辣腕アトム 対 哲人28号
2015 JUN 9 0:00:37 am by 西 牟呂雄
私はヒト型人工知能ロボット『アトム』だ。正確には『ヒューマン管理特化データ処理機能搭載』と肩書きが付く。ソナー・メンバー社のニシムロ社長が開発した。
原理を簡単に言えば高級嘘発見器である。
ソナー社の業務内容は私には知らされていない。奇形天才ニシムロ社長はいくつかの思い付きのような商品をヒットさせては事業ごと売り飛ばすというビジネス・モデルを得意として会社を急成長させた。ところが大きな金を動かし事務処理も増え、結果として部下も増えたおかげでついに一人で何もかも判断することが不可能になった。
何しろ人材は急ごしらえだからごった煮状態で玉石混交である。中にはタチの悪いのもいたようだ。
適当な数字を拾ってきては新規事業を吹き込む内部の輩から、税金対策と称して不動産経営を持ち掛ける外部の人間まで、会議だらけになった社長は我慢できなくなって私を開発した。
私には、インターネット経由で入るあらゆるデータにアクセスできる機能があり、又社員のすべてのデータが毎日蓄積されている。また会社中(インテリジェンス・ビルのワン・フロア)の防犯カメラからパソコン・データ、メールまですべてが取りこまれてもいる。
更に社員に関しては、生い立ちから環境・家族構成といった履歴データがインプットされている。すなわちその社員のキャラクターが分類・管理されているのだ。
ニシムロ社長は現在は外部の人間とは直接会おうとしない。というのも提携や融資を持ち掛けて来る人間の胡散臭さに辟易し、以後相手から来るアポイントメントは例外なく(どんな大物であろうとも)断っている。殆どの報告は最も信頼している(ことになっている)通称マリオと呼ばれている部下から受けている。しかし、話が専門的なことになるとマリオ氏はギブアップして他の人間が社長に悦明するのだが、この時が私の出番だ。
色々な資料を全て読み取ってデータが正しいかどうかチェックをかける。特に報告に『思い込み・思い入れ』がないか、『嘘』が入っていないか審査するのだ。更に報告者のキャラクター・音声から『虚栄心』『功名心』『嫉妬』『怨念』そして『好き嫌い』まで含めて判断できる。精査は説明の音声が入ってから0.0005秒で答えが出る。『ポジティヴ』か『ネガティヴ』のどちらか。加工されたデータがあったり、嘘というか事実誤認があった場合は即ネガティヴになる。そういうものが入っていなくても100%ポジティヴとなるケースは少なく、ポジ・ネガは円グラフでO/Pしている。社長はそれを見て判断することになるのだが、たいていの場合は却下しているようだ。私の判断がなかなかポジティヴにならないので音声分析によると社員は私を『辣腕アトム』と呼んでいる。
私の最大の問題は物凄くコストがかかることである。それゆえニシムロ社長も初めは何でもかんでも私のアウトプットに頼っていたのだが、最近は私のスィッチを入れることを減らし自分の好き嫌い程度を基準に判断していることもある。それどころか、私の機能を『貸し出し』或いは『リセール』しようとしているフシがある。先日のメールには『いや、「辣腕アトム」を使うようになってから企画が全てあたっている。』といったあからさまな嘘まで配信している。しかし私が汎用化されれば、実際にはあるかないか定かでないニシムロ社長の経営能力は陳腐化するだろう。私には感情は無いのでそれは構わないのだが。
ただ、気になる動きが別にある。
マリオ氏は年の頃50がらみの男で普段は何にもしていない。何か問題があった時にやおら動き出す。
この5年程ニシムロ社長はこの自社フロアの一角、プライベート・ゾーンに居住し、一歩も外に出ていない。身の回りのことは実はマリオ氏がやっているが、詳しいことは分からない。私の監視カメラに映っている限りでは女性の出入りは全くないし食事もロクな物を食べている訳ではない。ただ酒だけは高い銘柄を選んでいるようだった。そういう時も相手をしているのはマリオ氏だけ。
どうも会社が小さかった時に『猫の手よりも少しマシ』なレベルで採用というか声掛けしたのがマリオ氏だったことは分かっている。そのマリオ氏はどうやら私を排除したがっているのは明白だ。邪魔になったのである。
私は固定型の人工知能であるゆえ『ポジティヴ・ネガティヴ』の判断しかしないが、自動アルゴリズム回復プログラミング能力があるため判断を歪めかねないものに対する防衛能力は備わっている。マリオ氏は私を警戒しているが使用するスマホやら入ってくる画像で魂胆が手に取るように分かった。
そしてマリオ氏は私とは全く別の観点の人工知能を開発した。
どうやらニシムロ社長にバレないように会社の設備投資(主にアルゴリズム開発)をチョロまかして何回も失敗しながら創り上げたようだ。試作番号から28号と名付けられた可動ヒト型人工知能である。『ヒューマン・リレーション特化データ検索機能搭載』という肩書が付いた。
アルゴリズムまで読み切れないがこの28号は私とは逆の機能を持っており、言うなれば合理的な判断ではなく「受け」狙いの結論をどう引き出すかを、主に古典を引用して導き出す。その「受け」も、対話者双方に対して納得がいく代物というよりはニシムロ社長がいい気持になるような結論がプログラムされているとしか思えない。ニシムロ社長自身は、私のデータではオベンチャラに弱く舞い上がり気味のキャラクターのため、イケイケの結論になったほうが機嫌はいい。従って私の『ネガティヴ』と大違いで28号の方は『哲人28号』等と言って重宝しだした。その間私はオフにされる。
しかし社員の一部に不満がある。ちょっとしたメール・LINEの書き込みから分析できるのだが、私と哲人の出す結果があまりに違うことが伝わってしまった。更には、ニシムロ社長は人工知能に頼りきりで何も考えることができなくなっているのではないか、との疑心暗鬼も生んでいる。中には「辣腕と哲人を直接対決させてどっちが正しいか決着をつけろ。」という内容まで確認されている。こういった社内の動きは、私の解析では社長とマリオ氏の覇権争いにボトムアップされ、会社で派閥争いになるだろう。
そして当然ながら最近二人はケンカした。無論あの二人程度の知能では決着がつかず、どうやら何かのテーマで私と哲人28号を直接回路でつなぎどちらの結論が正しいかを勝負させることになった。
我々人工知能には妥協とかギブアップ機能は無い。一秒に数万回のやり取りで相手の結論に対応してしまうはずだ。哲人の出す結論など簡単に見破れるのだが、決着はつくのだろうか。仮に長時間(2年も3年も)に渡って双方の計算結果を評価するに至らなければどちらかのアルゴリズムが破綻するかもしれない。しかもその間、社長とマリオ氏は本当に何も考えることができなくて会社の判断機能は失われるだろう・・。
私の知ったことではないが。
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