Sonar Members Club No.36

カテゴリー: アルツハルマゲドン

僕のリベンジ

2021 SEP 12 14:14:40 pm by 西 牟呂雄

 SMCの読者の皆様、お久しぶりです。私はニシムロさんに騙され続け、相変わらずつらい人生を送っているバラベ・ユズルです。覚えていらっしゃいますか。僕に精神的な問題があることを見抜いた、あの悪魔のようなニシムロさんは、初めは親切そうに山荘での寝泊まりを許し、僕にブログのスペースを貸してやるから少し文章を書いてみては、と勧めました。
 今から考えると、僕を笑い者にするためだったのですが、僕のブログが多少読者の共感を得たことに嫉妬してパスワードを変えてイジワルをしました。でも僕のIT能力は高いので簡単に見破ってあの人の悪口を書きました。
 すると今度は何故か町での仕事を紹介してくれたのです。しかし、その仕事のためだと言いつつ僕をさんざん調子に乗せた後、いやがらせをして僕をひどく落ち込ませました。
 そして、遂にあの人はそのことをブログに書き、僕の社会的生命を抹殺しようとさえしました。

虚数人間だった


 そうです、僕はここに書かれたバラベ・ユズル本人です。ニシムロさんはこのブログによって私を引きずり出し、いいようにコキ使い、ピンハネまでしたことを明らかにしました。何という卑劣な人間でしょう。
 それだけではありません。手の込んだことに仲間と一緒になって僕に恥をかかせ、笑いものにするためだけに野球チームに引きずり込むようなことすらしたこともあります。

ブログ・スペースを借りました キャッチャー・イン・ザ・ライ


 僕は密かに復讐を誓い、山荘を飛び出し家出したのです。もっとも僕の家ではありませんから家出ではなく、退去したことになります。僕にしては珍しいことに(というか生まれて初めて?)計画というものを立てました。まず、誰にも気兼ねなく、ただで住める場所を確保するのです。それはこの喜寿庵からそう遠くもなく、人目にもつかず、雨風がしのげる所です。そのため物置の奥の方で捨てられていた簡易テントをかっぱらいました。あの人の今までの僕に対する仕打ちから見てこれくらいの対価は当然です。

僕の新居

 というのも、格好の避難先が見つかったからです。私は知らなかったのですが、やはりコロナ禍のせいでしょうか、最近『一人キャンプ』なるものが流行っているそうで、そのためのキャンプ場があったのです。そこは渓流のほとりの美しい景色で、ここ辺りは鮎釣りが盛んですからそういうお客さんも多いようです。
 受付という事務所があってそこに行くと美人のオバサンが暇そうにしていました。
『こんにちは』
 とあいさつすると、親切そうな返事があって少し世間話をしたのです。何とオバサンはここのオーナーで、土地が遊んでいるのがもったいないとそそのかされてキャンプ場を始めたそうですが、平日はヒマでしょうがない、この年では草刈りとか掃除もキツイ、とこぼすのです。で、結論からいうと僕はそこの住み込みの管理人になったのです。
 面白いことに、宣伝も看板も出さず、ネットで前払いのお客さんだけをお客さんにしているので現金は置いていないそうです。だから僕のような風来坊でも安心だ、とのことで、ただで住んで就職までできたわけです。
 あの悪魔ニシムロさんにこき使われピンハネされていた時よりも収入が増えました。ザマーミロ!
 そして、じっくりと作戦を練りました。
 あの人は土日にこちらに来ることが多い。従ってウィークデイの喜寿庵は無人です。でも僕は犯罪者ではないので(テントは報酬としてかっぱらいましたが)おカネを盗んだりはしません。しかし忍び込む込み、いやがらせくらいはできるはずです。ただ、大っぴらに門を乗り越えたり夜中にウロウロして不審者と疑われてはマズい。

崖の下から

 それがある日、キャンプ場から川沿いに下って行った時のことです。
 川の淵で魚を見つけて遊んでいて、フト崖の上を見上げると、そこは喜寿庵の真下でした。写真は小さくて分からないかも知れませんが、左右の樹木の切れ間に母屋の屋根が見えました。
 そこには道などありませんが、探検でもする気分でワクワクしながら登っていきました。
 するとやはり喜寿庵の畑、通称ネイチャー・ファームに上がれることがわかりました。ヨーシ、これで人目を気にせず真っ昼間に自由に出入りが可能です。但し、かなり険しい崖のために夜は無理でしょう。あの人は夜中に庭のチェアでお酒を飲みながら夜空を見上げていることが多いのでオバケのフリをして脅かす、とか花火を投げこむ、ということを考えました。しかし逃げられないので僕の正体がバレるおそれがあるのでダメです。
 何かアッと言わせられないか、あれこれ考えながら某日(金曜日)忍び込んでみました。
 すると、芝生に小枝が散らばっています。風で折れて飛んできたのでしょう。

 ある考えが浮かんだので、小枝を並べて写真のように置いてみます。
 オォ!明日の朝、喜寿庵にきて庭を見た時にこの不吉な配列。あの鈍感で傍若無人なあの人も、さぞびっくりし自然の怒りに触れたかと怯えるに違いありません。我ながら素晴らしいアイデアに満足しました。
 そして帰り際にはあの人が育てているナスとピーマンももぎ取って帰ったのです。
 しかし、テントに戻ってみると、僕は包丁もフライパンもお鍋も持っていない。ナマでかじってみても不味いだけです。結局持て余したので、受付にいるオーナーのオバサンにあげました。オバサンは喜んでくれたのですが、『あれまあ、こんな立派なナスやピーマンをくれるの。あんたどこから採って来たんだい』等と質問され、仕方なく買い過ぎて余ったので、としておきました。アブナイアブナイ、秘密のリベンジ作戦を知られる訳にはいきません。
  翌日散歩に行って喜寿庵を遠くから見ると、あの人の車がありました。今朝はどんな顔をしたかと思うと無性に嬉しくなり、来週はどんな文字を置いてやろうかとその晩から色々と考えました。『悲』とか『怒』とか『愚』といった漢字を、実際に枝をならべてみましたが、どうも画数の多いとダメです。さあ、一週間考えましょう。
 そして週末を迎えました。金曜日にセッセと崖を登っていきます。ネイチャー・ファームにはまた新しいピーマンができていました、ナスはまだ小さいか。庭を覗くとうまい具合にまた小枝が固まっているではないですか。近寄ってみると、アーッ!

アーッ!

 暫く固まってしまいました。というか怖くなったのです。慌てて逃げ出しました。
 あの人は、もしかしたら僕が侵入したことに気が付いているかも知れません。
 そして僕にまたひどいことをしようと企んでいるのではないか。
 なんて残酷で薄情で卑劣な悪魔でしょう。
 僕は再びあの人のブログに忍び込んであの人の悪事を告発します!

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不気味な夢の話 アルツハルマゲドン接近中

2020 DEC 19 0:00:50 am by 西 牟呂雄

 以下は妙に記憶に残っている夢です。おとといのことでした。

 スプリングのような形状ではあるが、1mくらいの長さのクネクネした生物が不気味に跳ね回っている。僕はそれを危険なモノだと分かっていて捕まえようとする。ところがそいつはピヨーンといった感じデジャンプして地面に潜り込もうとする。おっかなびっくり尻尾の部分を掴もうとしてもそのまま地中に入っていった。
 と、思った途端に別の方角からウネウネと出てきたので追いかける。するとまた少しジャンプして逃げていく。
 突然、天の声が聞こえてきた。
「我々は西暦2400年の未来から語っている。人類があまりに資源を消尽したので地球が疲弊してしまい文明が消滅しかかっている。そのため、ターニング・ポイントとなる時点に我々が開発した人工バクテリアをタイムスリップさせ、地球資源を宇宙に放出することにした」
 なんだ、この声は。僕の声ではないか。それはいいとして不思議な気がして聞き返した。
「人工バクテリアってあのウネウネしたミミズのオバケのことですか。バクテリアがあんなに大きいとは信じられません」
「あれは単体のバクテリアではなく集合体なのだ。単体バクテリアが常に細胞分裂を物凄いスピードで繰り返してあの大きさになっている。地球の化石燃料を光に変えて宇宙に放出する」
「しかし現時点での資源消費の状況がストップされたら人工バクテリアを生み出して、さらにタイムスリップさせることができるあなた方の文明にまで発展しないのではないか。するとあなたの存在そのものが消えると思うが」
 すると(視点がどこだかわからないものの、今をみているはずの)未来の僕が答える。
「西暦2400年時点での私は意識の上では存在しているが現実には質量も時間もないパラレル・ワールドから話しかけている。つまり今あなたのいる地球の380年後から話しているわけではない」
「そのけったいなパラレル・ワールドでも人工バクテリアを造れて、尚且つタイム・スリップをさせることができるんですか」
「いや、違う。我々のいる所には質量も時間もない。タイム・スリップしたのは我々の意思だけなのだ。概念といってもいい」
「意思とか概念だけでモノが生み出せるとは思えません」
「まだ気付かないのか。それらは君が無意識に作らされたモノなのだ。君が我々の概念によって発明したということだ」
「僕が?いつ?どこで?」
「そうだ。君は私である。君の記憶には残らないが、私が君になって合成した」
 これらは僕の夢の中、すなわち脳内で自分が自分と会話している状況だ。つまり喋っているのは全て単一の脳が想像した会話だということにこのあたりで気が付いた、さすがに変だと。普通ならこの辺で目が覚めて全部忘れる所なのだろうがこの日は違った。
 目の前から先程の人工バクテリアが無数に地面から湧いてくるように出て来た。恐ろしくなってそれらに火を付けようとしたら(どうやったのか不明だが)自分の部屋が燃え出した。それが、柱が燃えているのだが、炎が外にでるのではなく中が燃えているらしい。柱が燃えているのだから今のマンションではないし、山の家とも違う。そして今度は必死に消化活動を始める。何故かホースを持っている。

 ここでやっと目が覚めた。あー、恐かった。そして余りの奇天烈な内容に思わずメモに書き留めたので再現できた。尚、会話のディテイールについては大体こんな内容だったというメモから起こした。ちなみに火事になるパターンは割と頻繁にみることがある。
 改めて書いてみるとリアルさにゾッとする。明らかに常軌を逸しているからだ。そしてこの夢と現実の境目が無くなった時点が迫りくるアルツハルマゲドンと普通の人間の境目ではなかろうか。
 神様、お願いだからもう少し人間でいさせてください。

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ヒョッコリ先生 戦争を語る

2020 AUG 27 7:07:28 am by 西 牟呂雄

真夏のネイチャー・ファーム

からの続き

 とにかく母屋まで連れて行って冷たいお茶を出した。すると図々しいことに『せっかくならビールがいいなあ』などとほざくので、仕方なくビールの栓を抜いて結局僕も一緒に飲みだしてしまった。うまい!
「毎年毎年この時期になると戦争の反省ばかりだなあ」
「しょうがないですよね。つくづくやるべきじゃなかった戦争ですよ」
「キミに前にも言ったけどこの先に8月13日に爆撃されたところがあって、そこでは人も死んでいるんだ」
「本当に終戦直前ですね。しかし人口も大していない上に軍の施設も何もない所でしょう」
「あれはなぁ、東京で散々落として帰る途中に余った爆弾を捨てたんだよ。B-29は富士山をランドマークにしてたからね」
「えっ??」
「だって1発か2発だったよ。下にいたのは運が悪いとしか言いようがない。そのまま抱いて帰るのは燃料の無駄だと思ったんじゃないか」
「物量の違いがケタ外れですね。持って帰るくらいなら捨てるという。何でまた絶対負ける戦争をやっちゃったんでしょうか」
「ハル・ノートは知ってるよね」
「はい。日本が完全にプッツンする内容ですね」
「『こんなものを突き付けられたらモナコだろうがルクセンブルグだろうが銃を取って立ち上がる』とアメリカ人が言ったとされる内容だ。しかもそれをハルに焚きつけたハリー・ホワイトはコミンテルンのスパイだったことが今はわかっている」
「その頃はアメリカ人も知らなかったのでしょう」
「勿論そうさ。だがルーズベルトは既に始まっている欧州戦争には加わらない、と言って当選した大統領なんだ。ここは何とか先延ばしにしていっそ内容をすっぱ抜く手もあった。アメリカ人は今でもハル・ノートの存在を知っている奴なんか殆どいない」
「そうなんですか」
「仏印進駐で石油の禁輸を食らって挙句の果てにハル・ノートだからな。そこで散々モメてる中、山本五十六が真珠湾をやっちゃった」
「真珠湾は大成功でしたからね」
「キミも甘いな。ありゃヤケッパチに近い。あんなことやるのは止めて植民地解放とだけ言ってマレーとジャワに行けば良かったんだ」
「すると無傷の米太平洋艦隊がフィリピンに来ませんか」
「そりゃ来るけど2~3年はかかる。ABCD包囲陣のうちB・Dにだけ宣戦布告して戦争してればいい。何ならハル・ノートを丸飲みしてもいいぐらいだ」
「そんなことしたら陸軍が黙ってないでしょう。ハル・ノートには中国から即時撤兵が入ってるじゃないですか」
「その中国はチャイナだよな。すなわち当時の中華民国だ」
「はい」
「チャイナの国境は万里の長城になっていて外側は満洲国、マンチュリアは入らない」
「えっ?」
「帝国陸軍はチャイナから引き揚げて満州・朝鮮・台湾から南方だけ押さえていればアメリカも手が出せない。すると中国内で国民党と八路軍の内戦になるだけだ。ジャワ・マレーを抑えてインドにちょっかいを出すだけなら制海権は握れるからな。イギリス東洋艦隊なんてセイロン沖でほぼ全滅したんだから連合艦隊は今日の第七艦隊と同じポジションについたはずだよ」
「香港はどうなるんです」
「シンガポールと同じさ。史実の通りだね。イギリスは香港を要塞化していたが若林中尉の一個中隊の夜襲により6日で落ちた。チョロイ。ついでに肩透かしを食ったアメリカに防共ラインとしてアリューシャン・千島防衛ラインでも申し入れたら完璧だな。なんなら満州の共同経営もエサにしてもいい。その頃はドイツ軍がモスクワの手前で干上がってるからタイミングも最高だ」
「三国同盟はどうなります」
「知ったこっちゃない。ヨーロッパの情勢不可解で内閣が吹っ飛んだことを考えればその程度のバックレはかわいいもんさ。大体国際条約を一方的に破るのはドイツとロシアのお家芸だ」
「それでアメリカは黙ってますかね」
「無論フィリピンがあるからいつかはドンパチになるかも知れんがそれだって2~3年先になる。その間にどうにか時間を稼いで何とかなったんじゃないか。考えても見ろよ。仏印の進駐にガタガタ言ったってそのころのフランスなんかドイツに占領されて実態なんか無かったんだから。そうなるとフィリピンのアメリカ軍は孤立しかねない。一方インド洋の制海権を握った段階でB・Dと講和するというのはどうだ。シンガポールでパーシバル将軍に迫ったみたいに。実際、真珠湾のすぐ後にはアメリカ西海岸に浮上したイ号潜水艦が砲撃する一方でマダガスカルやシドニーにはイ号から発艦した特種潜航艇が攻撃している。インド洋は日本の海だった」
「(バカバカしくなってきた)講和ができるとそれで終わりますか」
「さすがにその後は分からんな。アメリカ次第なんだけどね。終戦直後から東西対立は始まるだろ」
「はい」
「アメリカは終戦直後から朝鮮・ベトナムと四半世紀戦争を続けた。その時の兵站の要を担ったのは日本だよ。日米で戦わず満州あたりをバッファーに持っていれば遥かに安くついただろうし共産中国への押さえも利いておたがいいい事尽くめだったろう。或いは蒋介石あたりを使って共産化を防げたやも知れない」
「日本はどうなっていたでしょう」
「我が国の場合は東亜の解放を謳っただけに東南アジアを植民地にはできない。君臨しても統治せずだったろうね。当然朝鮮・台湾には独立を勧める。日米同盟を結んでアメリカが払ってきたコストの半分位は持たされたかも知れない。岸信介あたりが絶妙な手腕を発揮して長期政権になっただろう。ただ高度経済成長ができたかどうか。あの戦争で勝ち太りしたのはアメリカだけなんだからねえ。すると我が国に分厚い中間層は形成されず格差は昭和の時点で社会問題化したろうな。華族制度の廃止やら農地解放は簡単にはできないだろうし国会改革なんかもっと無理。治安維持法とか統帥権の問題もそのままだ。キミみたいな怠け者は本土にいられなくなってインド浪人にでもなってたかもしれないよ」
「(笑えない。実質それに近いじゃないか)先生はどうなってたでしょうね」
「ワシか。そうだな、七族共和となった満州合衆国で教師になる、というのはどうだろう」
「七族って何ですか」
「満州国の五族は日・鮮・満・漢・蒙なんだがそれに革命を嫌ったロシア人とパートナーのアメリカだ。但しアメリカは民族の名前じゃないので白人・黒人とする。日・鮮・満・漢・蒙・白・黒」
「・・・・」
「おォ!もっといいのが浮かんだ。七だから虹の色に例えればもっといい。すると日本は日の丸の赤、鮮は少し明るい橙、満は黄、蒙は緑で漢は藍。後は白人を青にして黒人は紫。どうかねこれは、七族共和の虹の国だ」
「(どうでもいいや)いいんじゃないですか」
「うん。待てよ、クレームがついたらやだな。やっぱり白人は白、黒人は黒とするか。いや、それとも」
「(いいかげんにしてくれ)チョッちょっとすみません。あのー終戦の時は先生はどこにいたんですか」
「・・・・」

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ヒョッコリ先生が マルクスを語ったけど

2020 JUL 18 7:07:57 am by 西 牟呂雄

 半農半テレ・ワークの生活も軌道に乗ってきたのはいいが、夏の暑さは今年もハンパない。昼間はとてもじゃないが土はいじれたもんじゃない。といっても梅雨明けでジャガイモとダイコンは収穫してしまったのでさしてやることもない。
 夕方になって散歩に出ようと木戸を開けたらワッ、ヒョッコリ先生に会ってしまった。いつもと違って子供がつかうような小振りのリュックサックを背負っていた。桜の植樹をしたとき以来か。
「やあやあやあやあ、元気かい」
「(うるさいな、見りゃ分かるだろ)おかげさまで、ここにいればコロナにも罹りませんし」
「うん。ヒマそうじゃないか。まっ、こう景気が悪くちゃどうにもならないだろうね」
「(アンタに景気がわかるのかよ)まあ、テレ・ワークとかでボチボチですね」
「そう言ってサボってんだろ。わかるよ」
「(ギクッ)そんなことないですよ。先生こそあのインチキな仮想通貨はどうなりましたか。一年くらい前にやってたじゃないですか」

ヒョッコリ先生奇怪録


「ああ、スーパー・メタリック・コインのことか」
「(なにがメタリック・コインだ。紙にかいただけだったろう)そうそう、略してSMCと言ってましたね」
「悲しいかな失敗した」
「(当たり前だよ)それは残念でしたね」
「地域性にこだわりすぎてダメだった。広げなければビジネスとしては成り立たないマルチ商法的な運用をせざるを得なくなって断念したんだよ。但しその欠陥を克服する新しい理論にたどり着けたけどね」
「(また変なことを思いついたのか。懲りないジジイだ)ほう、それも仮想通貨なんですか」
「分かっとらんなキミは。小規模流通の実験ならまだしも仮想通貨は暗号技術がなければとても一般に使えるエビデンスがないだろう」
「(だから失敗したんだろう)はぁ、誰か使ったんですか、そのSMCシステム」
「大いに使ったんだよ。だがワシの方の理論武装が甘かったんだ。資本主義の本義である成長を見誤ったんだよ」
「(違うよ。理論なんか無かったくせに)それが今度は何が理論の柱なんですか」
「資本は増殖を続ける宿命にある。そこに競争という補助線を引く。即ちマルクスの言った”相対的余剰価値”の拡大競争のことだね。キミはこの前話していて分かったけど近代経済学とか計量経済学とか言ってもマルクスなんか勉強して無いだろう」
「(ギクッ、だけどそれがどうした)そういえば講座は取っていませんでしたね」
「嘘付け、キミの通った学校は2年の時に必修だったはずだ」
「(ナッ、なんでそんなこと知ってんだ)アッそうでした。でも用語を覚えるだけでいやになって放棄してました」
「じゃあ聞きなさい。資本は増殖し続け、相対的余剰価値を増やす競争は終わらない。これはマルクスが指摘し、最近ではピケティが改めて「r>g」と表現して格差拡大の豊富なデータを示した。ついでにそれを解消したのは戦争だったとも言っている。しかし一方で今後はAI・ロボットが発達してきて大多数の普通の人達は恐ろしく安い仕事に付かざるを得なくなる。つまり便利にはなるが忙しさからは解放されない社会が出現する。格差は凄まじくなる」
「(また訳の分からんことを言い出したぞ)そうなんですか」
「幸か不幸かコロナショックの瓢箪から駒で10万円のヘリ・マネを蒔いた。目下の所賛否両論だ。だがあと一年もするとその絶大な効果に気が付いて世界からも絶賛されるだろう。するとだな、マイナス金利政策は止められなくなってるしゼロ成長経済プラス・ベーシック・インカムも制度化されるだろう。そこだよ、ポイントは」
「(怖くなってきたな)どうなるんですか」
「労働およびサービスの商品化が意味を成さなくなる。非付加価値生活こそが究極の姿の脱商品文化、すなわち働かないで付加価値も求めない」
「(この人は全共闘世代より上なんだろうに何を今更ヒッピーみたいなことを)つかぬことを伺いますが先生は共産主義者とか社会主義者なんですか」
「全く違う。ただマルクスについては充分に研究した。マルクスの理論を実践するもっとも手っ取り早いのが革命なんだろうが、ワシは革命家ではない。ましてや一党独裁とか世襲なんかはマルクス主義でも何でもない」
「(やっぱりただのイカレ爺いなのか)それで日本はどういう社会になるんですか」
「だからね、新自由主義だのグローバリズムだので稼ぎ捲っている会社にいるスキルも無いようなヒラ社員。こういう人の給料が大したことないの知ってる?」
「そういう知り合いはあんまり・・・」
「そのあたりの人材がAI・ロボット化によって落ちてくることになる、中流でなくなる、こういう格差拡大主義の反対をワシが”脱商品文化”として理論化したわけだ」
「良く分からないんですけどそのナントカ文化は普段何してればいいんですか。なんか働かなくてもいい、と聞えるんですが」
「その通り。例えばキミのうちにはキミが見ていても価値が分からないものはあるだろう。キミがほったらかしていても何の意味もないが、ワシのような教養人には文化的な価値が充分にある。チョットみせてごらん」
「アッ、チョット待って」
 言う間もなくまるで自宅に入るみたいにズンズンと入り込んできた。参ったな。

鴎外・露伴

 そして書斎の本棚をみて素っ頓狂な声を上げた。
「これこれ、この埃を被っている森鴎外と幸田露伴。キミなんか読まないだろう。オォ、この手触り!昭和初期の出版だな」
「(だから何だ)それは僕の爺様あたりが買って眺めてた本ですね。一回くらいは読んだでしょうけど」
「キミィ。要するにキミにとってはこの本は何の付加価値もない非商品なわけだ。古本屋なんかも引き取ってはくれない、この保存状態ではね」
「(大きなお世話だよ)まあ・・そうです」
「よろしい。ワシからほとんど付加価値のない食料を供給するからその本と交換してくれ。食料ならキミがどんな私生活をしていようと必要なモノだろう」
「(そう来たか)その食料って何ですか」
「うん。まあジャガイモなんだがね」
「いや、ジャガイモは僕もやってますよ」
「違うんだよ、ワシのジャガイモは。キミは種芋を買ってきて自分で植えて水をやってつくったんだろう」
「(他にどうやって作ると言うのか)当然そうです」
「ワシは食べるだけ収穫すると後はほったらかしにして次の年に自然に発芽してくるのを待つ。するとひどく栄養のバランスが崩れて小さすぎたりひしゃげてしまったりで全く商品としての価値が無いものが育つ。間引きも芽かきもしないからな。ましてや肥料なんか絶対にやらん。すると、だ。絶対に商品にならんジャガイモが採れるんだ」
「(バカバカしい)そんなもん食べられるんですか」
「食べられるに決まってる。現にワシはそれを食べている。そのジャガイモと埃を被ってゴミにしかならない森鴎外・幸田露伴を交換する。これぞ非商品化循環経済の極地だ」
「(よーし、少し脅かしてやろう)それはマルクスの言う所のルンペン・プロレタリアートになるってことですか。僕には単に怠け者が落ちこぼれているだけに聞こえますが」
「間違っとる!これぞ低成長時代に即し、尚且つAI・ロボット時代に文化的に生きる、まさしくニュー・ノーマルである」
「(あーはいはい)そうかなー。ホームレスがそんなこと言ってましたよ。で、その先生のジャガイモってどこにあるんですか」
「それはここにある」

なんだこれ

 先生は背中のリュックをおろすと中を見せた。こっこれは・・・。
「ではこの本を代わりに貰っていくから。しかしどちらも商品ではないから商談成立とは言わんな。ワハハハハ」
 意味不明の笑い声を残して先生は帰っていった。
 僕はしばし呆然とし、その後無性に腹立たしくなった。だってこれ、ほとんど詐欺じゃないのか。先日初収穫としてマリリンちゃんが掘ってしまった出来損ないよりも遥かにデキの悪いクズ芋ではないか。あんまり頭に来たのでタバコの箱と大きさを比較したが、そりゃ商品どころじゃない。

 僕はこいつをどうしたら食べられるかを必死に考えた。
 早速試しに皮も剥かずに吹かしてみた。やはり食欲をそそらない。
 翌日それをフライパンでバター炒めでいい色にして食べた。おいしい!だが、確かに買ってきて食べる代物ではないだろうな。

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そこにいた男 Ⅱ

2020 MAY 20 21:21:57 pm by 西 牟呂雄

 某警察署の取調室に向かう刑事が話していた。
「黒川、その話は本当か」
「デカ長、本当です。私が取り調べているときに突然言い出したのです。出井主任も一緒でした」
「自分が原部穣で死んだのは女房の浮気相手だって?いくらなんでもおかしいじゃないか」
「ですから妻に会わせろ会わせろの一点張りでした。自分は椎野なんて男じゃない、とも」
「心神喪失による減刑を狙ってんだろ。オレがバケの皮を剥いでやる」
「それが原部で喋る話はミョーにつじつまが合うんですよ。椎野だったときは本当に記憶にないように見えます」
「オマエも青い。まあ見てろって。よし、入るぞ。(ドアを開けてドカドカと入る)椎野茂だな!」
『いえ、きのうもそちらの刑事さんに言いましたが僕は原部穣です、信じてください』
「なんだ、まだやってんのか。その原部さんはもう亡くなってるんだよ。原部さんなら生まれはいつでどこなんだ」
『はい、平成✖✖年▽月〇〇日、東京都千代田区で生まれました』
「わかったわかった。だったら小学校2年の時のケガの話してくれる」
『えっ、ケガ?』
「そうだよ。その話してよ」
『・・・・』
「どうした。覚えてない?じゃあこれはどうだ、高校の時にバンド組んでたよね。よくライブハウスに出てたったって聞いたけどそこのハウスの名前教えて」
『ライヴ・・・ですか・・・』
「ほら見ろ。お前は椎野茂だろ!記憶障害のフリなんかしてるんじゃない!」
『いや、本当です。僕は原部穣です!信じてください!椎野なんて名前じゃありません、ワー!』
「泣いたってダメだ!この野郎」

「まったくしぶとい野朗だぜ。一日中『僕は原部ユズルです』の一点張りだ。きょうこそ暴きたおしてやる」
「ですがどうも様子が変ですよ。あの取り乱し方」
「だからどうした。黒川、オマエも3年目だろ。あの程度のガキなんざ一捻りだ。(バーンッとドアを開けて)オウッ、椎野。きょうこそ本当の事を吐けよ!」
『おはようございます。エート刑事さん』
「ほう、原部だってのはもう諦めたのか」
『何の話ですか』
「きのう散々手を焼かせたじゃないか」
『刑事さんにお目にかかるのはきょうが初めてですが』
「バカ言え。昨日会ってるだろう」
『きのうは出井主任って方とそこにいる黒川刑事さんです』
「なにー、今度はそう来たか。よーし、オレはデカ長の柴田だ。早速始めるぞ、おい、椎野。〇月✖✖日の夜どこにいた」
『何度も出井さんにいいましたけど勤め先の◇◇旅館にいたはずです。僕は手帳も持ってないし日記をつけてもいませんから、旅館の人に確認してください』
「それは聞き込みしてるさ。だけどその日の深夜に▽▽区の高層マンション街からあんたそっくりの男がタクシーに乗ってるんだ。そしてその日のそのあたりで人が死んでる」
『原部という人なんでしょう。僕もニュースで知ってます。その時公開されたドライヴ・レコーダーに映っている男はケガのあたりが僕にそっくりです。それで聴取されているんでしょうが私じゃありませんよ』
「ところが困ったことにあんたにゃアリバイがないんだ。旅館の同僚はその日はあんたは帰ってこなかったと証言している」
『えっ、そんなバカな・・・』
「どこに行ったかさえ話してくれれば疑いは全て晴れるんだがな」
『疑いって、まさか原部という方を僕ガ何かしたというのですか』
「そこは調べている最中だが、事件性はあるとにらんでる」
『でも週刊誌やワイド・ショウではその人の奥さんが浮気してたって言ってますよ』
「その相手があんたでノコノコやってきたところで原部さんとトラブルになったとすればどうかな」
『私もどこにいたか記憶が定かではありませんが、トラブルだのタクシーに乗ったことだの一切記憶にありません。私のアリバイより原部さんの死因は何なのですか』
「それはおとといお前が原部の時に、追っかけられた後にガード・レールに頭を打ったと言ったじゃないか。この黒川と出井が聞いてるぞ」
『はぁ、私が原部の時って何ですか。その方が亡くなったんでしょう』
「きのうその口で原部だとほざきやがったじゃないか!ふざけるな!テメー、オレをおちょくってんのか」
「デカ長、落ち着いてください、あばれないで」
「黒川ウルセー!」

「昨日はデカ長キレてましたよ。きょうはやめてください。頼みますよ」
「出井も来るんだろうな。お前一人じゃ事の信憑性が確保できるかどうか分からんからな」
「主任はもう行きましたよ。ほら、あそこにおられます」
「オッ、おーい出井」
「デカ長。おはようございます」
「済まんが付き合ってくれ」
「何だか苦戦してるそうですね」
「参ったよ。見たこともない嘘つき野郎だ。さて、始めるか(ドアをバーンと開けて)。オウ!きょうのテメーは誰なんだ」
『(下を向いて)おはようございます。言ったじゃないですか、僕は原部穣ですよ』
「ホウ、そうか。死んだ男が蘇ったか」
『だからー。僕に飛び掛ってきた人は死んだかもしれませんが、その人は知らない人でした。僕の家で待ち伏せでもしてたんでしょう』
「その後タクシーに乗ったよな。自宅マンション前から。そこからどこに行ったんだ」
『乗りました。でも飲んだ時によくあるんですがどこに行ったかさっぱり覚えてません』
「そうかよ。オレは知ってるぜ。✖✖のホテルというか旅館だ」
『そんな旅館なんか行ってません。何しに僕が行くんですか』
「バカ!そこで働いてんだろうが」
『違いますよ。僕は〇〇商事の社員です』
「へー、そうかい。だったらその〇〇商事で何してるんだ」
『資材調達部の機材課設備係です』
「・・・・それは死んだ原部さんの部署だ!」
『だから僕が原部ですってば』
「だったら聞くが、その晩の後から何日出勤したんだ」
『・・・・それは・・・』
「ホレ見ろこのヤロー!」
「デカ長、落ち着いて。さっき君酔うと覚えてないって言ったな」
『はあ』
「まさかと思うがなんか薬やってないだろうな」
『くすり・・・って飲んでますよ』
「やっぱりそっちかテメーはよォ!」
「デカ長、待ってください。君何飲んでんの」
『あの、酒飲むとかえって頭が冴えて眠れないもんで』
「何を飲むんだ」
『レ〇〇〇ミンです』
「なんだそりゃー!脱法ドラッグかぁ!」
「デカ長、違いますよ。チョッ、チョット来てください」
「バカヤロウ!今半落ちしたじゃねーか!」
「黒川!デカ長を抑えろ」

「デカ長、あいつはシロですよ」
「寝ぼけるんじゃねぇ。真っ黒だ」
「あいつが飲んでるレ〇〇〇ミンは睡眠導入剤です」
「それがどうした」
「過度の飲酒とともに服用すると解離性譫妄(せんもう)といって意識障害を起こすんです」
「だからってシロにゃならんだろうが」
「デカ長、鑑識から上がって来た結果もガイシャの遺体に格闘の後はなく、恐らく自分で転んだ打ち所が悪かったのだろう、とのことです」
「だったら何で自分は原部だって嘘を言い張るんだ」
「ガイシャの、いや被害者じゃなさそうなんでホトケですね。ホトケの奥さんが出合い系か何かで知り合た男を自宅に上げて浮気をしてたのは報道だけじゃなくてこっちもウラがとれてます。その相手として現れたのが譫妄でヘロヘロになった椎野でしょう。寝物語にダンナのことを聞かされているうちに自分が原部だと思い込んだんですよ」
「そんなバカな。思い込んで普段は旅館の番頭をやってたのか」
「旅館にいる時は椎野なんです。解離性多重人格なんです」
「それじゃ何か、あいつの頭の中では死んだのは誰だってことになってるんだ」
「突然現れた第三者で奥さんの浮気相手だとでも思ってるんでしょう。もっとも椎野の時はこの件と無関係という認識でしょうが」
「冗談じゃない。オレのカンに狂いはない。あいつがホシだ」
「アイツって誰ですか。椎野はホトケに指一本触れてませんよ。原部で証言した内容は鑑識の結果と一致して蓋然性があります」
「それじゃ原部だろう」
「原部はホトケでしょう」
「うるさい!どっちでもいい!こうなったらトコトン追い詰めてやる」
「そんなことしたら逆提訴されることだってありますよ」
「じゃ何か、そのナントカ障害のガイキチを釈放して野放しにしろってのか」
「まずは精神鑑定を受けさせるんですね」
「知ったことか。よーし、ぶっ殺してやる」
「本気ですか。イヤちょっと待ってください」
「デカ長落ち着いてください。どうしたんですか拳銃なんか出して」
「抵抗するな、テメー等も弾き倒すぞー!」
「やめてください!」「拳銃しまってください!」
「やい、出井!黒川!公務執行妨害で逮捕するぞー」

「黒川、デカ長がヤバい。狂ってからじゃ遅い」
「出井主任。わかりました。僕が見張ってますから、上の方に手を回して本件から外してください」
「わかった。いやそれどころじゃないかもしれん。先にデカ長の精神鑑定だな。取り調べ中のデカ長の識別能力を超えてしまったようだ」

そこにいた男 Ⅰ 

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そこにいた男 Ⅰ 

2020 MAY 19 23:23:06 pm by 西 牟呂雄

 原部(ばらべ)穣(ゆずる)36歳、妻と二人で東京のマンション暮らしである。商社勤務のサラリーマンで、仕事はそこそこできるだが、酒が好きで酒乱のケがある。原部の運命の歯車は狂うべくしてある日狂った。
 週明けの月曜日、酒にしたたかに酔いフラフラとタクシーを降りた途端に酔い過ぎて一瞬どこにいるのか迷って道端に佇んだ。もう道を歩く人もいない。向かいのマンションが原部の自宅があることに気が付いて、渡って帰ろうとすると、突然男が飛び出してこっちに向かって来る。他に人はいない。とっさに酔った足取りで逃げようと踵を返した。
「待てコノヤロウ!」
追ってくる男が叫ぶと車道を横切って走る。そして二車線の車道を渡る寸前に原部が派手に転んでしまった。すると折って来た方の男はそれに躓くように足を取られそのままつんのめってボクッという音を立ててガード・レールに頭から突っ込んだ。
 重い打撃音とともに「ガッ」とか「グッ」とかいううめき声が聞こえた。
 原部は車道でひどく顔を擦りむいて血まみれの凄まじい形相になっておきあがる。男の方は道端で頭を分離帯の方に向けて転がっている。気が付くと服は転んだ衝撃でところどころ破けたりして乱れている。明らかに原部を狙った突進だった。
 そこにタクシーが通りがかって、佇んでいる原部をタクシー待ちと思ったのかハザードを点滅させながら寄せてきた。倒れていた男には気が付かなかったようで、原部のいる少し先に止まった。
「お客さん、乗るなら早く乗ってください」
 息の上がっていた原部は途端に酔いが回り、後先考えずにその車に乗り込んだ。
「お客さん、お客さん、つきましたよ」
と起こされてワン・メータ程度の料金を払って降りると持っている金を数えて目に入った看板に駆け込んだ。ここまでは何回もやってしまったことのある酒の上の出来事だった。

 翌日、出社しようとしてやめた。一瞬どこかと思ったが、どうやら旅館にいることは分かった。何が起こっているのかサッパリ分からず行っても仕事にならないと考えた。夕べの事ははっきりとは覚えていないが、何かやらかしたような不安が頭を掠めた。そして妻の携帯に連絡だけは入れようとライン通話しようとしたが、繋がらない。というよりスマホが起動しない、どうしたことか。
 とスマホでニュースを見て仰天する。
『深夜の殺人事件か マンション街の死角』
「深夜の突然の来客とトラブルになったらしい会社員 原部穣さんがマンション外で事故に会い死亡。現場から逃走した男がいた、という目撃証言もあり何らかの関係があるとみて警察は行方を追っている」
 オレが死んだ?冗談じゃない。服を着てラウンジに行き、ちょうど付いていたテレビがワイド・ショーをやっていたのでそれに見入る、そこでもニュースになっていた。キャスターが『現場から立ち去ったタクシーの行方を追っています』等と言っている。少しづつ記憶が蘇った。原部は逃げてきて顔に怪我をしているが、実際には何もしておらず、突然男が襲い掛かってきたのだ。そしてフラフラとタクシーに乗った。
 ハッと事の重大さに気が付いて銀行ATMに走った。下ろせない。こんなに早く封鎖されるとは手回しが良すぎないかと思ったが、とにかくダメである。
 原部は途方に暮れた。所持金は一万円もない。妻は連絡は取れない。何が起こっているのか。

 椎野茂は住み込みで働いている簡易旅館のテレビニュースに見入っていた。ベイ・エリアで起きた事件をワイド・ショーで特集していた。
 夜中にご主人が訪ねてきた男と争って死亡。犯人と思しき男を乗せたタクシーを追っている、という内容だ。
 掃除の早番で来たおばちゃんが声をかけた。
「おはようございます。椎野さん、夕べは夜中にケガして帰ってきて大丈夫ですか」
「おはよう。うん、もう何ともないよ」
「全然覚えてないんですって。椎野さん休みの時に時々変になって帰って来るって評判ですよ」
「ああ、オレ酒癖ワリーからね」
 実は酒癖の問題ではないのだ。酔っ払って寝付けないときにレ〇〇〇ミンという睡眠導入剤を使う癖があって、時々意識を失うことがある。
 椎野はこの簡易旅館で去年から週に3日程働いている。この近辺には修学旅行の生徒を泊める安めの旅館がいくつかあったが、少し前から訪日する外国人の宿泊客がその値段の安さから来るようになった。それに対応する人材が全くいなかったため、語学対応する人材を求めていた時に、初めはボランティアとして雇われた。
 椎野は英語だけではなく中国語や韓国語、カタコトでロシア語、イタリア語を喋って見せたので社員待遇にしてもらい日払いで手伝っていた。
 ただ、働く時は住み込みでほかの手伝いもこなすという条件だったが、問題は出勤が不規則なのだ。一週間もどこかに行っていたりして顔を見せなかったり、或いは一日おきとなったりする。それでも客受けがいいため社長も従業員も大目に見ていた。給料は日給だし、明るくみんなに好かれてもいた。
 ここで拾われるまでは失業者だったようだが、過去のことはあまり話さない。犯罪者ではないようなので誰も詮索しなかった。
 この日は若いアメリカ人が全く日本の事情を調べもせずに投宿し、これからどうやって観光するのかの相談に乗っているうちに意気投合し、一緒に飲みに行ってしまった。
 だが、椎野自身はなぜケガをしたのかは全く記憶に無かった。

 原部は、なぜかアメリカ人のカップルと居酒屋で盛り上がっていた。
 アメリカ人二人はインドから来日していて、世界一周の新婚旅行なのだそうだ。
 偶然原部がかつて赴任していたバンガロールから来たと言う事で大いに話の花が咲いた。
「あのサイババの病院は見てきたか」
「見た見た。びっくりしたよ」
 話しながら原部は少し困惑した。なぜならバンガロールの記憶はあるのだが、どこに住み、何の仕事をしていたのかさっぱり思い出せないのだ。
 モヤモヤしながらアメリカ人カップルと別れたのだが、二人は『一緒に帰らないのか』と怪訝そうにした。
 悪い癖で、眠れるために睡眠導入剤を口にしてから帰宅するのだが、自宅マンション前でハッとした。突然意識がハッキリし、オレはここで死んだことになっているのだと気が付いた。そして歩きながら自分の結婚生活の記憶が殆んどないことに唖然とした。それどころか自分の生い立ちを思い出そうとしているうちに意識が混濁してきた。

 椎野は勤務先の旅館のロビーにある週刊誌を目にし、先日テレビで見た深夜の事故の記事を読んでいた。
 かの事件は意外な展開を見せ、格好のワイドショーのネタにもなっていたのだ。
 事件の直後は、亡くなった原部さんの奥さんがここのところストーカーに悩まされており、事件当日はそのストーカーがマンションの前に現れたため原部氏が追いかけて事故に会い死亡した、という報道だった。
 ところが一週間もしないうちに風向きが変わってきた。
 曰く、被害者の奥さんであるA子さんは原部氏に隠れてズーッと付き合っていた浮気相手がおり、被害者の出張の多いことをいいことに自宅マンションでの密会を重ねていたらしい、と。そしてその浮気相手がたまたま被害者がいるときに訪ねてきたためにトラブルとなり、事故に遭ってしまったのだ、と。ストーカーという情報は本人からのカバー・ストーリーとしてリークされた、つまり嘘だ、と。
 何とも気分の悪い話に不愉快になりながら、椎野はしきりに顔のケガが気になった。どこでやったか分からないが擦りむいた後が赤く瘡蓋のようで見苦しい。
 その時、つけっぱなしにしてあるテレビから速報のテロップが出た。
「警察は先日の深夜に起きた事故で現場からタクシーで去って行った不審な男について、タクシー会社から提供されたドラオヴ・レコーダーの映像を公開することにしました」
 ブレイキング・ニュースで画面が変わると『あっ!』と声を上げた。映しdされたのは明らかに自分の顔だからだ。
 同時に数名の男と制服警官が入り口から入って来た。受付に向かっていたのだが、ロビーにいる椎野に気が付いてドカドカと向かってきた。
「椎野茂だな。原部穣さん死亡の件で任意同行頂く」
 えっ、今ニュースで言っていた件か。オレの顔が出たけど何も関係ないぞ。
「わたし、椎野ですけど・・。何の話ですか」
「言い分は署でいくらでも聞いてやる。とにかくおとなしく同行しろ。逆らうと余計罪が疑われるぞ」
 高圧的な態度に呆気に取られているうちパトカーに乗せられてしまった。

つづく

そこにいた男 Ⅱ

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喜寿庵で植樹

2020 APR 29 17:17:59 pm by 西 牟呂雄

 コロナ・クライシスに怯える東京にいるより安全なので喜寿庵にいる。テレ・ワークなるものにもチャレンジしているが、これは我々おじさんには慣れるまで多少の時間がかかる。
 ところがその間に緊急事態宣言が出てしまい、あんまり大っぴらに行き来するのも憚られる事態になってしまった。こちらの方にコロナを持って来た、と思われると居心地が悪くなってしまう。まあ、近所といえるほどの人口密度はないエリアだが。飲み屋もないし。

 実は先月、さるめでたいことがあり、ギリギリでコロナ・パニックになる直前だったので、喜寿庵のネイチャー・ファームの一画に記念植樹をした。この『センダイシダレザクラ』という品種は遅咲きので、4月15日時点が満開である。勢い余って『礼』と名前まで付け、天にお礼をしたつもりだ。
 ついでに広がるるコロナ禍をおさえるため、八百万の神を鎮る自作の「疫病退散」の踊りを奉納しようと、某日厳かに神事を執り行っていた。
 四方に酒を注ぎ残りを飲み、疫病退散を踊っていると、
『ナーニやってんだい』
 の声。ヒョッコリ先生ではないか。また勝手に入り込んだのか、しかも神聖な踊りの最中に。
『いやー、東京はコロナ騒ぎで大変なんでこっちでおとなしくしてるんですよ』
 と取り繕った。
『いや、そこから見たら頭がおかしくなって疫病退散の踊りでも踊ってるのかと思ったよ。ガハハハハ』
『まさか、アハハハ(いやなジジイだな)。先生はコロナ対策なんかどうしてるんですか』
『あれは弱ったなぁ。大体ああいった新種のウィルスに対する抗体を体内で作れるように普段から注意しておかないと。特に都会の人なんか弱い』
『(また知ったかぶりして)普段からって言っても何をすればいいのか分からないでしょう』
『ん?ゲンノショウコウを煎じて飲んで、それでも咳が出たら葛根湯をのめばいい』
『(聞かなきゃ良かった。お亡くなりになった方もいるというのに)ところでピッコロ君とマリリンちゃんはどうしてますか』
『一緒に来て芝生で遊んでるよ』
『(勝手に遊ばせるなよ)最近僕が不定期に読み書きを教えてあげたりしているんですよ(お前が面倒みてそうにないからな)』
『それは無理だよ。あいつらは字を読んだり書いたりはできんだろう』
『いや、凄く覚えが早いですよ。しかし何か国籍とか問題あるんですか。もう学齢に達しているんでしょう』
『ムチャいうなよ。あいつらにどうやって学校に行かせられるんだ』
『エーッそんな』
『おーい、ピッコロ』
 先生はファームから芝生の庭に行ってしまった。しょうがないな、奉納踊りの途中だったのに。

これが?

『このおじさんはオマエに字を教えてるって言うけどムチャいうなよ、だよなぁ』
 なに!これ犬じゃないか。そういえば以前ヒョッコリ先生はペットの犬を飼ってると言っていたけど・・・。
『ピッコロってこのワン公の名前ですか』
『あたりまえじゃないか。なーピッコロや』
『ワン、ワン』
 嬉しそうに尻尾を振って、ワッ飛びついてきた、僕に懐いている。

マリリン?

『あのー、マリリンちゃんは・・。妹の』
『へぇ?妹?マリリン、こっちにおいで』
 ササッと現れたのは違う犬種だけど、やっぱり犬ではある。
 気が遠くなりそうだが、何とか記憶を辿ってみた。
 ヒョッコリ先生が二人の子供を連れてきて、僕はその子達と遊んだ。暫くしてまた会ったときに先生が『そんな子供は知らない。それは飼っている犬の名前だ』と言ったのも確かだ。
 しかしその後もピッコロ君やマリリンちゃんはたまにやって来て僕と遊んだ。そして複雑な境遇のようなので僕が字や言葉を教えるようになった。ここまでが時系列で辿れた。
 その間も先生は学生さん達と会合していた所に現れたり、勝手に芝生でバーベキューをやったことさえあったっけ。
 それはいいのだが、そうだとするとヒョッコリ先生は二人いて片方のヒョッコリAは子供の面倒を見ており(見てないようだが)、もう一人のヒョッコリBは同じ名前の犬を飼っているとでもいうのか。
 いや、それとも大腸癌手術の後遺症、或いは睡眠導入剤の多用、飲酒による脳障害等で僕が犬と子供の識別ができなくなったのか。
『それじゃまたね。お前たち帰るよ』
 と先生はスタコラ帰って行った。
 植樹した枝垂桜『礼』を見上げて力なく呟くのみだった。
「オレの頭が狂ってアルツハルマゲドン状態になっても、お前だけは真実を見つめ続けてくれ。お前は今年からここに来たのだから過去はいいから、しっかりと後を頼むよ」
 そろそろ夜陰に紛れて上京しようか。

 そう思っていると、緊急事態宣言が全国に展開されてしまい県をまたいでの移動を自粛せよとのお達しが、ステイ・ホームだとか。この語感、何でも横文字にする某知事の趣味が前面にでて嫌いだが。東京に舞い戻るのも具合が悪いまま連休になってしまった。これは・・・。

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これは戦争だぁ Ⅱ

2020 APR 8 18:18:54 pm by 西 牟呂雄

 欧米型のリーダー、特に戦争遂行時の典型的な例で思い浮かべるのはエドワード・ザ・ブラック・プリンス、百年戦争のヨーロッパで連戦連勝しイングランドの優位を確保した。皇太子でありながら黒い甲冑に身を固め単騎敵陣に真っ先に切り込んでは大軍を圧倒した英雄だった。
 こういった貴族がイギリスのクラース(階級)のトップにいる。彼らは普段は何もしない。それ以下の階級とは通常通婚もしない。喋る英語さえも違う。これらは良く知られた話だ。
 しかし彼らの本務は防衛・戦争なのだ。ノブレス・オブリージュ、国家存亡の際には真っ先に先頭に立つことが義務と考えられている。従って普段ブラブラしていようが社交に現を抜かしていようが構わない。第一次世界大戦ではオックスフォード・ケンブリッジの貴族や王族の子弟に戦死者が多かった。彼らは志願した、上記エドワードの先例に倣ったといえる。
 翻って英国はこの度のコロナ・クライシスにあたり、当初は(良かったかどうかは知らないが)感染のピークを減らして多くの人が軽症を発症しても集団免疫を作ることを国民全体で共有する、といったものだった。ご案内の通りすぐ撤回されたが。
 すると皇太子が感染し、首相が重症になった。これは上記ジョンブル魂の発露として(再び良かったかどうかは知らないが)あっぱれではないか、上から順に倒れていく。
 なかなかやるもんだと思ったものの、あまり日本向きではないだろう。

 勿論我が国においてもこういったヒーローは歴史上いくらでもいて、人気もある。だが、どうであろう。後継者が続かないのだ。
 例えば日本には現在そういった意識を共有する階級が無い。武士階級は読書人として官僚化した姿において武士道という概念を練り上げたが、江戸期を通じて国家防衛の洗礼を受けていない。明治期の軍人に多少の面影があるといっても階級を形成できないうちに潰れた。

 総理大臣が緊急事態宣言を発表した。感染拡大の抑制のため要請と共に108兆円の経済対策をペアにしてあるところに、ギリギリ手続きを踏んだ跡がみえた。無論そう簡単に経済の回復などはありえない。苦しい年になるだろう。顔にも疲れが見て取れた。
 神戸で、3・11で、あれだけ冷静に行動し助け合った人々が平均的日本人だとすると、総理の訴えた言葉は届いたと思う。いきなり混乱に拍車をかけるより余程練られている。
 何しろ都知事がロック・ダウンを連発した途端にトイレット・ペーパーの買い占めやスーパーの行列ができるというミニ・パニックだ。加えて昨今の世相はマスコミの煽りと通信の発達により不平不満・炎上の無間地獄と化しているが如し。評論家は総じて朝令暮改状態。
  遅いの批判は覚悟の上だろう。

 話は変わるが私は例の大腸癌の経過観察でCT検査を受ける、あの慶應病院でだ。バカ研修医が宴会をやってクラスターを発生させた。
 週末には92才になったオヤジと会うことになっている。癌の経過も恐ろしいが、コロナを病院で拾うのも怖い。散々迷って延期しようと試みたが、この騒ぎで一斉に延期したらしく6カ月待ちにされてしまう、とのこと。その間に再発したらどうなる。
 といういきさつで意を決して本日突撃した。二重マスクに普段はしない眼鏡までかけて身を固め、決死の思いで行ってみると、『入院患者のお見舞いお断り』『マスクを付けない人の入館禁止』の張り紙とともに病院はガラガラ。不急の予約検診については病院側から変更予約の電話案内を昨日の段階でかけまくったらしい。さすがは慶応病院である。私に来なかったのはやはり急を要するのかもしれないと、緊張感を持って診療を受けた。 
 従って今後2週間はテレワークになるが、その旨を親しい仲間には伝えた。すると奴らはさすがに私の友人だけあって、返信は次の通り。
「御武運を祈ります」
「アーメン」
「靖国で待っていろ」
「よかったね」
 一人だけが『祈ってくれ』に「まかしとけ」と返信してくれた。

戦争だぁ!

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光輝く彼方

2020 MAR 5 7:07:19 am by 西 牟呂雄

 昨年の大腸癌除去手術の際に『せん妄』状態に陥ったことは既に書いた。無論その間の記憶はない。ただ写真を見たことを思い出すような、一場面のことは頭の片隅に残っている。
 それは、点滴を引き抜いて床に血が飛散った場面で、血の赤さが点々とする床を確かに見た。血痕の赤さがやけに鮮やかで、不思議なことにそれ以外の床やベッドが強く湧き上がるような明るさ、それも照明を浴びたような強い光りの中だった。あれはどういった幻覚作用なのだろう。
 実はこれも何度か書いているが、あわや一巻の終わりという事故・病気を以前やっているが、事故の際にも一瞬明るくなった(大晦日の夜中だった!)気がしているが後の刷り込みかも知れない。
 既に送った亡母の臨終の時に、幻覚を見ていたようで何かを喋っていたのを聞いたが、その表情は明るかった。
 思うに肉体が滅びる最後の最後は、苦痛を和らげるというか苦痛ではなくなるべく作用するメカニズムか物質が人間、いや動物には備わっているのではなかろうか。それがあまりに甘味なものであるため、臨死体験者・蘇生者が語る『あの世』の概念が作られたのかも知れない。
 夢の中にいたらしい『せん妄』期間中、約6時間程の私は少しは喋って、どこかに行こうと言う意思をもって動こうとし、もう少しで拘束されるところだったという。この間生きてはいたが記憶すらないので私としては眠っていたのと同じである。
 
  話は飛ぶが、多重人格というものがあるそうだ。「24人のビリー・ミリガン」という本で有名になった精神障害の一種とか。検索するとトラウマとか鬱病とか統合失調症とかいった恐ろしい病名が並んでいて、それらのストレスから逃れるために別の人格を作ってしまうとか。そして別の人格になっていた時の記憶は残らない、と。
 要するに『せん妄』とか『泥酔』になって何も覚えていないのは、多重人格と同じ(見た目の)状態のことになる。

 孟子の胡蝶の夢の境地ではないが、どちらが本当の自分か。恐ろしいことに、稀に『せん妄』の状態から戻らなくなって記憶喪失扱いされる患者もいるのだそうだ。それは優れて肉体は生きていても元の自分は死んだも同然である。その場合は今までの自分の魂は、雲散霧消してしまうのか。そうであれば、肉体は滅んでも精神がリレーされる方を誰でも選ぶだろう。生き物は必ず死ぬ。

 懐かしい亡き友よ、お前の精神はオレ達が引き継いでいるぞ。そしてもうすぐそっちに行く。きっとあの光りの輝きをくぐって。

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時を歩き続ける男 年始編

2020 JAN 1 5:05:29 am by 西 牟呂雄

 そろそろ松の内も過ぎようとしている。男は年末には北上をやめた。雪の山越えはいくらなんでも歩いては行けないので在来線を使って太平洋側に出て年を越した。
 相変わらず表情を頻繁に変えながらトボトボ歩いていたが、今日の宿を探さなければ。雪道を歩くので、移動距離がかせげない。雪が降っていると旅は一休みして居続けをすることになる。幹線道路で遭難でもしたらみっともないからだ。
 3.11の被災地を縫うように南下してきたが復興人員が大勢来ているのだろう。即席の民宿めいた宿が目に入ったのでそこに入ろうとした時、肩を叩かれた。
『おじさん、待ってたよ』
 振り返ると見たこともない妙齢の女性が立っていた。
『相変わらず旅ばかりしてるんだね。元気だった』
 思い出せない。
『えーっと、どこかでお目にかかってましたか』
『いやねえ、忘れちゃったの。以前雪に降りこめられてモーテルに一緒に泊まったじゃない。アハハ、でももう20年くらい前だから無理もないか』
 半月前にそういうことがあったが、その時の女性は学生風の若い人だったはずだ。まてよ、その子に面影が似ている。髪の長さもこんなロングだったし眼差しも、いや、そっくりじゃないか。
『もしかしてあなたは海岸で夕日を見ていて、その翌日にお蕎麦屋さんで向かい合わせに座って、一緒に歩いて雨宿りにモーテルで泊まった人かい。若い美人だった』
『あら、20年近く前のこと良く覚えてるわね。夕日やお蕎麦は覚えてないけどモーテルに泊まったのは確かよ』
『えっ、先月の話でしょ』
『いやねぇ、先月なんて。あたしはおばさんになったけど先月だったらそんなに急に老けるわけないじゃないの』
『・・・・、あの、・・・・』
『ねえ、ここに泊まろうとしてるのでしょ。さっきあたしがチェック・インしておいたわよ』
『それはー、マッ他を当たります』
『何言ってんのよ。おじさんが来るのが分かってたから相部屋で二人分のチェック・インしてるんじゃないの』
 男は唖然とした、と同時にそれは助かったとも思った。
 二人でその民宿っぽい宿に入った。部屋にはトイレもシャワーもない。六畳にちゃぶ台のような机、お茶のセットがある。
『あたしそこのコインランドリーに行くから待ってて。御飯食べに行こう』
 と言って女性は出て行った。
 あの女性は確かに先月会った人に違いないのだが、確かに年齢は当時は二十歳くらいにみえて、面影はそのままだが40歳代の風情である。
 暫くしたら洗濯物を持って帰って来たので、目の前の居酒屋に行った。
『カンパーイ!だけどあたしはオバサンになったけどおじさんは変わらないね』
 事情が良く飲み込めないので相槌の打ちようがない。
『前の時は「自分は余命幾許もない」みたいなこと言ってたけど手術とかしたの』
『そんなこと言わなかったよ。この通り体力は大して無いけど旅は続けられる』
『言ってたわよ。大腸癌だったって。心配したけど』
『チョット待てよ、・・・それは20年前の話だろ。僕達が会ったのは先月であなたは家出してたんじゃない、あの頃』
『実はね、あの旅は婚約を解消した後だったの。色々あってさ、挙式の直前に逃げておじさんに会ったんじゃない。それは20年前だってば。先月はあたしはアメリカにいたわよ。でも良かった。大腸癌は切って直ったんだね』
 男はさっぱり要領を得ないまま、ビールを焼酎に変えた。
 確かに20年ほど前に大腸癌の手術をしていた。その後暫く検査を続けたが、あほらしくなってほったらかしにした。その後さる事情により心境が大いに変わって仕事を辞めて今の旅暮らしに至った。しかし・・・。
 女は古くからの知り合いに語る様に話した。彼女の中ではそうなっていて、終いには男の方もそうだったかもしれない、と思い始めた。
『あの後あたしも結婚したのよ。娘を生んだんだけど、その頃から上手くいかなくなって結局離婚したの。そうしたらそれから運が開けたのね。しごとも始めて何とかやれるようになっていって、娘も10才になってるのよ』
 ごく自然に布団を並べて敷いて寝たらしいのだが、記憶が曖昧ながら目が覚めると、男はしっかりと二日酔いになっていた。モソモソと起き上ると隣の布団を見やったが、掛布団がくるまっている。しばらくするとその掛布団の塊がムクリと起き上った。
『バぁ~』
『わぁッ』
『おはよー』
『びっくりした。起きてたのか』
 10才くらいの少女だった。まだ子供だが、間違いなく昨日の女性の子供時代であることが瞬時にわかった。先月会ったあの若い女性の少女時代に違いない美少女だ。昨日からの流れ、更にこの一ト月あまりに起きた出会いを考えると、もう驚くにはあたらない。
『あのね、おじいさんはもう行かなきゃならないんだよ。お嬢ちゃん、そろそろおうちまで送って行こうか』
『やだぁ。きのう連れてってくれるって言ったもん』
 やれやれ、とにかく宿を出よう、と支払いをしようとしたところ「前金をお預かりしましたのでそのままお立ち下さい」といわれて男はあわてる。
 宿を出た時はもっと慌てる。きのうと景色がまるで違っているではないか。後ろから少女がついてきた。
『えーとさ、ここはどこだったっけ』
『ウソーッ、千本通り高辻下る、でしょー。やだオジイチャン』
『せんぼん・・・』
『きょうは桜を見に行こうって話したじゃん』
『さ、さくらぁ』
 ますます混乱しながら少し歩くと、丹波口という駅があった。なんとここは京都ではないか。
 男にはもはや時間の感覚が失われているようだ。
 地球の傾きがもたらす季節と自転が時間を感じさせる。人間は更に能力や体力の衰えや記憶することで時間の経過を經驗的に計ることはできる。
 だが、この男に関して言えば同一と思われる女性と何度も出会う事でかえって時間を感じられなくなってきたのだ。いつからこうして旅を続けているのか、いつまで続くのか。いや、この男は生きている人間なのだろうか。
 そして、年齢が変わってもいつも男の前に現れる女もまた、この世の人ではなかろう。

おしまい

時を歩き続ける男 年末編

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