かって、帰りにはチューハイを飲みながら簡単な食事をし、古本屋で買った1冊100円の文庫本を読みながら寝る。休みの日はコイン・ランドリーで洗濯をし、仕事中に趣味で撮ったカメラのフィルムを現像に出し撮った写真を受け取る。その足で行きつけの美人女将のカウンター割烹で一杯やる。
何かがきっかけで実家と疎遠になり孤独な暮らしを続けていて、時々雑音が入る。バカ丸出しの若い同僚が仕事に来なくなる、姪が家出して転がり込んでくる、女将の別れた亭主が現れる。だがそれらのアクシデントはすぐに過去のものとなり、男の日常はまたバランスをとるように元のペースを取り戻す。何も変わらない、何も起きない。
これだけの話を見事な映像に仕上げたヴィム・ヴェンダース監督の狙いは何か。一言でいえば限りない人間賛歌である。どの人生も平凡であることが素晴らしいというやさしさだ。能登の地震災害がこれでもかと報道されている昨今では骨身に染みる味付けだ。また、世界では戦争・紛争の終結が見えない今だからこそ、カンヌ映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し主演の役所広司が男優賞を取った佳作と評価される所以である。
監督は日本でいえば筆者の上の世代、即ちプレ・団塊の世代、全共闘世代に属するゾーンの人で、やはり時代の影響を受けたのだろう、筆者はこの作品に『イージー・ライダー』とか『バニシング・ポイント』といったロード・ムービーの雰囲気を味わった。そして両作品が最後に悲劇的に激突して終わるのに対し、本作品が淡々と生活の継続を描いたエンディングとなるところに時代の変遷を感じた。
特に監督が選んだという作中に流れる音楽は懐かしさがこみあげてきた。アニマルズ、ベルベット・アンダーグラウンド、オーティス・レディング、パティ・スミス、ルー・リード、ヴァン・モリソン、ニーナ・シモン、ときてはもう涙モン。最もシビれたのは割烹の女将がギターに合わせて歌う日本語の『朝日のあたる家』だった‼ 女将を演じるのは石川さゆりですぞ。
ところで鑑賞中に気が付いたが、主人公は仕事中はツナギを着ていて、そのファッションたるや喜寿庵で農作業に勤しむ筆者の格好にそっくり。やっていることも、目が覚めてファームに行き、コンビニのジューシー・ハムサンドを食べ、温泉であったまり(回数券で510円)ビールを飲みながら鍋焼きうどん(680円)を食べて本を読んで寝る。違うのは筆者はその後寝るまで焼酎を飲み続けることと、筆者の作業には報酬が無いことである。付け加えると収穫も特に誰からも感謝されないことか(例えばジャガイモはあまりの出来の悪さに受け取りを拒否され筆者自身が消費している)。もう一つ、なじみの美人女将のいる店が喜寿庵周辺にはない(田舎のフィrピン・パブはあるらしいが行ったことはない)。言うまでもなく筆者にはパーフェクトな日々を過ごしている充実感など全く湧いてこないのだが。
それはさておき、映画化のきっかけはファーストリテイリングの柳井康治が企画した公共トイを刷新するプロジェクトTHE TOKYO TOILETのPR映像をつくろうとしたことだそうだが、監督が短編ではなくストーリイ映画にしたいとシナリオを練ったらしい。何も起こらないので面白くないと言っては身も蓋もない、味わい深い作品だと思うが、私小説が嫌いな人には勧めない(実は筆者は私小説なんか読まないが見てしまった)。
誠に蛇足であるが、筆者の長年の友人がヒョンなきっかけからこの映画に出演している。モッサリしたオッサンが数秒映るだけなのだがちゃんとエンド・ロールにも名前がクレジットされるという快挙。映画を見てどの登場人物かわかる方はいるだろうか。次の3つから選んで、正解の読者には筆者から仮想通貨100万ソナー・ダラーを賞金として差し上げますぞ(価値はないらしいが)。
➀ 銭湯の番台にいるオヤジ
➁ 写真屋のオヤジ
➂ 割烹でギターを奏でるオヤジ
まだ上映してます。
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Categories:和の心 喜寿庵