Sonar Members Club No.36

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マカオの怪人

2016 JAN 23 11:11:17 am by 西牟呂 憲

 もう十年くらい経ってしまっただろうか、ちょっとしたヤボ用で上海に滞在した後マカオまで足を伸ばした。距離が近いのでアップ・クラスの席を取ったところ、アイル・サイドの反対側に恰幅のいい東洋人が座った。僕より少し若いのではないか。髪はスポーツ刈りのように短く少し薄い。サングラスをしていた。
 テイク・オフした後飲み物にシャンパンを頼むとその人も同じ物を頼んでいて、グラスを持った時その人がサングラスを取り目が合った。何故か人懐こい表情で「チアーズ」と声を掛けてくれたので僕も笑いながら返す。
 2時間チョイのフライトでランディングしてヤレヤレと荷物を降ろす時また目が合った。今度は僕の方から「ナイス・フライト。ハヴ・ア・グッデイ。」と声を掛けると、満面の笑みで「サンクス。ユー・オルソー。」
 ホテル・サーヴィスで定宿のリスボアまで行きチェック・インしようとすると先程の人と偶然にもまた会った。私は少なからずそういう経験をしているが、やはり驚いた。
「ハッハッハッハ。」
 笑いながら握手の手を差し伸べてくれる。
「あなたもここだったのか。」
 すると彼は
「二度も会ったのならフレンドだ。ディナーの約束はあるのか?私はフリー。」
 と言う。チョット面倒かなとも思ったが、結局食事する事に。『カジュアルに着替えて来いよ』と彼は続けた、僕はスーツにネクタイだったからだ。yjimage[2]

 約束の時間に降りて、さて何を食べるかとレストランの案内を見ているとポンと肩を叩かれる。
「ハイ、マイ・フレンド。アーユー・ジャパニーズ?アイム・キム。」
「イエス。アイム・ニシムロ。ケン・ニシムロ。」
 そうか、コリアンなのか。まだサングラスをしている。
「ところで何を食う?今レストランを見ていたが。」
「ハッハッハ、こんな高い所より私は安くて旨いコリアン・バーベキューの店を知ってる。そこに行こう。コリアン・フードは好きか。」
「大好きだ。」
 ホテルからタクシーに乗り、彼は運転手には中国語で何か指示を出した。
「コリアから観光か。」
「いや、ビジネスだ。あなたは?」
「不幸にして同じくビジネスだ。」
「ハッハッハッハ。」
 会話していると、携帯を取り出して今度は韓国語で喋り始める。しばらくしてハングルの看板の高級そうな店の前に着いた。金を払おうとすると
「私が招いたんだ。私が払う。」
 サッサと金を払って降りて行ってしまった。まァいいか。店に入ると店員にテキパキと指示した。階段を上がって二階に案内され、そこには個室が並び一番奥の部屋に連れて行かれる。
「ビール?」
「オフコース。」
 早速乾杯した。その時サーヴィス精神で『コンペイ(韓国語)』とやると相手は『カンパイ』と日本語でニッコリ笑った。
「メニューは任せてくれ。」
 ハングルと中国語併記のメニューを見て矢継ぎ早に女の子に注文をし、その娘が部屋を出て行くとそこでサングラスを取った。柔らかい目つきをしている。
 韓国料理は小さいお皿が沢山並ぶ。
「日本の景気はどうだ。」
「相変わらず良くない。もう少しリセッションが続くだろう。」
「私は何度も日本に行ってる。スコシハシャベレマス。アカサカニイキマシタ。」
「おぉ!英語もこんなに上手くてタクシーでは中国語も喋った。何ヶ国語喋れるのか。」
「ハッハッハ。ロシア語もできる。」
「ハラショー。ズドラーストヴィーチェ。」
「なんだ。あなたもできるのか。」
「挨拶だけだ。ビジネスはできない。」
 流暢な英語で良く笑い、洗練された会話が進む。なかなか優秀そうなビジネス・マンに見受けられた。
 こういう時、経験上絶対に政治と歴史の話はしない。特にタケシマとかイアンフはマズイ。利害関係のない場合でも、こちらにも言い分があるだけに怒鳴り合いになりかねない。そうなったらオジャンだ。そもそもお互いに納得するような結論など絶対に出ない。但し、サシで喋っているときは滅多にそういった話題にはならない。どうも第三のコリアンがいると勝手に煽りあって激昂に拍車がかかるようなのだ。
 それでは真の友情は育たない、等と言わないで欲しい。ましてや今はただ行きずりの気のいいコリアンと食事をしているだけ。
「ビールも疲れたろう(飽きただろう?)。マッコリは飲めるか。」
「ホワイ・ノット。」
 望む所だ。しかし僕は今まで酒の弱いコリアンには会ったことがないが、目の前の金氏も強いようだった。その旨を伝えるとまた。
「ハッハッハッハ」
 と哄笑する。随分高級なのかマッコリも焼肉も旨い。金氏は多少酔いが廻ると僕に向かって『ニシムロ』と呼びかけるようになっていた。こちらは『キムサン』。年は僕より若いのだろうがお互い聞かなかった。韓国は儒教(ユーギョーと言う)社会だから年が分かると年長を立てなければならず、多少ぎくしゃくする。こちらから聞かない方がいい。
 お互いの家族の話。どうも僕の息子と年の近い男の子がいるような口ぶりだった。
 こっちも酔いがガンガン廻るが、負けちゃいられない。コップをグッと飲み干すと『ホウ』と言う表情をし、例の『ハッハッハッハ』と共に彼もグッと飲んで私と自分のグラスに嬉しそうに注ぐ、なかなかやるじゃないか。
 僕が中国ビジネスの難しさをグチると、金氏も次から次へと例を上げチャイナ・ビジネスの厳しいことを訴える。いちいち尤もでそのたびに『コンペイ』『カンパイ』と飲み干した。
 そろそろ酔っ払ってきた。
「日本ではカラオケをやっているか?」
「勿論。一番得意なのはエルビス・プレスリー。」
「私もレパートリーは100曲あるぞ。」
「本当か?全部コリアン・ソングか。」
「アニョン、イングリッシュ、チャイニーズ、コリアンで100曲だ。エンカも歌えるぞ。」
 面白い人物だ。会話に日本語や韓国語が混じるようになった。

 金氏は突然、
「あなたのサインが欲しい。書いてくれるか。」
 と言った。ここの支払いを頼むと言う事なのか、よくわからない。すると店の女の子を呼んで何かをことづけた。女の子は『イエ。』と韓国語で返事をし一度引っ込むと色紙とサインペンを持ってきた。
「ここに名前を書いてくれ。」
 と言うではないか。何かのしきたりなのか、面白い。オーケーとばかりにそこにハングルで니 시 무 로 (ニシムロ)「게とㄴ」(組み合わせて一文字で「keng」)と書いた。昔自分の名前が書けるように練習した事があるのだ。そしてその大きなハングルの下に西室建と書いた。どうだ、驚いたか。さすがに『ウォ』と言った感じで目を見開き
「ハッハッハッハ」
 とかたをすくめて笑ってくれた。そして真面目な顔になって
「あなたは国を愛しているか。」
 と聞くではないか。
「もちろんだ、愛している。あなたと同じだ。」
 そういうと、少し真剣な目付きになった。さすがに酔眼になってる。
「私もそうだ。だが我が国はなかなか難しい。」
 ポツリと漏らした。
「コリアはもう先進国では?」
 これにも笑わずに首を振った。おかしいな。
「まだまだ改善しなければならないことが沢山ある。しかし私はビジネス・オンリーだから何も言えない。」
 えらく深刻そうに言うので何と言っていいかわからない。しかし真剣に祖国のことを考えていることは伝わってきた。

 本貫を聞いてみることに。大抵の韓国人はこの話が大好きで、続いて出身地を聞く。そして見当をつけてそこの出身者の有名人の名前を挙げて見せるとこれまた喜ばれる。この手で何回も盛り上げた。
「あなたはキムさんだが、どのキムさんか。キョンジュ・キム(慶州金)かチョンジュ・キムか(全州金)、或いはキメッ・キム(金海金)か。どこの出身だ。」
 とやった。これにも驚いた表情で
「良く知ってるな。」
 と少し間を置いて
「チョンジュ・キムだ。」
 ポソッと答えて遠くを見るような目つきになってしまった。何かまずかったのかな。お互い酔っ払ってきたのだろう、そろそろお開きだ。エクスキューズミーとトイレに立って戻ってくると彼は酔った顔でこう言ったのだ。
「ニシムロ。私はピープルズ・リパブリック・オブ・コリアなんだ。」
「ン!」
「ノースだ。」
 ギョッとした。それに北の国にこんなスマートなビジネスマンがいるのにも驚いた。
 しかし自分から明らかにしたのだから秘密工作員でもなさそうだし、金氏自身は酔っ払ってもいるが極々常識的なままだ。
「だいぶ酔ってしまった。ニシムロ、もう帰って寝よう。あしたも早い。」
「よし。わかった。チェックしよう。」
「さっき私がもう払った。」
「いや、イーブンにしよう。」
「アニョン。トモダチになったから今は私が払う。次回に日本食を奢ってくれ。」
「本当か。それなら約束する。」
 そう言ったような気がするが、二人とも酔っ払ってお互いヘロヘロに肩を組んで笑いながら帰った、と思う。

 ひどい二日酔いで目が覚めて時計を見て飛び上がった。11時だ!ランチの予定がある、しまった。
 夕べは一体どうなったのだかさっぱり思い出せない。金さんと焼肉を食べて随分盛り上がったよな・・・。
 とにかく5分でシャワーを浴びなければ。
 出て来て夕べテーブルの上に脱ぎ散らかしたジーパンとジャケットをひったくると、色紙がある。何だ。
 よく見ればカタカナが書いてある。『キム・ジョンナム』その下に『金正男』なんだこれは。あぁ、そうか僕も何か書いたな。だけど、どこかで聞いたことがあるような・・。

 まさか・・・・。名詞も何も交わしていない。
 もう二度と会えないのだろうか。日本食を奢る約束が残っているのだが。
 

本当だろうか 暗殺‼️


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Categories:架空対談

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