Sonar Members Club No.36

カテゴリー: アルツハルマゲドン

五百五十五円

2023 FEB 16 17:17:59 pm by 西 牟呂雄

 ついにやった!
 と言っても立派なことや悪いことをしたのではない。
 数年前に思いついて実行していた課題を達成したのだ。
『手持ちの小銭が特定の枚数に至る確率はどの程度か。毎日物を買う行為の際に、恣意的にある特定のコインを残るように心がけて、例えば500円玉、五十円玉、五円玉が1枚づつポケットに残るのは何回に1回か』
 という確率を計算してみようと考えたのだ。
 スタートは紙幣でこれがいくら持っているかはこの際考えず、あらゆる機会で555円のコインが手に残るケースを想定した。
 まず考えたのは毎回千円札を崩して行き、555円になるために、『500!✖50!✖5!』というバカみたいな数字を考えたが、階乗というものは恐ろしくベラボーになってしまい、到底あり得ないことになってしまう。気を取り直して実験に取り組んで4年3か月、ついに手元のコインが五百五十五円になった。しかもその時に持っていた紙幣は5千円札1枚。昨年の10月30日のことである。
 僕はメシを食べたりタバコを買ったりして1日3回くらいは金のやり取りをしている。ちなみにカードはほとんど使わない。すると、ザッと5千回に一回である。あまりに簡単ではないか。
 そこでその日から手元が百十一円になるのは何時頃か、さっそく実験を開始した。
 五百五十五と百十一の数字のユニークさが同じならば後4年後か、無論まだ達成できていない。
 だがその前に。果たしてこの二つの数はユニークさは同じか。
   555=3×185=3×5×37=5×111=15×37  
  すなわち 3・5・15・37・111・185 で構成される。
一方 111=3×37  と 3・37 だけ。単純に考えても『555』の方が重層的ではあるが、この場合は『お釣り』の合計が『555』か『111』になる確率の話だから、スタートはコインが無いい場合に千円札からと考えると、買い物の値段のバリエーションは『111』の方が複雑になる。
 そこで、簡単なところから計算してみようと、5円玉が1円になる『組み合わせ』を計算し始めた。例の

『組み合わせ』である。結果は5通り。僕はこの計算を嬉々として始めた。ところがすぐやめた。5→1までの数字ならば一つの数字を選ぶと単純に残りは二つの数字で、これはひっくり返せばユニークでなくなるが、10→1となると例えば9を選ぶ場合は最大1+1・・・の9回繰り返しまで分解できるから『組み合わせ』のケースが一致しない。
それでは階乗をつかってみたらどうか、と
      
 
 この公式を元に式を立ててみたところ、たちまちものすごオイ数字が出て挫折。階乗はおそろしものですぐに『京』を超えてしまい手に負えない。

 仕方なく、実験を続けて早3カ月。どなたか興味のある方は編微分方程式ででも解をご教示くださらないか。本日のコイン合計280円。
100日経過した。

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数え年古希 ゲレンデに立つ

2023 JAN 11 7:07:23 am by 西 牟呂雄

 今は滅多に耳にしない数え年。満年齢とは違い、お母さんのお腹にいる頃から年齢を数え出し生まれた時点で1歳、その後は誕生日に関係なく正月が来ると一つ年齢が上がる。お江戸の昔はこの数え方だったので、本来は厄年とか還暦もこの数え方でやる。
 するとだ、私は昨年の暮れに68だから目下数え年で古希ということになる。かの大詩人・社甫が「人生七十古來稀(こらいまれなり)と詠っためでたい年齢で、還暦は赤い物で祝うが古希は紫である。我が人生もここまで来たか。
 そして後何回できるのか、今年もスノボを履いてゲレンデに立った。
 無論、足腰は衰えている。緩斜面で直滑降を滑ると、雪面上の細かい凹凸が伝わってくるのだが、数年前まで気にもならなかった振動を下半身が吸収できない。従って上半身が大げさにブレる。さすがに転倒はしないがヒヤリとすることが多くなった。何しろ古稀だ、一発大コケでもすれば骨折ぐらいはありえる。そして人々からは『あのバカまだそんなことやって骨折?』という心無い声が寄せられるだろう。
 そもそも十数年愛用してきた固いボードがビンディングの劣化によって使えなくなり、これでスノボも引退に追い込まれかけた。さてニュー・ボードを買って償却できるだろうか、今年が最後じゃないのか、の葛藤の末レンタルでやっている。そしてレンタルするときに書き込む年齢を見てオッサンは目を丸くした。間違いなく最高齢ボーダーだろう。

 若いボーダー達のファッションとは一味違う、実はボーダー・ファッションを買い揃えるでもなく、ついに今年はフリースで代用する場違い感満載古稀ボーダーの雄姿である。
 無理は禁物、とばかりに緩斜面ばかりを滑り、ロング・クアッド・リフトを3回もやれば一服しなければ持たない。昔面白がってやっていたプロペラ・ターンなどもっての外。実際1本滑ってみればまるで大腿部の筋肉を全て絞り出したような感覚。シーズ初めはいつもそうだが、感覚が戻るまでは無駄な動きが多く、汗まみれになって息が切れる。
 これじゃ誰も付き合ってくれないよな、とフト思った。そうだ、友達になったレイモンド君(推定3歳)にスキーを教えてあの子と一緒に来れば丁度いい。
 そして僕が追い付けないくらいレイモンド君が上達した頃に引退するといい。

温まってご機嫌

 レイモンド君とはついこの前の年末に、例によってヒョッコリ先生の陰謀で半日付き合うことになり、色々考えて一緒に日帰り温泉に行った。喜寿庵周辺には温泉が2カ所ある。この辺は富士山に近いから1,500mもボーリングすれば温泉はいくらでも出るのだ。 
 レイモンド君は幼児なので熱いお湯はダメで、ぬる湯の源泉に長いこと入って遊んでいたらのぼせてしまい、風呂上りのロビーでアイスクリームを食べた。少し喋るようになって『ツメタイネ』などというから面白い。
 と、ここまで書いてきて待てよ、となった。オレは以前同じことを書いた気がして、念のため以前のブログを恐る恐るチェックした。すると去年こう書いているではないか。
『そうだ!最近友達になったレイモンド君(推定2才)でも連れてこよう。スクールに入れてあげて遠くから熱いコーヒーを飲みながら見ているのもいいかもしれない。いや、ビールかな・・・。』
 ヤバい!。同じことを書いている。肉体の衰えはスノボで推し量ることができるが、頭の衰えはわからない。アルツハルマゲドン接近中。

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京都魔界探訪

2022 NOV 1 0:00:41 am by 西 牟呂雄

 大正の中頃には僕の3代前は黒紋付の染め抜きの専業で手広く事業を展開したそうだ。関東の染色業者にも関わらず京都に店を構え、関東者が成功したと珍しがられたらしい。早い時期に専売特許を取得したこともあってほぼ無競争の商売だったようだ。
 その跡を継いだ次の代(すなわち爺様)が京都の事業を任されていたことになっていたのだが、爺様は仕事なんかしないで京都帝大に通っていた。
 先日、古い物を整理していたらその頃のモノが出てきて色々と面白かったのだが、京都の店の従業員の記録とか一連の綴りがあった。そして爺様が通ったのは経済学部であったことを記したものがあり驚いた。旧制高校は蔵前高等工業(現東工大)。通説では工学部に行ったことになっていたのだが経済学部である。更に不可解なことに中退していた。京大ではそのころ河上肇によるマルクスの研究が盛んで、京都学連事件(きょうとがくれんじけん)などの導火線となる学風であったため、大いにその方面に接近し当主(曾祖父)の勘気を被った可能性が高い。事実その直後、地元に帰され結婚もしている。
 それからおとなしく仕事をしたかと言うと、そうはならずに様々な奇行を重ね、挙句の果てに戦争中に統制を受けて店を閉めてしまい、息子達は跡を取らなかったせいで経営を譲ってしまった。宮内庁の仕事を手掛けて大赤字を出した、とも聞いた。菊の紋章を図案化するのに竹でできたコンパスを手作りしたとのことである。続けていてくれたのなら、僕はサラリーマンになんかならずに済んだはずだ。 
 以前からその京都の店および工場(こうば、と呼びならわしていた)がどうなったのかが気になっていて、先日京都に行ってみた。住所は京都らしく『〇〇通り▽辻クダル』。
 古には都大路だったというその通りの南端は羅生門があったと伝わる一角である。新撰組が入京してしばらくいた壬生のすぐそばにあたる。

いかにもな

 一見京都の普通の街角に立ってみた。往時を思わせるものは何もない。染物屋の店も工場も見当たらなかった。わずかに『××染工業』という看板がかかる事務所がビルの1室にあったが休日で人はいなかった。
 こういう時は近所を取材するのだろうが、それらしい人が都合よく歩いているでもない。漬物屋さんが店を開けていた。『ごめんください』と狭いお店に入ると柴漬けとかお惣菜があって、出てきたのは建築史や京都の歴史の泰斗である井上章一先生にそっくりなご主人.少し買い物をして、おもむろに尋ねた。
『ご主人、このお店は昔からやってるんですか』
『ワタシが始めてからは50年かな』
『はあー。その昔このあたりには染物屋はありませんでしたかねえ』
『そらこころはみーんな染屋でしたわ。床見てみなはれ』

『石造りですね』
『ウチは染屋に糊を卸してましたんや。糊を焚くのにセメントやらアスファルトではでけんので石敷いてました』
『えっ、じゃこの石畳は大昔からあったんですか』
『いや~、市電の廃材かなんかですやろ』
『・・・・』
 何やら得体の知れないオッサンで、後から考えるとこの時点で術中にはまったのかもしれない。
『その中に黒染めの専業の店はありませんでしたか』
『あったあった。こうしゅうこく、ゆうて世界一の黒染めやったで』
 何と!世界一って凄すぎないか。絹の黒染めなんかが世界に輸出されたとは聞いてない。
『こうしゅうこくって何ですか』
『甲斐の国の甲州に黒と書いてそう読ませてた』
 その屋号はウチだ、ただし こうしゅうぐろ、と読むのだがまっいいか。
『私はその四代目なんですが』
『(まったく無視して)店はすぐ三軒向こうやったけどもうついこないだ取り壊してしもた』
『僕のおじいさんはそこから京大に通ってたみたいなんですけど』
『(これまた無視して)最後に住んではったんは娘さんじゃなかったかな。工場(こうばと言った)は角の煙草屋の先にあって、今三階建てのうちが三軒並んどる』
 どうも話は嚙み合わないまま、ともかく場所は確認できた。私の脳裏にはマントを羽織った爺様が闊歩する姿が浮かんでいた。
 フト気が付くとお店には写真が飾ってあって、そのオッサンとソムリエの田崎真也さんが一緒に写っている。いったいなぜ。
『あっこれ、ターやんな。よう来るねん』
 いくら聞いてもどこで撮った写真かは教えてくれない。なんだかヤバい。

 その横にはこれまたそれなりの墨絵、京漬物と書いて落款が押してある。田崎真也さんの話はあきらめて。
『この絵は以前のお店の絵ですか』
『これな。これ芸大のセンセがくれたんや。いつもその先で飲んではったんで一緒になった時に頼んだら描いてくれはった』
『凄いじゃないですか。なんていう先生ですか』
『(これも無視)このセンセな、西本願寺はんのお土産に売っとる絵葉書の墨絵も描いたはる』
『誰だろうなあ』
『(無視)飲んではったときに描いたから筆も酔うてまんのや。ホホホホ』
 オッサンは耳でも悪いのか。いやそうじゃない。これが京者のイケズの真骨頂なのか。この話もやめた。
『えーと、ここから壬生のお寺は近いんですか』
『アンサン東京の人やろ。新選組の跡を見に行かはるんやろ』
『(なんだ聞こえてるじゃないか)ええ、ここまで来ましたんで』
『京都で新撰組で稼ぐんは八木のとこだけや。あら幕府お抱えの人殺しなんやで』
ギクッその八木邸、新撰組に転がり込まれて芹沢鴨が切られた所に行こうと思ってた。おまけに私は大の佐幕派。マズいぞ、これは。
『はぁ、お寺さんにでもお参りしようと』
『あの辺、夜になると(両手首をダラリと下げた幽霊の手つきになって)出るで』
『えっ、見たことあるんですか』
『あんなとこ夜に行くわけないやろ。コワイコワイ』
 その時のオッサンの上目遣いの三白眼にはゾッとした。口は笑っているのに。これはそろそろ退散した方がよさそうだ、と挨拶もそこそこに逃げ出した。

 オッサンの言っていたあたりは、確かに家を取り壊した更地があった。爺様、ここで暮らしたのか、と感慨に耽っていると、なんだか地面にシミが、オイオイオイ。
 もう少し先を行ってみたが煙草屋なんかないじゃないか。
 まさかオッサン、ボケているのか。
 田崎信也さんも本物じゃなくて、墨絵もただの印刷だったりして。どうも怪しい・・・。

三階建て

 アッ三階建てがある。よかった!まるっきり嘘じゃなかった。
 近いうちにもう一度訪ねてあのオッサンにまた確かめなければなるまい。その時は違う話をするような気がするのだ、京都人だから。

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喜寿庵の異変 Ⅳ

2022 OCT 1 0:00:27 am by 西 牟呂雄

 彼岸なら 寂しくもなし 一人酒

 お彼岸という事で喜寿庵に一人でいるのだが、雨ばかりでいささか参った。台風で小枝や木の葉が落ちて汚らしい。たまに日が差し込む間にセカセカと枝を掃き、落ち葉はファームに入れたり焚火にしたり。
 この写真のように芝生が陰に入るように太陽が傾くと、蒸し暑かったり汗ばんだりしても、やれやれ季節が廻ったな、となる。 
 と、このコントラストを撮った時に庭石をみてギョッとした。

 初めはついにヒビが入ったのかと思ったが、ごらんのとおりウネウネとキャタピラが這い回ったような不気味な幾何学模様が浮き上がっている。
 良く見ると細かいターンを繰り返しながら進んだようなのだが、一体何かは想像できない。
 昆虫?いや、もっと俊敏に動きそうだ。この感じはもっとスピードは遅い。
 この夏には大蛇が出たが、あのサイズにしてはカーブが小さい。
 台風や雨の時に新種のカタツムリとかナメクジが這って行ったのか。一頭がこんなにあちこちうろつくのか。大群だったらさぞ気持ち悪い光景だったろうに。 

 試しに爪で引っ搔いてみたが落ちない。
 待てよ、何にせよこのマークを付けたのが生物だとしたら、それはこのあたりにまだいるかもしれない。薄気味悪くなってその場を離れた。
 夜中にこの石に腰かけて星を見たいしていたが、そのなにがしかが夜行性かも知れないと思うと怖くてもうやめだ。
 どなたか心当たりのあるかたはご教示いただきだい。
 誰も御存じなければNHKの『ダーウィンが来た』にでも聞いてみようか。


 振り返ると、今度は未確認浮遊物体が浮いているではないか。
 遠近感が分からなかったので空に浮いているように見えたが、近寄ると欅の枝から下がっているのだった。一瞬、以前大発生したケムラーを思い出してゾッとしたが、これはただのミノムシだ。フーッ。

 そして、今年の収穫も最後だとファームに足を向ければなんじゃこれは。グリーン・ハートのブランドを(勝手に)付けていた自慢のピーマンに、真っ赤に変色したモノが混じってるではないか。

真ん中の赤

 まさか地球温暖化が突然変異を促進したのか、ただでさえ色弱の私の色覚がさらに悪化したのか。写メを送って確認したところやはり御覧の通りの赤ピーマンである。ピーマンをほったらかすと赤くなるなんて聞いたことがない。トウガラシじゃあるまいし。

 ともあれ、初秋を迎えてススキも背が伸びた。
 先日、オヤジの弟にあたる叔父が亡くなりしめやかに葬儀が行われた。90才、まあ大往生ではある。機械工学を専攻したエンジニアだったが、某社で長く社長を務めた。そしていつ身に着けたのかは知らないが英語・スペイン語に堪能で、一人で海外に出張していた。バスケの選手で大学・実業団で活躍したことになっている。もっとも当時は競技人口も少なかったし、日本のバスケのレベルも低かったからどの程度の活躍だったかはわからない(無論本人はレギュラーだったと言い張っていたが、これは後に実業団にはスポ薦で採用されたのではないかとの別の疑惑を呼んだ)。
 万事、エラソーな人で、我々甥・姪(子供達も含めると10人)はそのキャラを慕っていた。晩年、体調を崩した際に従兄弟の一人が『酒の席で叔父さんがふんぞり返ってないとどうもノリが悪くて困ります』と口を滑らすと、『何を言っとる、バカ者!』と一喝されていたことを思い出して、思わず淋しく笑った。
 オヤジは四人兄弟の長男だが、8才下の末の弟を5年前に亡くし、4才下の弟を送ったことになる。我が一族は、どうしようもない悲しみに対しては、開き直って笑い飛ばしてしまうような気質がある。生前、4人揃った時にはオヤジが『いいか、逝くのは年の順だぞ。お前達間違うなよ』といい、兄弟も『是非そうしよう』と応じていた。にもかかわらず逆になってしまい、さすがに笑い飛ばすどころではなくなった。もう一人いる叔母に頑張っていただくしか無かろう。
 この日はしたたかに酔った、一人で。

事故直後

 さらにとどめの一撃という感じで、渓谷に下っていく坂道で車がガードレールを突き破る転落事故が起きた。腰の骨を折る重傷で、ドクター・ヘリで運ばれたが、亡くなった。時刻は朝の10時。
  何時も通る落ちようのないカーブでの出来事だ。静かな渓谷に車が落ちる・・・。さすがにまぁ、温暖化による異変ではないだろうが、
 

車が落ちた後

 こんな静かな所で次々と起こる厄災。もしかして・・・。
 一人でいて、アルツハルマゲドンが進むのは恐いなぁ。

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少年とおっさんの錯覚

2022 JUL 24 22:22:39 pm by 西 牟呂雄

 僕は一人で歩いていて見付けた。ひどく厚い夏の日で、の背中に汗をかくもんだからランドセルがペタッという感じで気持ちが悪い。見つけて拾ったのは青い何かのカケラだった。丸い手触りなのでガラスではなく、ロウ石のようだ。試しにアスファルトにバツを書いてみたら青いバツがついた。いいぞいいそ。それから家への帰り道、まぶしい日差しの中をガードレールの柱の頭に一つづつバツを付けながら歩いた。
 しかしどうもおかしい。僕は確かに小学生のようだが、この道は僕が通っている道と違うのではないか。いつもは坂を下って帰っているが、そこにガードレールなどはないはずだ。今歩いているのは平坦な道路の歩道で、都電の線路も走っていない。ひょっとして間違えて別の駅でおりてしまったのだろうか。ちょっと怖くなってきた。
 いつもの坂を下って左に入ると公園がある。その公園は昔は開成校という今は大変な進学校が明治の初めの私塾でスタートした跡で、隣に小学校もある。僕は引っ越す予定があってそこには通っていない。公園の向いに清水湯というお風呂屋さんがありその隣はお寿司屋さん、その次が僕の家、反対側には山田屋という酒屋さんでそのとなりは八百屋さんのはずだ。
 だが今僕が歩いているのはそこと全く違う眺めで、このまま歩いていていいのかどうか。

 どういうことか頭がぼやけている感じで、とにかく熱い中をセッセと歩いている。するとオレの目の前を汗まみれになった小学生が歩いていた。白い帽子は学校指定だろう。開襟シャツの首のあたりが汗で濡れているほどで、大きめのランドセルが重いんだろうな、と同情したくらいだ。背格好から言って低学年だろうな、とそこまで思ったが待てよ。
 オレはこの暑い中を何で歩いているかと言うと、単に自宅に帰る所だったはずだ。ところが歩いているうちにおかしくなってしまったようだ。
家路がいつもと違う。泥酔してそういうことになったことは何度もあるが、今はまだ夕方だ。それに酒も飲んではいない。足だけが意識を持った生き物のようにトコトコと進むのだが、自宅はどこにあるのだろう。
オレは不思議な気分のままその子の横を通り過ぎて、その時にチラッと表情を見た。目が合ってしまった。

 横にいるおじさんを見上げるとこっちを見ていた。なんだか見たような顔の人だが知らない人だった。すぐに僕を追い抜いてスタスタ歩いていくので目で追った。この人は何をしている人で、何でここを歩いているのかなー、と想像してみた。スーツを着ていないから会社の人じゃないだろうけど、どんな仕事をしているのだろう。小説や詩を書いている人だろうか。だって普通のオトナはこんな時間は忙しいだろうから。それとも夜になってバーとかスナックのようなお店をやっているのかもしれないな。そうするとこの人も僕の父さんみたいに毎日お酒を飲んでケラケラ笑っているか暴れているのか。僕はときどき早くオトナになってああいうふうに楽しそうに騒げるようになってみたいと思うことがある。だって子供のうちは何をするにしてもアレはダメだのコレはするなといった余計なことが必ずくっついていてそれを守らないと叱られる。父さんと一緒にキャンプに行ったときは、周りのオトナは僕に注意をしたりするくせに、酔っ払うと自分達はひどく騒いでモノを失くしたりケガをしたりして、次の朝には何も覚えていない。
 そうしてみると、勉強が大嫌いで気が散りやすい僕もそうなってしまうかもしれない。アッ、いつの間にかいなくなった。

 しかし、オレが子供だったあの頃はいやいや学校に行っていたくせに毎日何をして遊ぶのか考えて忙しかった記憶がある。誰と誰が中が良くて誰と誰は対立していて、女子と男子はしょっちゅういがみ合って、子供なりにクラスの中には複雑な社会が構築されていた。その奇怪さは、東京のド真ん中のせいなのか今から考えると他の人の経験した小学生生活とは全く違う環境のようだった。とにかく人数が多くて、そのせいで個性の強い奴が多くなり、その相互作用で上記の複雑な社会を構築していた。各種の秘密結社や暗黙の法律、男女間の駆け引き、裏切りや寝返りが横行していた。要するに背伸びするだけ伸び切ったオトナの真似をするグロテスクな集団だ。それは伝統にもなっていたようだったが、どうやら団塊の世代が終わった頃からからオレ達の2年下くらいまでの10年の間の風潮だったらしい。
 更に、小学校のクラスは音楽以外は全部同じ先生が教えていたから担任の先生というビッグ・ファクターがあり、オレは女先生の時には色々と迷惑をかけ、大変な目にもあった。
 結局、どうにも居心地が悪かったということになるのだが、毎日毎日ありとあらゆる権謀術数に明け暮れながら、ふざけ散らしていたに過ぎない。
 おっとどうやらウチにたどりついたみたいだ。そうか、オレはあまりの二日酔いで寝過ごしたところ、土曜日だから息子は学校に行き、カミサンは実家に行くとか言ってたな。まだ酒が胃の中にたんまり残っているのでフラフラしているんだな。ビールでも飲むか。

 おじさんが見えなくなって僕は父さんのことを考えた。親と接するのにそれなりの遠慮があったに違いない。自分のことはあまり話さないが、わりと努力して僕を甘やかそうとしているのはわかる。それに自分がやっている遊びには、それはスキーとかヨットなんだけど、僕の友達も連れて行って一緒に遊んでくれる。
 あれはいったい僕のために付き合ってくれているのか、自分の遊びに子供を引きずり込んでいるのか。
 ウチに帰ると母さんは出掛けていなくて父さんだけが寝ぼけた目でビールを飲んでいる。休みの時はいつもそうだから別に気にもならない。
『ただいまー』
『おう、お帰り。随分早いな』
『だって今日は土曜日だぜ。父さんだってビール飲んでるじゃない』
『あぁ、そうか。そういえばそうだな。さっき新聞買いに行ったらちょうど君くらいの小学生が歩いてたな』
『へェ。オレも父さんみたいな人がブラブラしてるのを見たけど。あのさあー、オレが全然勉強しなかったらそういう人になっちゃうのかな』
『僕も子供の頃はそう考えて焦ったことがあったな。そうそう、それで恐くなってチョコッと勉強したりした覚えがある』
『それでもこんなになっちゃったの』
『まあそういう事なんだけど、これでも結構大変なんだぞ。世界平和とかウクライナ問題を考えていると』
『えっ父さんそんなこと考えてるの』
『そう見えないのが僕の偉大なところなんだが。どっちにしても中途半端が一番いけない』
『ふーん。じゃチョット勉強するより全然やんないほうがいいの』
『僕の理論ではそうならざるを得ないね。キミはどうする』
『オレわかんないや・・・・』
『そうだろうな。僕も未だによくわからない。僕みたいにならないようにね』
『オレもそう思う・・・』

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大統領のイラ立ち

2022 APR 22 5:05:53 am by 西 牟呂雄

 明らかに常軌を逸した表情と、氷のような不気味な目の色に居並ぶ閣僚達は声も出せなかった。
『バカボンスキー諜報省長官。ナチスト達に嫌気がさしている首都の住民が歓喜の声で我が精鋭部隊を迎えるという話はどうなった』
『ハッ、潜入工作員が自分の手柄を大げさに伝えていた模様で現在処分を検討しておりましたところ』
『そいつを死刑にしろ』
『それが・・・戦闘に巻き込まれすでに戦死した』
『それでは死刑にできずに市民として勝手に死んだのか』
『そのあたりの詳細について』
『ダー、か?ニエットか』
『・・・・ダー・・・』
『バカボンスキー、お前は収容所送りにする。刑期は1万年だ。連行しろ。次、オロカノフ北部方面参謀長。戦車が大量に破壊されて血税1兆ルーブをスクラップにしたそうだな』
『あれはフェイク・ニュースです。鉄血戦車部隊は健在です』
『ではなぜ首都を制圧したのちにオデッサに向けて進軍できていない』
『それはアメリカとNATOが密かに介入しているからです』
『オロカノフ。そういう報告がなぜ私に上がらない』
『今にも壊滅させ南に進軍が始まるからです』
『今にも、と言ったな。今なんだな』
『えー、2~3日うちには』
『私は3日後のことを今とは言わない。お前は今から北朝鮮に行け。今からだ。そこで思想改造してもらえ。次、キシダは何で調子に乗って制裁に乗っかってるんだ。バカボンスキー』
『大統領。先ほどバカボンスキー長官を大統領が収容所送りにしました』
『ナニッ、そうだった。FSBの連絡将校はいるのか』
『外で待機しているのはウソツキー中佐です』
『中佐?オレと同じか、大したことないな。すぐ呼べ』
『ウソツキー中佐、入ります』
『日本は制裁に乗らないという報告を上げたのは誰だ』
『日本に潜入している工作員です』
『ロシア人か』
『ニエット。日本人です』
『名前は』
『確かニシムロです』
『ナニ!あいつか。ジェット・ニシムロはエカテリンブルグにいた二重スパイだぞ』
『大統領はご存じですか』
『KGB時代に会っている。その後日本の総理だったシンゾーに嫌われてクビになったはずだが、そんなのを使ったのか。あいつはいい加減なローシだ。ローシのことを日本語で何というか知っているか』
『知りません。自分は中国担当であります』
『では教えてやる。うそつき、お前の名前と同じだ。ニシムロをポロニュウムで殺れ』
『現在日本にいる工作員はポロニュウムを持っておりませんが』
『お前が持ち込んで殺せ。今から行け。もうこうなったら最後の手段だ。グズコフ大将。核兵器特別体制は万全か』
『ダー』
『キエフとモスクワに一発づつ見舞え』
『・・・・モスクワは既に沈没しましたが』
『よほどのバカかこんな時につまらん冗談が言えるマヌケのどちらかだな。ここ、首都モスクワに打ち込んでアメリカの仕業に見せかけろ』
『大統領。いったいどうやって・・・』
『モスクワには北極海の原子力潜水艦から発射しろ。キエフは隠しようもないから地上からICBMでも何でもいい』
『あのっ、モスクワ市民はどうなりますか。避難命令は出さないのですか』
『そんなもの出せば自作自演がばれる。チェチェンの時と同じにやれ』
『我々はどうするのですか』
『グズコフ。モタモタするな。おお、そうだ!お前のような奴を日本語ではぐずと言うぞ。わーははははは』
『逃げろ』『逃げろー原爆が来る』『ワぁー』『大統領が狂ったぞー』

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魂が宇宙を漂う話 Ⅱ

2022 APR 10 1:01:32 am by 西 牟呂雄

『おい。おい』
『え、なんですか』
『オレだよ。しばらくだったな』
『あぁ、オマエか。いや、久しぶりだな』
『5年経ったんだよ。どうしてる』
『相変わらずだよ。ヤボな仕事したり船に乗ったり、そうそう野菜造り手掛けてるけど、忙しいんだかヒマなんだか。ちょっとオマエどこだよ。顔がよく見えない』
『バカ。オレは死んだだろ。顔はもうない』
『・・・そうだったな。もう5年か。お前からはオレが見えてるのか』
『見えるわけないだろ。視覚が無いんだぞ』
『それもそうか。待てよ、じゃなんでオレだって分かったんだ』
『こっちは真っ暗なんだよ。そこを歩いているような漂っているような感じだな。そしたら不思議なことに少し光を感じたんでそっちに行こうしてたらなぜか夢から覚めたように意識がはっきりしてあ~っあいつのことだな~という一種の覚醒があって今だな。オマエだってことはすぐ気が付いた』
『凄いな。死んでエスパーになったのか』
『いや、今オマエは寝てるんだよ。その夢の中に入ってこうして話をしてるのさ』
『夢か。どうりでハッキリしないと思った。するとオレが死んだらその真っ暗なところでオマエとまたこうして話せるのか』
『そうはいかない。だってオレは幽霊といえば幽霊なんだから夢なんか見ないし』
『なんだよ。それじゃオレも生きている奴の夢に入り込むしかないのか』
『どうもそうなっているらしい。死んでから5年経って初めてだ』
『ふーん。そんならそのうちまだ元気な息子さんや娘さんの夢でその後のことを聞きゃいいだろ。よりにもよってオレの夢じゃもったいない』
『無論オレもそう思うんだがうまくいかないもんだ』
『多分何かのワザとかコツみたいなものがあるかもしれないな。修行が必要か』
『さあな。こっちにきてからじゃ修行も何も、体もなけりゃ時間の感覚もない』
『苦痛もないんだろ』
『まあそうだ』
『だがオレの所にはうまく来れたな』
『腐れ縁だからな。別に来たくもなかった』
『待てよ。オレはまだ生きてるんだよな』
『そりゃそうだろ』
『するとオマエはオレの夢が勝手に作っている幻という事だよな』
『断じてそれはない。オレがお前の幻想などありえない。断じて認め難い』
『まあそうだろうな。オレだってやだよ、何が悲しうてお前の台詞を妄想しなきゃならんのだ』
『よし、オマエも死んで見りゃいいだろう』
『それは構わんが死んだ幽霊同士は会うことも話すこともできないんだろう』
『だからさ、二人で誰かの夢に忍び込むんだよ。そうすりゃ勝手に話せるだろ』
『ほう、それならいいかも知れんが、誰の夢に入るんだ』
『タカオでどうだ』
『おっ、そりゃいいな。あいつとは決着がついてないからな』
『ん?決着?』
『ほら、今から半世紀も前に大モメにモメたやつ』
『あー、あれか。明日のジョーは死んでたのか生きてたのか、のことか』
『そうだよ。オマエが息を引き取ってたんだ、って言い張ったあれ』
『それはあの時に論破したはずだが』
『バカ言え。一方的にオマエガ返事をしなかったのはすでに死んでいたからだ、と論争を打ち切ったんだよ』
『一方的とは何だ。タカオは答えられなかったじゃないか』
『アイツは一言、ジョーは白い灰になった、と言ったんだよ』
『それじゃオレが論破したことになる』
『ならない。白い灰が死んだことを表していない。死んでいるなら白い骨でなければならん』
『同じことである』
『いや、違う。骨は灰ではない。DNA鑑定ができる』
『バカなことを抜かすな。よし、それじゃ今からタカオの所に行くぞ』
『上等だ。早く行こうぜ』
『早く死ね』
『何だと』
『死ななきゃアイツの夢に忍び込めんだろう』
『そうか・・・。オレは生きてたんだ』

 ワッ! 危なかった。だけど死ぬのもこんなものかもしれんな。

魂が宇宙を漂う話

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可愛げというもの

2022 APR 1 7:07:18 am by 西 牟呂雄

正装のレイモンド君

 喜寿庵で地元の慶事があって正装して参加したところ、あのテキトーの塊であるヒョッコリ先生(推定95才)がレイモンド君を伴って現れた。先生は紋付き袴のいで立ちでさすがに浮いていたが、傍らのレイモンド君もご覧の正装でこれはなかなか可愛らしい、人気者になっていた。レイモンド君(推定2才)は友達になった僕をしっかり覚えていてニコニコ笑ってくれた。
 レイモンド君はなんでも一生懸命やる。
 トコトコ走って会場の端っこまで行くと、そこに小さな段差があるのに突進してベチャッという感じでつぶれる。しかし体が柔らかいのと体重が軽いのでダメージはないらしい。そして仰向けになると、起き上がろうとしているのかブリッジをするように反り返る。当然起きられないのでくるりと腹ばいになって頭を床につけてもがいているうちにデングリ返しになってしまった。
 そしてその間、保護者であるはずのヒョッコリ先生は全然面倒を見ないで、勝手に知り合いと挨拶したりビールを飲んだりしている。そうなると放っておけない、どこかに行ってしまわないようにレイモンド君を追い回すのはなぜか僕になってしまった。
 すると、司会者が先生を指名してスピーチになった。久しぶりのヒョッコリ先生節だ。例によって訥々と話し出したが、やはり何を言っているのかはよくわからない。元々支離滅裂な人だったのは知っていたが、今日のは特に『世界平和にとって』とか『我が国の将来は』と怪しげなことを喋っている。待てよ。いつもとチョット違うな。
 普段はものすごい早口なのだが今日はゆっくりと丁寧だ。さらに見ていると、実に一生懸命言葉を選んでいることが伝わって来た。つまり普段の口から出まかせではなく、考えながら話している。いや驚いた、そんな芸当もできるんだ(内容については最後まで聞いたがどうってことはなかった)。汗をぬぐっている姿に、不覚にも可愛らしさを感じたものだった。

 そこでハタと気が付いたのだが、前期高齢者の僕は体力・知力の衰え著しく、今まで何でも手抜き足抜きでやってきたというのに、今ではやることなすこと一生懸命感が満載。
 体力面ではゴルフ・クラブ(途中でメチャクチャになるのは前からだが)を振っても、ヨットで舵を取ってもスノボを滑っても、ハタから見れば『あのジイさん、一生懸命だけどよくやるぜ』と笑われているに違いない。フォームがなってない。そしてその姿は見ている側からはカワイくも何ともないことは容易に想像できる、はっきり言ってみっともないだろう。
 また、例えば英語を読むのにサッと読むことができない。単語を忘れ過ぎているからだ。もちろん英語を勉強していなかったせいもあるが、前は勢いで読めて喋れた。今では電子辞書なしではとてもとても。たまに知ったかぶりがバレた時のアタフタぶりはさぞ見苦しいことだろう。
 もっと言えば、歩き方、酔っぱらい方、笑い方、怒り方等、立ち居振る舞いの全てで可愛げのカケラも無いのが、なりたてのジジイというモノではなかろうか。もう少し枯れて動きが鈍くなった頃にやっと『あのオジイチャン、何かかわいいね』となると思う。実に面倒な年になったもんだ。
 逆に、今は何をやっても可愛いレイモンド君も少年になって生意気なことを言ったり考えたりするようになった日には一人前のクソガキになってしまうことは間違いない。その両者のカーブ(仮にカワイゲ曲線と呼ぶ)が交錯する年が将来訪れる日が来るだろう。それは3年後か5年後か(10年後ではこちらの脳がアヤシイ)。
 そうだ、その均衡時期が来たらレイモンド君を連れて旅に出てみよう。どこに行って何をするか今から計画を立てておこう。老後の楽しみができたぞ。

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モデルナ戦記

2022 FEB 19 0:00:17 am by 西 牟呂雄

 3回目のワクチンを打った。前2回はファイザーだった。諸説あってそのままファイザーで行くかモデルナにするか迷ったが、ファイザーの方は予約が一月先になりそうだったので思い切ってモデルナでハイブリッド型を選択した。
 前2回とも腕の痛みも熱も出ず、どうってことなかった。今回もどうせそうさ、とホイホイ打ったのだ。
 会場で問診を受ける。
「アレルギーはありますか」
「ありません」
「服用中の薬は」
「××〇◎▽を服用してます」
「アルコールは大丈夫ですか」
「毎晩やってます」
「そうじゃなくて、消毒用のアルコールに被れたりしたことはありますか」
「全然ありません」
「ハイハイ」
チクッ、イテっ、でおしまい。今日はお風呂と酒はダメらしい。
 夜になって少し腕が痛いような気がしたが、まあいいや。
 翌朝、何事もなく目覚める。二日酔いもないしきょうも元気だ、タバコがうまい。
 ところが昼過ぎ、突然異変が起こった。首筋を風で冷やされた感じ。ヤバい!
 大事を取ってテレワークをしていたので慌てて体温を測ると38度。しまった、ナメていた。急いでスキーのインナーに着替え、タートルのセーターを着込む。まだ寒い、ジャケットも羽織りまるでゲレンデに立つようないで立ちに身を固めた。
 そういえば昨日『水分を多目に取って』とアドバイスされたのを思い出し、お茶のペット・ボトルをガブ飲みする。食欲はない。
 夕方、日が落ちてくると寒さが厳しくなったような、体温は同じだ。
 ここで僕は気合を入れる。司令官の僕(すなわち脳)から体の各部部隊長に総攻撃態勢を伝達することにした。

脳「各部隊長集合せよ。訓示を達する」
 神経を通じて前線から部隊長たちがやってきた。
「これより我が軍は総攻撃をかける。目下の苦戦は敵ウィルスを撃退すべくm-RNA作戦を展開中であるが、ここが戦いの分岐点である。各隊、『抗体』の防衛線が構築されるまであと少しの辛抱だ。勝利を信じて全力を上げるべし」
「隊長」
「何だ。腕少佐」
「我が部隊は昨日の左翼からの攻撃により消耗著しく、目下痛みに耐えるのが精一杯であります」
「それは織り込み済みである。残存兵力を率いて右展開せよ」
「隊長」
「腎臓少佐か」
「揮下、膀胱小隊も隊長の『お茶がぶ飲み作戦』遂行中につき疲労著しく、戦闘継続不能ー」
「却下。引き続き戦闘に従事せよ。もういいか」
「隊長ー」
「何だお前達まで。肝臓・膵臓両少佐。何か不満か」
「わが部隊は連日のアルコール攻めに壊滅寸前であります」
「分かっておる。大腸隊を見てみろ。癌攻撃も癒えていないのに健闘しているではないか。最後まで戦ってくれ」
 戦闘はその後も続き、火ぶたが切られてから8時間を経過した。もはや限界と言えよう。私は決断した。
「参謀長。小脳参謀長」
「はっ」
「戦局我に利在らず。最後の突撃を命ずる」
「お待ちください。友軍は現在も奮闘中です」
「時間の無駄だ。最後の突撃を決行する」
「隊長。早まってはいけません。何をなさるおつもりですか」
「小官自ら禁断の『びいる弾』を使用し、特攻突撃をする。全軍に通達せよ」
 現場からは悲鳴が上がった。特に肝臓少佐は『一命に代えても踏み止まっていただきます』と意見具申してきたが無視した。
「食道・胃・十二指腸・小腸の部隊の損傷はなお一層苛烈なものとなることを覚悟せよ」
「隊長ー。おやめくださいー」
「すでに大命は下った。諸君、靖国で待つ。突撃にー、前へー」
 号令とともにプシュッという音がして缶式びいる弾が発射された。

 翌朝、我が部隊は何故か何事もなかったように配置についまま目覚めた。戦闘は終了し、我が軍はかろうじて戦線を維持、即ち勝利した。私の脳裏にはその喜びは湧かず、軽い頭痛が残った。待てよ、若干の吐き気もある。戦闘の後遺症か、そういえば缶式ビイル弾に加えて焼酎ナパームも投入したのだった。人、これを二日酔いと言う。

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いよいよ来たか

2021 DEC 11 0:00:53 am by 西 牟呂雄

 某日、地下鉄に乗ってみるとやはりそれなりの混み具合だった。ターミナル駅で乗客が降りて車内がすいたのでやれやれと腰掛けてスマホを見た。
『こわいよ~』
 ん?かすかな声が聞こえたようだが、別に社内に異変はない。最近は物騒なガイキチが危ない事件をやらかすものだから、のんびりうたた寝をするわけにはいかないので、多少気になった。
『ボクはどこにいるんだ』
 まただ!スマホの手を止めて気配を感じ取ろうとしてみた。遠くの車両で事件が起きていないか。駅に着いてドアが開く。ほとんど人の乗降はない。閉まる。動く。
『たすけて~~』
 聞こえた!意外と近いぞ。

東西線の床で

 そして、足元に目をやると、何と虫がゴソゴソしているではないか。不思議なことにこの困っているムシケラの声を聞いたようなのだ。ん?
 そうこうしているうちに次のターミナル駅に着いてしまう。しかしこのムシケラは踏んづけたり手に取るとイヤーな臭いを出すナントカ虫ではないのか、一瞬躊躇した。まだ乗客もいるのでまさか話しかける訳にもいかない。そこで、心の中で念じてみた。『次にこちらのドアが開くから早く飛ぶなり跳ねるなりして出ていかないと踏み殺されるぞ』と。
 駅に着いた。ドアが開く。すると驚いたことにモソモソしていたかと思うと飛んでいくではないか。そして人込みの中に消えていった。
 そもそもどうやって地下鉄に紛れ込んだのか知らないが、元々の生活圏から3駅も離れてしまったから、あいつの生態系は激変だろう。生きていけるのだろうか余計な心配をした。

 先日、言葉も話せない幼児(1才半)となぜかコミュニケーションできたので、その子のことをエスパーかと驚いたことを記した。

レイモンド君再び


 だがしかし、やはり私がエスパーなのではないのか。ついに虫ともコミュニケートしたのではないか。実は思い当たることがないではない。
 例の謎の老人ヒョッコリ先生が面倒をみているピッコロ君とマリリンちゃん兄妹とご飯を食べていた時の事だ。元々この二人は先生が飼っているペットと同じ呼び方なので紛らわしかった。おまけに正規の学校教育を受けていないようなので日本語はヤバい。だから少しづつ正しい日本語を教えながら仲良くやっていた。
 僕はもちろんビールを飲みながらである。マリリンちゃんがウトウトしている僕の膝を叩いて聞いた。
『ドーシテ、オトナハビールヲノミナガラゴハンタベルノ?』
『んー?それはねえ、オジさんのように昼間働くとビールが必要になるんだよ』
『ハタラクッテナーニ?』
 といった会話をしたような気がするが、そのうちヒョッコリ先生が迎えに来て帰って行った。

 ところが翌日先生からメールが来た。『キミがウトウトしているところを撮ったので送っておく。マリリンをかわいがってくれてありがとう』と書いてあったが、なんだこれ。映っているのは犬じゃないか。
 するとナニか。私は犬が人に見えるだけではなく、犬と日本語で会話したとでも言うのか。
 待てよ。これはもしかしてアルツハルマゲドンが接近して・・・こわい。

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