病室にて
2017 NOV 20 19:19:01 pm by 西 牟呂雄
ある人が入院し見舞いに訊ねた。その人は、静かに療養中だった。熱があるらしく私に気づくと『オゥ。良く来たな』と眠りから覚めた、笑顔である。
状況は深刻で一人では寝返りも打てず、痛みが走る。
『全く情けないよ』
僕は返事もできなかった。
お医者様は原因を突き止めて対策を打つと力強く仰るのだが、この年齢で外科的な手術などは本人は拒否するだろう。
するとどうなる。
外は雨が降っていた。思えば世話になったもんだが、今こうして共通に過ごしている時間の密度は私と違い過ぎる。この人ははるかに年上なのだ。
残りの人生の時間を分母とすれば、今流れている一秒一秒ですら何十倍もの密度になるはずだ。しかしただ治療に専念するしかないのである。
ポツリポツリと語るテレビから流れる時事問題、世界情勢、経済環境、何よりも我が国に起こっている様々な事柄、思うことは多いようだ。
しかし不自由な入院生活の不安や不満の方が深刻かつ重大な問題だと察する。
昔語りで、あの頃は楽しかったなぁ、と懐かしむこともない。
この人の事跡を考えれば楽しかったことは沢山あったのは想像に難くない。
元来が明るい人である。そして悲しい思いやつらい事は、逆に笑い飛ばしてしまうところがあった。
別の日には強い夏の西日の方に向いてジーッと見ている時に入室した。
『眩しくてね。こうしていると目が焼けるようだ』
と言う。目が合ってギクッとした、真っ赤なのだ。
もっと聞いておかなければならないことがあるはずだが、思い浮かばないままに淡々と会話が進む。やりのこした事はないのか、頼みたいことはないのか、聞いて欲しい事はないのか。
幸い原因はほぼ確定し治療も進んだ。しかし元の生活パターンに戻るには辛いリハビリをしなければいけない。
僕だったらその苦しさに耐える時間と残された時間を天秤にかけて、より楽な方を選択するだろう。常に前向きに取り組んでいるのに頭が下がった。
携帯は持ち込み可なので、色々な電話は入っているようだった。
暫くしてまた訪ねた。
すると超人的な気力を以ってリハビリ体操をしていた。
我慢強い。『一丁やってみるか』と声を出して自分からやっていた。
やはり体調が少し良くなってきているのだろうか、気概が伝わってきた。
8月になると終戦についての報道が増える。
「年に一度だけ思い出しゃいいってもんじゃない」
と言った。戦中派世代なのだ。
私のやや右ッパネの言動にも同意することは少ない。むしろ最近はこうも言った。
「安倍はやや危ないな」
すると入院三ヶ月を過ぎたあたりからみるみる回復し、歩行訓練をするまでに至る。途端に看護師さんの目を盗んでは禁止されているようなこともボチボチやるようになった。ヒョコヒョコとコルセットを付けずに歩いたり、の類である。要するに退屈しているらしい。
話し相手にでもなるかと訪ねると既に来客がいた。旧知の人のようだが何やら飲み会の調整をしているので仰天した。
また、別の機会にはナントカ会の名誉会長まで引き受けたようなのだ。
要するに退院するつもりでその先を見据えている。僕は振り返って自分を恥じた。先日はうんざりするような問題が公私に渡って持ち上がり、飛行機の中で前途を悲観して一瞬『これがこのまま墜ちてくれてもいい』とさえ思ったのだ。僕はまだまだだと思い知らされた。
リハビリに苦労しつつ
「もっと良くなってやる」
と不敵に笑った。そうか、僕も・・・・。
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Categories:遠い光景
野村 和寿
11/22/2017 | Permalink
西室さん 病室へのお見舞いについて、興味深く拝見いたしました。入院している先輩の方にとってみると、きっと、世事との接点が一瞬、戻ってくるようで、きっと、西室さんのお見舞いはとても嬉しかったんだと推察されます。
ぼくの最近の入院だけの経験でさえも、個室で自分だけになると、窓の外の朝焼けとか夕焼けとか、ほんの些細なことに興味を覚え、また、自分がいつもより、センシティブになって、感じやすくなってしまっているのを感じてしまい、とまどったりもしました。
だから、後輩の西室さんとの、とりとめもない、またはたいしたことのないやりとりさえも、十分に、感じられていらっしゃったようにぼくには思えました。いいことをなさったと思っています。結局の所、どんなお見舞いの品よりも、手ぶらでさえも、お見舞いに来ていただくということは、嬉しいものです。
西室 建
11/22/2017 | Permalink
野村さん、
暫く入院ということをしていないので、見舞いに行くのにも病院の前で一瞬躊躇するものですね。
患者さんが必死に闘っている気配が、見舞う側には「負」のオーラのように感じられてマイったものです。
ちなみに何とか退院されたようです。