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小倉記外伝 友よ何処に

2013 SEP 11 9:09:33 am by 西牟呂 憲

 この夏の終わりに、身辺整理(女の問題や借金ではない)に小倉に行った。そして工場を訪ねてみると何か様子がおかしい。強い日差しの中、工場裏の堤防に上ってみたが相変わらずの流れで潮が引いていた。打ち合わせをかたずけて、さぁ飲みに行くかとなったので、広い敷地を歩いてみたが画龍点晴を欠く感のまま、駅前の立ち飲み屋に流れた。九州は東京標準と比べると日暮れが小1時間遅れるから、昼からだらしなく酔っ払っているオヤジ風情と変らない。

 北九州は鉄の街。街自体が鉄鋼カレンダーで動く。今は車通勤が普通になったので大分廃れたのだが、通勤帰りに駅前の酒屋とか焼き鳥屋で立ったまま一杯引っかけるのが習慣としてある、朝からだ。即ち製鉄業は24時間3交代で土日も動くから、夜勤(丙番という、炭坑だと三番方)明けの帰りにビールとか焼酎・日本酒をガッとやって帰って寝る。これを『角打ち(かくうち)』と称する。焼酎を升にいっぱい入れて角から啜るところから来たらしい。だから小倉、戸畑、八幡の駅のそばにはツウならばすぐそれとわかる店があって、立ち飲みする光景に違和感は全くない。それでこの場合は健全に夕方だが4~5人のおやじが焼き鳥でジョッキを傾けることになる。行きつけの某駅前飲み屋は荒っぽいところで、ビールに飽きて焼酎ロックに変えると、そのジョッキに氷を口まで入れてガバッと焼酎で満たしてくれる。2~3杯飲めばタチの悪い酔っ払いの出来上がりだ。

 ところで、夜勤勤めというのもシロウトがやるとかなり堪える。特に夏場は暑くて昼間にうまく寝られず、職場に行ってもボケーッとしてしまうのだ。学生時代に連日徹夜で麻雀をして鍛えたつもりになっている奴がまずバテる。寝損なって晩飯にビールを飲んで使い物にならない、なんてことになりかねない。コツは午前中だけ寝て、午後6~8時頃にもう一度ウトウトしてから丙番に入ることだ。だから夜勤番の時はあまり遊んだりしないで過ごすのがプロ。

 新入社員時に転炉という精錬工程で交代勤務をしていた。小学校の教室くらいある炉に300Tの溶けた銑鉄を入れ、純酸素を吹き付けてカーボンを飛ばす、熱く重く巨大な設備だった。とある夜勤の明け方にちょっとしたトラブルがあった。この交代勤務は自然と各番のライバル意識が芽生えるもので、トラブルを処理できずに次の番にハンドル交代することは恥の中の恥とされた。腕が悪いと言わせてなるものか、の気迫が満ちていて現場は実際火の粉の飛び交う戦場のようになった。無論役立たずの僕は少し離れてオロオロするばかりだったが、朝日の中を後番の棒芯(番方の大親分)がノッシノッシと歩いてきた。そして鬼の様な形相になって指揮を取る僕の番の棒芯ににっこり笑いながら大音声で呼びかけた。

「なぁーもあわとっこつなか!(何も慌てること無い。なか は か↑と上がる)前番ははよー帰えりんしゃい。」

この一言で我に帰ったか手じまいを始め、やっとハンドル交代ができたのだ。後番の棒芯、駆け出したいような喧噪の中のあのノッシノッシはわざとやったに違いないと僕は睨んでいる。現場魂を見せつけられ、なかなかの人物がいるもんだと感心したものだ。

 さて酔いも廻った頃合いにハッと気がついた。チビがいなかった。あいつどうしたの、と聞くとギトギトの酔っ払い達の表情が曇った。盆明けに来てみたら姿が消えていたそうだ。犬というものは死期を悟ると屍をさらさずにどこかに死に場所を求める、という話を聞いたことがある。以前の小倉記に「犬には死ぬという概念が無いんじゃなかろうか」などと書いた僕は密かに自分を恥じた。

 仲良くなってから、しゃがみ込んでチビに良く話しかけていた。「オレも一人でこっちに来てるんだよ。」とか言うと、チビは「それがどうした。」といった感じでそっぽを向くので気が楽になった覚えがある。その仕草にずいぶんと慰められたものだった。ただ、オッサンと犬の会話というのは全く絵にならない。一度女子社員がその光景を見て、吹き出しながら走り去ったことがある。

 最悪のシナリオはうっかりヨタヨタと工場から外に出て、車かなんかに跳ねられ、市役所が死骸を処理してしまった、という哀れなケース。どうやら年を取りすぎて目も悪く耳も遠かったらしいので、テリトリーを出るとヤバかったらしい。普段は陽気な同僚も『最悪』だけは勘弁して欲しいと言って、しんみりしてしまった。

「まぁあいつのことだから、又どこかの工場で番犬代わりに元気でやってるだろう。今頃は別の名前になってたりして、ヨボとか。カラオケ行こうぜ。!」

 チビよ、僕は君を忘れない。ありがとう。

 

小倉記 秋・古代編


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Categories:小倉記 東京より愛を込めて

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