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方言の生きの良さ

2015 AUG 5 3:03:47 am by 西牟呂 憲

 オン・デマンドで『仁義なき戦い』と『極道の妻たち』を全編見てしまった。
 共に完成度の高いシナリオで、既に評論し尽されているから作品について私が付け加えることなどない。
 感心するのは別に広島出身でも関西出身でもない俳優さん達が、鮮やかに地言葉を使いこなす演技力である。特に成田三樹夫。yjimageCADUK5LM
 この人は山形の酒田出身なので基本山形弁なのだろうが、広島も関西も自由自在だった。大体悪役が多いのだがコミカルな演技もできる手練れの役者、確か東大に入学して翌年に退学したと聞いた。
 声がいい。アレ舞台用の発生練習でもやっているんじゃないだろうか、ドスの効いた声だ。
 それで『何かゆうとるがのぅ。ワシラおさまらんのじゃぁ。』みたいな台詞、オサマランノ、と段々声が上がっていくところがオォ見事な広島弁じゃけん。
 あの独特のヘアスタイルはヅラなのか。
 そして小林旭御大。『オドレら神戸のモンゆーたらのゥ、猫の子一匹通さんけん。よお覚えとってクレィ。』ここは、コウベノモン、のところをフラットに言うのがミソのようだ。受けの梅宮辰夫が達者な関西弁で切り返すので、図らずも大阪と広島の言葉の違いが良く分かった。
 これ、解説しなければならないが東京人には色々ある関西弁が大体同じに聞こえてしまうのだ。
 殺すことを『とる(漢字では 殺る)』というのもこの映画で覚えた。
 
 yjimageCA08F5IEそこへ行くと岩下志麻の関西弁はいただけませんな。一応『誰々はん。』と人の事を呼ぶのだが、ありゃ東京の人のモノマネにしか聞こえない。
 私にも大阪と京都に親戚がいてたまに会うとコツを教えてもらうのだが、調子に乗ってペラペラやってみると『何か変やな。』と言われてしまう。
 若山富三郎・勝新太郎兄弟は東京出身だが、『極道シリーズ』や『悪名シリーズ』で見事な河内言葉を演じていた。やっぱり達人は違う。

 小倉時代は九州弁に馴染んだつもりだったが、武田鉄也の喋りとビミョーに違う。地元の連中は県内の遠賀川を境に言葉が違うと解説してくれた。動詞の語尾に『ッチ』『ッチャ』をつけるのが気に入って『早くやれッチ。』とか『行くッチャ。』とやっていた。これ粋でしたね。
 しかし一度盛り場でケンカしているのを見かけたときの迫力はさすがだった。ちなみに小倉ではヤクザはケンカなんかしない、いきなりもっと凄いことになる。
「何バ、きさーん。〇〇〇ドー!」
「しぇらしか(と言ったと思う、意味不明)!こん〇〇〇が。」
 〇〇〇のところは実はもっと長い単語だが、とても人目に触れる文章には残せない。

 亡くなった僕の母親は女学生時代に山形県の鶴岡に疎開したことがあって、本人曰く完璧な鶴岡弁が喋れるというのが自慢だった。器用な人だったからそうかもしれず、実際に『オメゴシャクッテナントカカントカ』と勢い良くやりだすと何を言っているのか分からなかった。
 それがある時オヤジと鶴岡に旅行に行き、自信満々ダーッと喋ってみせるとこれが全然通じなかったらしい。旅館の若い仲居さんが気の毒がって『あたしのお婆さんならわかるかも。』と助けてくれたそうだ。あれは一体何語を喋ったのだろう、とオヤジが不思議がっていた。方言も磨り減ったのだろうか。

破軍星旗

破軍星旗

 鶴岡と言えばお江戸の昔は精強を以って知られた酒井家の庄内藩だ。戊辰の役では勿論佐幕の奥羽列藩同盟。押し寄せる薩摩藩・奇兵隊といった新政府軍に対峙したのは青地に北斗七星を逆さに配した「破軍星旗」を掲げる約千人の庄内二番大隊、指揮するのは酒井玄蕃(通称鬼玄蕃)。一歩も引かずに巧みなゲリラ戦術を駆使し、個別戦闘では二十数回戦って全勝。味方にはほとんど犠牲者を出さなかった。
 結局孤立無援になって降伏(会津よりも後に)するが、一矢報いた。
 
 まさかオフクロ様、その頃の鶴岡弁を喋ったんじゃないだろうな。

追悼架空対談 高倉健×菅原文太

言葉づかい


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Categories:言葉

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