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過剰な陶酔 アントニオ猪木

2022 OCT 9 11:11:42 am by 西 牟呂雄

 ジャイアント馬場が逝って四半世紀。常にその対立軸として語られたアントニオ猪木が鬼籍に入った。。
 読者の方々はご存じだが、筆者は馬場派を公言していたこともあり、訃報に接してもどうにも筆を執る気になれなかったが、昭和がまた一つ遠のいた感は否めない。
 無類の勝負感。相手の技を全て受けきるスタミナ。技のキレ味。オリジナリティ。どれをとっても比類ないレスラーであったことは筆者も異論はない。延髄蹴りはアメリカでも『ENZUIGIRI』である。
 そして最期に至るまでの道のりは苦難の連続でもあった。良く知られるようにブラジルでの貧しい生活。修行時代の力道山の度を越したシゴキ。東京プロレスの失敗。怪しげな投資。いずれも世間知らずの大男が騙されるパターンに過ぎない。
 いや、むしろ自分から悪手を求めて突っ込んでいったようにさえ見える。そこには過剰な挑発、ほとばしる自己陶酔に取り憑かれた男がいた。
 例のモハメド・アリとの1戦を見てみよう。アリが冗談半分で言った『オレに挑戦する東洋人はいないか』に即座に反応する。それまで黒人とばかり戦っていたアリの悪ふざけだった。
 すると、こともあろうに新日の営業部長だった新間寿がアリの記者会見場に乗り込んで、直接挑戦状を突き付けて煽りまくる。怪しげな人脈と軽薄なマスコミが一斉に群がって大騒ぎになった。代表的な人物が伝説の呼び屋と言われた康芳夫である。
 高額のマネーに目が眩んだか冗談のつもりか、エキビジョン・マッチだと思い込んだアリはろくにトレーニングもしないで来日するが、猪木サイドの本気度に仰天し、キャンセルをチラつかせて様々にルールを弄った。やれ掴むな、投げるな。後に引けなくなった猪木は全て飲んでアレしかないアリ・キック一本鎗で戦う。気の毒に凡戦扱いされたが、筆者の目には膝にキックが決まった時のアリの引きつった表情がはっきりと見えた。
 アリの周りにはボディ・ガードを自称する親日の経費で来日したマフィアのような連中がセコンドをウロウロし、猪木サイドのレスラーと火花を散らす。実際にはかなり危なかったに違いない。そして採点によるドローというプロレス的な引き分けは胡散臭いものだった。アリはグローブの中のバンテージに細工していて、カスっただけで猪木のこめかみが腫れあがったと噂された。胡散臭いことに康芳夫はピンクのガウンでリングに上がって来た。
 アリのパンチは当たらず、我々ツウは猪木の圧勝だと語り合った。当たり前の話だが、相手のルールでやればボクシングも空手も柔道も最強だ。ルールがなければプロレスこそ最強なのは自明の理。ストリート・マッチだったらば相撲だ。多少解説すれば、何でもありのバーリトゥードの場合は常に組技・関節技が勝つし、プロレスともなれば他の競技と違って反則での一発負けにはならない。かつて猪木がセミ・ファイナルで使われていた頃。ジャイアント・チョップに対抗してアントニオ・ストレートなる決め技を駆使していたが、拳でブン殴るだけだ。初めから反則なのである。
 クドクドと述べたが、要は話題にはなったがやらなくてもよかった大イベントだった。
 この辺りから、ならなくてもいい参議院議員、行かなくてもいい北朝鮮(イラクではそれなりの効果はあったものの)、しなくてもいい投資、といった無理を重ね、世間は喝采と冷笑を送った。しかし、筆者は面白く思い(内緒だがスポーツ平和党に投票もし)ながらも『哀れな』という一抹の感傷を覚えずにはいられなかった。最後には病身を晒し、そうまでして追わなければならない自分というものが、何と空しいことかと言ってしまえば言い過ぎか。
 猪木は55才で引退したが、馬場は還暦をすぎてもリングに上がり、全く自分から仕掛けないという境地に至った。もし、あれだけのレスラーとしての能力と名声がなければ、こういうタイプは犯罪者になったかもしれない。同様なことはアリにも言えるだろう。ただし両者ともリングを降りればやさしい人だったと聞く。
 好漢安らかに眠れ。よく戦った。 

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Categories:プロレス

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