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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(197X年共学編 エピローグ)

2014 APR 29 10:10:42 am by 西 牟呂雄

 椎野と出井さんと僕にB・B。四人で座った途端に逆上したB・Bはまくし立てた。
「創刊号でも書いたんだけど、中也を見出したのはこの同人誌『山繭』のグループなんだよ。骨董の目利きで白洲正子さんの師匠に当たる青山二郎という人がいて、この人が若き小林秀雄や河上徹太郎を鍛えたんだね。初期のリーダー格は富永太郎っていうんだけど、夭折してしまって作品が少ないから世間的には全く無名なんだ。数少ない散文詩が残ってるけどとっても透明感のあるきれいな文章だよ。そういった猛者の中でも中也は個性的というか特殊な少年だったらしいんだ。それでここが僕の研究してるところなんだけど、中也の恋人で少し年上の長谷川泰子ってとびきりの美人なんだけど、その人に小林秀雄が惚れちまうんだ。僕の仮説では小林秀雄がちょっかい出したと言うより、ガキで生活力のない中也を見切って長谷川泰子の方が乗り換えたんじゃないかと睨んでるんだ。その前後で中也の詩の内容や小林の文章がどう変わったかというと、ほら、」
 こいつは出井さんの前で嬉しそうに喋ってるけど、いつの間にこんなことを研究したというのだろうか。こいつの成績は僕の観察によれば、数学以外はほぼ白痴じゃないかと思われる点数を取っているにも関わらず、だ。数学は超変人の数学教官とウマが合って授業中に二人で漫才みたいな受け答えをしていたが、例の日本史に至っては問題外の烙印を押されているにに違いない。何しろバーチャル日本史をまるまる一学期間こしらえていたのだから。そして解説は止まる所を知らないで延々と続いた。B・B恐るべし、しかし。
「ねえ、原辺君。でもあたしどっちかと言うと中也はあんまり好きじゃないんだ。ちょと弱々しくない?萩原朔太郎の方がいいな。こう・・うまく言えないけど。凄味があるっていうの?」
「!」
虚を突かれてB・Bは絶句した。隣りに座っていたので表情は見えない、いや、かわいそうで見られない。しかし、黙っていると噴き出してしまいそうなおかしさがこみ上げてきて実に困ったが、さすがに笑う所じゃない。一瞬の沈黙の後、椎野が助け舟を出す。
「出井さぁ、11月3日にF高の文化祭があってオレら30分ばかりステージに出るけど来ないか。中学で一緒だったのもいるじゃん。飯田とか江藤とか。」
「あら、懐かしい。行く行く。」
帰り際には『また一から萩原朔太郎の研究かぁ。』とため息をついていたが、この驚くべき生命力のゴキブリ高校生は『黄道Vol2 萩原朔太郎研究』までは発行した。尤も力が抜けたようで僕達には見せなかった。
 出井さんは、それでもF高校での僕たちのステージに来て楽しんでくれたし、B・Bともコーヒーを飲んだりお付き合いしてくれるようになった。そして後期の中間試験が終わり年が暮れた。

 ところが新年から椎野が全く学校に来なくなった。一週間くらい気にも留めなかったが、出井さんが『椎野君はどうしたの。』と聞くのでビックリした。B・Bに聞いても分からない。椎野は僕達の付き合いとは別に地元の仲間がいて、それはヤクザじゃないんだろうが多少危ない連中らしいことは知っていた。B・Bは電話をしてみてこう言った。
「お母さんが出ちゃって繋いでくれなかった。どうも家にいないようなんだけど、オレには、何処にいるか知ってるか、とか聞かないんだよ。今時ヤサグレかねぇ。」
由々しき事態だがどうしようもない。去年は僕たちのグループでいくつかのステージをこなして、人気も少し出たのだがもうバンドは組めないかもしれない。

 なすすべも無く高校3年になってしまって、ボソボソと受験勉強に取り掛かることになった。B・Bはというと(3年になるときはクラス替えが行われなかった)、相変わらずチャランポランな暮らしをしているようだが、去年小野田少尉がルバング島で発見されて以来陸軍中野学校の研究に夢中になったらしい。『陸軍中野学校シリーズ』という市川雷蔵の映画があるそうで、深夜5本立てを誘われたが断った。もっとも3年は選択授業ばかりで、文系・理系・その他の選択によってクラスでも滅多に顔を合わせることはない。英語の授業中に『龍3号指令』とか『雲1号指令』というメモが回って来たが、帰りにサテンに行こうぜ、の意味のようだ。そして何を思ったのか背中まで伸ばしていた長髪をバッサリ切って、テカテカのリーゼントに撫で付けていた。
 椎野からはがきが来た。何と沖縄にいて、働いていると言うではないか。沖縄は3年前に日本に返還されて、何かと話題になるのだが、まだ観光地としての認知度は高くない。うまいところに逃げ込んだものだと関心するとともに、椎野のタフさ加減に舌を巻いた。暫く隠遁して大検を目指す、と書いてあった。B・Bと出井さんに見せた。
「どうしちゃったのかしら。」
「こりゃ、女だよ。」
「エッ。」「エッ、おんなってB・B知ってるのか。」
「いや、知らないけど。やっぱあいつも色々背負い込んでるもんもあるんだろ。ニッチもサッチも行かなくなったんじゃねーか。」
「お前その頭どうしたんだ。」
「ヘヘッ、おりゃー近頃ロックンロールしかきーてねーんだ。」
「どうしたんだ、その喋り方。」
「ん?最近酒飲み出しちゃってよ。まぁいいじゃない。よろしくゥ。」

 秋が過ぎて冬になって、大学も受験し、とうとう卒業の時が来てしまった。この間は交流も薄く、僕にとっては空白期間の様だった。教室に置きっ放しにしていたギターを持って帰らなければ。久しぶりにB・Bと連れ立って学校の裏の神社で話しこんだ。僕は文学部に、奴は経済学部に行くことになった、大学は別だが。B・Bはリーゼントはもうやめていて、また髪を伸ばし出していた。
「お前やっぱりその頭の方が普通だぜ。」
「いやぁ、大変だったよ。オレ目付きが悪いらしくて学校来るのも一苦労だった。あの手の頭の連中は匂いがするのかいつのまにか寄ってきて『なんだお前はよゥ。』がすぐ始まるんだぜ。ボクはロックンローラーです、なんつったって学ラン背負ってちゃ通じないんだもん。」
「なんにせよもう卒業だ。」
「もうここに来なくていい、と思うとホッとする。はみ出しモンはしょーがねーな。」
「出井さんはどこに行くんだ。」
「知らない。なぁ、あれは恋だったんだろーかね。」
「さあー、ちょっと違うんじゃない。相手にされなかったというか・・・。」
「椎野の奴、今も沖縄にいるんだろうか。」
「訪ねようにも住所もわからん。」
「一曲やるか。」
「サンフランシスコ・ベイ・ブルースな。」
演奏を始めると、観光客や遊んでいたガキが寄ってきてちょっとした人垣が出来て拍手をしてくれた。別に嬉しくもなかったが、僕たちは愛想笑いをした。

エピローグ
僕(英)は英文科に進み、イギリスを放浪した後大学に戻りアメリカ文学をやることになった。
B・Bは奇をてらって卒業後、堅気のサラリーマンになる。うまく行くはずはないが。
椎野は沖縄でブラブラした後、香港を拠点にした怪しげなビジネスを始めた。
出井さんは研究者になりかけて、その後結婚した。
四人が再び邂逅するのにそれから四半世紀の時間が掛かることになる。

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(197X年 共学編 麻雀白虎隊)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(197X年 共学編 Ⅱ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(197X年共学編Ⅲ)


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Categories:サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる オリジナル

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