Sonar Members Club No.36

カテゴリー: サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅲ)

2015 JAN 18 14:14:47 pm by 西室 建

 油壺の日曜も暮れる頃、又オレを打ちのめす事態に陥った。またしても彼女の一言だった。
 「ご隠居。明日は月曜ですよね。あたしT文大の講義の日じゃないですか。」
 「あー?それが?」
 「あたし又乗せてってもらえますか?」
 「えっ?」
 オレは抜けていたので、ボーっとビールを飲んでいた。ふと目を上げると、彼女だけじゃない、英語屋、イベント屋、物理屋の血走った目が邪悪な光をたたえてこっちを見ている。そのゾッとする気配は悪魔のようだった。
 オレは小さい声で『みなさん御家庭があるんじゃないですか。』とか『お嬢チャンさんのお部屋のお掃除は。』とか『お仕事が忙しいのでは。』もっとあからさまに『ボクの自由は。』などと言ってみたが、誰一人振り向いてもくれなかった。かわりに、
 「おい、酒が残ると困るからお前もう寝ろ。」
 という愛情あふれる声がかかったとき、フーッと気が遠くなった。

 月曜の朝焼けの中、東名を突っ走るワン・ボックスの中には、ハンドルを握るオレの他、熟睡しているバカじじいどもと美女がいた。
 オレは自由と時間の関係について、必死に考えた。
 要するに完全な自由になるには、あらゆる誘惑に耐え、完全な孤独に打ち勝つ、鉄のような意思が不可欠なのではないか。そしてそのような意思を持てるのはごく限られた人間だから、そうではないオレのような人間は多少の不自由にならざるを得ないのではないか。
 時間が無限にあれば、人間は自由になれると思ったら大間違いなのだ。時間を無駄なく使うことこそ、自由への近道に違いない。現に、最も時間のあるはずのオレが、色々と制約のあるはずのこいつ等にオレの生活を奪われ、奴隷のような扱いをされ、運転手にされているのが、何よりの証拠だろう。
 何とか時間通りT文化大にたどりつくと、ヤマトヨシコは『じゃ、後でオウチに行きます。』と跳ぶよう
にキャンパスを走っていった。
 「フアー、なかなか洒落た学校だな。」
 「散歩でもしようぜ。」
 オレも近くではあるが、中まで入るのは初めてなので、4人でフラフラと迷い込んだ。
 授業中なのだろう、人影もまばらな静かな佇まいだった。裏手の学食と思われる建物に近づいたとき、明るいギターやバンジョーの音色と屈託のない歌声が聞こえた。
 「オッ、やってるのかな。」
 「懐かしいなー、フオークソングだな。」
 裏手の、もう山のふもとの当たりの雑木林のところで、4人編成のバンドが何とブラザーズ・フオアの”花はどこに行った”をやっていた。随分古い歌だ。実はオレ達4人は今やっている学生と同じ編成でバンドをやっていた。英語屋がギター、イベント屋がバンジョー、物理屋がフラット・マンドリン、オレがベースだった。曲が終わると思わず拍手した。
 「君達随分古い歌やってんだね。」
 「恥ずかしいです。僕達ヘタですから。」
 「他にどんなのやってるの?」
 「いや、レパートリーこれしか無いんです、まだ。」
あれこれ話しているうちにオレ達も同じようなことをやっていたことが話題になり、『じゃ、やってみせてくださいよ。』となってしまった。何しろ45年ぶり、四捨五入で半世紀も前のことだ。それぞれの楽器を手にして音を出してみると何やら怪しい感じだ。
 「おい、何ができるか?」
 「そりゃー、アレだよ。あれ。」
 「あー。アレか。ありゃーさすがに忘れないな。」
 ギターの軽快なイントロを英語屋が奏でると、何と一発でそろった。都合千回は演った曲、サンフランシスコ・ベイ・ブルースだ。
”オイラを残して あの娘は行っちゃった  富士山の麓まで とってもイカした 娘だったが”
 途中の間奏は物理屋のフラット・マンドリンだが、やはり往年の早弾きは無理なものの、無難にこなした。ヤツは天才だ。エンデイングまでやったところで、全員息が切れた。おまけに指がふやけてしまっているので弦を押さえる方と弾くのと両方とも痛いのなんの。皆もそうらしい、マイッタ。
 「皆さんお上手ですねー。」
 ここで、オレの悪いクセが出た。
 「いやなに、昔はプロで鳴らしたもんさ。オレ達はフジヤマ・マウンテン・ボーイズって言うんだ。」
 「へー、知らなかった。プロだったんですか。」
 ふと気がつくと、他の奴等の視線が痛かった。
 そして、しばらくヨタ話をしているうちに、オレの嘘っぱちが止まらなくなり、学生達は純情なのかバカなのか益々それを信じ込み、オレの山荘に遊びに来ることになり楽器ごと車に8人も乗り込み、ガサガサと移動した。
 着いたら着いたで、驚いた顔の学生を尻目に早速雀卓を囲みだした。ところで、昨日の段階で手持ちの現金がオケラになったオレは一度終了を宣言したのだが、彼等はそれを許さずツケを主張した。
 学生の目が点になっていた。しかしこの時点からおれは勝ち出したのだ。もうどうでもよいが。
 そしてそこへ、講義の終わったヤマトヨシコが帰ってきた。もはや『訊ねてきた』という表現は当たらないだろう。皆も『おー、早かったな。』『メシ、メシ。』とか言っている。同級生の娘の扱いではない。更に学生達の反応は以外なものだった。
 「大和先輩!どうしたんですか?」「お知り合いですか?」
 「君達こそなにしてるの。ここはあたしのシマよ。」
 オレのウチなんだけど。聞くところでは、彼女が師事している大学院の先生の学部ゼミ生のようだ。すなわち彼女が姉貴分らしい。呆気にとられた学生を尻目に『2抜けでしょー。』と麻雀にも加わりポン・チーやり出す。
 この日またもやオレは続け、自由を奪われ続けた。
 

 今何曜日なのか分らない。部屋はきれいに片付いている。
 「クソッ。」
思わず呟いた。一体何なんだ。やっとの思いでメールチェックをした。バカジジイどもからほぼ同じ内容のメール。読んでみると、とんでもないことがわかった。学生達がやる、チャリテイーのミニ・コンサートのゲストに既に在りもしないフジヤマ・マウンテン・ボーイズが出ることになっていて、いくらなんでも少し練習でもしよう、と勝手な日程がそれぞれ書いてあり、レパートリーに入れたい曲がこれまた勝手に列挙してあり、最後にこう締めくくられていた。
 『お前は暇で自由でいいなあ。調整をたのむ。』
ヤマトヨシコは、
 『とっても楽しかったです。皆さんとの話を母にしたら、懐かしがって、次ぎの麻雀デスマッチは筑波のうちに来て欲しいそうです。自分もやりたいみたい。ご隠居一番自由なんで日程のこと、幹事お願いします。』
 オレは頭に来た。ある、強い怒りとも何ともいいようのない言葉が胸に湧いてきた。それは半世紀前にあいつ等と会ったころオレに芽生えた言葉だった。そうだハッキリ思い出した。あいつ等と会ってオレは自我に目覚め、こう呟いたことがあったのだ。
「こうなったら、もうグレてやる!」

ーおしまいー

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅰ)

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅱ)


 

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2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅱ)

2015 JAN 16 20:20:21 pm by 西室 建

 このあたりは、梅雨時は実にきれいだ。セーターを着込む程肌寒くなる。特に朝方、川霧がもやっているところなんかは、思わず一杯やりたくなるくらい幻想的だ。
 メールチェックをすると、朝の早い木更津の物理屋から、メールがあった。
『いよう、ご隠居。久しぶりに会おうといっても、皆寄る年波で腰が重い。こっちに来ないか?』
とあった。それもいいな、と仲間に転送した。
 2日ほど、スッタモンダしたが、結局次の木曜日に行くことになった。木曜はゴルフの日だが、先日前代未聞のスコアが出てしまってくさっていたので別に惜しくない。例によって、黄昏プレイと称して午後2時頃に行くと、その日1.5ラウンド目という主婦3人組みと回らされた。この人達がうまいのなんの。そして、年は40台だろうがオレのことをオジイサン等と呼ぶのだ。すっかり調子が狂ってショット・パット全てダメだった。聞けば東京から来たそうだ。子供がいいかげん大きくなると、自分より年上はみんなオジイサンかね。
 さて、木曜になって、翌日金曜の仕事、洗濯と畑仕事(キュウリ、トマト、枝豆)をチョイチョイとや
って、それじゃ一人旅とばかりに車を出そうとしたら、
 「ごめんくださーい。又来ましたー。」
の明るい声。なにい!またあの娘か。
 「いい天気だから、チョット寄ったんですけど。」
 「えっと、スマン。実は今出かけるところなんだよ。」
 「あら残念です。お昼作ろうと思ったんですけど。」
 「いやー、そいつは残念だったな。又今度頼むよ。」
 「どこまで行くんですか?」
 「うん。ちょっと千葉まで。」
 「わあー、いいなー。あたしもサボッて一緒に行きたい!いいですかー?今日は講義じゃないんですよ。」
 「はあー。・・・・。」
 結局一緒にドライブになってしまった。目的地まで、首都圏の渋滞も含め3時間のロングトリップ
だ。そして、ここがバカバカしさの極みだが、その道中の殆どを、ヤマトヨシコは後部座席に転がって寝ていたのだった。
 
 暖かな潮風が吹いている。良く晴れてアクアラインからの東京湾が眩しい。山から下りて来た身にはもう充分夏が感じられる。
 奴、木更津の物理屋こと出井の住むトレーラー・ハウスの前に着いた。
 家は横浜だが、ここの分譲地にそんなものをドデーンと置いて、一人暮らしをしている。周りは洒落た造りの家が点在し、近所はさぞ迷惑だろうと思うが独特の個性とやわらかな物腰で仲良くやっているそうだ。お祭りなんかには積極的に参加していると言っていた。ナニ、大概の人はあいつの殺気に気がついていないだけで、ここ一番の切羽詰った壊れ方はなかなか見破れるもんじゃない。現代の忍者とでも言うべきだろう。
 フト気がつくと、芝生のチェアーには、先に着いたのか、蒲田の英語屋、英が何かを読む手を休めてコッチを見ていた。
 「いよー。久しぶり。」
 例によって、笑っていないがどうも機嫌は良いらしい。喜怒哀楽が通常と逆なので困る。もう40年以上のつきあいだが、こいつが人から強く影響を受けたり何かに衝撃を受けたのを見たことがない。悪く言えば、頑固、偏屈、凝りすぎ、よく言えば・・・・わからない。現代の隠者か。
 「おう。もういたのか。物理屋は?」
 「居るよ。バーベキューの下こしらえしている。イベント屋は買出しにいって、アッ帰ってきた。」 
 振り返ると紙袋を両手に持ったイベント屋、椎野が歩いてきた。いつものレイバン・サングラスにヒゲの笑顔が近づいてくるところだ。今までにオレには想像もつかない、大事故、大借金、大病、それからどう言えばいいのか大女難、大博打を潜り抜け、辛くも生き延びたタフな野郎だ。どれが原因か知らないが、あまりの凄まじさにしばらく日本に居られなくなって上海・香港にトンヅラしていた。現代の大陸浪人というところか。狭い日本にゃ住み飽きた、という台詞が似合いそうだ。
 こいつらは何故かそれぞれ忙しくしている。オレだけが真面目にサラリーマンを勤め上げて引退した途端、誰よりも隠居になってしまったのは、一体どうしたことか。
 と、その時、後部座席で熟睡していたヤマトヨシコが起きたらしい。
 「起きた?着いたよ。」
車を降りて、軽く伸びをすると、若い女と一緒なのに気がついた二人がさすがに驚いた表情を浮かべた。出井もトレーラー・ハウスから出てきた。よし、『実はこれがオレの今の女だ。』とでもハッタリをかけてやろう。
 「紹介しとくぜ。オレの一番新しい彼女・・・・」
 「おう、これが氷川さんの娘さんか。」「なんだそっくりじゃないか。」「ホントだ。高校時代を思い出すなー。」
 「・・・・。」
 「初めまして。氷川智子の娘です。」

 目が覚めた。寝返りがうてず、息苦しくて目を開けると何と寝袋にくるまっているではないか。目を凝らすとテントの中だ。えーと、バーベキューをしてたんじゃなかったか?全く最近本当にボケが進行しているんじゃなかろうか。随分昔話で盛り上がったはずだが。
 それにしても、我ながら驚いたが、高校時代にオレは詩人を気取っていたのだった。忙しいサラリーマン暮らしですっかり忘れていたが、ある時期一人でいくつかのペン・ネームを使い分け、小説やら詩やら評論を手書きで書きチラシた雑誌を出していた。雑誌の名前まで思い出して、あまりの恥ずかしさにもだえ苦しんだまで、覚えている。その段階で気を失ったのだろう。
 みんなはどうしたのだろう。ヤマトヨシコは帰っただろうか。ゴソゴソ寝袋から這いだして外に出ると、曇り空の夜明け、今にも降りそうだった。 さてはオレをおいて帰ったな。物理屋も横浜にもどったか。だがこのテントと寝袋をどうすりゃいいいのか。しばらくタバコを吸っていた。きょうは金曜日のはずだが、畑はやってしまったから山に帰る必要もない。のんびりともう一つの隠れ家、油壺にでも行くか。オレは油壺にヨットを隠していて、夏はそこにも行っている。隠れ家といっても家族や仲間は承知の上であるが。
 「オーイ。起きたか?」
 「全く世話焼かせやがって。」
 「水掛けても起きねーんだから。」
 「おはようございまーす。」
 何だ、こいつら。結局みんな泊まったのか。そうか、わかったぞ。トレーラー・ハウスにスペースがないから、自分たちの寝場所を確保するためにオレを体よく外に追っ払ったんだな。奴等が親切にオレをテントに寝かしてくれたのか、などと思いそうになった自分がバカだった。オレをほったらかして、近所のクアに朝風呂を使いに行ったのだそうだ。
 雨が降りそうだったので、早々にメシを食べた。昨日のバーベキューの残りに物理屋がサッと炒めたチャーハンを皆で食べて帰り支度を始めたが、オレはこのまま山には帰らないことにした。
 「おいご隠居、車乗せてくれ。」
 「ああ、特に急ぐわけじゃないから、オレは海に行く。」
 「ここも海は近いが?」
 「うん。でも海岸じゃなくて入江だな。油壺の隠れ家に行く。」
 「オッ、それもいいな。」
まず反応したのは英語屋だった。そして以外なことに、ヤマトヨシコも
 「あー、アタシも行きます。」
 「おい、学校はどうするんだ。」
 「あたしは週2回だし、問題ないです。」
 「いや、あの家の方に言わなくていいの。」
 「やだなー、もう説明するの3回目ですよ。親は筑波にいてあたしは一人で住んでるんです。」
 「昨日も何回も聞いてたぞ。このアル中め。」
 「じゃあ僕も行く。ここのハウスなんか鍵1個で戸締りOKだし。」
ぶっ物理屋まで。結局イベント屋も乗ってしまい全員そのまま移動することになった。
 そして、車はワン・ボックスだから5人でゆったりだが、イベント屋は隣に座ってアクアラインのトンネル以外ズーッと携帯を握り締め、『あの件はどうなった?』とか『それじゃ見積もりにならん』とか時には『冗談じゃねえ』のような迫力も交えてシゴトしっぱなし。英語屋は昨日から持っていた何やらの原書を読みながら、ノートパソコンンにカタカタと原稿を書いていて、少し静かだと思うと目を閉じていた。そしてヤマトヨシコは最後列にいて、来た時同様出発してすぐに寝てつく頃は横になっていた。物理屋はやはりネット関連を熱心に。オレは運転手か!

 ハーバーは雨に降り込められ、人もまばらな梅雨時。何故ヨットもセーリングさせずにもいるのかというと、麻雀をしていたからだ。最初から間違っていた。
 しばらくはしっとりと煙る港をみながら、船のキャビンで話をしていたが、備品に雀牌があるのをヤマトヨシコがみつけて言った。
 「あらー、こんなところに雀牌がある。懐かしいなー。ウチはよく家族麻雀やったんですよ。」
 我々は顔を見合わせた。今から半世紀近く前のはるか昔の都内のある高校で、日々雀荘でとぐろをまいて麻雀白虎隊を名乗っていたのは他ならぬオレ達なのだ。イベント屋は局長英語屋は副長、物理屋は参謀、そしてオレは監察として一部に(某高校内に)その名を轟かせたものだった。異存のあるはずもない、2抜けのデス・マッチが開始された。
 ところが最近は麻雀なんか何年もやっていないので、みんなカンが鈍っていた。どういう訳かどいつもこいつもヤマトヨシコに振り込むのだ。
 彼女がトップを走り続けているあいだ、オレは3-4位を低迷し、バカどもは2抜けのたびにカップ
ラーメンを買出したりビールを注いだりしていた。しまいに頭に来たオレはビールを買い置きのウイスキィに変えてガブ飲みし、最後の審判を聞いて失神したらしい。
 「キャーッ。ご隠居それ大三元当たりー!」
 そして次に目が覚めると、オレ以外はキャビンでそれぞれ勝手に携帯やらパソコンで仕事にいそしんでいるではないか。二日酔いで朦朧としている。どこにいるんだっけ、ああそうかハーバーだ。
 「アッ、やっと起きたな。」
 「いや、まだ眠い。」
 「だめだ。早くシャワーでも何でも浴びろ。時間がない。」
 すぐに又始まってしまった。もう午後じゃないか。一体何なんだ。何十年も前に似たようなことをした記憶はあるが、まさかこの年でこんなことをするとは・・・・。
 しばらくしてヤマトヨシコがいないのに気がついた。やっぱり帰ったのだろうな。
 と思っていたら、『ただいまー、です。もうトンボ帰りですよー。』の明るい声。見るとすっかりラフないでたちに着替えた彼女が、両手一杯の紙袋を下げてキャビンに入ってきた。皆、口々に『おかえり。』とか『ごくろーさん。』とか言ってる。
 「これで2日は大丈夫な分を仕込んで来ました。」
と言いながら、早速大きなフランス・パンに包丁を入れだした。
 「ふつかって何のこと。」
 オレは恐る恐る聞いた。オレがつぶれた後どうやら夜明けごろまで続いていた麻雀が一段落し、彼女は着替えと買出しに東京へ行き、皆は仮眠してオレが目覚めるのを待っていたようだった。
 やがて、『お待たせしました。』の声とともに、具をたっぷり載せたオシャレなパンが出され、ご丁寧にもオレには缶ビール付きで出された。

 その状態がズーッと続いた3日目の朝に、オレは一人で起きたのだ。皆寝静まっているが、今日は何曜日なんだろう。ああ、日曜だ。土曜の勉強と日曜の買出しがパーじゃないか。
 他の奴等はオレが寝てしまった時や自分の2抜けの時に勝手それぞれに過ごし事が足りているようなのだ。この通信の発達は、何もこんな連中のボヘミアン生活のために進歩した訳でもないだろうに。そして隠居のオレが自分の立てたスケジュールがこなせないで悶えるとは、少しおかしいんじゃないのか。
 そうこうしていると、誰かが目を覚ましたらしく、キャビンから声がする。オレは一人で自問した。
 自由とは何か、引退とは何だったのか。

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅰ)

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅲ)

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2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅰ)

2015 JAN 15 20:20:10 pm by 西室 建

 Y県T市は渓谷と清流が売りであるものの、さして観光資源がある訳でもない。深く浸食されたK川の崖の上の山荘は川風が冷たく、遅咲きの桜がチラチラした後も冬支度のままだった。
 メールチェックをすませ又ろくなニュースが配信されていないのを確認した後、今日は掃除の予定だったことをカレンダーで見て遅い朝食をとった。
 この山荘はオレから2代前のじいさんが往事羽振りが良かった時に、普請道楽と暇に任せて立てた凝った造りのウチだ。
 オレはB・B(仮名)通称は『山のご隠居』。長年勤めた会社を2年程前に退職してしまい目下のところプータローではある。東京は下町の生まれだが(現在還暦)一足早いスロー・ライフに対応するため、普段はこの山荘で暮らす。典型的な1週間の予定はこうだ。
 月曜、家の掃除及び庭手入れ。夜、酒抜き。 火曜、身辺整理(振込み、引き落とし等)夜、日本酒。水曜、二日酔いのリハビリ。夜、ビール。 木曜、ゴルフ(午後のハーフのみ)。夜、ウイスキイ。 金曜、洗濯。畑仕事(キュウリ、トマト、枝豆)。夜、焼酎。 土曜、勉強(漢字書き取り、物理、英語ボケ防止)。夜、酒抜き。 日曜、買出し(車)後、昼前から1週間の残った酒をみんなやる。
 暇といえばヒマだが、やっていると結構忙しい。夏は海に船遊びにいくし、冬は今でも現役スノー・ボーダーだからジットしてここにいるわけでもない。各種会合で月に2-3回は東京に出ているのでしばしば予定も狂う。不思議なもので、この程度の予定がこなせないと頭に来て翌日ガンバルから腹が立つ。ところで今日は、そういうわけでまず掃除だ。
 「ごめんくださーい。」
 わりと明るい女性の声がした。一体なんだ。このごろ変な勧誘が来ることがあるが、又それか。玄関に出てみると二十歳くらいの若い、それもとびきりの美少女、と言うか美人が立っていた。
 「はい、なんでしょう。」
 「あのー、初めまして。B・B(本名を言った)さんですか?」
 「はあー。なんでしょう?」
 「わたしはヤマトヨシコと申します。」
 「はあー。」
 「あのー、氷川智子(ヒカワサトコ)を覚えていらっしゃいますか?」
 「エッと、誰ですかね。」
 「B・BさんとE高校で同期と聞いてますが。」
 「あー。はい、わたしはE高出身ですが。なにしろ1学年300人だからねえ。」
 「実は、母はここのT文化大学の研究室にいたことがあって、私もこの街にいたんです。」
 「えーと、マッまあお茶でも入れるから上がんなさい。何もないけど。」
 かいつまんで聞いたところによると、その『ヒカワサトコ』なる人は結婚して『ヤマトサトコ』になり、出産後しばらくここの地元のT文化大学で研究をしており、今目の前にいる『ヤマトヨシコ』が小学校就学前まで住んでいた。その後一家は引越し現在は筑波住まい、まあ学者一家なんだろう。そして『ヤマトヨシコ』は親の後を継いだわけでもないのだろうが、T文化大学の大学院に籍をおいて週に2日程やってくるそうだ。そして、偶然オレの現住所に気がついた母親が教えたらしい。
 ヤマトヨシコはかいつまんで以上の説明をしながら、オレがやりかけていた掃除機やダスキン・マットに目を留めた。
 「あのー、お掃除してたんですか?」
 「そうだよ。」
 「あら、じゃお手伝いしますよ。」 
 というが早いか、長い髪をパパッと留めて掃除機をかけだした。何じゃこれは。オレはあっけにとられたがしょうがなくてダスキン・マットを持ってそこらを拭いた。本当は風呂に入ろうと思ったのだが。
 「ああ、そこはそんな拭き方じゃだめです。ここの掃除機をかけていて下さい。ちょっと貸していただけますか?」
それからオレは掃除機を掛け続けたのだが彼女は吹き掃除をした後台所に移動して水周りをやっている。しばらくしてなんだか不安になったオレは声を掛けた。
 「お嬢さん、お嬢さん。」
 「こっちはすぐ済みますから。」
 「はい。でも、あの、学校の方・・・・。」
 「キャーッ、こんな長居しちゃった。すみません途中で。あの、大学までは・・・」
 「歩いて30分くらいだな。」
 結局オレが車で送っていった。こりゃ一体何なんだ?ヒカワサトコは良く覚えてないし、そもそも住所を聞いただけで訊ねてくるのもいい度胸だ。ところがこれだけでは済まなかった。
 夕方、オレがメシを食おうと野菜を切って、どれ一息とばかりに風呂に漬かった。ここの風呂は西日が見事に入る造りになっていて、こんなところにもジイさんの凝った趣向がこらされている。
 窓を一杯に開けて、ぼんやりしていると、カタカタと足音がして、「ごめんくださーい。」という明るい声がした。と思ったとたん、朝方の笑顔が、目の前に飛び出した。
 「あらー、お風呂ですかー。いいなー。」
 「アッ、そっそうか。」
 「今、授業が終わって又おじゃましよーかと。」
 「ほう。オレこれからメシだけど。」
 「じゃっアタシ作ります。」
 「ナニ?そりゃーまあ助かるんだが、あのー、ウチに入っててくれないか。おれ出らんないよ。」
 「アハハー。そうですねー。」
 何か妙だなと思わないでもなかったが、急いで風呂から上がり普段はすぐパジャマになるところを、まあGパンをはいて出て行った。すると、えーと、ヤマトヨシコは楽しそうに鍋の下拵えを造っていた。何か高倉健の映画で娘役のヒロスエがやっていたシーンに似てる、と思った。
 「あのー、オレはビール飲むんだけど。」
 「アッはいはい。えーと。」
 といいながら冷蔵庫から手際よくビールを出して、グラスもどうしてどこにあるのか分るのか知らないがパッという感じで2つ並べた。
 「はーい、どうぞ。乾杯ですね。」
 しまった。今日は飲まない日程だったんだが。
 食事をしながらヤマトヨシコは母親から聞いたE高の同級生の名前を何人か出して、どんな昔話をしていたかを喋った。驚いたことに、誰一人知ってる名前がなかった。焦ったオレは、逆に今でも付き合いのある、名前を3人出してみたが、これは向こうが聞いたことがないそうだ。本当に同じE高なのか、同じ学年なのか不安になる。
 ヤマトヨシコは結構酒に強く、オレと同じペースでビールを飲んでいる。中途で冷酒に変えたがこれも平気で付き合う、オレは酔っ払ってしまった。
 でもって目が覚めると、オレはふとんで安らかに寝てしまったようで、テーブルの上はきれいさっぱり片付いている。もう朝じゃないか。きのうはナントカいう女の子と散々喋っていたような気がするが、ハテ誰だっけ。E高校の・・・・。
 オレはパソコンに向かいメールを開いた。オレの引退後は会ってなかったが連絡は取れる仲間、木更津の物理屋、蒲田の英語屋、大井のイベント屋にメールしてみた。彼等は別に勤め人でも何でもなく好き勝手にやっているので、そもそも引退の概念がない。先生・社長などと呼ばれるハッキリ言って胡散臭い人々ではある。従って今でも忙しく、またある時はオレ以上にヒマな暮らしをしている。
『えー、お久しぶりですが。昨日突然ヤマトヨシコ、なる美人がオレを訊ねてきて、母親がE高校でワシ等の同期生だそうなんだが、お前ら知ってる?ヒカワサトコさんが母親だそうです。聞くところによると、そのヒカワサトコさんはワシに恋をしていたそうで、いまだにワシを思い出しては泣いて懐かしんでいるそうです。』と嘘っぱちを書いて送った。
 さて今日は諸手続きの日なので、通帳を持って市役所と郵便局に出かけた。しかしオレは完全に自由になったはずなのだが、自分でアホなルールを作っては、かえってそれに縛られることになって、昨日のように予定外の酒を飲むと、思わずしまったとなる。すると、オレは完全な自由になるのが怖いのか、と自問しては苦笑せざるを得ない。
 帰ってみると、早速奴らから返信が来ていた。『その人は私と同じクラスだったが、お前に恋をしたなんて嘘にしてもシャレにならない。ところで元気なのか?久しぶりに一杯やるか。』これは、木更津の物理屋こと出井から。こいつは木更津にトレーラー・ハウスを持っていてそこで暮らしている変人。ウルトラ級の方向音痴だ。『忙しいんだバカヤロウ。氷川は中学で一緒だった。良く知ってる。』こいつは大井のイベント屋、椎野。社長と言っているがハッキリ言って悪人。『その人はお前があこがれて手紙を出そうとしたのをオレがやめさせたじゃないか、バカ。』ナニ!英(ハナブサ)通称、蒲田の英語屋。偏屈なる奇人でそれはどうでもよいが、てがみ、だと!だけどこいつは滅多なことではウソなんかつかない。オレは慌てた。卒業アルバムは東京の自宅に置いてある。こりゃ急げだ。車を飛ばして東京に向かった。また大幅に予定が狂った。

 いた!氷川智子さんだ。いや娘はあんまり似ていないのはオヤジ似か。わかったぞ。
 オレは翌日改めて奴等にメールした。
『いや忘れてた。確かにこの人にあこがれていたが、ワシャ忘れてた。娘も美人だぜ。今度紹介してやる。』と強がったのはいいが、連絡先も何も聞いてないし、まあ当分訊ねても来ないだろう。
 東京は桜が満開だった。そのままブラブラして3日程してから山に戻った。
 車を停めようとした時、ウチの木戸が開いているのに気がついた。しまった、慌てて閉めるのを忘れていたのか。最近ボケが来たのか、こういうことがしょっちゅう起こって困る。
 入っていくと、アレ、人の気配がする。
 庭に廻って『アッ。』と驚いた。氷川じゃなかった、えーとっヤマトヨシコだ。彼女は何と毛氈を芝生の上に敷いてお弁当を食べているのだ。
 「オイオイ。何してるんだ。」
 「あらー。あんまりいいお天気だったからお弁当こしらえたんですー。一緒にいかがですかー。」
 「うん。まあ、昼時ではあるな。」
 「ほら、鍵鍵!お茶ですか?それともビールかしら。」
 「ええと、ア、アノッ、ビール下さい。」
 まずい、今日は洗濯じゃなかったか。と思う間もなく彼女はテキパキと鍵をあけて家に上がり冷蔵庫からビールを出してハイドウゾ、とグラスまで持ってきてくれた。が、ここはオレのウチじゃなかったっけ。
 翌日、正確には夜中の3時に目が覚めた。夕方まで一緒に花見をしてあの娘は授業に行った。一体全体これは夢じゃなかろうか。それとも本当はボケが進行しているのか?

つづく

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅱ)

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅲ)


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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 月光の誓い (196X年 小学校編)

2015 JAN 12 16:16:17 pm by 西室 建

 年末は何かと気ぜわしい、というのはオトナの言うことで、僕達小学生には何の関係もない。
 ある日、元彦があわてて寄ってきた。
 「ちょっとこい。」
 「何だよ。」
 「ここじゃマズイ。いいから来い。」
 やけに深刻な顔をした元彦は、僕を屋上に引っ張ってきた。
「連絡に使っていた場所が撤去されるらしい。」
 「エーッ、どうしたんだ。」
 「きょう集会やろうと思って連絡の紙をはさもうと行ったら入れないんだ。」
 「エーッ、なんかの工事が始まるのかな。」
 「わかんない。。」
 「でさー。ともかく今日集会するからさ。オレは何とかCに伝えるからお前Dに言っといて。」
 「わかった。」
 教室に帰って授業中に、ノートの端っこに『秘密の場所に入れないらしい。今日集会がある。』と書いて、見えるように机の真ん中に押し出した。出井さんは特に反応をしなかったが、例によってニコニコしていた。
 授業が終わって帰りに電車に乗って次ぎの駅に行った。ところで国電で一駅行くのも小学生にとっては大冒険だから新しい隠れ家に集会場所が変わってから前のように毎日というわけにもいかなくなった。おかげで伊賀の影丸がどうなったか筋は分らなくなるし困ったもんだ。
 例のビルの屋上に行くと声がする。もうみんな来ていたみたいだ。『よう。』と声をかけながら扉をあけた。すると、元彦がウクレレを弾いて見せていた。
 「どうしたんだ。買ったのか?」
 「兄貴の友達がくれたんだよ。兄貴にギター教えてくれって頼んだら、お前は手が小さいから、小学生のうちはウクレレで練習しろって友達からもらってきてくれたんだ。」
 「へー。それでお前弾けるのかよ。」
 「できるわけないだろ。だから練習してんだ。」
 奴はギターの教本を持っていて、『コード』なるものを練習しているらしかった。
 「それってなんだ?」
 ポローンと弾いて見せて、「コードって言って、伴奏するときに鳴らす和音だな。」
 「あの、牧真二がやってるやつか。『あーーああやんなっちゃった』ってやつ。」
 「バカ、そんなんじゃない!」
 僕の悪ふざけに元幸は機嫌が悪くなってしまった。そしておもむろにズンチャカズンチャカとリズムを刻みながら歌いだした。英語だ!なにを言ってるのかさっぱり分らないが、明るく軽快な歌に思わず体が反応する。何だか知らないが最後の繰り返しのところで、『サンフラン・シスコ・ベイ』と言っているのが分った。
 「お前すげーなー。英語歌えるのか。」
 「兄貴に教えてもらったんだ。レコードの歌詞カードにふり仮名ふってもらって覚えた。」
 「ヘー。お前のにいちゃん英語喋れんの?」
 「お前はどうしてそう世間ばなれしてるんだ。聞いてて覚えたんだよ。」
 「ところでA。なんていう歌なの?」
 「うん。アメリカでヒットした『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』ッていうんだ。」
 「ふーん。何かかっこいいな。」
 「オレにも教えてくれよ。そのサンスランシスコなんとか。」
 「ウクレレもやらせろよ。」
 「ところで連絡場所はもう入れない。どうも人が入り込んでいたのが分かって立ち入り禁止になったようだ。」
「これからどうする?」
「しょうがないな。BとDは隣同士だからそこを司令塔にして前みたいにメモを渡すことになるな。」
「バレるなよ。よし、誓いの言葉だ。」

 僕達は奴の言うフオーク・ソングなるものにすっかり夢中になった。
 帰ったあとから、僕はものすごくウクレレが欲しくてほしくて堪らなくなった。
 翌日も、その又次の日も欲しくて堪らず、とうとう母さんにねだった。勿論『ダメ』だの『すぐ飽きるくせに』だの散々言われたが、何が何でも引き下がらなかった。そしてついに日曜になって父さんに自分で言って、ヨシとなったら買っていいまでにこぎつけた。父さんに言うと『まぁいいだろう。大事にしろよ。』といい一緒に買いに来てくれた。バンザーイ!
 買ったらこんどは見せびらかしたくてどうしようもなくなった。早速集会をしようと思って、ハタと気がついた。どうやって連絡しよう。この前に決めておけば良いものを何にも決めてない。どうしよう。とりあえず出井さんに、前やったみたいにノートの端っこに『今日集会やろうと思うけど』と書いて机のあいだに置いてみた。出井さんは相変わらずマイペース。見たのか見ないのかわかんない。
 突如ヤマダンの大声!
 「コラー、原部ー。何ノートもとらずにキョロキョロしてる!」
 「・・・・。」
 あわててノートをたぐりよせた。まずい。
 イライラしながら3時間目が終わってしまった。あーあ、どうしよう、と思いながら給食を食べて、昼休みに3角ベースで遊んで、5時間目の理科の時間になった。教科書を広げると、何かが挟まってる。紙だ。そっと拡げると、丁寧な字で、『私はピアノ。Cもダメだって。Aと直接話して。』と書いてあった。いったいいつ連絡して、いつこの紙を入れたのだろう。全く得体の知れない人だ。
 ともあれ、僕はウクレレを誰かに見て欲しくてしょうがないので、元彦を放課後つかまえた。
 「オイオイ、今日行こうぜ。秘密基地に。」
 「エーッ、皆ダメだって言う話じゃないか。」
 「二人で行こうよ。」
 「だってまだマガジン、サンデー発売してないじゃないか。」
 「オレ見せたいものがあるんだよ。」
 「知ってるよ。ウクレレ買ったんだろ。」
 「エッ!何で知ってるの?」
 「お前もう、見れば分るよ。ニカニカして。最初に気がついたのCだぞ。」
 「へー。分るのか。」
 「ああ。それで見せて脅かそうと思ったろ?」
 「うん。」
 「バレてるのにわざわざ集会やってもしょうがないだろう。それで皆のらなかったんだよ。」
 「なーンダ。つまんねーの。」
 二人で寒い道を歩きながらしゃべった。今度弾き方を教えてくれ、と頼んで分かれた。
 一人になって、つくづく残念な気持ちと、一体どうしてバレたのか不思議だった。そういえば茂はこのごろ、オトナっぽくなった、と言うより子供っぽくなくなってきていた。まあ、立派になったとかしっかりした、というわけではないが僕達とバカらしいことでギャアギャア騒ぐことをしなくなってきていた。元彦にしたって、時々小難しいことを言ったりしている。この前ビックリしたのは、例のフオークソングを英語の歌詞を、かたっぱしから覚えているのだ。意味も少しづつ分るらしいくて『自由』とか『平和』とか口走る。世間ではやる歌謡曲をバカにしているようなのだ。そして二人とも半ズボンははかないで、ジーンズなるデニムの生地の長ズボンを愛用し出した。僕も欲しくなったのは言うまでもないが、まだ買ってもらってない。出井さんはもう僕達より背が高くなっていて、タダでさえ落ち着いているのに最近は、ニコニコはしてるが益々透き通ってくるみたいで忍法「木の葉隠れ」を使う女影丸、といった風情だ。
 冬の日は暮れるのが早い。ウチにつくころには夕日が落ち掛けていた。寒い。
 晩御飯を食べて、大好きなウルトラマンに夢中になって宿題をしたら、フト寂しくなった。今年が終わって三学期になって、その後は卒業しちゃうじゃないか。そうだ、僕達は来年になったら詰襟の制服を着て中学に通うのだ。皆少しオトナに近づく。それなのに僕ときた日には、相変わらずウルトラマンに夢中になって怪獣の名前を暗記していていいのだろうか。
 翌日、授業中に気がつくと国語の教科書に又、紙が挟まっていた。『きょうはみんな都合がいいので久しぶりに集会をします。』と書いてあった。きょうは大丈夫なのか、とOKと書いて出井さんにそっとわたした。しかし本当に女影丸だ。
 授業が終わると、、一目散に家に帰り、買っていた二週分の少年サンデーとウクレレを持って飛びだした。早くマガジンが読みたい。隣町の駅を降りて歩き出してハッとした。茂だ。見たこともない女の子と話をしている。僕は思わず身を隠してしまった。こっそり見ていると、何やら手渡しされている。茂は僕達に見せたこともないような優しい顔で、少し話して歩き出した。僕は後ろから追いすがって、声をかけた。
 「茂!みーたーぞー。」
 てっきりうろたえるものと思っていたら拍子抜けの反応だった。
 「ああ、Bか。見たってあの子のことか?」
 時々この駅で茂を見ていたF小の女の子が手紙をくれたのだそうだ。
 「まあ、あんまりかわいくもないからテキトーに話してやってるんだけどな。
 何なんだこの落ち着きは。そして隠れ家に着くと、隠し場所に鍵がない。屋上の扉をあけるとAとDがもういた。そしたらCはいきなり切り出した。
 「実は叔父さんの事務所がここを立ち退くんだ。だからここを使えるのは今年一杯だ。」
 「へー。」「ふーん。」「やっぱりね。」
 「それでもってトシが明けリャ3学期で、直ぐ卒業だろ。その後はG中学の新入生ってわけだ。中学に行きゃークラブ活動もするだろうし1年坊主は色々忙しい。だからこういった集まりもできなくなるだろ。この際『ランブル団』の集まりはひとまず解散ってことにしないか。」
 「それがね、この前分ったんだけどあたしの住所は学区が違っててG中じゃないらしいのよ。さっきAと話したんだけど山手側の林君とか飯田くんやあたしはJ中なのよ。」
 「あっそうか。オレ達浜側がG中か。別々になるんだな。」
 「Dはクラブに入るのか?」
 「新聞部があれば入りたいけど、ほんとはテニス部に入りたいな。」
 「そうなりゃ敵同士になるな。オレはサッカーやろうと思ってんだ。」
 僕は何も口が挟めなかった。皆オトナみたいな話ぶりじゃないか。『中学にいってバラバラになっても又集まろうよ。』と言いたかったんだけど、どうもそういうことを言う雰囲気じゃなさそうなのだ。クラブに入るなんて何も考えたことがなかった。運動部でしごかれるのもやだし、文化部で何かの研究なんかするガラじゃない。ランブル団は無くなってしまうとすることもないし、やっぱり地味な文化部にでもいれてもらうのかなー。
 「B,なにボーっとしてんだ。やるだろ?」
 「ヘッ?なに?」
 「やあね。聞いてなかったの?せっかくBもウクレレ買ったんだからフオークソング・グループつくって卒業式のあとの謝恩会で歌おうって言ったのよ。あたしアコーデオン弾くし、Cもウクレレ買うって。」
 「ああ。いいよ。・・・・うん、やろうよ。で、なにやるの。」
 「もちろん、サンフランシスコ・ベイ・ブルース!」
 もう秘密のランブル団ではなく、フオーク・グループ『アルフアベッツ』になった僕達は、誰にもはばからずに一緒に電車に乗って話しながら帰った。ヤマダンに頼んで音楽室で練習させてもらうことも決まった。
 そして、2学期が終わった。終業式があって教室にもどって、あしたから冬休みだ。ウチに持って帰らないとならない体操服とか、机に入れっぱなしの定規とか雑記帳をガサガサしまっているとランドセルが重くなった。
 「ねえ、B。練習行こうよ。今年最後だよ。」
 「アッ。今行く。・・・・そうか、来年は席替えだからとなりじゃなくなるね。」
 「そうね。Bの隣はおもしろかったな。」
 気がつくと教室に二人だった。ランブル団の秘密を守るためにロクにしゃべったこともなかったことにフと気がついて、思い切って聞いてみた。
 「そうだ。前から聞こうと思ってたけど、Dってどんな人が好きなの?」
 「アハハハ、なによいきなり。あたしはそういうの良くわかんないのよ。皆好きだよ。」
 「そうか。将来はどんなことになるんだろうな。」
 「分るわけないでしょ。Bこそ何になりたいのよ。」
 「エッ。考えたことないよ。海がすきだから、船に乗って外国にでもいきたいかなー。」
 「アハハハ、Bらしいね。じゃ、あたしは月にでも行くか。」
 「宇宙飛行士にでもなるの?」
 「何いってんの、そんなんじゃない。かぐや姫かな。」
 こいつ一体何者なんだ。
 「月に行って人から見えないところで人を観察して。人にも干渉しない。・・・・満月見たらあたしを思い出して。」
 ウーム。何を言ってるのか良くわからない。その時声がかかった、だ。
 「おーい。早くしろ。きょうは最終日だから音楽室使えるのあと30分だぞ。」
 
エピローグ 40年後のクラス会
 「それにしてもあの演奏はヒドかったなー。」
 「ワハハ。演奏より歌だろ。何たって英語なんかわかんないんだからな。カタカナで覚えたんだぞ。」
 「意味も何にもわかんなくて良く歌ったぜ。実際。」
 「あんときゃお前、ウクレレなんか買うのいやだって言って音楽室のウッド・ベースをやったんだよな。」
 「結局まともな音を出したのは出井のアコーデオンだけだもん。」
 「どうせならハワイアンバンドでもやりゃよかったんだな。業界でいうワイアンだな。」
 「でもねえ。楽しかったわよ。先生も喜んでくれたし。」
 「ヤマダンが死んでもう10年か。」
 「オレ達も50を超えるはずだよ。」
 「全くなあ。よくも死なないでここまで来たよ。」
 「ロクなガキじゃなかったのになあ。ヤマダンも苦労してたよ。」
 「そう言えば、今思い出した。出井は月にいくみたいなこと言ってたな。」
 「オレも何か聞いた覚えがある。狼女みたいに満月に甦るって言ったぞ。」
 「オレにはかぐや姫って言ったぞ。」
 「オホホホホホ。全部あたり。でその通りになった。」
 「エッ。」「エッ。」「エッ。」
 「今日は久ぶりに下界に来たの。又すぐ帰ろうか、と。」
 「また訳わからんことを・・・・。」
 「アハハ、女の正体はなかなか分らないのよ。皆奥様がどこの住人だと思ってるの?」
 「・・・・。」「・・・・。」「・・・・。」
 こっこいつ、何者なんだ。

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 人呼んで「少年ランブル団」 (196X年 小学校編)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 僕らの秘密基地 (196X年 小学校編)

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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 僕らの秘密基地 (196X年 小学校編)

2015 JAN 10 8:08:58 am by 西室 建

 秘密集会でマンガの廻し読みをし終わった頃、茂が聞いてきた。
 「おい、B。出井が好きなのは誰だか分かったのか。」
 「分るわけないだろ。聞きようがネー。」
 「だから教えたろ。名前出して顔色を伺うんだよ。」
 「ああ。やってみたけどだめだった。」
 「赤くなったりしなかったのか。一体誰を出した。」
 「AとC。お前ら。」「バカ!」「バカ!」
 「少しは物を考えろ。現実味ないじゃないか。野球の上手い佐藤とか、勉強のできる鈴木とか。」
 「だけど、違うと思うぜ。あいつ変わってるんだ。」
 「変わってる?クソ真面目じゃないの。」
 「あれはワザとやってんだよ。目立つことが大嫌いみたいだよ。」
 「オレわかる。だってこないだの国語の試験、何にも書いてないんだぜ。あんなにできるのに。」
 「できるけど逆を行った?不思議な人だな。」
 「それで職員室行きか。Bは何でだ?一緒に呼ばれてたじゃん。」
 「オレは出井さんをよく監視するようにヤマダンに頼まれたんだ。」
 「バカ!」「バカ!」
 それから誓いの言葉を3人で唱和して、帰ろうと講堂の裏手を回った。
 驚いたことに、下校する出井さんにバッタリ会ってしまった。
 「アラ、A、B、C、お揃いで集会の帰り?」
 僕達は引きつった。特に僕はあわてた。とたんに他の二人はくってかかった。
 「お前喋ったのか。」「この裏切り者。」「ちっちがう!オレは喋ってない。」
 「アハハ、原部君じゃないわよ。大体君達『これ、秘密文書』とか『今日集会』とか大声で喋ってもうバレバレよ。Aだってその文書とか落としてたし、Cだって『僕らは少年ランブル団』とか口ずさんでるし、アタシもうおかしくて。誓いの言葉だって気をつけないと講堂のなかで聞こえるよ。」
 「あのー、他の人にもバレてんの?。」
 茂が小さい声で言った。
 「大丈夫。今のところ、誰も知らないよ。」
 「あのー、今日の集会で何を喋ってたか、は知ってる?」
 元彦も消えるような声で聞いた。
 「知らないわよ。今日は生徒会だもの。」
 アー良かった。誰が好きなのか、なんて喋ってたのがバレたらコトだった。
 「あのー、秘密にしといてくれないかなー。」
 僕はかすれる声で聞いた。
 「あたしは誰にも言わないわよ。但し、条件がある。」
 「なんでしょう。条件とは。」
 出井さんはニコニコしながら、少し考えるように、小首を傾げていたが、悪戯っぽい目で言った。
 「そうね。あたしも入れて頂戴。」「エッ。」「エッ。」「エッ。」
 「そうしたらあたしは出井だから、D だね。」
 こっこいつ、一体何者なんだ。
 僕達はそのままゾロゾロと秘密の場所に出井さんを案内した。
 「ここかー。まあ、一般には分らないだろうけど、用務員のおじさんは知ってるだろうね。」
 「エッ。」「エッ。」「エッ。」
 何だか僕達はさっきから「エッ。」しか言っていないような気がするが。
 「そのうちこの漫画は根こそぎやられるから、持って帰ったほうがいいよ。それで、この場所は連絡の秘密文書を隠して置く場所に使うんだね。ほら、そこの隅っこに挟んでおくとかさ。そうすれば君達みたいに人前で『ほら、これ。』とか言いながら渡すようなことをしないですむわよ。それで集会をする場所は学校の外に又作るのよ。毎回変えるとかね。」
 ウーム。いちいちもっともなことだ。
 「ところで、ランブル団ってどういう意味なの?」
 「うん、それはだな。」
 やっと、出番が来たっ、といった感じで元彦が始めた。僕には何だかよく分らんが、彼女は『フーン。なるほどね。』等と相槌を打っていた。
 「それじゃ、オレ達がいつもやってる『誓いのことば』も覚えてもらおうか。」
 多少ペースを取り戻した茂も胸をそらせた。ところが、
 「ああ、それなら知ってるわよ。『ひとつ、ランブル団のことは、』ってやつでしょ。」
 「エッ。」「エッ。」「エッ。」また振り出しだ。
 「言ったじゃない。あんな大声でやってるんだもん。講堂できこえたわよ。」
 「・・・・他に誰か聞いたの?」
 「下級生がいて、『あれは何ですか?』って聞かれたから、ボーイ・スカウトだって言っといた。」
 どうにも僕達より上手のようだ。
 「いいこと。これからは秘密結社なんだから、普段はそう仲良く話さないの。秘密の場所にも一緒に来たりしない。連絡を取りたい人が、1時間目の休み時間に秘密文書をそこに挟んでおくの。で2時間目がA、3時間目がB、昼休みがC、5時間目が私。帰りがけに挟んだ人が持ってかえるのよ。それぞれ秘密の集会所を探してきて。それで完璧よ。」
 さあ大変だ。学校以外に秘密に集まれる場所なんて見当もつかない。つかないが、1週間以内に探してみることになってしまった。
 そして1週間後が来た。この1週間というもの、何しろ普段は仲良く話さないことにしたので休み時間に遊ぶ相手に困った。場所探しはもっと困った。同じ町の中にそんなに秘密の場所があるわけがないじゃないか。シケた公園も、パッとしない神社の境内も、地元の奴にとっては秘密でも何でもない。一度は川の土手をウロウロして、同じようにチョロチョロしていた元彦と会ってしまいお互い、困ってんだろうなー、という顔をしながら、『よう。』と言ってすれ違った。
 更に、僕の場合は出井さんが隣だ。まあ、仲良く話すこともないのだが、話さないようにするというのも実に難しいもんだ。いきおい、敬語調になって変なことおびただしい。『それを見せて頂けませんか。』『今、ヤマダンは何と言ったのですか。』と言った具合だ。

 ところで3時間目の休み時間が僕の番だったので、例の場所に行ってみた。すると秘密文書が挟んであった。開いてみると、『Cより全員に告ぐ。集会所の候補地が見つかった。本日4時半に駅改札口に集合。』とあった。なにやらワクワクするじゃないか。
 教室に帰ると、何食わぬ顔で出井さんの隣に座った。相変わらずニコニコしている。彼女は5時間目の休み時間に行くのだからまだ知らない。しかし言う訳にもいかず。
 そして、5時間目の休み時間から帰ってきたが、表情一つ変えずにすましていた。唯者じゃない。
 4時半きっかりに改札に行った。一度家に帰ると出にくいので、図書室で時間をつぶしたのだが、他の3人は一度ウチかえったみたいで、ランドセルを背負っているのは僕だけだった。
 もったいをつけた茂が黙ったままそっと元彦に紙を渡した。元彦は真剣な表情でそれを見ると僕にアゴをしゃくって渡した。『CからA、B、Dへ。切符を買って次のXX駅で降りろ。Aは3両目、Bは4両目、Dは5両目に乗れ。Dはこの秘密文書を捨てろ。』と書いてあった。僕も無言で出井さんに渡すと、彼女は小さく頷いて切符売り場に行った。僕達も無言のまま、買いに行き、無言のまま改札で切符を切ってもらい、無言のままホームに上がり、バラバラになって電車を待ち、そして別々の車両にのって、次ぎの駅で降りた。その後も無言のまま1列になって茂の後をついていった。何か大真面目でこんなことをやっているのがバカバカしいとは一瞬思ったが、誰かが一言でも言ったら笑い出してブチこわしになるに決まっているから黙っていた。
 とある、くすんだビルの中に入っていくではないか。あやしい!3階建ての屋上まで上ると、何と鍵を出して鉄の扉を開けた。屋上は日当たりの悪いビルの谷間で、シケた鉢植えがぞんざいにあって雨よけのシートが掛けてある一角があった。
 「どうだ。ここなら絶対に分らないだろう。」
 茂が胸をそらせて言った。本当にそうだ。よくこんな所を。さすがだが一体どうやって。
 「ここはこの下の事務所をおじさんが借りているんだけど、何かもうすぐ立ち退きなんだってよ。だから暫くこの屋上は勝手に使っていいらしいんだ。だから鍵もオレが持ってる。どこかに隠しておけば皆自由に使えるってわけだ。アッ、それから知ってると思うけどこの学区はF小の地域だ。あそこはやばいからくれぐれもウロウロしたりしてもめごとには気をつけろよ。特にD、お前目立つからな。F小は女子が凶暴なんで有名だから。」
 実際に暮らして見なければ分らないだろうが、下町ではよそ者を入れない。山の手のように駅のまわりの商店街を抜けると家ばかりならば人の集まる場所は限られるが、下町の方は人の住んでる所と人が働く所と変なおっさんやアンチャンがウロウロする所が一緒だ。とにかくゴチャゴチャしているし、その変なおっさんやアンチャンの中には見るからにヤバイのもたくさんいる。そういうのがよく他所から遊びに来ているのにインネンをつけて子供はそれをしょっちゅう見ているから小学生でも縄張り意識が強く仲も悪い。茂はそれを注意しているのだ。
 ともあれいつまであるのか分らないが秘密の隠れ家ができた。この日の誓いの言葉は一段と声がそろっていた。

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 人呼んで「少年ランブル団」 (196X年 小学校編)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 月光の誓い (196X年 小学校編)


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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 人呼んで「少年ランブル団」 (196X年 小学校編)

2015 JAN 9 20:20:02 pm by 西室 建

 『AからB,Cへ。本日の集会は例の場所で行う。Bはサンデーを、Cはマガジンを持参。』
 授業中に紙が回ってきた。なにやら怪しげだが、僕達は秘密組織「ミッドナイト・ランブラーズ」略して、少年ランブル団、を結成していてA,B,Cはそのコード・ネームだ。
 Aこと英(はなぶさ)元彦。Bは僕、原部譲(バラベゆずる)。Cが椎野茂(しいのしげる)の3人だ。
 名前は物知りの元彦がつけた。ウエスト・サイド・ストーリーとか言う映画に、アメリカのチンピラがグループにナントカズと名前をつけていて、それを字幕ではナントカ団、とかいてあるのだそうだ。元幸や茂にはアニキがいて、流行の音楽やら映画のことを良く知っていて教えてくれる。自分は見てなさそうだけど。
 ミッドナイト・ランブラーズ、少年ランブル団、どういう意味かは忘れた。そして何を今日するのか、というと3人で集まって僕達の間では欠かせない、少年サンデーと少年マガジンに少年キングを回し読みするのだ。ランブル団が結成されてから、それまでそれぞれ別に買っていたのがいかにももったいないので順番を決めて買い、回し読みをすることにしていた。教室は漫画禁止なのでどこかに隠しておく必要があり、それが ”例の場所” である。校内だが言うわけにはいかない、秘密の場所だ。6時間目が終わって集まった。
 「誰にも見られてないな。」
 「もちろんだ。」「抜かりない。」
 「よし。」
『伊賀の影丸』『おそ松くん』。暫く皆で読んでウチに帰る。帰り際に大将格のCが、
 「それじゃあ、誓いの言葉だ。(間を取って)ひとつ、ランブル団のことは決して口外しない。他人の前でコード・ネームで呼ばない。」
 「(僕)ふたつ。ランブル団は仲間を決して見捨てない。敵に当たるときは全員力をあわせる。」
 「(A)ランブル団は秘密をつくらない。互いにウソはつかない。」
 「(全員で)裏切ったら除名する。生涯裏切り者として地獄に堕ちよ。」
 「よし。」「よし。」「よし。」
 何がよし、だか分からないが、僕達は大変満足した。
 6年2組は、うるさいクラスだ。授業中もザワザワしていてよく先生が怒る。そして、一番うるさいのは実は僕だ。とにかくなぜか授業が退屈で退屈で窓の外を見たり、いたずら書きをしたり、それでもダメで隣をつついておしゃべりしてしまう。なにしろ二人机でくっついているんだから、初めはいやがっていてもしまいにひきずり込まれているうちに、どんな真面目な奴も僕の隣に座るとみんな成績がガタ落ちになってしまうらしい。一度は母さんがPTAの会合でこっぴどくやられたらしく、その分僕はこっぴどくが10個つくくらい怒られた。
 それはどうでもよいのだが、ある日突然席替えがあった。そして結果からいうととんでもないことに、クラスで一番美人でかつ秀才の女の子の隣にさせられてしまった。そしてランブル団は、元彦(A)は小柄なので前の方、茂(C)は左の後ろの方。僕は大好きな窓側から遠く離された廊下際の後ろ、と三角形のようにバラバラにされてしまった。もう授業中に秘密指令を廻すことができなくなった。何しろそれまではA・B・Cの順番で縦に並んでいて(それでコード・ネームを決めた)だからこそ誰にも知られずにランブル団のメモをやり取りできたのだ。
 その隣になった子、出井聡子さんは学級委員で先生の信頼厚く、運動神経抜群でかつクラスで一番かわいい。全く僕とは正反対のやつなのだ。今まであまりしゃべったこともない。まいったなあ。
 新しい席では僕は警戒していたのだが、出井さんの方は少しも変わらずニコニコしてくれたので安心した。『しゃべりかけないで。』なんて言われたらどうしよう、と思っていたのだ。それどころか、随分親切なので驚いた。僕は宿題を忘れるのもしょっちゅうだが、そんなもんじゃなくて定規やコンパスとか、もっとひどいときは教科書とか筆箱とか致命的な忘れ物もする。翌日に早速算数の教科書をやっちまった。しかも授業が始まってから気がついたので、どうにもならない。するとうろたえていたのに気がついた出井さんが、教科書をスッと机の真ん中に押し出してくれた。えっといった感じで目があったが、相変わらずニコニコしていて、僕はドキッとして、お礼も言わなかった。
 席が離れたので、秘密文書は授業中には廻せない。休み時間に3人で喋っている時に『おいこれ秘密文書。』といって渡すのだが、3人で喋りながら渡してその場で見るのはあんまり秘密っぽくない。口で言っても同じじゃないだろうか。
 秘密の場所で漫画を交換した後、突然元彦が
 「おい、B,新しいおとなりさんはどんなだ。」
 と切り出した。
 「どうって、出井のこと?」
 「そうだよ。」
 「よくわかんない。真面目な子だよ。」
 「そんなこと見りゃわかる。何か他にないのか。趣味のこととか。」
 「分かるわけないだろ。口きいてもらえないんだから。話なら、C、お前時々話してるじゃん。」
 「そりゃ話すけど、オレあいつ苦手だ。」
 「そうだろうな。相手は学級委員だもんな。」
 「オレ達のことなんかバカにしてるだろうな。」
 「だってされてもしょうがないよ。バカなことばかりしてるんだもん。お呼びでない。」
 「これまった失礼いたしました。」
 「そうだ!出井が誰のことが好きか、B、お前調べろよ。」
 「シエーッ。無理だよそんなこと。口もきいてないのに。」
 「だーかーらー、そこは頭を使え。何となく名前をだして表情を見るとか。」
 「オレ無理だよ。お前等のほうがいいよ。」
 「だーめ。」「だーめ。」
 結局調べるってことになったみたいだが、最後に3っつの誓いを斉唱して帰った。
 さて、頭を使えといわれてもどうすりゃいいのか分からない。わからないまま1週間が過ぎた。その間多少わかったことは、まず出井さんはピアノを習っていてものすごく上手い。実は僕も習っていたのだけれど、バイエル、ハノンを終えた時にやめた。出井さんはその上を更に行っていて、レッスンのあるらしい日にピースを広げたりしていた。曲名は知らないが音符の数のベラボーに多い曲だった。女子の間でも人気者というか、輪の中心的存在なのだけれど、あまり喋るわけじゃない。周りがケラケラしているときに、フッとニコニコ顔が消えていく時があって、何か本人が消えていってしまうような感じがした。
 ここ東京南部は区はでかいが、大きく分けて『浜』側と『山』側と言っている。高級住宅街と下町が隣合っていて、我等がE小学校はちょうどその真ん中だ。生徒は両方から来ていて、だからごった煮みたいに色んな奴がいる。僕達は言うまでもないが。
 ある日、抜き打ちの小テストがあった。ウチの担任の山田先生は自分で問題をつくって時々突然テストをする。この日は国語だった。漢字の書き取り、読み、その後文章題があった。教科書に出ていた物語が載っていて、主人公がどうしたこうした、を20字以内で書け、とか『それは』はなにを指すのか、といった問題があった。僕は鉛筆の持ち方が変なので、もちろん字はめちゃくちゃヘタだが、左手をこめかみに当てて肘をつき、かぶさるように字を書くクセがある。そうしているうちにその物語の続きがどんなもんか、が頭に浮かんできた。なにやら、面白いストーリーが浮かんでニタニタしているうち、フッと眠くなった、というか一瞬眠ってしまったか。
 「はい。お終い。鉛筆を置いて。後ろから前に出して。」
 同時に、キーンコーンーカーンコーン、とチャイムがなった。しまった!何にも書いてない!あー、全く!そしてテストが後ろから集められてきたので、ヤレヤレと自分の分を出した。その時、隣の出井さんの答案が見えた。さぞよくできてるんだろうな、と思ってチラと目をやると、何と!何にも書いてないじゃないか。息を飲んで目を上げると、ニコニコしている出井さんと目が合った。
 「よく寝てたみたいじゃない。」
 こっ、こいつ。一体何者なんだ。
 早速山田先生が、『原部と出井、放課後ちょっと職員室に。』とお達しがあった。事情を知らないみんなが囃し立てた。違うんだってば。六時間目が終わって、ノコノコ職員室に行った。いや、正確に言えば、出井さんについていった。山田先生、通称ヤマダンは怒っていた。
 「お前達、二人そろってどうしたんだ。何か理由があるなら言ってみろ。」
 先生がこっちを見るので、僕が口火を切らざるを得ない。
 「あのー、ですね。えー、文章を読んでいるうちに、フト、フトですよ、この主人公が5年後にどうな
るのかを考えたらですね、そのー、止まんなくなっちゃって、あのー時間がなくなりまして、」
 「バカモン!時間がない、じゃなくて寝てたじゃないか。」
 「エッ、先生見てたんですか。じゃどうして起こしてくれなかったんですか。」
 「バカ。試験だぞ、全く。集中しろ!出井はどうした。」
 「わたしはこの作家、ナントカカントカは認めてないんです。」
 「ホオー。どういうところがだい。」
 こっ、こいつ。一体何者なんだ。先生と出井さんは訳のわからない話をして、最後は先生が折れ『まあとにかく試験は真面目にやるもんだぞ。』といって終わった。出井さんは僕を見て、
 「原部君、おもしろいね。」
 とニコニコして言った。訳わかんないのはそっちの方だよ、と僕は心のなかでつぶやいた。      

つづく

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 僕らの秘密基地 (196X年 小学校編)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる 月光の誓い (196X年 小学校編)


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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年 男子中学編Ⅲ)

2014 JUN 18 20:20:53 pm by 西室 建

E中学は私立男子一貫校で、中学受験をするため、みんな小学校の5・6年生の時は塾通いをしてくる。そのせいかどうか、何だか話しをしてても面白くも何ともない。初めサッカー部に入ったが同学年の奴等となじめず、すぐ辞めてしまった。そんな訳で、仲間と言えば席が近かったというだけの安直な理由で、同じクラスの4人仲間という具合になった。そして不思議なことに2年も4人が同じクラスとなり、まあ腐れ縁なんだろう。
 英(はなぶさ)と出井、もう一人B・B(原部バラベと読む)というのがいる。
 E中・高は自由闊達がウリになっているが、僕に言わせれば、生徒と先生が馴れ合っているようなもんで、もともと好き勝手にやっている僕としてはこの1年何とも居心地の悪い思いだった。マア仲間が4人もいれば良しとするところか。こいつらはある意味話していて楽しい。
 しかしまぁその4人だって面白いことは面白いが、中身はバラバラだ。僕は自分で言うのはナンだが、みっともない服装が嫌いで中学生にしては凝るが、比較的おしゃれなのは出井くらい。英(はなぶさ)は全く気取らないで一年中ジーパンだし、B・Bに至っては支離滅裂だ。特に色の選び方がひどい。2年になってから、毎月髪の色を変えだしたのを見た時は、狂ったかと思った。
 ところで僕は、どういうわけか真面目な兄貴の影響で芥川・三島・春樹くらいは読むが、先日の現代文の授業で太宰の『走れメロス』の感想文を提出しろ、と来た。小学生じゃあるまいし、よりにもよって。それで登場人物のステレオ・タイプぶりをおちょくり倒し、太宰のテーマへのアプローチのあざとさを批判するような文章を提出したところ、何と放課後に来い教官室に来い、を食ってしまった。多少予想された説教であったが『こうひねくれた感想は奇をてらったつもりでも結局陳腐なものにしかならない。もっと中学生らしくあるべき友情の・・・・。』と説教されてマイッた。友情と言われても頭に浮かんだのはあの四人だし。と思いながら教室に帰ると、あいつ等が心配して待っていたので、念のためどんなことを書いたのか聞いた。
英「まァオレは『この王こそが最もメロスの帰りを待ち侘びていたに違いない。』とまとめた。」なかなかやるじゃないか。英は小説を好むけれど洋物中心で、不思議なことに1960年代のことにやたらと詳しい。黒人公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング牧師がやったという有名(らしい)な長い演説を暗記していて、『アイ・ハヴ・ア・ドリーム』と抑揚たっぷりにスラスラ喋ったのでビックリした。ギターを弾きながら『花はどこへ行った』とか『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』といったフォーク・ソングを歌って見せたりもする多才な奴だ。ビーチ・ボーイズという聞いたこともないバンドもこいつから教えてもらった、結構イケてる。
出井「オレとしては途中メロスが襲われるところが切ないが、体力の回復と共に気力が漲ってくるところが『命』の躍動だ、としておいた。」出井は古典趣味で、また熱中すると深読みのしすぎといった趣があってついていけなくなる。この前の日本史の授業中、平安時代の院政の発表をしたが『政治をすると言っても官位の人事をするだけで、この時代に民衆の幸福を考える皇族も貴族もいるわけないから、おべんちゃらか女や稚児さんの取りっこぐらいしか評価の基準はありません。そのスキをついて武士がですね・・・。』とやって教師を激怒させていた。
B・B「僕は『あんなに一日中走れないから、どうせならセリヌンチウスの方になる。』って書いたな。」バカ。マンガの読みすぎで人格の浅さが丸出しだ。

 男子校だから女の子に興味深々のやつらばかりのはずだが、あいつ等は口では『女日照りだ。』とか『彼女ほしい。』とか言うくせに、僕に言わせれば女に免疫がないとしか見えない。要はちょっとしたセンスの問題で、そういうことであればあるほどそのセンスの有る・無しは致命傷だ。奴らは永久にだめだろう。
 まあ、この手の遊び話は学園内では大したことにはならないし、いきおい外の世界で遊ぶとなるのだが、しかし残念ながらE中学のブランドネームが効いてしまって、そこでは僕がガキ扱いされてしまう。お坊ちゃん学校ということで、ドスが効かないことおびただしい。
 おまけにチーマーのアンちゃんになればなったで、これが又ケンカばかりしている本当のバカとか、恐ろしく話しが下品な奴とかは願い下げだから、何でも仲良くなりゃいいってもんじゃない。結局クラス仲間の4人組となってしまう。

 2004年恐ろしく暑かった夏が終わり、秋空の下運動会の準備が始まった。
 これが又煩わしいことこの上ない。とにかく男ばかりだ。華やかなアトラクションなんか全く無し。競技は高等部が棒倒しで中等部が騎馬戦だけ。そして、その合間にばかばかしかったり、卑猥極まりない応援合戦。それを中高一緒なもんだから、朝から夕方まで延々とやる。
 いっそさぼってやろうかと思っていた矢先にクラスの委員選考があった。応援とか何だかんだでクラスの半分くらいは委員をやることになるが、多少の例外を除いて自分で手を挙げる奴はいないから、やれアミダだジャンケンだとやっていたら僕が競技委員になってしまった。これは、いわばクラスの競技のマトメ役で、練習の段取りからチーム編成までやらなければならない、極めてウザイ。
 一月前から、体育は全部運動会の練習だ。といっても当日サボリを決めるつもりの奴から、まるっきりオマカセの奴、やたら張り切る奴、まとまりの悪いこと甚だしい。とにかくこんなガキの遊びみたいなもんに付き合うだけでもアホらしいのに、冗談じゃない。
 一回めの騎馬の組み合わせからしてモメた。僕達はちょうど4人で組んだが、一人足りないだのあいつとは組みたくないでスッタモンダ。やっと全てが編成されいよいよ立ち上がる時、我が騎馬は崩れた。僕が上に乗ったのだが、英が小柄なためバランスを崩し、走り出した途端に僕はもんどりうって落ちた。何たることだ!
「もうイヤんなった。」
「とにかくウチの騎馬だけでも何とかしよう。」
「うん。おれも思うんだけど上に乗せるのは英の方がいいと思う。」
「だけど、オレが上じゃあ組討になった時は戦力にならんぞ。」
「いや、まあ聞け。」
出井が言うには、実際に組討になった時は見たところ掴み合いになって、ほとんどが両方とも潰れている。それよりも機動力を出して、体当たりで相手の馬を倒した方が確立は高く、剣道でも体当たりは有効な技とされているそうだ。剣道部の出井が言うのだからそうなのかもしれない。急遽僕が前、右出井、左B・B、騎乗英に変えて御丁寧にも昼休みにまで練習した。
 ある日B・Bがノートを広げて真剣な声で言った。
「僕は艦隊運動の研究をしているけど、こんなこと考えたらどうかな。」
作戦要務令と書かれたノートには、『五輪陣形』とか、『錐揉陣形』という複雑な陣形にあいつが考えた空母機動部隊が配置されていた。それにしても空母『天狗』とかイージス『高天原』、潜水艦『酒呑童子』とはどういうセンスか。何のためにこんなことをしたのかは知らんが。
「こんなことできる訳ないだろ。」
「いや、使える。」
 発案者のB・Bは無視して、英、出井と検討した。
 結果、僕達の騎馬が先頭になって、全騎馬が楔形で突進するものと、二つの固まりになってび両側からV字型に挟み撃ちにするものが有効だということになった。
 体育の練習の時に、まず教室に集めて説明をすることにした。説明は出井。
「皆ちょっと聞いてくれ。」
 こんな時ガキみたいな奴らは単純に乗ってくるから扱いやすい。ヒネた小僧なんかがツベコベ言うと面倒だが、出井は他の3人より信頼が厚いのでこういう時うってつけだ。各騎馬の配置まで決めて、黒板に書き出した。この際楔形は『くさび』、V字型は『鶴翼』と命名された。早速練習するとこれがまた絶望的に動きが鈍い。ダメだ。紅白戦にもなりゃしない。もっぱらワーワー言いながら言ってみれば蛇行行進の稽古をしているようなもんだ。
 ところが面白いもんで、1週間もするとアラ不思議。慣れるに従ってみんなキビキビとかなり機動力がついてきた。しまいには上から英の号令の下、楔ー鶴翼ー楔といった複雑な動きまでこなせるようになった。ひょっとしたら。

 当日は良く晴れた運動会日和というやつだ。騎馬戦は中学学年ごとの5クラス総当り。なんとなく皆も張り切っている。いよいよ2年の出番だ。円陣を組んで僕がエールをかけた。
「いいかー。」「うおー!」「ぜーってーまけねー!」「ウオーッツ!」段々声もでかくなる。よーし。
 騎乗して、合図が鳴ると同時に英の号令がかかる。「くさびー!楔だ!」
 結果は正に鎧袖一触というやつだ。びっくりした相手をまるで踏み潰すみたいに追い散らして圧勝した。次ぎもその次ぎも圧勝。こうなりゃ全勝優勝だ。
「みんなー。彼女いるかー!」「いねー!」「彼女ほしいかー!」「ほしー!」「全勝して合コンだー!」「ウーオー!!」最後の声はとりわけでかかった。
 合図が鳴って得意の『くさび』にかかったところ、何と驚いたことに相手も同じような形をとるではないか!あわてた英が大声で号令している。
「くさびじゃなーい!カクヨクー、両側広がれー!両翼上がれー!。」
 相手も研究したのだろうか、それどころかこちらが体制を変えている間も「ウオーッ」の歓声とともに突っ込んでくる。先頭の馬はサッカー部の頃から僕と何かとソリの合わない飯田ではないか。
「オイ、椎野!飯田の狙いは初めからお前だけだ。潰されたらこっちは総崩れだぞ!」
「上等だ。前進するぞ!」
 中心の僕達が突撃したので、きれいに両翼に分かれかけた鶴翼がW字のようになったまま激突した。そのまま揉みあっていたが、向こうも引かない。足まで踏んできた。このやろーと反射的に首を振りながら、左目の上で飯田の鼻のあたりにバチーッと頭突きした。セコいケンカの時にやる手だ。
『ゴッツ!』と音がして「ウーッ。」と呻きながら飯田が膝を屈した。ざまーみろ。
 ところが、全体がメチャクチャな潰しあいになった時に、飯田が復活してきて鼻血で胸と顔を真っ赤にしながら、掴みかかってきた。
 「椎野ー、やりやがったな!」「やめろ!オレは両手塞がってんだ!」「知るか!きたないことしやがって。」飯田は僕に飛び掛ってきた。
 その時左側のB・Bが間に割り込むように入ってきて、飯田のわき腹をドスーと蹴り上げた。おかげで英は頭から落ちた。飯田も再び「ウーッ。」とうつぶせになってしまった。B・Bはそのままサッカーボールを蹴るようにキックしている。押し寄せてくる奴らを制して振り向いた。
「出井!B・Bを張り倒せ、飯田にケガさせるぞ!」
 出井は豹が飛び掛るみたいに素早くB・Bに飛びついて2人は転がった。
 ガキのケンカは双方の犠牲が同じになれば終わりだ。転がってるのが飯田とB・Bになって双方の睨み合いになった頃、やっと高等部の審判部員がフォイッスルを吹きながらやってきた。結果は没収試合。ヤレヤレ。

 ところがそれでは済まなかった。実行委員会審判部は聞き込みの結果、倒れてからのB・Bの蹴りを暴力行為として重く見て、休み明けのクラス討議にかける旨決定した。
 そして休み明けのホーム・ルームに高校生の応援団長、審判部長、競技委員長がやって来た。
 曰く、審判部としては、競技中のケガについては正々堂々としたものであれば不問に付すが、今回は、詳細に検討した結果見過ごす訳にはいかない、E学園の自治と自由を守るためにも、諸君の真剣な討議を踏まえ、我々は学生を処分することはできないので、職員会議にあげて検討してもらう、その際の処分には停学、退学もあり得る、云々、クドクドと喋った。何が自治と自由だ、たかが中学生のケンカぐらい裁けないで笑わせると思った。
 それがどうしたことか、クラスの反応が違う。坊ちゃん育ちの子供達は『処分』にビビッたか。椎野の頭突きはやりすぎだ、B・Bは協調性がない、せっかくの運動会がぶち壊しになった、どーした・こーした意見が出て、全体がB・B非難の論調に収斂していく。なんてこった。こういう奴らがそのうちエリートにでもなって、E学園の校風は素晴らしかった、などとぬかすのかと思うと、胸糞が更に悪くなった。スケープ・ゴートを見つけて後は知らん、の根性が見えるようだ。全くガキは始末に負えない。
 と、僕の後ろでガタッと音がしてB・Bが立ち上がった。不貞腐れている。
「オレもういいッス。皆で決めてくれ。」
と言うと、クラスを飛び出してしまった。イカン。英と目が会った。格別のニヤニヤ笑いだ。英は期限の悪い時にニヤノヤする癖があった。出井は怒りで真っ青というか、緑っぽくなってしまっている。まずい!
「ちょっと待てよ。オイ少し違うだろ。アクシデントとケンカだろ。先輩達も処分だ何だ言わんで下さい。この程度で処分にされるなら騎馬戦なんかやらずにカケッコでもやってて下さいよ。オイ、皆クラスで処分だなんて結論出すのやめろよ。」
同時に英と出井が席を立った。ヨーシ、こんな坊ちゃん学校でたかが小競り合いに一遍に4人も処分なんかできるもんか。そう思って胸を張って外に出た。

「B・Bはどこだ?」
「カバン持ってないから帰ってないよ。多分あそこだ。」
 出井が連れて来た所は、体育館の裏側だった。秋の日が眩しく差している塀の隅に黄色く染めた髪を鮮やかに反射させてB・Bがうずくまっていた。
 ハッとしたが、運動会のクラス・カラーは黄色だ。あいつまさか運動会の黄色に合わせるために春先から毎月髪を染め出していたのか?いや、そんな計画性の有る奴じゃない。
「あいつなんであんなとこにいるの?」
「さあ、前にアリの行列で遊んでた。」
「何だ、そりゃ。」
 それはともかく声をかけようとした矢先、「待て。」と英が止めた。
「今声かけるとアイツ引っ込みがつかなくなって口が滑るかもしれん。ありゃ悔し泣きだよ。」
「エッ。」
 全くガキは手がかかるが、まあいいか。
「夕刻のセリヌンチウスだな。」
「メロスは声をかけないのも情のウチ。」
「じゃ行くか。」「ああ。」「うん。」
 振り返って歩き出すと、真っ赤な秋の夕日で僕達3人のデコボコな長い影が伸びていた。

おしまい

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編Ⅱ)


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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編Ⅱ)

2014 JUN 12 20:20:34 pm by 西室 建

  B・Bは不思議な奴だ。
  育ちの良いお坊ちゃんなんだが、何を考えているのかさっぱり分からない。一年生の時に席が隣だったので仲良くなったのだが、一年付き合って益々訳が分からなくなった。計画性といったものがまるで無くて、思いつきだけで生きているようだ。発想が自由なのは中学生らしくて構わないが、余程甘やかされたせいか常識に欠けている。まさか犯罪を犯すとは思えないが、突拍子もないことをしては本人は気付かずに周りが慌てることが何度かあった。
  二年生になった途端、髪をピンクに染めてきた。茶髪は何人もいるがさすがにピンクはあいつだけだ。更に連休明けには真っ赤になった。狂ったのかと思ったら六月には草色にした。どうしたことかと聞いてみると、一年間で十二色を達成するのだそうだ。
「7月からは夏休みだから黒くしてるけど、虹の七色とピンク、草色、後どうしたらいい?」
一体何のためにそんなことをしているのか分からない。
  そう言えば、去年は自分で仮想連合艦隊を仕立てて喜んでいた。こっそりノートを覗いたらB・Bが名付けたイージスやら空母の絵が書いてあって、イージス艦は『高天原』とか『岩戸』、空母は『天狗』『夜叉』だった。どういうセンスなんだ。
  僕らの通うE中学は男子中高一貫校だからクラブ活動は高校生と練習しているので、中学大会では結構強い。団体競技が苦手なので剣道部に入った。そこでもそこそこ仲間ができたが、たまたま二年でも又同じクラスになったので、友達といえばちょっと変だがB・Bと、やたら英語が好きな英(はなぶさ)、ちょっとヒネてる椎野の四人組か。
 ある日剣道部の練習を終えて、体育館から出て裏のほうに行ったらすみっこに奴がうずくまっている。こんな時間まで何をしているのか、と声をかけた。すると『アッ』とか言って慌てて立ち上がった。
「お前こんな所で何やってんだよ。」
「何でもない、何でもない。」
楊枝が地面にいっぱい刺してある。
「ナンだそれは。」
「何でもない、何でもない。」
地面を覗いて見ると、蟻の引越しの行列があって、それに沿ったように楊枝が何本も刺してある。それが幾筋もの線になって、奇妙な幾何学模様のようになっていた。どうもB・Bが蟻の邪魔をしてルートを変えさせるように楊枝を刺しているのだ。
「お前。いつからこんなことやってんだ?」
「いつって、うーんちょうど三日目かな。」
「・・・・。」
 又別の日。放課後、一人体育館で『突き』の練習をしていた。何故か両手を一杯に伸ばしてカウンター気味に決まる突きが好きで、中学剣道では禁じ手だから稽古の後に型の練習をしていたのだが、そこにひょっこりB・Bが顔を出した。
「出井。こういう型やってみてくれよ。」
 竹刀を手に取ると、半身でライフルで狙いをつけるような恰好で、竹刀の刃を外側に寝かせ右肘が高く上がるように構えた。やってみると微妙に窮屈だ。
「それで突いてみてくれ。」
というので、えいっ、と突いたが半身の分だけ剣先が伸びきらず、やはり両手を伸ばした方がいい。
「そんなのじゃだめだ。左足を踏み込んでヤッと突いたらすぐ引く。続けてヤッ、ヤッ、と3回踏み込まなきゃだめなんだ。」
「ヤッ、ヤッ、ヤッ!」「遅い!それにもっと踏み込む!」「ヤッヤッヤッ!」「遅い!もっとヤヤヤっと!」
「ちょっと待て。なんでオレがお前なんかに指導されなきゃなんないんだ。」
「ねえ、どんな感じ?人が切れそうかな。」
「・・・・鋸引いてるみたいで窮屈だな。」
「ふーん。そうか。だめかな。」
 何を考えているんだ。さっぱり解らない。ところが僕は凝り性なので、さっぱり解らないまま、時々思い出してはやってみた。
 合宿で師範の道場に泊まっていた時、朝練の素振りの後に思わず『ヤッヤッッヤッ』をやったら師範が目を丸くした。
「出井。今の型はどうした。」
「いや。何でもありません(B・Bみたいな喋り方だ)。」
「それは実践剣術だ。そんな練習をしても現代剣道では使い物にならん。試合では使えないから。第一君はまだ中学生だろう。型を崩すと太刀筋が悪くなる。誰に教えられた。」
「何でもありません、何でもありません。」
「フム。天然理心流だよ。」
「てんねんりしんりゅう、何ですかそれ。」
「新撰組の剣法だ。今のは沖田総司が得意にしていた、天然理心流の『突き』だ。」
周りがみんな驚いた。
 だが何でB・Bがそんなことを知っていたのだろう。それよりその後剣道部では『総司』と言われるようになってしまった。いい気分だ。
 夏の都大会が始まった。ウチの剣道部はOBの面倒見が異常に良く、試合にも大げさな応援が来て盛り上がる。部員も多いので、A、B2チームがエントリーしていて、僕はBチームの中堅だった。
 2回戦までは順調だったが、3回戦となるとBチームはかなり苦しい。先鋒、次鋒があっさり抜かれた。相手は僕よりでかい。3年生じゃないだろうか。蹲踞から竹刀を合わせると『チエーイ!』と物凄い気合を発している。この暑いのにうるさい、と思った瞬間『メーンン!』と飛び込んできて体当たりしてきた。この野郎、これが得意か。またやるぞ、来た!『メーン!』突っ込んでくるデカゴリラを竹刀も合わせず、右半身を開いてかわしたところ、僕の肩越しに首一つでかいそいつの面が振り向いた。僕も気合を発した。
「ヤッヤヤ!」
しまった。例の突きがカウンターで3発きれいに入っちまった。
「反則!」
 師範が鬼のような形相で僕を睨んでいた。E中Bチームの夏が終わった。

 夏休み明けに早速B・Bを捕まえた。
「おい、おまえが何で新撰組の剣法を知ってるんだ。」
「ん?何の話だ。」
「お前が教えたあの『突き』だよ。沖田総司の得意技だそうじゃないか。」
「そんな人知らないよ。あれはオレが考えた『飛龍剣』って言うワザだ。あれ役に立ったか?あともう一つは『蛟竜剣』って言うのも有るんだけど今度教えてやる。」
「・・・・。もういいよ。・・・・。」

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編)

 

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年 男子中学編Ⅲ)

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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編)

2014 JUN 6 17:17:25 pm by 西室 建

 僕の苗字は「バラベ」というのだが、読みにくいのでみんなは「B・B」と呼ぶ。都内の中二だ。
 毎日遊ぶのが忙しい。ゲームの進化が早くて、ちょっと気を緩めると流行から遅れる。メールはひっきりなしに来る。パソコンもいじる、たまに勉強もする、クラブ活動もしている。夏はキャンプにも行ったし、冬はボードだなんだで一年中飛び回っている。一体僕は何なんだろうか。周りの同級生は天才からアホまで一通りいて、僕自身は天才でもアホでもなく、真面目でもないが、ドスの利いた不良じゃないあたりだろうと思っている。
 夢がないのかと言われれば無いようで、将来不安は無いのかと言われれば、あるような気もする。大体何か欲しいとか、何をどうしたいといった気分が沸いてこない。こんなチャランポランでいてはロクなもんにならんことくらいは分かっている。僕の身近に恰好の反面教師がいるからだ。
 それはウチのオヤジだ。
 僕は一人息子なので、チビの頃は大層甘やかされて育ったと聞いている。母さんがナントカいう難病とアレルギーで入退院を繰り返すので(今もだが)オヤジ本人の言によれば”必死”に可愛がったのだそうだ。実態は病身の母さんの手前一人でほっつき歩くのが具合が悪かったので、僕を連れてヨットだスキーだと繰り出し、色んなワルサを口止めするためビールを飲ませたりした。これを可愛がったと言うのだろうか。
 オヤジが一体何の仕事をしているのか未だに僕には良く分からない。朝は僕より遅く起きるし、月給をもらって来るので会社勤めなのは確かだ。スーツを着てると普通のサラリーマンに見えなくは無い。時々びっくりするような有名な会社の話しをしている。年中海外に行くが、行き先は決まってなくて『今は中国にいる』とか『ここはカナダだよーん』といったメールが来るだけ。この前は真夜中に電話があって、慌てた母さんが一緒に来いと言うからタクシーで最寄の駅まで行くと作業服を着て道端で寝転がっていた。その時はつくづくこうはなりたくない、と思ったもんだ。向こうも薄々そう思われていると知ってるらしい。一度あまりに勉強しない僕に真顔でした説教にあきれた。
「お前その調子だとオレみたいになるぞ。」
 
 2004年の7月は目が眩むほど晴れが続き、先が思いやられる夏だった。期末試験が終わり、あしたから休みの日、クラブ活動をして遅く帰ると、オヤジがヨットに乗りに行くところだった。何も予定が無いから、僕もついていくことにした。油壺に停泊する愛艇エスパーランサーに泊まる。
 ところでこのヨットも不思議な船で、いったい誰の持ち物なのかわからない。オヤジは『おれのもんだ』と言うのだが、いつも一緒に乗っているオッサン達もゲストを連れて来ると『オーナーは私で他の連中は皆クルーです。』と自慢しているのを何回も聞いた。オッサン達が何者なのかも良く知らない。しょっちゅう長い航海に出ていて、以前はこの人達のことを漁師だと思っていた。
 朝、キャビンで目が覚めると、寝る時はいなかった二人のオッサンが転がっていた。外に出るとデッキにはウイスキイの空瓶や空缶が散らばっていて、夜遅く来てから飲んだくれたのだろう。そうなると当分起きて来ないから、ヤレヤレと湾内を散歩した。油壺はフイヨルドのように曲がっていて、どんな時化の時もうねり一つ入らない良港だ。差し込んでくる朝日に山の緑がきらきらしている。入り江の水面は、外洋みたいにブルーじゃなく、周りの森を映してグリーンだが、目を凝らして一点を見ていると、ヒタヒタ満ちてくる潮の中に小さな魚影が分かる。ひと時もジッとすることなく動き回る。ボラだろうか、大き目の魚が泳ぎかかると、一斉に群れが弧を描いてさざ波が立つ。オッチョコチョイはジャンプする。汗ばむ程の夏の光の中、僕は何時間見ていても飽きないだろう。ボラ、カニ、小魚の群。アーア、こいつ等もヒマなんだろうなあ、と歩いていたらガサガサと小さい音がする。そっと林の中に入ると、何とセミがひっくり返って死にかけている。孵化に失敗したのか、羽がクチャクチャになって飛べないのだ。だけど何年も真っ暗な土の中にいたんだろう。やっと地上に出てきたのにうまく飛べずに死んでいくセミがかわいそうだと思った。暫く見ていたが、まだ足が動いている。死ぬところを見たくなくて、走って逃げた。
「オーイ、メシ食いに行くぞ。」
 やっと声がかかった。ボチボチ起きて来たんだ。メシといってもビールをガブ飲みするんだろうけど、湾内の定食屋に行った。
 
 出港してセールを上げる。風を一杯に孕んだ帆は生命の躍動感を感じさせる。波をかき分け、乗り上げながら進むワイルドな感覚は実に爽快だ。今日はやや凪の薄曇り。遮るものも無い風に、強い紫外線を浴びながらヒールした右舷から足をブラブラさせて三浦の陸地を見ていた。だけど僕は死んだ(だろう)セミのことが頭を離れなかった。あの森の中に一体、何億何兆の命があることなんだろう。
「よーし、タックしようか」
オッサンのうち舵を取っていた通称『キャプテン』から声がかかった。僕はジブセールのロープをほどいて合図を待つ。『セーノ』の声でリリースすると、大きく傾ぐ船の反対側に移動し、もう一本のロープを手繰りウインチを巻く。一番下っ端は忙しい。
 江ノ島までセーリングしてマリーナに入れた。このあたりは古いリゾート地だから、垢抜けない『おみやげ』やら『射的』だの『スマートボール』といった看板が並んでいる。
 ところが上陸したオヤジ達は『久しぶりだなー』と感動し、スマートボール屋に大挙してなだれ込んだ。これは白いビー玉をピンボールみたいに遊ぶ子供用のパチンコみたいなもんだ。何人もが並んで『ギャー』だの『やったー』だの言いながらはしゃいでいるのは不気味だが、ふと気が付くと一緒になって大騒ぎしている自分が情けない。何しろ子供は僕だけだから『いい年してみっともないだろ』くらいは言わないとならないんじゃなかろうか。散々騒いで又船に乗った。
 
 帰りの航海は珍しいほど静かで、鏡のような海をセールも上げずに帰港した。風も波もないヨットは渡し舟みたいなもんで、オヤジ達はすっかりやる気を失くし、舵を僕に任せて買い込んだビールを飲みだした。
「B・B、何だか元気ないな。」
 実は死んだセミのことをまだ考えていた。何年も土の中にいて、やっと羽ばたく段になったのに、運悪くグロい姿で死んでいった哀れなセミ。言うかどうか迷ったが、行き交う船も見当たらない退屈さから『実はねー』とその話をした。
「いや、そりゃそんな惨めなもんじゃない。何しろ生まれた時から土の中だから自分が惨めだなんて気付いてないんだ。」
「そうそう。結構蟻の巣を掘ったりミミズに出くわしたりして遊んでるわけよ。B・Bがゲーセンに行く感じだな。うん。」
「それがいい加減年寄りになって、ああ疲れた、とか言って出てくるんだろ。一週間で死んじゃうんだっけ。」
「しかも日が昇ると急にサカリがつくわけだ。生まれて初めて明るくなって『やりたい、やりたい』ってなるんだな、これが。」
「で、やったらオシマイ。ナンマンダー。」
「してみるとB・Bの見たやつは光にビックリしたギリギリのところで死んだんだ。」
「かえって良かったんじゃないか。雑念で頭が一杯になる前だからな。」
「うーん、うらやましい死に方だ。ワシ等はもう手遅れだからな。」
 これが分別のあるオトナが中学生にする話だろうか。哀れなセミの話がいつのまにかうらやましい死に方になってしまった。オッサン達に口を滑らせた僕がバカだった。今後この手の話をするのは金輪際やめだ。
 
 油壺に帰港すると、今日はこのハーバーのお祭りなので、知らないゲストの人達が一杯来ていた。バンドが入って飲むは踊るはでドンチャン騒ぎだ。オヤジ達がいつも演っている『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』をみんなで歌っている。うるさくてキャビンでは寝られず、オヤジと二人、テントで寝た。といってもキャンプ場でも何でもない近所の公園だ。テント暮らしも嫌いではないが公園だとホームレスに思われるかな、と思いながら寝た。
 翌朝カッとする日の光で目が覚めて、モソモソしてたら珍しく先に起きていたオヤジが外から声をかけた。
「起きたか、これ見てみろ」
 這い出してみると、テントの端っこをジーッと見ている。視線の先をたどるとたくさんのセミの抜け殻がくっついていた。そうか、こいつら命を散らしに行ったんだな。
 二人で黙ったまま暫く抜け殻を見ていた。
つづく

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年男子中学編Ⅱ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(200X年 男子中学編Ⅲ)


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