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サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編 最終回)

2015 MAY 22 22:22:09 pm by 西 牟呂雄

 少し前から僕の講義に聴講生として昔の同級生が来るようになった。息子さんが別の学科の学生だったので僕の講座を知ったそうだ。旧姓出井さん、女性である。かつては大変な秀才だったが、卒業後すぐ結婚・出産して今は一段落ということで、勉学の虫が騒いだようだった。
 そして例のB・Bがメールの返事を寄越してきた。来月日本に帰ってくるのだそうだ。早速椎野と相談して歓迎会と称し会食することにした。
 実は出井さんは高校時代B・Bがあこがれていた人なのだ。もうあれから四半世紀も経っている。多少リスクはあるが、B・Bにはナイショで出井さんを招待してみると『アラッ懐かしいわね。』と参加してくれることになった。アイツどんな顔をするのだろう。さすがに椎野は『そんなことして大丈夫か?』と心配そうだったが・・。

 当日、皆忙しいらしく午後8時と遅めのスタートとなった。驚いたのは出井さんは和服でお出ましだった。
 ところがB・Bお店に来たのは30分も過ぎてからで、しかも既にデキアガっているようだ。
「よー、よー、よー、よー。グッデイ・フォア・オール。椎野マニラ以来。英(はなぶさ)もうスゲー暫く。アッ初めまして、どっちのカミさん?」
 どうも忙しくなかったらしく、どこかで引っかけて来たようだった。それにしてもコイツ、スーツを着た異形のサラリーマンだ。アジアで流行っているのか趣味なのか、襟足を長くタテガミみたいに伸ばしている。しかしこっちも人の事は言えないが。僕は長髪だし椎野もラフな格好で、出井さんは正装ではあるがどうしても浮く。昔懐かしいと気を利かせたつもりで70年代の曲ばかり有線で流しているカフェ・バーを選んでしまったのが悪かった。
「おい、こちら出井さん。同学年だっただろ。」
「あっそうですか。ヨロシクゥ。」
何の反応もないので拍子抜けした。出井さんはポーカーフェイス、僕と椎野は顔を見合わせた。

 それからお互いに先も見えずに流離らっていた頃の話を披露した。B・Bは僕たちの話を聞いて、
「何だ!卒業後すぐに上にへつらい下に媚びる就職をしたのはオレだけか。」と開き直り、サラリーマンがいかに大変かをしきりに自慢するのだが、僕たちはバカみたいなことに夢中になっていたあいつの高校時代の延長にしか聞こえなかった。
 繰り返し語ったのは、シンガポールやマニラでマガイモンの日本食を食べ飽きた、ホテルの朝飯にお茶漬けのふりかけを持ち込んで食べた、そういう時『日本に帰りたい』と強烈に思った、という情けない話だったが。
 そういえば昔一度見たことがあったが、B・Bは酒癖は悪かった。絡んだりケンカするわけじゃないのだが、物凄い早口になって何の話か分からなくなってしまう。だんだんそうなってきた。ちなみに椎野は酒はあまり飲まないが女癖は悪い。
 ずっと聞き役だった出井さんが口を開いた。
「ところで原部(ばらべ)君、相変わらず詩は書いてるの。」
「へっ、『し』って何。」
「昔詩集を造ったり雑誌みたいなのを書いて見せてくれたじゃない。」
「ん?何のこと。」
「おお、オレも覚えてるぞ。あれとってあるのか。」
「僕も読んだな。」
「オレそんなことやってたか?」
ポカンとしている、不思議な奴だ。
 するとBGMがキングストン・トリオの昔懐かしい『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』が聞こえてきた。これ、僕たちが組んでいたフォーク・グループのフジヤマ・マウンテン・ボーイズがレパートリーにしていた。一斉に『懐かしいな』などと言いつつ歌詞を口ずさんでいると、突然B・Bが叫んだ。
「あなたはイデイ・サトコさんなのか!」
 
 深夜2時過ぎのカウンター。出井さんはとっくに帰って僕たちは3人並んで飲んでいた。
 B・Bは酔い潰れていたが、最後に『初恋の人を忘れ、初恋をしたことまで忘れ、思い出すのはお前等とのバカ話ばかり。オレの青春はどこ行った。青春を返せ!』と喚き散らし、椎野に『返せったって誰に返してもらうんだバカ。』と怒鳴られて突っ伏した。
 椎野は言う。
「結局流れ者をやってても、オレやお前がアテもないのにウロウロするんじゃなくてサラリーマンの尻尾を引きずったままだとそれこそ倭寇じゃないけど日本が恋しくなってかえってきちゃうんだな。」
「ふーん。それじゃお前またどっかに流れるか。」
「うーん、流れ次第だな。当面食えるからねぇ。」
「僕はもう少ししたら今度はアメリカに行く予定があるよ。」
「へぇ、行ったら帰ってこないかも知れんな。」
「どうかな。また10年後にでも会うかな。」
 昔の仲間と会って、この四半世紀を振り返り感慨深いものがあるかと思ったが、全くない。むしろこれからはどうなるのか、不安の方が強い。今は結局個性というものは変化も進化もしないものだと良く分かっただけだった。
 潰れたB・Bは、もちろん捨てて帰った。

おしまい

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅰ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅱ)

サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(1998流浪望郷編Ⅲ)

Categories:サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる オリジナル

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