Sonar Members Club No.36

カテゴリー: えらいこっちゃ

ヒョッコリ先生闘病記

2022 AUG 31 23:23:57 pm by 西 牟呂雄

 あのヒョッコリ先生がついにコロナに罹った。ごく親しい人で初めての患者だ。
 何だか咳が出るな、と気になったので抗原キットを使ってみると陰性。そこで近くでやっていたモニタリング検査でPCRを受ける。
 これ、スマホで登録して結果をメールする、という触れ込みだが、後期高齢アナログおじさんの先生は何回やってもうまくいかない。周りにはアルバイトか職員か知らないが人はいっぱいいたらしいが、誰も教えられないと怒っていた。せっかくやりにきたのだから、もう少し熟達したインストラクターを並べておけ、と。
 この時点で全く陰性を疑っていなかったそうだ。2週間前に4回目を打ったばかりだからだ。
 すると、結果は「陽性の疑い」なのだった、なんじゃそりゃ。どうやら陽性っぽいが発熱外来で医師の判断無しでは何とも言えないらしい。入院したりホテル住まいをしなければとビビッて私に電話してきた。目下の状況では医師の診察後陽性が確定してから保健所が判断するようだ。 
 で、取り合えず家庭内別居体制を組んで籠城することになった。そうなるとヒマなものだからしょっちゅう覚えたてのラインが来るようになってしまった。
 私は同居しているはずのレイモンド君(推定2才)にうつしていないか気が気じゃなかったが、幸いご両親と夏休みの旅行に行っているそうなのでホッと胸をなでおろした。いや、そうも言ってられない、先生だって推定90才以上だった。
 そして翌日の朝一番で指定された発熱外来に行ったのだが、結局問診し、PCR検査の検体を取り、熱が出ていないと確認すると、以下のやり取りとなったようだ。
『咳止めでも出しておきましょうか』
『あっあの、コロナの特効薬は処方してもらえないんですか』
『ああ、あれね。重症化した人だけなんですよ』
『すると・・・私はどうなるのでしょう』
『うん、ほとんどの人はそのまま熱が引いて直ります』
『・・・・ワシは後期高齢者なんだけど』
 夜、連絡が入ったが、何もしてもらえなかったので頭にきた先生は普段通りビールをあおりまくっていた。この日新規感染者は20万人を超えていたが、その中には先生は入っていない。ということは陽性の疑いのある人も含めると少なくとも10万人くらいはあやしいのではないかと恐ろしくなった。
 翌日、診療を受けたお医者様が自ら電話をしてきたそうだ。
『えーと、結果なんですけど陽性でした』
『あー、そうですか。でも何ともありません』
『それはよかった。こちらから保健所に報告しておきますから電話が来ます』
『それで、今更何をすればいいんですか』
『なにもしなくていいですよ。撒き散らさなければいいということです』
『・・・・』
 この電話の2日後に保健所から連絡があったとか。熱がないと伝えてオシマイ。
 お役所というところは官公労が強いので、一般的に人員は厚めにいるのだが、なるべく働かないという風土病があるため、危機の際は決まって大混乱に陥る、今がそうだ。それに対して怒っても仕方がない。こういう場合はなるべくこの人たちに仕事が行かないように考えた方がコトはスムースに行く、というのが私の持論だ。ここに及んで全数把握なんか必要ない。増減傾向が分かればいい。
 薬も処方してもらっていない、熱はない、言いつけ通り部屋から出ていない。毎晩ビールをガブ飲みしている。こんな患者はわざわざ管理する必要はないのではないか。第一治療してもらえないのだから2類も5類もクソもない。厚生省の事務方は前例を変えるのがいやなんだろうが、柔軟に考えて負荷を減らしなさい。マスゴミも煽るのは止めなさい。ところで先生は一人で食事はどうしているのだろう。出前でも取っているのか。

 そして恐れていた事が。
『あのねえ、両親と旅行に行っていたレイモンド君が帰ってくるんだけどサ』
『はぁ』
『親はその足でまたロンドンに行くわけだ』
『そうなんですか』
『そこでだ、ワシが10日間の療養期間が過ぎるまで1日だけなんだけど』
『・・・・』
『キミならあの子もなついていて安心なんだけどね』
 いやもクソもない。一体このウチはどうなっているのか。仕方なく東京で1日レイモンド君を預かり、翌日先生の所に送って行くことになってしまった。まあ、僕も夏休みをとってるし、喜寿庵にも行くし・・・。
 過日、レイモンド君を伴って拙宅に来たご両親は平身低頭しながら大変ご丁寧な挨拶と高価なお土産と着替え一式を置いてロンドンに旅立っていった。
 僕は、せっかくだから一緒に遊ぼうとベランダに自慢のプールを準備した。

キャーキャー

 このブールに浸かりながら本を読んだりすると、熱い日差しの時なんかは実の気持ちが良く、時々楽しんでいた。蒸し暑い夜に星を見ながら寝そべっているとそのまま寝てしまいそうに、チョットしたリゾート気分になれる。いくつになっても夏休みは楽しいな。
 レイモンド君は全然水を怖がらない。半日シャボン玉やおもちゃで遊びまくって疲れて寝てくれた。

 結局、何事もなく10日間を過ごした先生にレイモンド君を送って行くと、嬉しそうに喜寿織に迎えに来てこう言った。
『わはは、これでワシは無敵の抗体保持者になった。キミも4回目を早く打ちなさい。町外れにジビエ料理の店を見つけたからワシの快気祝いをやろう』
 実はレイモンド君はプールに浸かりすぎてお腹の具合が悪くなったのだが、そのことは言わなかった。
 僕の夏休みも終ったな。

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半藤一利さんの予言

2022 MAR 8 0:00:11 am by 西 牟呂雄

 先般亡くなった昭和史の泰斗である半藤一利さんは、2015年時点の著作のあとがきで不気味な予言をされている。40年サイクル史観である。
 1945年のボロボロになった敗戦の40年前1905年。日露戦争に勝利した年がピークであり、その時点から破滅への序章が始まったと仮定する。その40年前は慶應元年で、この年に朝廷の勅許を得て国策としての開国が決まった。即ちそこから維新を経て日本が必死にのし上がってくる期間である。
 一方敗戦の後に占領が6年続き、1951年から再び経済発展をやってのけて勃興したものの40年後の1991年にバブルが弾けて長い下り坂となる。デフレによって失われた20年も含まれ、2030年までは何をやってもダメという仮説だ。あと8年かかることになり、筆者は古希を過ぎて生きているかどうかもわからないという絶望的な話である。
 それとは別に72年サイクル説というのがあって、この説は開戦の1941年を軸に、72年前の1869年は明治2年。この年、維新が成って東京遷都が決まり明治天皇が京都から江戸へと移ってこられる。五稜郭が落ちた年でもあり、藩籍奉還が施行された。まぁ、この頃は毎年いろいろ起こったので何とでもいえるのだが。で、72年後はというと2013年だが、アベノミクスの最終兵器、黒田バズーカが炸裂し大っぴらに緩和政策が始まった。日本が既に落ち目になり果てたドン底だったとも考えられる。オバマ大統領の二期目や北朝鮮の原爆実験をしたことが印象深い。また、ロシアで隕石が落ちた。ま、こちらの仮設では現在勃興期に入っているはずが実感はない。どうでもよい、僕が考えたサイクル説だから。
 冒頭の半藤仮説に基づくと後8年で再びドン底に落ち、そこから再出発する。恐らくその立ち上がりを見ることはできないが、ドン底はいかなる状況だろうか。
 まず心配なのは大陸勢力の台湾進攻が現実のこととなり、巻き込まれてしまうことだろう。その地ならしのための工作はすでに始まっていることは間違いない。いつやるのかはさすがに分からないが、その戦略を練っていることは確かだ。
 次は同盟関係にあるもののアメリカに再びねじ伏せられるケース。僕はマネー敗戦とも言われたバブルの崩壊はアメリカの陰謀とも考えている。神奈川大学の教授だった元興銀マン、吉川教授のインペリアル・マネー・サイクル理論を支持している。若い現役はあのバブル崩壊の後遺症を知らないのだろうが、弾けて10年後には銀行負債は増え続けたのだ。その後リーマン・ショックまで我が国は蹂躙され続けていたのが事実である。
 いずれが8年後に日本をドン底に落とすのか分からないが、たったの8年だ。それが必然であるならば(仮説だが)、ポスト・ドン底のために準備しなければならない。
 僕は現在の円安は危険水域だと思っている。しかしながら今、緩和政策を止められないのも確かだ。するとやれることは予算配分の長期視点からの配分しかない。
 憲法改正ができるかどうかも分からない中で、ポスト・ドン底後に国の足腰を強くする提言が二つある。

 第一に防衛力の強化であるが、今から間に合うのはサイバー戦力を飛躍的に向上させること。これは防衛ハードのコストは大したことはないので予算化もしやすい。僕の見るところでは8年後の戦場は一変しているはずだ。日本も世界のトップを走っている量子コンピュータの実用化によって今の乗数倍のスピードで産業の在り方を変え、サイバー戦力を変えて行く。
 このサイバー戦という概念は時間も空間もない。瞬時に相手の軍事インフラに止めを刺せる。しかも我が国は他国を侵略することはないので、その後侵攻する地上部隊は必要ない。おまけに攻撃を受けた側はどこから誰が仕掛けたのかもわからないだろう。
 何しろ今でさえ北の国やら大陸やらの攻撃は続いており、ある意味もはや戦場なのだからこちらからの攻撃が問題にはならないのである。僕は同盟国からの攻撃も受けているのではないかとさえ疑っている。すなわち専守防衛の概念すら存在しない。
 問題は、このサイバー戦を仕切る将官がいないことだ。現在のオッサン達、並びに8年後に指揮する年代では使い物にならないと思われる。従って今から防大・少年工科学校生徒の中からスジのいい学生を専門官に育成すれば8年後にはそれなりの指揮官になるだろう。天才はある確率で出るからいまから8年もかければ必ずモンスター級の人材が確保できるはずだ。兵士クラスは引きこもり・オタク層に年齢を問わずに高い給料を提示すれば間に合う。
 次に、戦略科学技術の育成である。『2位じゃだめなんですか』以来、削りに削られていた科学技術予算を大幅に増やすことだ。どの位の貧弱さかというと、例えば防衛関連で見ると日本の政府開発予算4兆円のうち防衛省に回るのはたったの2千億円。アメリカの国防関連予算は12兆円。これでは上記サイバー戦開発につぎ込むどころではない。GAFAの合計開発費は20兆円と見積もられるらしいからもはや国家並みだ。防衛予算にばかり話が行ってしまうが、他の基礎研究も推して知るべし。
 特に政府の研究開発の仕切りには反自衛隊・反自民党に凝り固まった日本学術会議が深く関わっており古色蒼然とした体質を保持し続けている。
 しかし、僕が以前携わった新材料開発に関してアメリカはこうだった。無論初期の材料コストは開発も含めて汎用品より遥かに高い。それでも機能が高ければ採用をしたのは軍事産業だった。すなわちコストは5倍だが敵より攻撃・防御能力が倍に上回れば採用される。すると約10年を経て量産化されコストも下がってくると民間でのアプリケーションが可能になってきていた。もっともアメリカでは、だ。
 第二に教育への傾斜投資を考えたのだが、ゆとり教育の失敗とかいう話ではない。 僕は長く海外業務に携わっていながら、だからこそ『グローバル化』だの『新自由主義』といった風潮に苦々しい思いを持ち続けてきた。別に海外で稼ぐことに文句があるのではない。そういった風潮を煽る輩が調子に乗って伝統破壊をあたかも錦の御旗のように言い立てるのが嫌なのだ。
 インドだろうがベトナムだろうがフィリピンだろうが、そこにはそこの作法があり伝統もある。異国である日本人としてどう接するか。それなりの矜持を持つのは当然としても、相手のある限り日本を背負って接しており、どんな相手にせよ向こうは『日本人』として見ているのだ。『日本人』とは突き詰めて言えば日本語である。日本語で考え日本語で喋り日本語を読んで暮らしているではないか。
 確かに日本語は情緒的ではある。だが論理的に喋ることも書くこともできる(拙ブログのことではない)。例えば鍛え抜かれた霞が関の官僚の文章。役人の書いた国会答弁などは(嚙み合っているかどうかはさておき)十分論理的だ。スキを突かれないように揚げ足を取られないように練られているので読んでも面白くも何ともない。
 普段の日常会話においても、何を言っているのか分からない輩は何を言われているのか理解しているのかも怪しい。そんなオッサンが山ほどいるのに小学校の国語の時間を減らしてまで英語を教えて何か意味があるのか。そんなことをしても英語が上手くなる奴は限られていて落ちこぼれが増えるだけだろう。
 作家の佐藤優氏の検証によれば、国語力(この場合マザー・タング=母語)が弱くなると数学力も弱くなる、即ち言語的な論理と非言語的な論理は相関関係がある。あいまいな表現しかできなくなり、論理的な物事を咀嚼できなくなる。
 まっ、日本語を乱しまくり駄文を書き連ねている僕の言うことでもないが、国語力を鍛えておくべきなのだ。八年後にはその教育を受けたフレッシュマンがオッサンを駆逐し始めるだろう。

 さて、モリ・カケ問題で未だに尾を引いているにもかかわらず、経産キャリアの持続化給付金詐欺、国土交通省の統計改竄、いったいどこの国の話だ。半島や大陸、はたまたアフリカならいざ知らず、お上がこれでは民間だってデータ改竄、横領、ハラスメントはもっと酷いに決まっている。上から下までこれではモラルの国とは言えたもんじゃない。
 政治家に至ってはアフガニスタンの混乱に自衛隊機を飛ばしそこないかけた外務大臣、人権蹂躙の中国に対する対中非難決議を封じ込んだ幹事長、どちらも茂木敏光だ。エラソーなハラスメントで有名なくせにそんなことも決断できない(やらないとは決断したが)根性のないエリートだ。
 責任の取り方がなってない。森友問題について言えば自殺までして抗議した気の毒な犠牲者に指示した人間は存在し『私が忖度して改竄を指示しました』と明らかにするのが筋だろうに。総理が知らなかったのは明白だ。佐〇(当時)理財局長あたりが腹を切るくらいでなけりゃ納得感などあったもんじゃない。嘘をついているのは誰だ。それをはっきりさせないからSNSでバカな炎上騒ぎになる。罰則がなければ知らんぷりで通せると思ってるのか、モラルの問題だ。恥を知れ。嵩にかかって野党の福〇瑞穂や森〇子が自殺前日に近畿財務局に乗り込んでガタガタ追い詰めたら悲劇が起きた。
 2030年まで残り8年だ。堕落論ではないが、落ちる所まで落ちて膿を出し切って出直せ。僕はその頃古稀を超え、アルツハルマゲドンと闘っているだろうから、落ちていくのを見届けられるかどうかわからない。

半藤一利さん

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石原慎太郎の手記 

2020 JUL 4 2:02:32 am by 西 牟呂雄

 偶然発見された初期の膵臓癌から復帰した手記を文芸春秋に載せていて、かつて氏が軽い脳梗塞を起こして復帰したときの発言を思い出した。
「オレが死んだら日本退屈だぜ」
 この時は秘かに喝采をしたものだったので、それと同じような内容を期待した。
 癌であるという現実に対するまでの恐怖感・絶望感の描写、エッセイ集にしばしば書き連ねる行間から湧き上がって来るような死に立ち向かう、強がりにもにた筆致はさすがだ。衰えない作家としての筆使いに三嘆させられた。
 だが読後の私の率直な感想は『このテッペン野郎 せいぜい我儘に長生きしやがれ』というものである。氏は前段で癌発見についてこう書く。
「私にとっても予期せぬ出来事はまたしても私の人世を彩ってくれた」
 いかにも石原慎太郎節ではあるものの、手記そのものは決して孤独な勝者のそれではありはしない。
 幾つかの偶然という幸運に恵まれたと言うものの、氏は高名な元政治家でありかつベストセラー作家。加えてスーパースターの弟や日の当たる息子達。優れた名医との邂逅も日本にいくつもない施設への紹介というVIP待遇も氏の知名度と資産がなければ容易に受けられる治療ではあるまい。私自身昨年の秋に比較的早く発見された大腸癌の除去手術を受けている。いい気持ちはしなかったものの、返って淡々と施術を受け入れ、その勢いでふざけ散らしたブログを書き綴ってしまった。恐怖心というものが薄かったからだろうか。
 氏の手記は最後に医療体制に警鐘を慣らすところで終わっているのだが、私は逆に偶然の恩恵に浴することなく、また最高の治療を受けられずに亡くなった人々やそのご遺族が読んだ際の無念さに思いを馳せ、不快感とは必ずしも言えないものの、共感は得られなかった。
 冒頭述べた感想は氏の変わらぬ筆遣いに対しは懐かしさにも似た感想を述べたもので、切り口に関していささか共感を持ち得なかったのである。こちらも年を重ねてスレてきたために、単純には読み込めなくなったのかも知れない。人生の残り時間の密度は氏の方が高いことを割り引いても、だ(もっともこちらも明日ひょんなことから一巻の終わりの可能性もあるのだが)。既に87才と自らの死に対する思いは当然私とも違うだろうが、私だって前期高齢者ではある。
 氏は一切の言い訳はしまい。むしろ氏の高らかな声が聞こえてくる。
「それならオレのものなんか読むな」
 弟の死に際しての美しい語り口とも違った本稿を読むにつれ、これ以後の氏の作品や対談は目を通さずにいることが(私にとって)賢明だろう。月刊誌に載せられる嘗ての盟友亀井静香との対談も最近は二番煎じの話が多い。総理大臣に対してしばしば君付けで語っているのもいかがなものか、ここは総理という呼称がふさわしいのではないのか。尊王の志はあまり感じられず、上皇陛下にたいしてもタメ口的進言さえある。
 氏は保守派・ナショナリストであるが、その姿勢はむしろ伝統墨守型ではなく革命家ふうなのだ。私は氏の発言に賛同すること甚だしいが、実現までのプロセスはじっくりとは練らずに衝動的であり、周りがついてこられない。しばしば反発を生む。そういう手法は若いときこそ際立つが今となっては同志の足を引っ張りかねない。前回の都知事戦において『厚化粧の大年増』発言が対立候補を大いに利したのが典型的な例だ。
 もはや氏に諫言する者もいまい、聞き入れる気は更にあるまい。
「それならオレのものなんか読むな」
 はい、分かりました。さようなら。

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戦争だぁ!

2020 APR 1 7:07:44 am by 西 牟呂雄

 桜が満開になろうかという時期に春の雪、天変地異の胸騒ぎ。3月29日の大雪は都市封鎖の天の声か。
 既に戦争が始まっている。コロナ戦争である。

 経済がどうしたもなにも、去年の夏から景気は悪かった。今更『回復』の表現が消えたどころの騒ぎではない。
 私は、緊急事態宣言になった場合は統制経済に移行して徹底的に管理する方が解決が速いと考えるが、クーデターでもしなければ無理だろう。
 この国難に対処するに当たって個別の戦術は作戦遂行上どうだろうか。

戦力逐次投入になっていないか
 ダイアモンド・プリンセスが問題になり、武漢からの帰国チャーター便あたり、色々批判はあろうが日本は比較的上手くやっていたのではないか。当時の主役は(中国を除く)韓国だった。ドライブ・スルーがどの程度のものか、今一つ理解できないが感染者は人口比でいけば桁違いに多い。
 当方はエリアで言うと北海道と大坂・和歌山だったが、どちらも封じ込めには効果を上げた。そして「クラスター」がキーワードとなった。
 ここまではよかったのだ(亡くなった方には心からご冥福をお祈りします)。

全体の戦略を持っているか
 習近平の国賓来日予定とオリンピック開催、この二つの国際イベントが決断を鈍らせて中韓からの入国禁止措置の決定が遅かったかと思われる。
 学校の閉鎖は、唐突である、働くお母さんのことを考えていない、とも言われた。
 ただ、この手の決定には関係個所が膨大で、その調整にいくらでも時間がかかるもの。キリがないから最後はトップが決断するのだが、必ず批判は起きる。現に足ばかり引っ張るやっかいな隣人は逆切れしてみせた。
 一方この間、野党は質問時間の多くをまだ『桜を見る会』に費やしていたくせに、後に『後手に廻っている』と言い出す。どの口が言う。

兵站は充分か
 経済大ダメージに特効薬はない。こういう場合は、できるだけ多面的・多角的に、可能な限り長期展望に立って対策を打たなければならない。
 まずは収入激減の人々の救済。公共料金・納税の後倒し、等は喫緊の課題だろう。
 私見であるが、こうなった時点で景気の回復など何をやっても最低1年はダメだろう。弱者救済に絞ってヘリコプター・マネーをバラまくのがいいと言う立ち位置だ。
 息の長い援助となる。この点、与党内に公明党がいるのは重要だと思われる。支持基盤に小店主や社会的弱者が多い。このゾーンの救済措置についてのプロの対応が期待できる。
 その文脈から考えると、消費税の凍結などは効果は薄い。消費が消滅してしまったのだから。

自分で守る
 ここからトーンがガラッと変わる。
 コロナに感染しないことが最大の社会貢献であるから、ツベコベ言ってないで自分の身は自分で守る気概を持つ。
 私がどうしているかというと、普段と変わらない。大人数の宴会には随分行っていない(2月5日には行ったが)。ライブとかコンサートにも行かない。歌舞伎座はクローズ。そろそろテレワークになる。
 政府に方針を決めてくれ?指示されなきゃ自分を守れないのか?そういう奴は勝手にしろ。
 要するに私はチョット気を付けるくらいで過ごしている。
 ちなみに海外の取引相手のドイツ人は全員自宅での仕事、インド人は一人でオフィスに、ロシア人はベースが元々モスクワから200kmも離れているので今のところ通常勤務。 
 
互助の精神 
 実は東京でも23区外ではクラスターが発生していない。地元の大して流行っていない割烹・お寿司・鰻・お蕎麦といったところへは売上協力のつもりで顔を出している。こういう時に実に便利なことに地元の飲み仲間がいて、そいつは大学教授だから授業開始は連休明けで私以上にヒマ。
 大家さんは稼げない人や飲食店の家賃をまけてやれ、代金回収はどこでも少し待ってやれ、銀行はチマチマ貸してやれ、困ったときは皆一緒。

 累計で何人発生したかの数字より、新たな感染者、現在の入院治療中の患者、自宅療養中の人数、といった数字を発表した方が実態が伝わると思う。
 これを書いている今も、フェイクだか何だか分からない話が飛び交っている。
 東京ロック・ダウンの準備が進んでいる、今晩(3/30)総理の緊急記者会見があって3週間だ2週間だ、いや今やると企業決算がひどくなるから1日発表で2日の衆議院本会議(オリパラ延期)の後発動だ、ウィルスは武漢の生物化学兵器研究所から漏洩した(これは結構傍証がある)、
平壌ではコロナで300人が死んだ(これには何の証拠もない)、といった類。
 この東京ロック・ダウンの話は興味深いことに複数のライン・ルートでしきりに流れて来た。出所はテレビ局だ・財務省だ・政府筋だとか。仲間たちと『こんなのに引っ掛かるバカもいるのか』と発信源の特定に夢中になって追いかけたが分からなかった。

 さて、ふざけてないでみんなおとなしくしてろ!早いの遅いの言ってる場合じゃない。これは戦争だ!
 医療関係者の皆様、本当に命がけの仕事、心よりお礼申し上げます。

 ところで全く政治的な意味ではないが、大変不愉快なツィートがあった。
「あっという間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄く。新コロナウィルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」
 この信じがたい妄言は、かねてよりリベラルで知られるA新聞の記者のものである。名前も分かっているがSMCの趣旨にのっとってここには書かない。不謹慎極まりない!おまけにこれはもう、戦争だぁ!

これは戦争だぁ Ⅱ

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病み上がりのダンディー 

2019 DEC 7 7:07:05 am by 西 牟呂雄

 やれやれ、と何とか癌をやり過ごしてみたものの、これから再発におびえつつ体と脳に相談しながらやっていくしかないことに思い至った。要するに一人前ではなくなって、ちょうどそのタイミングで前期高齢者になったのだ。
 今から考えてもまずかったのは、昨今の医療事情により手術前にあらゆるリスクについての説明があり、うんざりした僕は『先生、それではこのままほったらかした場合と手術した場合で5年後の生存率はどっちが高いのですか』と大バカな質問をした。これは先生の自尊心を痛く傷つけたようで、その後の対応が大変に丁寧ではなくなってしまった。
 癌による死亡は直前まで意識がしっかりしていてあまりひどいボケにならずに死ねる、という怪しげな情報もあって、一瞬手術をためらった。
 手術そのものはやはり大仕事でもあり、長期に入院すると年齢もあるのでガタガタに体力は落ちている。今のところスノボとかゴルフとかヨットどころではなく、ましてや仕事もクソもない。いやそれはチョットは働きますよ。
 しかし考えようによっては、これから華麗な人生の秋をむかえるとも言える。
 そんなこの頃だが、ヒマにまかせているうちに次の言葉に出くわした。
『優雅の他には職業を持たない』
『壮麗で熱を欠き憂愁に満ちている』
 なんだこれは、今後はこうすればいいんじゃないか。ネタはフランスの詩人ボードレールの言葉である。かの詩人が上記表現で表した対象が何かと言うと『ダンディー』とはいかなる人間か、の定義である。とするとこれから私は『ダンディー』に振舞わなければならん、ということなのか。
 ボードレールは優れた詩人であるが、母親の再婚によるエディプス・コンプレックスに悩み続けて放蕩し、生涯困窮したことになっている。困窮は困る。
禁治産者として法定後見人から相続遺産より、月に200フランの暮らしだった。
 しかしながら余談であるが当時のパリの一般労働者の稼ぎが1日2フラン程度だったことを考えると、せいぜい極端な贅沢と高価な物が買えない、といった『困窮』だったのだろう。

ジョージ・ブランメル

 因みに『ダンディー』の元祖と言われるイギリス人、ボゥ・ブランメル(イケメンのブランメルの意味)ことジョージ・ブランメルは、平民ながらイートン校からオックスフォード大学を出たエリートで、ジョージ4世の友人でもある社交界の花形、今で言うファッション・リーダともいうべき伊達男だった。
 高級貴族クラブでトランプや知的賭博(ナポレオンが凱旋するか否か、といった賭け)で大勝ちしていたが、最後の最後でワーテルローの戦いでナポレオンの勝ちに賭け全財産を失いフランスに去った。負けが確認された際に、シガーに火を付けさせてゆっくりとサロンを出て行ってその足で渡仏したとされている。
 ところが実際には最後の賭けに負ける前から借金まみれだったらしく、フランスに渡った後には借金で投獄され、悲惨な老衰状態に陥ってくたばった,
要するにキザなハッタリ屋だった可能性が高い。これでダンディーもないもんだ。
 ところで、この時準備していた高速船でいち早く勝敗の情報を得て、株式市場を巧みに操作し巨万の富を手にしたのがロスチャイルド家の三男、ネイサンである。
 上記事情により、ダンディーは英国発祥なのだがその時代にはそれに当たるフランス語がなかったそうだ。そこでdandyをそのままフランス語で使うかどうかをフランス学士院で厳密に審査し、認知に至ったそうだ。現在は当時ほど外来語に対するアレルギーはないが、当時は違った。

 さて病後の暫くは養生するとして、特別に何もしないでボードレール流のダンディーになるにはどうしたらいいのか考えてみた。七カ条のご法度でどうだろう。

1.まず喋り過ぎるな 口数を減らせ
 長年の悪行はすでにバレているはずだから、今更取り繕ってもダメ。おまけに自慢話はみんな聞き飽きている。おとなしく人の話を聞いていなさい、だってもう年寄なんだよ。

2.吝嗇・狡猾は慎め
 あのねえ、これから稼いでももう遅いの!手遅れ。多くの成功者はこれで終わり感を持っていないので、もっと稼いでもっと贅沢がしたいとばかり、とかくズルに走る。それでいて実際にはケチということに成り果てる。これがいけない。その逆を行け。

3.病気と付き合う 闘うな
 闘う?負けますよ。治療はします。だけどあなた後何年生きるつもり?永遠には生きられませんよ。あと30年?無理無理。ビビッて怯えて見せるのは以ての外。

4.一人でやりなさい 簡単なことを人にやらせるな
 周りに頼むな、自分でやれ。その際分かっているフリをするのは禁物。要するにそれぐらい自分でやれ、に尽きる。ついでに『孤独』も重要なキーワードだ。

5.怒らない 嘆かない
 ただでさえ頭は悪くなってきているから、自分が悪いとまず考えて威張り散らさない。過去に渡って悔やんだり嘆くのもダメ、自分のせい。ついでに大袈裟に悲しむのもヤメ。

6.反流行 真似をするな
 一般的に流行とは音楽・ファッション・小説等、どれを取っても若い人のモノ。オジサンは取って付けても絶対に様にはならない。これからは頑固一徹。

7.身だしなみに無頓着になるな
 ですがねえ、入院していてよく分かったのはオジサンはだらしなくなると見られたものじゃない。なるべくフォーマルがいいのだが、私としては明るい色を選びたい。それに足元。

 これでダンディーじいさんになれるかな。

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実はワタクシ

2019 OCT 27 21:21:05 pm by 西 牟呂雄

 大腸にデキモノがあることが分かったのです。
 今更珍しくもないのですが、どうやら早期発見ではない、と。早速、入院・手術の運びとなりました。別に目の前が真っ暗になるということはありませんね。むしろ、とうとう来たか、です。
 そしてお医者様に禁煙誓約書を書かされました。
「あのー、いつから始めましょうか」
「何をですか」
「その・・・、禁煙を」
「何をのんきなことを、きょうか・ら・で・す
「・・・・」
 そんなことはいきなり無理なので、まず1日10本にし、翌日5本、以下4・3・2・1本と減らして入院の計画を立てました。
 酒を飲むな、とは言われなかったのです。さすがに手術後には1~2ヶ月は止めなきゃならんでしょうから、忘年会には早すぎるものの連日飲みまくりでしたね、2週間くらい。
 その間、やたらと最先端の検査をされました。いやもう凄いの何のって。この辺りで全く冗談の通じる状況ではなくなりました。あまり詳しく説明する気になれませんな。
 そして入院。手術2日前です。絶食が始まる。寝てばかり。点滴の針が痛い。WiFiも繋がるしスマホ自在。大雨の被害、天皇陛下即位の儀、日本シリーズソフトバンクの強さ、睡眠導入剤を貰ってようやく眠れる。
 ところで、お見舞いというのはあんまり早く来られても有難いものではありませんな。闘病後半で退屈な時に来て頂くのはいざしらず、こっちがまだどうなるのかはっきりしないのに『どうなんですか』などと聞かれてもほぼ迷惑でしかありません。『痛いですか』などはむしろ腹立たしい。痛いに決まってんだろ、聞かれて直るならいいけど心配そうな不景気な顔はかえって病気が悪くなる。
 2日目。回診の先生が朝見える。きのうが祝日だったので入院手続き。絶食の割りに空腹感はありません。
 麻酔科の説明。点滴は相変わらず痛い。不思議な事にタバコも吸いたくなりません。これは禁煙できるかな。
 日本シリーズ、菅野投手が気の毒になるような巨人の無様な負けを見ていると、具合がおかしくなった。既に絶食してカラッポのはずのお腹がですよ。
 これはもしかしたら、あしたちょん切られる大腸の一部がビビッて暴れ出したのか。お医者様の話ではこいつもかれこれ1年以上はワタクシに寄生していたわけです(別にカワイクないけど)。別れを惜しんでたりしてねぇ。
 さすがにコロッとは眠れない、結構な情けなさだと精神を統一しました。ワタクシは直る、怖れない、悲しまない。
 3日目、朝から手術。これでもう目が醒めなかったら、とは一瞬思いましたが。
 それからほとんどは意識が無い。次に感じたのは痛み。痛み止めは効かない。
 くっついていたモノが体に悪いと切除すれば、寿命と引き換えにこれだけの痛みに耐えなければ落とし前がつかないのか。痛みの中を漂って一晩が過ぎて、翌日も苦しみます。
 医療チームの連携には敬意を評するが、痛いのはどうにもならず、他に痒いも襲い掛かって来た。そして慢性的に患者の我儘を聞いている訳にもいかないでしょう。術後の24時間は長すぎるのです。 
 かつて石原裕次郎が手術後に、当時の技術では仕方がないとは言え『腕を切り落としたい』と口走ったのを兄である慎太郎が書いています。
 4日目が過ぎました。2日間で2時間くらいしか眠れません。
 こうして動けないままに意識が宙を舞ってしまえば、それは例えば実感を伴う夢のようなものを見ている状態とか、幽体離脱とでも言える状況でしょうか。いや、この痛みから一歩も外に出られないのでその逆か。
 これはひょっとしたら・・・・、いやアブナイアブナイ。危険領域から返らなくては。ワタクシはワタクシで守らなくちゃ。
 点滴を受けていますが、水は飲めないので喉の渇きも辛い。
 5日目、人間に戻ります。ただまだ苦しい。ワタクシにもそれなりに心配してくれる人はいても、それどころではありません。今まで不躾にお見舞いをした人、申し訳ありませんでした、デリカシーに欠けていました。

 ソロリソロリと病室を歩きだしました。
 入院6日目、やっとまた、意味のないブログを書いてみています。

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夏至の日まで  長かったこの一年

2019 JUN 21 0:00:39 am by 西 牟呂雄

 待ち遠しかった夏至の日が近づいてきた。昨年は6月21日、今年は6月22日である。
 年を取ると1年が早く感じるようになる、という俗説は広く知られている。しかし私のこの1年は長く、辛く、惨めで、情けないものだった。

夏至の日に府中にて


 すなわち減点7で免停を喰らい、そのせいでそれから1年の内に同じ事をやらかせば今度は90日停止の浮き目に会うという非常にヤバい状況だった。そしてその次の年にまたやると今度は取消し!
 同乗者に『何をトロトロ走ってるんだ』と罵られ、夜中の黄色信号にソッと止まれば『よっぽど堪えたんだな』とバカにされ、得意の中央高速では左車線から抜かれる屈辱に耐えてきた。
 一時停止とか駐停車禁止に怯えた日々からやっと解放されるのだ、あと2日で(それまでは慎重に)。

 ところで、昨今のニュースでやたらと高齢者の踏み間違えによる痛ましい事故が頻発している。私はもうすぐ前期高齢者となる。当然ながら目は霞み、反射神経は落ちている自覚はある。
 この頃では、例えば喜寿庵のある田舎道にはガード・レールなんかはないので、子供が歩いていたりすると怖い。まぁ、思えばそれで安全係数が上がれば世の中のためにはいいこととも言えよう。
 過日、喜寿庵の近所の温泉で温い露天風呂に浸かっている時。後期高齢者の仲良し集団の会話が耳に入ってきた。おじいさんたちは、高齢者の免許書き換えに認知機能検査を受けさせられる、その話で盛り上がっていた。
「隣のおばあちゃんは『きょうは何月何日』に答えられなかった」
「わっはっは」
 とかいう恐ろしくなるような会話で、ここまでは微笑ましかった。
 ところがその後、どこそこの教習所は甘い、とか意地悪とかいう情報を交換している。甘い、とはどういうことなのか。今時甘っちょろいところを探してパスするくらいなら免許は返上した方がいいのではないか。何を考えてるんだこのオジイ共は。

 ともあれもうすぐ復活する(はずだ)。伝説の『中央道の青い翼』が(その頃青いセリカ・ダブルXだった)!

 と、ここまで書いたところで愛車プジョー404がとんでもないことになった。駐車場から出した途端にやけにギアの入りが悪い。走るには走るがギアが上がらないと言うかトルコンが入らないと言うか、時速30km位しか出ない。
 仕方なくゴリゴリとクセルを踏んでいたら何と!右のフロント・タイヤあたりから煙が出ているではないか。エンジンが火を噴いたか、とビビリ上がって停めて開けてみてもエンジンじゃない。どうやらベアリングが焼けているようで尋常じゃない焦げ臭さだ。
 これはもう免許を返上しろ、との天の声なのか・・・。
 何とか辿り付いた車屋では仲良しのオニーちゃんが目を丸くしていた。
 全く一筋縄ではいかない、終いには車が悪い!
 つづきはコメント欄で・・・・。

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夏至の日に府中にて

2018 JUN 30 10:10:16 am by 西 牟呂雄

 色々あって府中の運転免許試験場で講習を受け(させられ)た。まっ事情は察して欲しい。さる不幸な偶然が重なった、とだけ言っておこう。
 せめて見た目だけでも印象が良くなるようにスーツ姿のクール・ビズで、朝も早よから暗い気持ちで出かけていった。
 なぜスーツか。実は数十年前に同じ講習を受け(させられ)た事があり、その時周りにいた人々のあまりに殺伐とした風情に唖然とさせられたからだ。
 明らかに”ゾク”と思われるガキ共が『無免でくらってよ』とか『もう2回目で後がネーんだ』などという話をしていてその空気に怖気づいた。今回の講習には”考査”があり、それと”受講態度”を評価することになっていたので、そんな奴らとは違うところを見せなければならんと思い立ったのだ。
 辿り着くと、我々受講者(といっても更新ではない)はたったの13人。年齢構成も割に高く(ダントツは私)前回の時にワンサカいたようなガキ共はおらず、どうやらプロのドライバーが微罪を重ねてここに至った人が半分くらいのようだった。
 やはり罰則が強化されて、当時は講習ですんでいた輩はすでに剥奪・取り消しに至っているのではないのか。雰囲気も柔らかい。スーツまで着込んだ私は逆に浮いてしまった。
 講習室に入って待っていると、見るからにゴツくて目付きの鋭いオッサンが入ってきて注意事項を説明すると空気は一変した。何しろ居眠りするな、頬杖つくな、足は組むな、特にガムは噛むな、と注意があって軍隊調なのだ。あのオッサンはきっと交通機動隊のOBか出向者に違いない。すると私をここに送り込んだ奴の同類ではないか、クソいまいましい。
 ブログ仲間のトムさんの『ポンペイ通信』によれば、かの地であればまずこんな目には会わなかったろうと気が滅入った。
 自然と力が入ったのかスーツ姿が目立ったのかは知らないが、オッサンはしきりと私にガンを飛ばして来る、まずい。状況が状況だけにお上に歯向かう訳にはいかない、あわてて神妙な顔をする。

 講習はミッチリ6時間。昔はこんなプログラムじゃなかった。グロテスクなビデオを見せられて終わりだったんじゃなかったか。
 今のは事故に至るまでのプロセスが中心で、オマケに適性試験や実車、シュミレーター講習までやって考査されるのだ。
 最初にガツンとやられたので久しぶりに授業を受けるような緊張感でもっともらしく聞いていた。最近の傾向で高齢者と自転車への注意を喚起し、ちょっとした不注意で悲惨なことになる、と言った内容である。
 最悪だったのはドライヴ・シュミレーターで、考査の対象ではないらしいが通常の運転感覚とは著しく違っていて、時間内に終わらなかったり車線をはみだしたり、ついでにスピードオーバーまでやらかしてしまった。なんだってこの私がゲーム・センターにあるような物で減点されなけりゃならんのだ。
 
 やっとこさ終えて、さすがにクタクタになってJRに乗り込むと驚いた。先程のあの講師のオッサンが乗り込んで来るではないか。私を認めると先ほどの厳しい顔とは打って変わってニコヤカに話しかけられた。
『お疲れ様でした』
『いえ、お世話になりました』
『まあ、二度とお目にかかることのないように慎重にやってください。はっはっはっは』
 ここに至って私は少し考えが変わって来た。
 ちょっとした不注意でここに来るはめに至ったのは、そのおかげでもっと悲惨なことになることを事前に防いだのではないか、と。すると初めの頃のあの忌々しさが、この程度ですんで良かったのではないか、と言う気持ちになってきた。きっと先程の厳しい講習にすっかり洗脳されたのだろう。
 私は平成30年のこの夏至の日から1年間、慎重な上にも慎重に、規則を遵守することを心に誓ったのだった(ウソです)。

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人は変わる どう変わる

2017 MAY 13 13:13:20 pm by 西 牟呂雄

 僕は以前、親友だった故中村順一君から『最近は丸くなった』と言われて驚いた。
 やはり数年前に九州に単身赴任したことが大きかったのかと考えたのだが、どうもそうでもない。やはり歳をとったのだろうか。
 そう思って振り返れば少年期はハシャギまわり、青年期はトンガリまくり、壮年期は暴れて暮らしたので、相当量の感情を撒き散らして生きてきた。
 どうもこれらの喜怒哀楽の量が滅亡してゴミになることが不思議でしょうがないから『来世』とか『あの世』といった形而上の概念が発達し、宗教として体系立てられたのではないだろうか。喜怒哀楽は優れて脳内の化学反応だから、肉体を失えば無くなってしまうのはいいとして、あんまり激しいこれらの発露は自然体としての健康にはいいことはないだろう。
 ヨガとか太極拳とかソノ手の体術は、ひたすら呼吸の安定と肉体の調和を説く。SMCメンバーの神山先生によれば修行の末に”気”が”見える”域にまで達すると言う。それは本当の事だと思う。
 無論修行も何にもしない僕が”気”が見えるはずはない。はずはないが何かそういうものがあるだろうとは思っている。
 昔の上司に”気”の達人がいて、この人は修行したわけでなく最初からそういう能力があったらしい。目の前で50肩が上がらなくなった者に”気”を入れたところ、たちどころに腕が上がって誰よりも本人が声を上げて驚いていた。本当の話だ。恐らく一種の血流、或いは神経伝達の活性作用だろうと思えるが定かではない。

 足が上がらない、疲れやすい、目が悪くなる、反射神経が鈍る、耳鳴りがする、息が切れる・・・。オマケに最近身の回りの物が突如無くなる、といった心霊現象にも悩まされるようになった。
 金が無くなった、と青ざめたら屑篭にあった。これなどいくら私が迂闊でも自分で捨てるはずはない。新幹線の切符が乗車してから忽然と消えた事もある。
 これは以前に書いたが、朝起きたら畳に血溜まりができるほど出血していたこともあった。いくら前の晩酔っ払っていたとしても絶対に心霊現象に違いない。
 こんな風になってしまって、これからどうやって老人道を全うしろというのか。ここは真剣に考えなければなるまい。そこで考えた十則を書き留めておく。

一.大勢の人のいる所に行かない、群れない。会合は小人数かサシでやる。
二.希望を持て。だが絶対に人に言うな。
三.偉そうに振舞うな。若い人には教えを請う、彼らの方が上。
四.目立つな。もう年寄りだ。
五.趣味なんかやるな。もう効果は少ない、上達もするわけがない。
六.もう焦ってはならない。時間は減るが返ってゆっくりやれ。
七.受けを狙うな。もう十分ヒネクた邪魔者だし。
八.僻むな。誰も見ていない。おまけに充分嫌われている。
九.怒るな。どうせ聞いてもらえない。
十.別にあした死ぬわけじゃない。

 ところで、気が付くと2年前にこんなことを書いている。随分変わってきたな。

おじさんが遊んで暮らす十ケ条

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立ち止まってみた

病室にて

モノを失くすという事

立ち止まってみた

2017 MAR 16 7:07:35 am by 西 牟呂雄

 「断・捨・離」という言葉があるそうだが、なかなかいい。いらない物を持ち込まず、いらないものは捨て、執着を持たない、ということだとか。
 これ、僕は3年前に母を送った時に身に染みて思うところがあった。遺品(というか生前使っていた物)は残された家族にとって全て必要のない物だ。見ると『ああ、これをあんなことに使っていたな』等と記憶が蘇り、もう少し取っておこうか、となりがちだった。
 しかし待てよ、物を見なけりゃ思い出さない記憶ってそんなに大事か。中にはイヤなことを思い出す代物もあったりして。
 で、結局片っ端から捨てに捨てた。洋服・本・書き物・日用品・装身具・靴・メモ・えーいこれでもか、とね。ついでに僕に関するものも多少あったが、それは見るのも嫌になって目を瞑って捨て。暫く呆然としたことは確かだった。

 例えば東京での孤独死や誰も住んでいない空家が問題になったり、地方のシャッター通りが話題になったりする。思うにこういったことは(それぞれ事情は違うにせよ)「断・捨・離」に失敗した結果かもしれない。
 前者は持てるものに固執して誰にも渡さない、或いは様々な事情により逆に周りから縁を切られてそうなったと考えられる。誤解を招くと困るのでクドクド申し添えるが、気の毒な結果になったことを本人のせいだと非難しているのではない。そこに至る過程で「断・捨・離」が上手く行かなかったことを慮っている。
 後者も全く人がいなくなったのではない。シャッター通りの住民も町の外のショッピング・モールに買い物に行っているだろう、と考えている。人の流れや消費行動が変わったことに気づかず、コストが高いままに駅前の店の権利を持ち続けたのかも知れない。店の持ち主も車に乗りモールで買い物をするのではないか。

 これ、人間関係にも当てはめられるだろうか。
 僕はこれ以上知り合いを増やしたくない。偶然の出会いはあるだろうが、殊更それを求めたくない。ちょっと前までは同窓会などの幹事役は進んでやったのだが、長い間会わなかった人と接するのに”人見知り”のような感覚に陥るのでやめた。この5年の話、調度ブログを書き出したあたりから群れるのが嫌いになった。 
 付き合いを断つ、そりゃ全部は無理ですな。一人では生きていけない。何も今仲良くしているのをブチ壊す必要はない。たまたま新たに知り合った人と親しくするのは誠に結構、ただ努めて新しい出会いを求めない。流れにまかせる。これが『断』にあたると考えている。
 長く付き合った(これは10年以上くらいか)例えば仕事をしていた頃の知り合いから声が掛からなくなった、或いは呼んでも出てこなくなったとする。無理矢理呼び出すとか押しかける事はしない。『去る者は追わず』と言う。これは自分が疎まれても別に嘆かない、僻まない、騒がない、こっちも悪いのだろう、と頷く。これを私流の『捨』としよう。捨てても捨てられても恨みっこなし。
 去年は親友一人、親しかった飲み屋のオーナー、親族二人といった面々を失った。特にかけがえのない友を失ったのは堪えた。正真正銘の『離』になってしまったわけだが、こちらもオッサンになってしまったから嘆いてばかりもいられない。むしろいつ自分になるか分からない、と言い聞かせている。
 静かに水がよどまないように流れて行く。これが私の『離』の解釈としている。

 この人間関係「断・捨・離」簡単なようでそうでない。この年になると分かるが、結構な根性を入れないとできないのである。
 例えば、まるで生存確認のようだ、と5年ほど前に年賀状をやめた。すると「あのヤローついにくたばったらしい」という悪意ある噂が流れた(1年だけですが)。
 また、どうしても会いたくない奴の顔を見るのが嫌で会合をすっぽかしたら「恩知らず」のレッテルが貼られた。

 静かに潮が引くように行方をくらまして「エッ、しばらく見ないと思ったらあいつ死んでたの」くらいになれないものか。

人は変わる どう変わる

病室にて


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モノを失くすという事

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