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国松公 異聞 宮本武蔵

2015 JAN 25 14:14:04 pm by 西 牟呂雄

 少年に女五人、心細げな逃避行が続く。由利鎌之介・筧十蔵と名乗った二人は街道筋では姿を消していたが、山中での道案内にはどこからとも無く陽炎のように現れ、一度は野盗を退け、更には徳川の追手と思しき落ち武者狩りの侍を撃退していた。
 怪しげな者が舌なめずりをするように威嚇をすると、ダーン、という鉄砲音がして先頭の一人の頭が砕ける。驚く間に忍び装束の男がスッと現れもう一発撃つ。二人目の首が吹っ飛ぶ。
「鉄砲名人、筧十蔵。」
の声が聞こえた。賊が怯む内に煙が晴れると(火縄は物凄い硝煙が出る、たった二発でだ。)分銅を回す姿が現れ、一閃で三人目の者の顔面を砕く。素早く引き寄せまた以前より大きく分銅を回しながら言う。
「鎖鎌、由利鎌之介。」
その時点で野伏り共は逃げ散った。

 一行が深編み笠を被った野武士と何事も無くすれ違った。その男、全く興味を示さず先を急いで行った。街道が大きく曲がり互いの姿が見えなくなった時、野武士にどこからともなく声が掛かった。
「あいや新免殿。いや、作州浪人宮本武蔵と見た。」
野武士は気配を察知してじっと踏みとどまった。
木陰から忍び装束の男がボウッと浮かび上がった。
「宍戸梅軒を倒し兵法日本一とは片腹痛い。梅軒は未だに名人に至らず。遺恨は無いが尋常に勝負いざ!」
言うが早いか鎖分銅を回し出した。武蔵は自然体のまま振り返る。いきなり『ハァッ』の気合もろとも武蔵の頭部を狙った。が、一瞬の見切りでかわしたが深編み笠は裂け飛んだ。同時にスラリと大刀を構えた。
 鎌之介は素早く分銅を手繰り寄せると先ほどより鎖を長めに持ち替え又回す。にらみ合いが続く。
 武蔵がスッと上段に構えようと剣先をそらせた刹那、横殴りのように分銅が飛んできた。武蔵は反射的に刀を払ってこれを受けた。ガッと火の出るような音で分銅が刀に絡みつく。鎌之介が渾身の力で引き寄せようとしたが、武蔵も超人的な金剛力でビクともしない。鎌之介は左手の鎌を握りしめ直した。
「梅軒の鎖鎌と違う。何者だ。」
「真田の遺臣。十勇士の七、由利鎌之介。」
「いかにも!」
言うが早いか武蔵は鎖を巻き付けたままで突進し大刀を突きかけた。
 鎌之介は両の手に鎖をたぐり受けようとする。武蔵は体当たりの勢いで搦め手(右手)片手面のように躍りかかって刀をあずけ、鎌之介が辛くも体を捻りながら二人が交差したかに見えた。かすかにドンッと音がしたがしばらく二人とも動きが止まり、何かの手応えが見て取れたが。
 ドサッと倒れたのは由利鎌之介だった。荒い息がまだある。武蔵の左手には小刀があり、鎌之助の胸に深々と突き立てられていた。
「由利鎌之介破れたり。死にあたって二天一流の極意を知らしむ。我が利き腕は弓手(ゆんで、左手の意)なり。」

 大津港に国松・女五人、武者装束二人、巨漢の僧形一人、忍び装束三人が揃った。男達は片膝座りに右の拳を地面に突き立て頭を下げている。初めて見る顔が二人。その内小柄な武者装束が語った。
「拙者は真田の遺臣、十勇士の一、猿飛佐助。国松様にはお初のお目通りでござる。既に十勇士の三・三好兄弟の兄、清海入道、五・穴山小助、九・海野六郎どもは大阪城を枕に討ち死にいたし、お目通り叶いませなんだ。又、由利鎌之介は途中兵法者との果し合いで亡き者になり申しましてござる。ここにもう一人。」
「十勇士の八、根津甚八にござる。」
「これよりはこの甚八の手引きにて近江を水行して落ちて頂きまする。我等は先に廻り、徳川から逃れられる隠里を探索いたしまする。」
国松が久しぶりに口を開いた。
「佐助。豊臣再興は成るのか。」
「我らが命に代えましても。」
 
 一行を乗せ帆を張った丸子船が風を受けて滑るように湖上を進む。古来より水上は徴税対象ではなく無主の独立エリアとされた。この当時は江戸期の海上廻船はまだなかったため、淡海(琵琶湖)は越の国から京阪地区の物流の要であった。いわゆる湖賊のはびこる所以である。織豊時代となり湖上の管理に力が入れられたものの、幾つもある隠し浦から出没する略奪者は後を絶たない。
 この時も櫓漕ぎの船が一団、丸子船を目指して寄せて来るのが見て取れた。根津甚八は遠目にその船団を認めて呟いた。
「堅田(かただ)衆か。」
堅田の湖賊船団だった。
 女中頭の白梅は不安そうに聞いた。
「根津様。見れば15~6艘は寄せてまいります。」
 甚八は舵を取る手を止め、帆を緩めて風に這わせて船を漂わせた。船団の船足は速い。火矢を放つのであろう、赤い炎のような光がチラチラした。そして暫く九字を切ると刀を抜き『御免!』と言うやいなや湖水の飛び込んだ。水音がして波紋が広がった。
 しばらくは何事も起こらず、寄せ手ての歓声が次第ワァワァと聞こえるまでになった。
 と、その時音も無く湖面が裂け次々と堅田の船団が吸い込まれて行くではないか。
「あれっ!」「あぁ!」
女中達が慄く。一瞬の出来事だった。後には静けさが残るのみである。不思議なことにあれだけの後にウネリひとつ起こらないのであった。
 風の音のみになった時、ザバと水中から人影が飛び出し船の舳先にフワリと立つ。
「水遁の術の内、忍法『呑龍』。」
 こう告げると何事も無かったように再び帆を張って舵を固定した。
 船は滑るようにスーッと進みだした。しかし甚八は国松や白梅の呼びかけには何故か返事もせず、行く末の一点を凝視したままであった。
 やがて北岸の塩津浜に近づくと、霧が立ち込めだした。女中の一人が漏らした。
「もしや、霧隠殿がおいでになるのやも。」
 果たして霧の中に浜が見えると、人形に黒い影が舳先に現れた。才蔵が立っていた。
 素早く懐中から縄をだして舫うと、砂に乗り上げる前に反転させ、浜に向けて降板を渡した。
「御一行、船から下りられませ。」
 国松の手を引きながら才蔵が浜に降り立つと、白梅以下女中達も裾を濡らしながらついてきた。一人甚八は微動だにしない。才蔵が先に案内しようとするのをさすがに見咎めた白梅が聞いた。
「霧隠殿、根津様が未だ・・・。」
才蔵は振り返り、
「甚八は既に果てております。『呑龍の術』を使ったのでしょうや。一世一代の秘術でござる。水に没するのは甚八が本望。一同ご案じ召されるな。」
と言いつつ丸木船を大力で押し戻した。船はユラユラと霧の湖面に消えていった。一行も霧の中に消えて行く。

つづく

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Categories:伝奇ショートショート

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