Sonar Members Club No.36

カテゴリー: 和の心 喜寿庵

残暑の午後 喜寿庵歳時記

2019 AUG 21 6:06:06 am by 西室 建

 

 まぁ、お墓参りでもしておくか。お線香持って、庭になんかの花が咲いていたら切って行こう。
 散り残りの紫陽花が一輪まだ咲き残っていた。ナデシコ、ハギ、ヤマホトトギス。あっ、雨が降って来た、台風が来てるんだっけ。
 山では8月の台風が過ぎればもう秋風になり、カナカナ蝉が鳴く。
 しかし台風そのものははるか遠くで、今度はいきなり日が射した。
 ウチの墓所は菩提寺の一番高い所なので、ヨイショっと。
 えーと、ご先祖様、玄孫に当たるのが新婚旅行から帰ってきまして。なに?挨拶がない!そうでした。よく言っておきます。
 お袋様にお線香と一緒に大好きだったタバコを置いていきますからね。そういえばこのお寺に生息していた半野生の鶏もいなくなったなぁ。

ありし日のコッコちゃん

 僕は今まで結構な辛い思いをしたこともあるはずなのだが、その大半を無理矢理笑い飛ばして処理してきたようだ。喜寿庵にいると誰とも話さなくても昔の事を勝手に面白く盛ってニヤリとする。人が見たらさぞ気味が悪かろう。
 しかしここでの暮らしともなれば人には会わないし、気味が悪いも何も関係ない。この庵は生垣で外から庭は見えない作りになっている。
 僕のこういう気質は数代前に遡ってもそうだったようだ。
 爺様に至っては人がびっくりするような恰好でウロウロしていて、しかも人目にも触れていたらしいから(先日は乗馬ブーツと鞭が出て来て仰天した。馬に乗ったなんて聞いたこともない)僕が気を遣う必要なんかない。
 芝生を刈ろうか。いや、ドシャ降りになった。

オバケナス

 しばらくするとまたサーっと晴れて青い空も覗くようになる。
 晴れ間を縫ってネイチャー・ファームに行くと、まだ収穫のあるナスとピーマンが成っていた。しかもナスは不作だったのにオバケみたいな巨大なやつが一個。
 突然、庭の方で声がするので、戻ってみるとオッサン達がバーベキューをしているではないか。しかも知った顔の人はいない、いや一人だけいた。ヒョッコリ先生だ。人の庭で勝手になにやってんだ。
『オォ、待ってたよ』
はぁ??
『ジャガイモたくさん採れたんだろ。食べきれないだろうから手伝ってやろうと思ってね』
頼んでねえよ!
『でもってついでに生ビールのサーバーも担いできたよ。肉も』
それならいいか。

バーバキュー

 先生は冷えたビールを注いでくれた。
 ピーマンとジャンボ・ナスを刻んで焼いたものに塩を振って焼肉のタレにつけて食べると、それなりの味がする。
『このナスは育ち過ぎて水っぽいよ。一週間前に採らないとダメだ』
 うるさいな、相変わらずこの先生は。
『もうすぐ15日になるなぁ。この街には学童疎開の子共たちがいたんだよ。それに空襲があったのを知ってるかい』
『えっ、ここは人もそんなにいないし軍需工場も無いでしょう』
『B29は富士山を目印に飛んで来て、越えた所で大きく右旋回して東京を爆撃してた。散々やった後にまた同じルートで帰っていく訳だね。多分その時に落とし忘れていたヤツが一発残っていて、旋回前に捨てて行ったんだな。気の毒なことにそのたった一発が近くに落ちて亡くなった人がいるんだよ。終戦の直前だったので本当にかわいそうな話さ』
『ひどい話ですね。戦闘要員でも何でもない人が』
『女学生もいたらしい。こんなところだから長崎や広島みたいに慰霊際があるわけじゃないんでワシ等で毎年祭ってあげるんだ。そしてそれは今日だ。起立!』
『え?』
 おっさん達は全員直立不動となった。
『黙祷!』
 何だか分からないが僕も起立・黙祷した。

 随分時間が経ったが誰も何も言わない。そーっと目を開けると!そこには誰もいない、チェアもシートも肉や野菜を焼いていたバーベキューセットも何もない。ついにアル中になって幻覚を見てしまったのか。
 暮れかけた夕日が射しこんでいたのだが、再びパラパラと雨が落ちて天気雨である。

 今日は8月13日。終戦2日前に爆撃があったのか。
 
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ネイチャー・ファーム開墾記

2019 JUN 9 7:07:06 am by 西室 建

生き残ったナス

 
 今年は、実は雨が少ないのではないか。アグリカルチャーを始めて4年目。途中1年間中断の後、開墾してから初めてのシーズンであるが、少しおかしい。
 もともと痩せた土地だから胡瓜などは収穫できなかったが、ピーマンと茄子の歩留りが悪すぎる。苗を植えても枯れてしまい、生存率は何と30%以下というヒドさである。それともこんなところにまで地球の異変が忍び寄っているのか。
 この茄子もちっとも大きくならず、葉っぱの色もくすんでいる。

 一方で去年の暮れから健気に寒さに耐えてきたガーリック、通称にんにクンはそろそろどうかと掘り出して見れば。

にんにクン

 一応形にはなったが、市販のいいものに比べるといかにも小さい。
 買い物をする方はおわかりだろうが、高級食材店で売っているのが500円くらいなのに、我がにんにクンは100円程度の育ち具合でしかない。
 こいつ等は全部で8株植え、途中で2株が脱落しそうになったのを必死に土をかけ灰を蒔き、セッセと水をやって救ってやった。にもかかわらず結果はこんなものか。
 江戸期の百姓は飢饉と年貢に苦しめられたイメージが定着しているが、なかなか革新的で商品開発に余念ががなかったという。令和のにわか百姓としてこれでは恥ずかしい。
 そこで新農法を編み出してみた。
 ダイコンである。
 

トライアングル・ピラミッド農法

 御覧の植え方は、私のオリジナルだ。
 実はこのネイチャー・ファームは東西に尾根があって日照時間が限られている。
 一昨年に二列でやってみたところ先頭と殿では太さが違った。
 そこで、品質の均一を図るために3角形に種を蒔いてみた。
 更に、ダイコンというものは上に育ってくる。もしかして地中深く根を伸ばすには土壌が固すぎるのではないかと思い、少し伸びると土寄せをしていると、写真では見えにくいがこのような三角錐になってしまった。
 しかしこれ、土地生産性を考えるとかえって低くなるだろう。

 そして前述の雨の少なさや地球の温暖化を考慮した、ジャガイモの3段植えというのもやってみた。

右から

 このジャガイモは植え付けの時期を画面の右から1列づつ4週かけて植えた(左の2列は同時になので5列・4週間)。
 するとですな、最後に植えた2列は青々と元気がいいのに、右に行くに従って色が薄く育ちが悪い。当然右の方から芽をだしたことは確認している。
 種芋の栄養分を取り尽くした後に、雨が少ないので成長しないのか、まだ気温が上がらない前に発芽したので発育不全になったのか。うーん、研究の余地がある。アグリも奥が深いのだ。
 
 水無月は 待ち遠しいか 梅雨入りが
    熱い日差しで 乾く ジャガイモ

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一陣の風 喜寿庵も春に

2019 MAR 28 7:07:20 am by 西室 建

 春風と言えば暖かい語感ですが、風が”温かい”と感じられるのは木の芽時、五月の連休でしょう。桜の咲く直前、蕾がはじける寸前の風は冷たい。

ファームが草原に・・

 伐採後に重機によってペチャンコにされたネイチャー・ファームは昨夏にはご覧の通りのジャングル状態でした。
 その後耕運機を入れ、スコップで掘り、落ち葉を埋め、屯田兵の苦労はかくやと思われる血と汗と涙で開墾し、昨年末にニンニクにチャレンジしました。
 二回ほど雪に埋もれつつも何とか育ってきたのです。カワイイ。
 そして調子に乗った僕は、一昨年大量に収穫できたジャガイモの種芋をイソイソと買い込み、先々の苦労を考えもせずにたくさん植えたのです。
 ネイチャーファームは水が引けないのでジョウロでセッセとやらなければならず、1時間ぐらいかかります。
 どこに植えたか分からなくなるので小枝を刺しておきましたが、ちゃんと芽が出るかどうか。

 今年は大根を2回収穫しようと考えているのですが、さて。栗の木はちっとも大きくならないし。
 栗の木を植えるきっかけになったあの正体不明の老人「ヒョッコリ先生」はもう半年くらい姿を見せません。
 ピッコロ君やマリリンちゃんはどうしているだろう。
 今月は月に一度のペースで遊びに来る学生さん達も、四年生は卒業してしまったし。また新入生が入って来てからです。
 季節も変われば人も変わる。
 

 そして東京で桜が開花した週末に大寒波。喜寿庵はただでさえ川風が上がってくるから寒い。冷たい雨の中を行ってみれば冬の寒さで、暖房全開です。
 翌日は良く晴れましたが、遠くの山頂はチョロッと白くなりました、オイオイオイ。

枝垂桜

 足元の悪い中、長靴を履いて菩提寺に。
 すると、ここは東京よりはるかに寒いのにうっすらと開花して。

  彼岸には
       遊びにござれ
        西願寺

 そこにビュッといった感じの風が吹き、枝が揺れました。震え上がるほど寒い。
 ハハァ、お袋様、しばらく来ていないと怒っておられますな。
 盛大にお線香を焚きました。

透き通る桜の開花

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喜寿庵に留学生が 

2018 OCT 13 7:07:21 am by 西室 建

 

うわぁー!

 25号台風の被害が報道されたが、喜寿案のある地域にも避難勧告が出ていた。まぁ大したことは無かろうと思って行くと何やら様子がおかしい。着いたのが夜で真っ暗だったから良く分からないが、通用門の植え込みがこんもりしているのだ、変だな。
 で、翌朝改めて見に行くと・・ギャー。いつもは使っていない表玄関の横に立っていたハナミズキがドターッと倒れていた。根っこのところなんか敷石を持ち上げてめくれあがっているじゃないか。凄い風だったのだ。
 しかしこれ、どうすりゃいいのか。
 しょうがないから鋸で少しづつ枝を切り出し始めたが、幹になるととんでもなく硬くて4時間やっても半分にもならない。途方に暮れて煙草をふかしていたところにコーちゃん(近くに住んでいる古い知り合い)が通りかかった。
「そんなんでやってたってとてもハカが行かないよ。チェーン・ソーじゃなくちゃダメ」
 とあきれ返り、ちょっと待って、と家から持って来て貸してくれた。
「歯が行く方向に向けて押し付ける感じで重さで落すんだよ。ゆっくりやらないと木がたわんだら抜けなくなるから」
 音がブワーッとしてけっこう怖い。
 それが木くずを巻き上げながら人が4時間もかけた倍の仕事量が30分ですんでしまい、コーちゃんは帰っていった。
 僕はあまりの能率の悪さに全く無駄な時間を使ったことに唖然とし、暫く何もできなかった。手も痛かったし・・・。このハナミズキも80年位はここにズッと立っていて花を咲かせていた。十分に水を吸い上げたのだろう、50~60cmに切った幹は持てばズッシリと重い。切った所を見ればみればそれだけの年輪がギッシリと詰まっている。
 ここの所だけ殺風景になった。見慣れればどうってことないのか、いずれにせよハナミズキ一本で落ち込んでもしょうがない。もっと大変な目に合った被害者がいるだろうに。

デンマークから

 途方に暮れていた時にスマホが鳴った。あっ、今日は学生さんが来るんだ。
 聞けば15人も。しかも留学生が6人、どこから来たのか知らないが。
 気を取り直して慌てて掃除機をかけて机を並べているとゾロゾロとやって来た。『コンバンワー』えっ女性?何と男女半々だ。
 デンマークとフィンランドからはるばる来たそうだ。早速オジサンはビールで、学生さんはコーラやウーロン茶、フィンランド人はビールで乾杯。自己紹介を留学生は日本語で、日本の学生は英悟でやることにした。留学組は教育と歴史専攻だったがまだ一月しかいないので日本語はまだまだ。こちらは『比較文学』を英訳できずに四苦八苦する、僕も知らなかった。

みんなでチーズ/

 デンマークについては童話のアンデルセンくらいしか思い浮かばない。王朝は変わりながらも続いて現在は前国王の長女、マルグレーテⅡ世女王を戴く立憲君主国である。
 高福祉高負担の北欧型社会で税金は高く、所得税55%、消費税25%(食料品も全て)車は特に高く280%ってほんとかよ。「君達そんな高い税金ズーッと払い続けるのかい」と聞いても何とも思わないようでキョトンとされた。まァ学生で、22歳だったか、まだ子供だから所得税は関係ないだろうが。一方で教育費や介護はほとんどタダ。うーむ。ちなみにフィンランドも消費税は高く23%(食品は12%)、所得税も20%以上だそうだ。
 それでも国連の国民幸福度ランキングでは1位はフィンランド、2位 ノルウェー、その次はデンマーク。消費税も慣れればこんなものなのか、財務省がやりたがる訳だな。
 ただ、この調査は「所得」「健康と寿命」「社会支援」「自由」「信頼」「寛容さ」などの要素を基準に1000人にアンケートを取ってのランキングなので、順位は鵜呑みにはできない。参考までに日本は54位である(2018年)。
 北海油田に位置している産油国で、油田は国有だとか。
 ふと思い出して『シェークスピアのハムレットはデンマークが舞台だったよね』と言ったら『昔は我々がブリテン島を支配していた。我々はバイキングの子孫だ』と誇らしそうに笑った。
 
 フィンランドについてもサウナやムーミンとサンタクロースの故郷といった申し訳程度の知見だ。F1パイロットのミカ・ハッキネンやスキー・ジャンプのヤンネ・アホネンはフィンランド人だが、留学生は興味がないのかハッキネンの方は知らなかった。
 逆にニトベという日本人について大変有名だと聞かされた。スェーデンとの領土問題を解決した人だ、と。
 多少バツが悪かったが検索すると、あの5千円札の新渡戸稲造のことだ。恥ずかしいことに、かの『武士道』の著者でクリスチャン、台湾総督府で活躍した農政家だったということしか知らなかった。国際連盟の次長の時にこの問題を調停し、人々から徳とされたのは事実、へぇー。

 みんな日本が好きだと言いつつ都会育ちなため、ここは田舎で夜に街が真っ暗なのが淋しいとしょっちゅう東京に行くみたいだ。将来は先生になると言ったのは誰だったっけ、例によって酔いが回ってしまった。
 僕はもっとスポーツの事、勉強の話、宗教や移民について聞きたかったが、これ以上は記憶に残らないだろうからそろそろお開きに。留学生はクリスマスまでいるので、またおいで、と言うと『ハイ』と返事が返ってきた。
 

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ゴルフ この公平な真実

2018 SEP 25 21:21:26 pm by 西室 建

 連休中に二日間ゴルフをやり続けて体が痛い。足の内側と二の腕だ。
 年々飛距離は落ちてくるのが還暦を過ぎてはっきりとわかる。体がこうなら脳もそうなんだろうなと自覚せざるを得ないのが情けない。
 思い立って現状確認の意味も込め、ホーム・コースにフラりと行った(喜寿庵から車で15分)。キャディ・マスターが親子三人連れの組の了解を貰って入れてくれた。御夫婦と息子さんだ。
 するとオナーのお父さんは初っ端にOBを打っておかしくなり、午前中は僕とドッコイの酷いスコアになって悔しがる。私は飛距離が落ちて最近OBが少なかったのだが、ショートでやってしまっておまけに3パット。これが痛かった。
 で、お父さんは食事、後練習場に行って打ちまくっていたが、午後からは元に戻った、即ち結構上手だったのだ。奥様と息子さんはボチボチなで、息子さんにお父さんが教えている。
「この程度の距離だったらパターで押すようにフォロー・ストロークを長くゆっくり延ばすんだ」
 というのが聞こえたのでやってみたら入った。
「ほら、上手い人はみんなそうやってるだろ」
 いや、今聞いて初めてやったんだけど。もう一つ。
「もっと近くに寄ってボールの内側を狙う様にやってごらん」
 耳に挟んだのでやってみるといいんですな、これまた。
 そして極めつけの名言が出た。
「トップやダフリで初心者が腐ってもしょうがない。ティー・グラウンドを振り返ってみれば随分と進んでいるんだから」
 フーン。言われてみればゴルフで振り返ったことなどない。こっそり撮ってみると確かに、あんな所からここまで来た、という気持ちになった。
 こんなものかな、というスコアで上がった。山田さん御一家、お疲れ様でした。

あそこから来たんだな

 二日目は中央道が事故で大渋滞したらしくすいていて『今すぐ出られますよ』と一人で出してくれた。前は1ホール空いていて後ろは午前中は追いついて来なかった。午後のスタートはちゃんと前後に挟まれていたが、何しろ僕は一人なので後ろの組はすぐに遅れて行くのだ。
 たまに前の組のティー・グラウンドに追いつくと、一人で回っている僕を怪しげに思ったらしく会話が途切れている。
 この場合どういうふうに思われたのかを想像してみた。
➀ 上級者が腕を磨くために個人練習のラウンドをしている
➁ 全くの初心者なので誰も一緒に回ってくれないから一人でやっている
➂ やくざ
 全部外れなのは言うまでもないが、一人のラウンドはそれなりに違和感があるのだろう。やっている方も忙しくないしのんびりしたものだ。
 全く後ろが来ないので、インとアウトで2回づつ、途中でボールを二つ打って遊んだ。そのホールにはスコアを二人分記録した。
 ロングパットがショートしてしまった時と逆に下りで同じくらいの距離行ってしまった時。結果は前者では改善が認められたが後者では同じだった。
 この日はクリークがやけにスライスしてしまい、ロング・ホールで広かったのと飛距離が出ないせいでOBにはならなかったが頭に来てもう一球。今度はスプーンで打ったらこちらはナイスショット。しかしながら上がってみれば改善はない。
 そして昨日と同じショート・ホールでクリークを使いまたもやOB(昨日は5番アイアン)。打ち直してエッジの下に付けたのだがサンド・ウェッジがトップしテバンカーへ。ここでもう一球打ってオン。それが誠に不思議な事に前者と後者は同じスコアだった。即ち前者は奇跡のバンカーショットに対し、後者はあの距離を外して・・・。

 ゴルフは大地と自分との戦いだ。そこには不運等という要素は一切ない。そして結果は必ずその技量に依存する。それゆえ、いかなる幸運がたまたまあったとしても結局誰にも公平な結果をもたらすのだ。
 ちなみに一人で回っても前日とほぼ同じようなスコアであった。もはやメンタルも関係ない境地に達したということか。 

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喜寿庵で大名行列

2018 SEP 14 20:20:41 pm by 西室 建

馬は機嫌が悪かった

 このあたりは江戸末期は天領で、陣屋にお代官様がいたのだが、その前はれっきとした藩があり、ちゃんとしたお大名がいて秋元氏が殿様だった。その秋元氏は川越にて転封してしまうのだが、その際参勤交代の道具一式を下置いていったので、天保年間には「供奉順行(ぐぶじゅんこう)」といって、いってみれば大名行列ごっこのような真似をして秋祭りに華を添えていたらしい。地元では『おはっさく』と呼ばれて今日に続いている。おはっさく、とは旧暦の八月一日のことだ。
 生糸・織物・染物で賑わった戦前から、戦後も『ガチャ万』と言われる程機織り産業が稼いだ時代は結構な賑わいだったようだが、過疎化のおかげで一時はすたれていた。

子供の槍組 かわいい

 その後、観光化を目指して行政の方でかなり力を入れてそれなりのイベントにまで育て、時代祭りと称している。
 四台ある山車は『屋台』と呼ばれ、お囃子が乗る。豪華な飾幕がウリで、下図は葛飾北斎が書いたと伝わっている。
 そして奴姿の赤熊(しゃぐま)、槍組、鷹匠、殿様、姫様、腰元と総勢百人以上の行列が続き、時々『下に~したに』といった掛け声がかかる。先頭の毛槍は『よいやまっかよ~い』の掛け声で投げ渡しが行われて、4本同時に投げ上げるのはかなり練習した成果が見られる。実際に持ってみると結構重かった。

お姫様

 お姫様役は公募で選ばれるのだが大変で、衣装を着たままカラオケの疲労からこの暑いのにズーっと練り歩く。続く腰元の中に青い目の女性がいて地元の大学に通うスイスからの留学生だった、へぇ~楽しそう。
 お祭りらしく出店もたくさん並ぶ。しかしどういう経緯なのかプロのテキヤは見当たらず、商店街の手作り的な屋台がズラリ。
 そういえば大名行列もお姫様も屋台もみんな知っている人ばかりで成り立っているお祭りなのである。
 日が落ちる頃、小学校の校庭ではステージが始まって地元のバンドが演奏を始めた。昼過ぎくらいから各種の出し物が演じられていたらしいが観客はそう多くない。ゆず みたいなユニットがそれなりの演奏をしていてゴザに寝そべって聞いていた。
 最後はブラス・バンドのフィナーレ。するとその曲は何とディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウォータではないか。こんなのを喜ぶのは僕だけかと思いきや、『イェー』とはしゃぐのがいたので振り返ると、これは留学生とは思えない白人が3人。聞いてみるとクロアチアから日本に来て、マウント・フジに行く途中だと言ったようだが恐ろしく聞き取りにくい英語だった。

ドーン

 そうか、『祭り』とはそこに生活している人が自分達の為に盛り上がり、旅人がそれを楽しむものなのだ。留学生や外人観光客も含めて。
 ところが僕はここで生活はしていないしの途中でもないから、早い話が一緒にはしゃぎ回るとはならない。友達もいないのだから。
 最後まで演奏を聞く気になれなくて暗い夜道を喜寿庵まで歩いて帰った。
 突然、渓谷の対岸のあたりからドンッと音がして花火が上がった。いつもは先ほどの小学校の校庭から上げていたのだが、人が多くなったせいなのか人家のない喜寿庵の向かい側からだ。
 ここからは凄い近い。庭から、まるで花火の傘の下にいるように見上げた。

 オーイ、僕はここにいるよー! って、誰に向かって言ったんだ。

喜寿庵の秋 Ⅱ 地方創生

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残暑に背を向けて

2018 AUG 19 15:15:31 pm by 西室 建

 喜寿庵の夏は八月になると夕方にはカナカナ蝉が鳴く。暑いことは暑くても赤トンボまで飛ぶ。
 お盆を過ぎても今年の異常な暑さはひどい、日中に蚊が飛んでいない(日陰では刺された)。だが秋の気配はわかる。日の出、日の入りは変わった。
 夜半に、ビール片手に庭に出て星空を見ている。無論スプレー&蚊取り線香で完全武装。

花火 ポツン

 川の流れが聞こえているが、人工の音ではないのでうるさくはない。たまに遠くに車の走る騒音、踏切の音。
 何の気なしにコンビニで売っていた花火セットを買ったことを思い出してガサガサと持ってきた。

漆黒の 闇に 華やぐ 色添えて
     一人灯した 花火はさびし

 手慰み、と言った感じでいくつか火を点けてみた。
 だが、見ているのが自分だけということは、恐ろしく孤独な寂寥感が沸きたって全然面白くない。特に線香花火はいけない。
 こういうのはせめて三人以上でないと楽しくも美しくもないらしい。両手に持ってやってみたがダメだった。
 芝生にゴザをしいて寝転がると(直に寝ると夜露で濡れる)Tシャツだけでは寒い。
 何とも無駄なような気がしてもう母屋に入ろうとしたら、カサッと音がする。いささかドキッとして暗がりに見入ると白い生き物、猫ではないか。
 以前時々姿を見せた黒ブチがいて、勝手に「シナシナ」と呼んでいたのが姿が見えなくなった。こいつはその縄張りを継承したのだろうか。
 シナシナがいなくなった後も複数のノラが夜に目撃されたがそいつ等とも違う。しかもまだ子供のようだ。どうやら警戒心もまだ発達していないようで、遠巻きに寄って来た。

こわい

 これは写メでも撮ろうか、エサでもやろうか。スルメを取ってきたら置いてあった缶ビールに見入っている。そーっと寄って行って「ほら」と投げてやると食べた。ところが以前の「シナシナ」は芝生の上に時々糞をしていき、その跡が円形脱毛症のように痛んでしまって苦労したからあんまりなつかれても困るのでほどほどに。あっ、もういなくなってしまった・・・。何か街灯も不気味に。 

 熱い日差しで目が覚めると顔も洗う前に庭に出る。モグラは芝生を掘り起こしてないな。
 先日やけに家屋に近い藤棚にヤマバトが留まっていていて、しきりに小枝を咥えている。近寄ってもなかなか飛び立たないので二階から覗く。なんとつがいがセッセと巣を作ろうとしていた。力を合わせてやっているのは微笑ましい。
 一般的には家の近くの営巣は「トリイレル」と言って縁起がいいとされるが、フンと羽で掃除が大変になってしまう。『おーい、そこは困るよ』などと声を掛けても全然動じない。よほど真剣なのだろうか。こっちもだんだん『シッ』とか『コラ』とか大声になるんだが無視された。しょうがないから竹竿で威嚇するとやっと飛んでいく。一生懸命作りかけていた巣を払うと、まだ大したものではない。どこかもっと家から遠い木の上の方が居心地がいいよ。そこでたくさん雛を育てなさい。それにしてもカワイかった。

ファームが草原に・・

 夏野菜はもうシーズン・オフといったところか、茄子も胡瓜ももう成らない。収穫は例年に比べると伐採して日当たりが良くなった割には低調の大赤字だった。
 そしてその日当たりのせいかもしれないが、いくら草取りをサボッたとしてもこれはないだろう。離れて見るとネイチャー・ファームが埋没してしまった。去年まではこんなにならなかったぞ。おまけに耕運機が故障して周りの土を掘り返すこともできゃしない。

 草繁り 我が営みの 細ければ
    ただ幾一筋の  汗したたるや

 これは最近知ったのだが「八月十五日」さんという名字の人がいるそうだ。読めますか。「なかあき」さん、もしくは「あきなか」さんと読むらしい。
 旧暦で言えばもう太陽暦で言う秋分の日に近いから「あきなか」の実感があり、風流な名前だがお目にかかったことは無い。

 季節が変わってしまう。一人でいると、この残暑に背を向けて走り去って行きたい衝動に駆られるが、行く当ては無いのだ。

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桃・栗三年柿八年 喜寿庵紳士録

2018 JUN 16 10:10:54 am by 西室 建

黄色い薔薇

 

 伐採により原野となってしまったネイチャー・ファームの開墾は遅々として進まない。梅雨入りして早く何とかしないと物凄い勢いで雑草のジャングルになってしまう。
 思案しながら試しに薔薇を植えてみた。

 ようやく猫の額くらいの所にピーマン・ナス。やや遅れて3年越しのチャレンジになるキュウリの苗を買って来た。
 ところが不思議な事に何もしていないのにジャガイモの芽が出てきたのだ。
 今頃なぜ。

自生するジャガイモ

 これは去年掘り出し損なったクズ芋が地中に埋もれていて、この日当たりの良さに野生化して芽吹いたのではないだろうか。あんな重機が入ったにもかかわらずに。もしそうだとすれば、この荒地は開墾しなくても自然にジャガイモが自生を繰り返すリサイクルが完成したスーパー・ネイチャー・ファームになったのかもしれない。
 
 それでは景気よく切り倒した檜のあとはどうしようか。再びあんなに育たれてもチト困る。
 そういえばこのあたりに多少の収穫を恵んでくれた栗の木と渋くて食べられなかった柿の木があった。
 突如『桃栗三年柿八年』を思い出した。しかし桃は虫がついたり手がかかる。柿は収穫まで8年もかかると私が生きているかどうか。
 ここはやはり栗ではないか。
『やあやあやあ』
 ワッ、ヒョッコリ先生だ。また勝手に入ってきた。
 しかも久しぶりにピッコロ君とマリリンちゃんを連れていた。
 来るぞ来るぞあれが。
『いや、昔はね』
 ほら始まった。きょうは何だ。
 今ではこの先生とチビ達はこの世の人ではないと思って付き合うことにしている。普通の人だと思うと辻褄が会わない話が多すぎるから。

根付きかけた胡瓜

『…と言ってたんだ』
 ヒョッコリ先生が何か喋っていたが、その隙にピッコロ君が根付きかけているキュウリを引っ張ろうとしているではないか。
 過去2年、栽培に失敗しながら今年やっとできたものを。
『コラコラコラー、それはオジさんが育ててる野菜だよ』
 ピッコロ君は、きゃあきゃあ笑いながら逃げて行って今度は薔薇の花をジーッとしゃがんで覗き込む。
『でもって栗の木を植えたんだね。栗の木は太くなると堅くて腐りにくいから。門柱に切り出したこともあったね』
 ナニ?クリ?そういえばさっき・・・。
『はぁ、栗ですか』
 何の話か適当に相槌をうつ。
『栗は種から3年ですかね』
 3年ねぇ、僕の脳は3年後にまだかろうじてマトモに働いているかな。そもそも最近幻覚や独り言に悩まされているし、実際に物が無くなったり出てきたりするので困っているのだ。

これは・・・

 と思いつつ我に返ると、いつものようにヒョッコリ先生とピッコロちゃん・マリリンちゃんはいなくなっていた。ヤレヤレ、子供たち今日も何も喋らなかったな。

喜寿庵紳士録 ピッコロ君

 翌朝、水をやりにスーパー・ネイチャー・ファームを往復していると、きのうまで見なかった苗木が目に入った。
 これは何だ。ポツンと突っ立っている。
 スマホで撮って色々と検索してみたのだが、どうもよく分からない。
 ハッパの形が特徴があるように思えたので年のために画像を確認すると、アッ。
 これは栗かもしれない。
 だけど・・・まさか・・・。
 ま、本当に栗かどうかはあと3年すれば分かるのだろう。それまで元気でいなくては。
 で、栗の木なのは一向に構わないのだが、ヒョッコリ先生が植えたのか化けたのか。怖くなりつつ水をやった。

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季節外れの筍採れました

2018 MAY 13 19:19:00 pm by 西室 建

 伐採後の開墾に疲れ切って昼メシがてら温泉に浸かったら全く労働意欲を失った。
 裏木戸の周りは竹が沢山あったがこれもバッサリやった。
 夕方にはチュンチュンチュンチュンと騒がしかったが、雀のお宿を奪ってしまったのだろう、夕方は静かだ。奴ら今頃どこにいるんだろう。

小さな収穫

 と足元を見やると筍がピッと頭を出している。
 チョコッと顔を出したタイミングで地中30cm位を掘り出すのがコツで、旨い筍が採れる。
 これを筍ご飯にでもしようかと思ったが、アクを抜いてワカメを買ってきて澄まし汁にした。
 ワカタケ汁と言うそうだ。チョットいい。
 
 ところでその筍を掘った時、ワッと足が止まった。

子モグラだった

 地面に黒い染みが出ているように見えた。
 真上から写真を撮ったのだが、僕の影の上、石の下あたりに写っている黒い小動物が動かずにいる。
 ドブ鼠?死んでる?
 そうっと除き込むと図体に対して大きくてしっかりした爪がある。
 モグラの子供がコロッと死んでいた。
 モグラとは芝生にポコポコ穴を開けてしまうので、何年も戦って来た。
 水責め、灰の流し込み、細い竹の打ち込み、と色々やった。一度は水責めの時に飛び出してきたこともあった。
 目下のところ芝生での戦闘は我が軍優位に戦況が進んでいるが、敵は主に夜中のゲリラ戦だから作戦の全貌が読めないのだ。
 突っついてみるともう小さな蟻にたかられて絶命している。このまま土に返してやった方がいいのか、或いはこの辺のノラがどうにかするのか判断できない。
 結局戦い続けている相手に敬意を表して埋めてやろことに。『敵にはあれど亡骸に花をたむけてねんごろに(軍歌 討匪行)』の通りに弔った。

血と汗と涙の開墾

 それで開墾はどうなったかというと、かの屯田兵や満蒙開拓団もかくや、というほどの苦労を重ねてこの花壇に毛が生えた程度の畑ができただけ。
 これでは元に戻るのに2~3年かかりそうだ。
 Jマートに行くと、季節外れのジャガイモの種芋が半額だったのでダメモトで買って植えた。
 他にピーマン・ナス、3年続きで失敗したキュウリの苗。
 申し訳程度に植えて水をやってはみたが・・。
 思えば肥料も何にもやらずに放任しているのだからこいつらも野菜界の不良になってしかるべきだ。
 
 1年おきに大きな実をつけた栗の木も切り倒してしまったし・・・。

 スターダスト・フラワーが押しくらまんじゅうをしているように花を付ける。
 この花が咲くと梅雨が近くなって、水仙、紫陽花が咲く季節になる。

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半年ぶりに戻って来た

2018 MAY 5 10:10:42 am by 西室 建

 伐採のために重機をいれたために真っ平にされてしまった手作り農園、ネイチャー・ファームをどうにかしなくては只の空き地になってしまう。ほったらかしてナチュラル・フィールドにすることも考えたが、やはり少しは生産活動をしなければバチがあたる、と耕運機を入れてみた。
 ところが何トンもするキャタピラ跡も凄まじく、踏み固められて掘り起こせない。これではまるで開墾だ。鍬なんか持ってないしスコップで試しに掘ってみた。
 するとこれはとんでもない重労働で、今更ながら北海道開拓なんかは大変だったろうなとため息が出た。結局2m程でやめてしゃがみこんでしまった。
 何気なくチョコッと引っ掻いた地面を触っていると、違和感がある。何かが突き刺さっているようだ。引っ張り出すと何と半年前に失くした鋏ではないか。その時悲しみのあまりこんなブログを書いている。 

モノを失くすという事


 そしてSMCメンバーのトムさんの「失くしたモノは異次元の自分が使っている」とのコメントに癒されました。
 雨風にさらされ重機に踏んづけられながらもよくぞ僕に見つかってくれた。元々錆は出ていたが、持ってみるとあの重さが甦って来て嬉しかった。
 それにしても見失った場所から多少違うところにあったので、全然関係ない所を嘆きながら必死に探していたことになる。この偶然の邂逅は天文学的に低い確率だっただろう。土にまみれて動きは随分と鈍くなっていたが確かにあの鋏なのだ。
 実はお気に入りのシャベルも似たようなことがあり、手作り花壇の隅っこから出て来て驚いたこともあった。
 もしかするとここ喜寿庵はどこか空間が歪んでいて忽然とモノが消えたり出現したりする霊界のスポットなのか、僕がボケが徐々に進行してチョット置いた場所を直ぐ忘れてしまうレベルにまでなったのか、まぁ後者だろう。
 数珠や携帯をコンビニに忘れ(それもこの半年の間にだ。携帯はきのうのことである)悲しみ嘆きつつも反省せずにモノを失くす(ただしコンビニに戻って事無きを得ている)。

修験者の正装

 すぐ近くにお不動様のお寺がある。ここは日光修験道の流れを組んでいて春の例大祭として「火渡り」をやる。
 ここは一つ僕もやってみて、今までのウッカリ癖を叩きなおす必要があるのではないか。
 行ってみるとホラ貝を吹きながら行者さんが入ってきて結界の周りに立った。
 なにやら勧進帳のような問答をして、剣・弓で四方を清める。
 いよいよだ。
 あれ、般若心経をみんなで唱えている。
 色々儀式があって(中略)「のうまくさんまんだ~~」の大合唱とともに積み上げられた檜の束に火が付けられた。
 瞬く間に火炎が上がり、火の粉が飛んできた。

龍のような火炎

 これ、ヤバイぞ、ヤバい。
 周りの行者さん達は火が強くなりすぎると水をかけ、熱いので時々自分でも被り、弱くなると灯油をかけていた。
 パチパチと燃えていた上段の方から次第に焼け落ちてくる。
 すると一番下に太い梯子状に丸太が組んであるのが見えた。
 そして一人の行者様が剣を抜いて何かを唱えると
『エーイ!』
 の気合もろともサッサッサッと渡ってしまった。
 他の行者様も檀家の人達も次々と行ってしまう。
 僕はと言えば列の後ろに靴を脱いで並んでいたが、玉砂利が足の裏に突き刺さるようで痛い。そうこうするうちに順番が回ってきてしまったではないか。

真ん中の人影が僕

『エイッ』と気合をかけられてもう後に引けない。
 うわ~、と思いながら丸太に足をかけるとジタバタと進んだ。
 アレッ熱さは感じなかったぞ・・・・。

 これで忘れ物がなくなり、心の平安が取り戻せれば助かるのだが

   のうまくさんまんだ~      のうまくさんまんだ~

ちなみに今年は炎が上がり過ぎて消防が来たそうである。

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