Sonar Members Club No.36

カテゴリー: 和の心 喜寿庵

みーつけた

2024 MAY 19 16:16:57 pm by 西 牟呂雄

 最近また一段とモノを失くす。特に喜寿庵にいるとコマゴマした作業をするが、かなりの頻度で愛用の道具が忽然と姿を消す。シャベル・鋏・焼却炉の灰掻き、どれもいい具合に錆の付いた味のあるモノだった。
 故トム市原氏によると、それらは異次元にワープしてそっちで役に立っているから気が向いたらこの世に帰ってくるのだそうだ。そうであればよほど向こうの方が居心地がいいらしく、もう何か月も見ない。
 そして恐ろしいことに幻聴まで聞こえてきた。夜になって電気を付けると『ミシッ』とか『コン』とかいったかすかな怪音がする。はじめは虫がLEDにぶつかっているのかと思っていたが今はまだ虫なんか飛んでない。喜寿庵にいるときは大抵一人だから確かめようもない。そしていつでも聞こえるわけじゃない。待てよ、ポルター・ガイストじゃないのか!

 ある日、夜中に喜寿庵に着いて電気をつけると例の『コンッ』が聞こえた。試しに『ただいま』と返事をしてみた。するとかすかにLEDが瞬いたような気がした。
 実はここの二階の部屋に大昔友達が泊まった時にチョット妙なことがあった。霊感の強い女性が『いらっしゃる』と呟いて朝まで放心状態で正座していた。その姿を実際には見ていないが、一緒に寝ていた女性が朝方『きもちワル~』と言って青ざめていた。試しにその部屋で何回も寝てみたが、僕には何も起こらない。しかし気になって懇意にしている真言密教のお坊さんにお祓いしてもらったことがある。
 喜寿庵は築100年は経っているが、不幸になったという人はいない(取り合えず私自身は除いて)。即ち悪霊の類ではない。すると座敷童なのではないだろうか。
 そこで、名前をつけてやることにした。まず考えたのは『コロポックルちゃん』だった。
 だが結論から言ってこの名前は気に入らないというか、全く反応がなかった。
 それからいろいろ試すのだが『〇〇ちゃん』とか『✖✖✖✖ちゃん』と試したが芳しくない。露骨に『座敷わらし様』もダメ。色々試したがアホらしくなってしばらく忘れてしまった。

 ある日、喜寿庵に憑いて思わず『ただいま』と声に出したところポルター・ガイストが起こって軽い怪音がした。オッ久しぶりに出たのか。ヨシッ。いろいろ考えて私が布教している滋養教の神様の名前を呼んでみた。『滋養様、今参りました』すると『ミシッ』と返事があった。しめた。ちゃんと敬語を使えば反応してくれたのだ。
 電気を付けながら『ご機嫌はいかがですか』『コンッ』『だいぶ暖かくなりまして』『カンッ』といったやり取りが続くではないか。
 それからは外に行くときは『滋養様、行ってまいります』とか声をかける。ただこれには何も返事はない(当たり前だが)。ネイチャー・ファームで農作業中にフト語り掛ける。『滋養様、近頃は雨が少のうございます』先日はついに生垣を手入れしながら『お熱うございます、はい』とやっていたら通りがかった人が目を丸くしていたのであわてて携帯で話しているフリをした。アブナイアブナイ。

ポテト・フィールド

 ネイチャー・ファームでは今年もジャガイモ・ナス・ピーマン・キュウリを造り始めた。昨年飢えていたニンニ君は収穫間近。油カスや肥料をやって育てている。
 するとですな、農作業の合間に思わず労働歌のように口ずさむことがクセになってきた。

ニンニ君

『滋養様~、滋養様~
 今年も年貢を納めます~
 ハァ~めでたい~、めでたい~』
 というテキトーな詩をゴスペル風に歌っているとディープ・サウスの綿花畑で汗を流しているような気がしてなかなかソウルフルである。
 あれっ、誰かいる?振り向いても誰もいない、ン?見られているのか?

あっ!

 当然誰もいるはずがない。
 あっ!
 半年ほど行方がわからなかったシャベルが顔を出していた。
 異次元から帰って来たんだな、お帰り。
 そうか、これも滋養様のお導きだろう。ありがたやありがたや。
 そこで、先程のゴスペルを口ずさみながらお礼の踊りを奉納した。
 魔の悪いことにそこに電車が通りかかって、富士山観光に行く外人が大勢こちらを見ていた。

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おやっ ヒョッコリ先生だ!

2024 MAY 11 11:11:58 am by 西 牟呂雄

 朝、喜寿庵からコーヒーを飲みにコンビニまで歩いていると、先の方にヨチヨチと歩いている人を見つけた。杖をついて下を見ながら一歩づつ歩くのだが、左の方を引きずるような歩き方で、前に進むのはもっぱら右足。左は進んだ分を必死に追いついていく感じ、だから一歩づつと言ったが正確に言えば半歩づつなのだ。
 途中に真言宗のお寺があるが、そこで止まると本堂の方に向かって被っているベレー帽をとるとゆっくりと一礼した。そのハゲた頭と横顔が見えた、ヒョッコリ先生だ!しばらく見ないうちにめっきり老け込んだ印象。待てよ、僕はこの人の年齢を知らない。戦争前のことを語っていたから昭和の始めの生まれだと思うが・・・。そうすると今年は昭和99年だから九十翁を超えているのは間違いあるまい。話が弾むと面倒だが挨拶くらいは、と近づこうとしてただならぬ気配を感じた。本堂に向かって何かを話しているのだ。
 僕は先生の家族について、息子さんがいて孫がいることしか知らない。その孫は僕の親友のレイモンド君だが、息子さんの海外勤務で今は一緒にはいない。それだけだ。奥さんの話は聞いたことはないし、一人で暮らしているのではないだろうか。
 ほんの1分程でまた歩き出した。思えばこの人は面白い話をしてくれたけれど、どれもこれも本当かどうか疑わしいものばかりだった。変な発明家のような話はおそらく出まかせだろう。コロナの最中に県境を越えてはならないとなっら時、それではと県境沿いに移動して海に出ようとしていたが、それもできなかったに決まっている。訳のわからないニュー・ビジネスのウンチクを傾けていたがうまくいったという話は聞こえてこなかった。戦前の日本のパフォーマンスを論じ、マルクスを語ったこともあったので、オールド・リベラルの系譜かとも思える。
 話しかけようとして止めたのは。そのたたずまいに一生懸命振りが滲み出ているからだ。話せばどうせ奇天烈なことを言うだろうが、無理にやっている気がしてしまって遠慮せざるを得ない。僕はコーヒーは諦めて帰り道をたどった。

 ヒョッコリ先生の孫とおぼしき推定4歳のレイモンド君もおそらくその血を引いていて実にバランスの悪い子供だが、彼の場合の一生懸命は微笑ましい。多分それは、その努力が叶わぬにしても彼の未来につながっているから。ところが推定90歳超えの先生の場合には未来はない。残酷な言い方になるが、すべての ”一生懸命” は来るべきⅩデーに向かっており、それは避けられない。先生は今一生懸命に死のうとしている。
 フト思うのだが、子供のころはどうだったのか、青春時代は何を考えていたのか、壮年期に何をしていたのか、もっと真面目に聞いておけばとも思う。いや、思わないか。
 それなりに噂が耳に入るのだが、先生は東京で仕事を終えた後に請われて北富士総合大学の理事になっていたようで、地元ではチョットした有名人なのだった(最近分かった)。

 考えてみれば僕だって老人の範疇に十分入る年齢だ。スノボだろうがヨットだろうが数えるほどしかやれないし、そう考えると桜を見るのも落ち葉を掃くのも20回が限度だ。最後の方は先生のような一生懸命感を身に纏うことになるだろう。
 どうあがいてもその『一生懸命』さが自然と備わってしまうとすれば逆らっても仕方がない。それなら今から多少の準備はしなければいかん。なぜなら今まで『一生懸命』に、などということを考えた事もやったこともないのだから。そんな時に、例えばスノボで足でも折ればその姿は哀愁を帯びるどころか、みっともない、いやむしろ滑稽といった笑いの対象になってしまう。うーむ。

 レイモンド君、イギリスでどうしてるかなぁ、英語を喋ってイギリス人になってたりして。

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空師(ソラシ)を知っていますか

2024 APR 28 11:11:19 am by 西 牟呂雄

この高さ

 喜寿庵の欅の木が伸び放題伸びてどうにもならないので枝を落とそうとしたのだが、植木屋のオッチャンはビビッて断られた。無理もない、御年82才だもんな。しかも崖の上から渓谷の方に伸びているので足場がない。川までは20m以上あるから落ちればケガじゃすまない。
 いろいろ聞いてみると、高所作業専門の『空師』なる職業があることが分かった。ソラシなんて何だかサギ師の親戚みたいな響きにたじろいだが、八方手を尽くして探し当てた。さる造園会社に所属しているらしいのだが、なぜかスマホの番号しか表記されておらず、いつ電話しても繋がらない。たまに繋がっても『今は静岡にいまして』とか『見積もりを送ります』と言いながら連絡は来ない。最もひどかったのは『車が動かなくなって・・・』である。だんだんわかって来たのは、彼はその会社のただ一人の空師で、どうもスケジュール調整とか見積もりはたった一人でやっているらしい。ようやく会えたのは初めの連絡から3カ月後だった。現れたのは40代とおぼしきオニーチャンだった。
『空師ってどんな資格なんですか』
『そんなもんありません。自分、アメリカでツリー・クライミングの訓練を受けました』
直訳すれば、木登りの訓練を受けた・・・。まっいいか。
『この檜の枝を落としてほしいんですが』
『楽勝ッス』
『重機は入れないけど大丈夫ですかね』
『梯子で行けます。この崖下、誰もいないんでしょ』
『鮎釣りが解禁されてるから釣り人が時々いますけど』
『わかりました』
 その後、こちらはインドに行ったり彼が忙しかったりしてさらにひと月過ぎた。
 来るはずの日に、待てど暮らせど現れない。しょうがない、電話する。
『あっ・・・・。申し訳ないッス。きょうはちょっと・・・』
『いつなら来れるんだ』
『じゃ、あさって』
『本当だな』

 そして当日は1時間遅れでやって来た、何ともくたびれたオジーちゃんと一緒に。今までのトンチンカンな対応から見て、オニーちゃんの方は相当アブない人物と見立てていたので、しばらく一緒に見ていることにした。
 すると、やおらベルトの辺りに様々な道具をブラ下げるとロープと電動鋸を掴むとヒョイヒョイと登りアッという間に梯子の天辺まで行き、そこらじゅうを切りだした。そして更に手持ちのロープを上の方の枝に括りつけてズルズルと上に登り、幹を揺らしながら枝を落としてしまった。ここまで僅30分。あまりの手際の良さに呆気にとられた。
 降りてきて次の段取りを話しているので、試しに梯子に登らせてもらった。ところが彼の半分も行かないうちにギブ・アップ。この梯子というものはものすごく振動するのだ。下で抑えてもらっていたにもかかわらず、カシャカシャ揺れて怖いなんてもんじゃない。下からは分からなかったが崖の方に大きくせり出していた。おとなしく降りてくると奴は言った。
『あー良かった。上ってそのまま降りられなくなる人結構いるんスよ』
 早く言えよ!

さっきより高い

 さっそく二本目に取り掛かったが、今回は梯子を登り切って幹に取り憑いたところで動きが止まってしまった。
 しがみついたまま、ジッとしていてまるで蝉がとまっているみたいだった。
 しばらくして降りてきた。
『足場にしようと思っていた枝の瘤が腐っていて足を掛けたら落ちちゃって』
 ゾッとするようなことを言う。
 オジーさんと何やら話しているが、次第に表情が曇って来た。
『どうした。作戦変更かい』
『あのですね。チャット今の道具だけじゃ梯子の先が登れそうもないんですよ』
『ホントか、じゃしょうがないな。機材だけの問題なの』
『ウーン・・・・納得がいかない・・・・』
『オイオイ、それじゃ1本分しか払えないぜ』
『エート・・・・。悔しいな』
『それじゃな、メシ食って一息入れて考えてから午後おいでよ』
『あっ、いいですか』
『ああ』
 オジーちゃんと帰って行った。

 午後になって再びいろいろな道具を携えてやって来た。こんなもんどうやって使うのか。そしてその新兵器やらロープやらを腰にくくりつけた。全部で30kg以上あるそうだ。
 今度は梯子を幹に縛り付けながら登り、午前中に立ち往生したところから道具を使ってよじ登りだした。
 一つづつ幹に括りつけて足場にし、一歩づつ登っていく。

 足首には脚絆のような物を装着しているが、内側に釘のようなスパイクがついていて、ヤバくなったら幹に引っ掛けるらしい。
 作業的には一つやると一つ片づけるといった感じで、それはウッカリとか慌ててやって道具を落としたりすれば怪我人は出るだろうし、自分が落ちたら命もヤバい。
 慎重に、慎重に登り遂に届く範囲の最高部の達すると体を固定した。
 それから、なぜか電動は使わず腰に差していた鋸で枝を落としだした。
 足場が悪いので、重そうな枝はロープで縛り吊り下げていく。
 問の外で人の声が聞こえる。何だか人だかりがしているようだ。

門の外から

 すると、そこからは空師のアンチャンが欅の上に留まっているところが遠くに見えるので『あれは何だ』と指をさしている。
 僕が言うのもナンだが、僕のこの辺での評判は芳しいものではない。遠目には誰だか分からないものだから、また僕がターザンごっこに興じているのかと思ったのだろう。出てきた僕を見て『アレッ』という顔をされ、あれはプロに絵だを落としてもらってるんです、と説明するにいたった。
 登り始めてから3時間。全ての作業を終えて降りてきた。その時一度足首のスパイクが滑ったらしく、ズルッツと半分中吊りになった。やっぱり危険作業なのだな。
 『いや~勉強になりました。下から見るとまっすぐなんですけどあの瘤のあたりから螺旋みたいに曲がっていてこっちも回りながらしか登れないんですよ。これ考えて持ってきて良かった』
 成程、色々あるな。
 このように木によじ登って伐採を専門にやるプロの『空師』を看板に掲げているのは東日本に30人程しかいないので、年がら年中忙しいのだとか。
 いたずら子悪露が湧いてきて、崖下に隆々と映えている欅を指して『アレはできるかい』と聞くと『あんなのチョロイ』という返事。それじゃもっと深いところの木はできるか、イジワルを言うと、しばらく覗き込んでいたが『これに比べたら簡単ッス』だ。ヨーシ、面白くなってきたぞ。

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続・街道をゆく 宝のみち

2024 MAR 29 13:13:37 pm by 西 牟呂雄

 旧村名を『宝村』というおめでたい名前の所がある。その『たから』の語源が何に由来するかはよくわからないのだが、いかにも豊かな語感と軽いロマンを感じさせる響きで、以前から興味があった。子供の頃に読んだスティーブンソンの『宝島』を思わせる。そっちは海賊の財宝を見つける話だからこっちは山賊の話でもないかなと検索しても、そんなものはない。ただ、明治期から昭和の中頃まで鉱山があった。『宝の山』ということなのか。鉱山跡地は相当な山奥なのでふもとまででも辿って行きたいというのが今回の旅である。

富士急行線の都留市駅から桂川を渡り支流である大幡川に沿ったところによく開けた扇状地が広がり、そこから遥か先にある三つ峠に向って吸い込まれていくような道が続いている。
 この地区の人文は古く、縄文時代前期からの遺跡が数カ所確認されており、特に縄文中期と推定される牛石遺跡は東西南北方向に対応するストーン・サークルとこれらを環状に連結する全体の直径は約50mに及ぶ列石からなる大規模なものである。

山梨県 都留市提供

 このエリア全体が山に囲まれているがゆえに富士山を望むことはできないものの、わずかにこの遺跡のポインントから山頂が見える。更にここを見下ろす三つ峠山頂には春分・秋分の日に夕日がかかる。縄文中期は富士が盛んに噴煙を上げていたであろうから。あのストーン・ヘンジのごとく多分に宗教性を帯びた祭礼が行われたに違いない。筆者もそこに立った時は、秘かに古の血が騒ぐ錯覚を覚え、はなはだ愉快た。
 その後、たびたび大噴火をしているので、近くの遺跡では遥か後の奈良・平安期の遺構も発掘されている。さらに時代が下り鎌倉・室町時代、武田家が甲斐の一守護でしかなかった頃、この地を支配したのが小山田家である。坂東八平氏の流れを組む秩父一族で甲斐都留郡の覇者となった時の本拠地があった。

見事な参道

 時に武田と縁組し、時に武田の内紛に手を突っ込み、信玄の時代には臣従して武田二十四将として名を連ねるのが、勝頼を最後の最後に裏切ったのは十七代小山田信茂である。ここではその内面には踏み込まない。勝頼自刃の後、信茂は甲斐善光寺にて織田信長に拝謁しようとしたところ、信長嫡男の織田信忠により処刑された。戦国時代の様相が手に取るようにわかる顛末である。
 その小山田家の六代目から十四代目の墓所である曹洞宗の桂林寺は今日も残っていた。
 1393年に六代信澄が建長寺の格智禅師に開山を請い建立した。明治期に二度火災にあったため往時の面影は参道にのみ残されているが、その参道を下ったあたりに小山田の邸があったとされる。

広教寺の石柱 向こうの山門

 中世を通じて、また戦乱の世にあってもここからの風景は平和であったことと思う。無論、足軽として駆り出された領民はいたであろうが、ここは戦場からは常に遠かったに違いない。
 と言うのも、集落の景観こそ変わっているが、大幡川に沿って上流の方に進んで行くと水田耕作や養蚕のための桑畑がなされていた痕跡が見て取れ、昨今整備されたバイパス道路や河川護岸施設を視界から消してしまえばかつての営みが容易に想像できるからである。
 例えばかつての寺領の広大さを物語る石塔と門に続く広教寺であったり、巨木に覆われた春日神社である。
 広教寺は源頼家によって建立された古刹で、大般若経の写本がある。

春日神社から

 さて集落を通り過ぎ、道幅も狭くなって勾配がきつくなってくる。提題の『宝の山』に近づく秘境感が漂ってくる。
 突然視界に入ったのは『機神社』なる看板だった。
  こういう時に寄り道ができることが『続・街道をゆく』の醍醐味で、人っ子一人いない境内に降りた。
 『機神社』と書いて『はたじんじゃ』である。機織りの神様を祀っていた。
 この地は前述の通り養蚕が盛んで、その川下産業として撚糸、機織りから染色といった一貫工程が成り立っていた。戦前の高級ブランドのいわゆる『郡内織』は地場産業だった。

御神楽の奥のお宮

 その事業者がいつのころからここに祀ったのだろうが、由来の表記はない。
 祭神は天栲幡姫命(アメノタクハタヒメノミコト)萬幡豊秋津姫命(ヨロヅハタトヨアキツヒメノミコト)同一神でいずれも幡の字が入っており、機械や織物の神様である。転じて『機』を『ハタ』と読ませる。
 ご覧の通りの不思議な造りで、お神楽が二つのステージになってその間を抜けた先に社殿がある。
 この街道のドン詰まりに厳かに祀ってあるのが返って奥ゆかしい。
 その祭礼を見てみたいと思ったものの詳しい説明はなかった。

協和会館跡

 

 『宝のみち』も最期の胸突き八丁を登り、ますます道が狭くなった所にバス停があった。名前は『宝鉱山』である。
 明治5年、偶然地元の農民が発見した硫化鉄の大塊鉱から開発が始まり、昭和45年に閉山するまで現役の鉱山だった。経営は三菱に渡り最盛期には200人程が3交代勤務をしていた。病院・鉱夫長屋・小学校分教場を併設し、更には映画館も設置された。現在は市が運営するキャンプ場になっていて、写真はその映画館跡に建てられた管理棟である。農村部の人達も娯楽を求めてセッセと坂を登って来たことだろう。
 中に入れてもらうと、往時を偲ぶ模型を見せてくれた。

一番下が協和会館

 無論、坑廃水処理の問題等あったものの、エリアにとっては宝の山だった訳である。
 筆者は九州時代に多くの炭鉱跡・鉱山跡を訪ねているが、同じように郷愁を誘うものが感じられた。
 バス停から少し歩いて行くと、おそらくは鉱山住宅跡地をリフォームしたコテージがいくつかあった。坑口でもすぐに見られるかと思ったが、その現場はもっと山の奥のようだ。
 管理棟にいた方は廃鉱の後に生まれたそうで、往時の記憶など当然ない。
 資料によれば、掘り出された鉱石は鉄索道(つまりリフト)で一山超えた現在のJR笹子駅まで運ばれた。
 笹子駅はかつては中央本線のスイッチ・バックの駅で、その跡地を利用したJRのトレーニング・センターがある。これもある意味産業遺跡である。

銅鉱石とランタン

住宅跡のコテージ

 筆者が中学生の頃まで家族も含めると数百人が暮らした形跡がすっかり姿を変えてしまい、痕跡を見つけることも困難な有様は将に『つわもの共の夢の後』である。ヤマを離れた家族の中には地元に根付いた人もいたのであろうが、その多くは別に職を求めたはずだ。事実、前職の現場にお父さんがこの鉱山の事務職だったという人がいた。埼玉県の入間市の工場の話だ。
 一本の道を辿って『小山田』『機(はた)神社』から『鉱山跡』と時代の盛衰を見てきた訳だが、こういった動きのスピードは今後ますます早まるに違いない。世間で言われるAIの進化、デジタル社会の到来は待ったなし。今でさえ追いつけていない前期高齢者はどう振舞ったらいいのか思案に暮れるのである。
 死後50年もすれば、筆者の痕跡はただのガラクタにしか見えず、次の世代からはバカにされるだろう。ヤレヤレ。

飯場跡の住宅

 そろそろ引き上げるか、と戻ろうとした時に廃屋があった。ぐるりと周ってみると個人の表札が付いたままの空き家だ。表札は先程の管理棟で見た『飯場〇〇家』とあった家屋で、恐らく個人の家だったので閉山後も打ち捨てられたまま朽ちたのではないか。
 道はここから登山道になっていて、修験道の霊山三つ峠に行くハイカーも多いらしい。少し歩いてみると『熊に注意!』などと書いた看板があった。こんなキャンプ場の近くにまで出るのか。

 見上げれば三ツ峠は白く雪にかがやいており、沢を渡ると見事な美しい滝が落ちていた。まるでこの先には入るな、と語りかけているようで、熊にもビビったせいもあって引き返した。

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雪中行軍生還記

2024 FEB 13 5:05:53 am by 西 牟呂雄

 スキーもスノボも楽しい、がドカドカ降り積もる雪はごめんだ。喜寿庵は寒冷地だが雪は少ない。それでも年に1度くらい積もった日には、芝生は荒れる庭木は折れるハマユウは凍える。ファームに栽培中のスーパー・ニンニ君も埋もれてしまう。それが大雪警報である。
 雪に閉じ込められるのもマズい。十年前の大雪の時は全県交通マヒとなり食料も枯渇した経験がある。車はノーマル・タイヤだから脱出できなかった。

 朝から霙が降っている。小雨の中を時々白い物が飛んでいる。車での移動を諦めて庭木の様子を。
 こいつは去年の雪の際に重さに耐えかねて折れかけて、裂けた所を縄でグルグル巻きにして救った。ありあわせのつっかえ棒を何本か支えにしてやる。
 そうこうしているうちに本格的な雪になった。
 渓谷の奥の方まで真っ白い雪が空間を埋めていて、心なしかせせらぎの音も静かになった。

 急いでネイチャー・ファームを見に行くと、ニンニ君が寒そうにしていた。
 本降りになってまだ30分も経たないのにもうこんなに積もったのか。
 とは言え今更覆ってやることもできない。
 やむを得ず『雪中野営命令』を下し武運長久を祈りつつ踵を返した。
 こちらものんびりはできないのだ。ニュースを見るたびに『交通の乱れに注意』とせかされる。
 元々車はあきらめていたが、渋滞予防措置と称して中央道が通行止めになる。あまりいい気持ちはしない。

 あっという間にこんな墨絵のような景観になってしまった。
 音がしなくなったことは書いた(いや、かすかにせせらぎは聞こえるが)。
 それに加えて色もなくなったのだ。
 静寂・無色・限りなく落ちて来る雪、思わず立ちすくむ。
 見とれる、というのではなくむしろ恐怖感、畏れ、英語のaweに当たる思いにかられた。
 はっきり言えば逃げ出したくなった。

 あたふたと支度をし、鍵をかけ、門をしめようとしてフト声がしたような。
 目をやると、梅の老木にやっと咲いた小さな花達が真っ白に。
 今朝見た時は薄いピンクだったのに、サムイといったのかツレテッテと言ったのか。
 だがそれどころじゃない。埋まってしまったらかならず掘り出してやるからな、と声をかけで電車に飛び乗った。足元に落ちていた木蓮の枝を拾って持って帰る。
 この一瞬が生死を分けた。
 その後の報道によると高尾から運航停止になり、特急かいじ は塩山駅と大月駅 特急あずさ は甲府駅にて朝まで止まったのだった。

 翌週に車の回収がてら戻るとこれが、40cmは積もったらしく悲惨なことになっていた。
 いたるところで枝が折れていて、それもかなり重い松や杉の高い枝だ。
 拾い集めたらこの有様でどうにも処分のメドが立たない。
 つっかえ棒をした木は無事だったが、他にもツツジなどは埋もれてしまっておまけに凍っていた。
 それを何とか掘り出して一服していると、雨樋が落ちている!

 もうそれはほったらかしにしてネイチャー・ファームを見に行く。
 するとさすがはニンニ君、風雪に耐えてサバイヴしていた。
 アッ、そういえば梅の方はどうなった。
 あの、寒さに縮こまっていた梅の花。

 こちらも健気に咲き残っていた。ヤレヤレ。
 ジタバタと忙しくして足元をみると。
 何と咲きかけの福寿草がカワイイ。
 季節は巡っているのだ。

 持って帰った木蓮の枝。
 産毛に覆われているのは蕾だろうか。
 樹木も寒さ対策をするのかな。
 せっかくなので花瓶にさしている。
 花は咲くのかな。

フサフサ

 

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ー追記ー 

 コブシだった!

 
 

映画 PERFECT DAYS レヴュー

2024 JAN 26 2:02:37 am by 西 牟呂雄

 どういう事情か知らないが、前期高齢者の独身オヤジが毎日繁華街のトイレを掃除する仕事を淡々とかつ誠心誠意こなす。毎日ローテーションをこなし同じ公園でコンビニのサンドイッチを食べ、銭湯の一番風呂に浸かって、帰りにはチューハイを飲みながら簡単な食事をし、古本屋で買った1冊100円の文庫本を読みながら寝る。休みの日はコイン・ランドリーで洗濯をし、仕事中に趣味で撮ったカメラのフィルムを現像に出し撮った写真を受け取る。その足で行きつけの美人女将のカウンター割烹で一杯やる。
 何かがきっかけで実家と疎遠になり孤独な暮らしを続けていて、時々雑音が入る。バカ丸出しの若い同僚が仕事に来なくなる、姪が家出して転がり込んでくる、女将の別れた亭主が現れる。だがそれらのアクシデントはすぐに過去のものとなり、男の日常はまたバランスをとるように元のペースを取り戻す。何も変わらない、何も起きない。

 これだけの話を見事な映像に仕上げたヴィム・ヴェンダース監督の狙いは何か。一言でいえば限りない人間賛歌である。どの人生も平凡であることが素晴らしいというやさしさだ。能登の地震災害がこれでもかと報道されている昨今では骨身に染みる味付けだ。また、世界では戦争・紛争の終結が見えない今だからこそ、カンヌ映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し主演の役所広司が男優賞を取った佳作と評価される所以である。
 監督は日本でいえば筆者の上の世代、即ちプレ・団塊の世代、全共闘世代に属するゾーンの人で、やはり時代の影響を受けたのだろう、筆者はこの作品に『イージー・ライダー』とか『バニシング・ポイント』といったロード・ムービーの雰囲気を味わった。そして両作品が最後に悲劇的に激突して終わるのに対し、本作品が淡々と生活の継続を描いたエンディングとなるところに時代の変遷を感じた。
 特に監督が選んだという作中に流れる音楽は懐かしさがこみあげてきた。アニマルズ、ベルベット・アンダーグラウンド、オーティス・レディング、パティ・スミス、ルー・リード、ヴァン・モリソン、ニーナ・シモン、ときてはもう涙モン。最もシビれたのは割烹の女将がギターに合わせて歌う日本語の『朝日のあたる家』だった‼ 女将を演じるのは石川さゆりですぞ。

 ところで鑑賞中に気が付いたが、主人公は仕事中はツナギを着ていて、そのファッションたるや喜寿庵で農作業に勤しむ筆者の格好にそっくり。やっていることも、目が覚めてファームに行き、コンビニのジューシー・ハムサンドを食べ、温泉であったまり(回数券で510円)ビールを飲みながら鍋焼きうどん(680円)を食べて本を読んで寝る。違うのは筆者はその後寝るまで焼酎を飲み続けることと、筆者の作業には報酬が無いことである。付け加えると収穫も特に誰からも感謝されないことか(例えばジャガイモはあまりの出来の悪さに受け取りを拒否され筆者自身が消費している)。もう一つ、なじみの美人女将のいる店が喜寿庵周辺にはない(田舎のフィrピン・パブはあるらしいが行ったことはない)。言うまでもなく筆者にはパーフェクトな日々を過ごしている充実感など全く湧いてこないのだが。

 それはさておき、映画化のきっかけはファーストリテイリングの柳井康治が企画した公共トイを刷新するプロジェクトTHE TOKYO TOILETのPR映像をつくろうとしたことだそうだが、監督が短編ではなくストーリイ映画にしたいとシナリオを練ったらしい。何も起こらないので面白くないと言っては身も蓋もない、味わい深い作品だと思うが、私小説が嫌いな人には勧めない(実は筆者は私小説なんか読まないが見てしまった)。

 誠に蛇足であるが、筆者の長年の友人がヒョンなきっかけからこの映画に出演している。モッサリしたオッサンが数秒映るだけなのだがちゃんとエンド・ロールにも名前がクレジットされるという快挙。映画を見てどの登場人物かわかる方はいるだろうか。次の3つから選んで、正解の読者には筆者から仮想通貨100万ソナー・ダラーを賞金として差し上げますぞ(価値はないらしいが)。
 ➀ 銭湯の番台にいるオヤジ
 ➁ 写真屋のオヤジ
 ➂ 割烹でギターを奏でるオヤジ
 まだ上映してます。

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ロックがゲレンデに流れる

2024 JAN 14 18:18:38 pm by 西 牟呂雄

 還暦+α とか数え年古希とか言い繕ってきたが、今の僕はロック、即ち69才なのだ。いささか無謀の声も聞こえてくるが、今年もゲレンデに挑戦した。挑戦とは大げさに聞こえるかも知れないが本人は至って本気である。ロックにもなって骨折だの捻挫なぞするわけにはいかない。絶対に上級の急斜面なんかに行ってはならないのだ。
 そもそもビンディング装着の段階で体が硬くなっているし立ち上がる時のバランスも悪い。リフトを降りる時にもうコケそうになる。こりゃ良く体操しないとヤバい。恐る恐るダウン・ヒルを下ると余計な力が入ってもう汗だくという体たらく。ふーっ。
 ところで、毎度来ているこの富士山のふもとのゲレンデは人工スキー場なのだが、スノー・マシンの性能は格段に上がっていることがわかる。昔は本当にザラメとかアラレのような粗い雪モドキだったが、今では圧接した後にはパウダー・スノーのようにきれいな新雪だ。
 オットットと言いながらまたリフトに乗った。すると隣のカップル(4人乗りクアッド)は喋っているのは広東語である。話しかけてみると観光に来てスキーをやってみたくなりトライしているのだそうだ。大丈夫なのか、案の定リフトを降りた途端に転がってしまった。ジャーヨ(加油)!

我が雄姿

 それにしても今年のゲレンデは明るい色が主流のようで、オジサンのようなダークで普段着スタイルはいつにも増して取り残され感が漂う。
 自撮りの後ろにわずかな富士山のカケラが映り込んでいる。
 だが、後何回滑ることができるか、何年やれるのかを思えば今更ファッションもクソもない。現にビンディングが劣化したボードを買うこともなくレンタル。スキーに至っては靴の方がいかれたが買っていない。嗚呼。
 ダウン・ヒルを2本滑って、ようやく体がバランスを取り戻した頃気が付いた。今までは大腿部に疲労感を感じていたのだが、今年は違う。足首に来た。スキーは左右の体重移動だがボードは前後の移動であり、足首への負荷はボードの方が大きいが、久しぶりのせいでターンの際の視線が低く体が棒立ちになったため無理にスライドさせているからだろう。年を取ると足田の痛みでフォームがチェックできるとは知らなかった。
 
 さて、少し調子が出て来たぞ。ゲレンデには聞いたこともない流行りのJ-POPらしき音楽も流れているが、僕にはおよそ冬山には似使わないロックがガンガン響いていた。50年も前の名曲で、曲の出だしは『俺たちゃ氷と雪の国から来た』である。さて、もうひと滑り。

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ようやく秋 と思ったら冬

2023 NOV 13 23:23:24 pm by 西 牟呂雄

 山荘は朝晩は寒い。枯葉が散ってくる。伸び放題の草を刈って野焼きする。
 11月になってやっと秋めいてきた。

本当は枯葉が舞ってます

 枯れ葉は穏やかな視界のどこかでひらひらと落ちて、一たび風が吹けば一斉に踊るがごとく舞い散っていく。さながら桜が散るごとく。何とか吹雪のような枯れ葉の舞いを撮りたいと30分粘ったがダメだった。
 春を告げる桜と晩秋の一年に二度、勢いのあるものが一斉に失せてしまうのを見続けた日本人は独特の感性を身に纏ったのだろう。季節の変わり目にいきなり姿を変える風景は無常観といえばそうかもしれないが、もう一ひねりしてみたい。どうだろう、我々が、もちろん普通に持っている普遍的な闘争心とか怒りとかは別として、時に見せる憐憫の情、或いは寂しさとも言える感情が培われたのではないか。
 更にもう少し掘り下げてみたいが『さて、明日は何があるかな』という具合の明るさ、あまり人は共感しないかもしれないが僕は日本人は独特の明るさを持っていると考えていて、その明るさも四季の移ろいや度重なる自然災害が培ったものとは言えないだろうか。
 1万年続いた縄文時代に今の私が考えたことと同じことを思った誰かがいたのは間違いない、その後に続く弥生・農耕時代は更に、と思えるのだ。

黄色いもみじ

 ところで今年の夏の異常な暑さで、例えば紅葉に異変が起きている。もみじが赤くなっていない、むしろ見たこともない黄色だ。黄色いもみじは何を示唆しているのか。もう一本はまだ緑い。おまけに柿がなったのでシブ柿だから干してみたのだが、念のために齧ってみたらなんと甘い!僕の記憶違いなのだろうか、それとも暑さのせいで甘くなってしまったのか。
 この年になってこんな環境の変化を目の当たりにするとは思わなかったが或る意味我々世代の責任とも言える。
 我々はいったい何をしてきたのか。次世代に何を残せるのか。僕は今のところ見習い農業でジャガイモやニンニクを造って、セッセと食料を生産しで酸素を供給している。アグリ万歳!

 さて、信長公記に『其日は、もとすに至つて御陣を移させられ』と書かれていて、これは甲州攻め帰り本栖湖を通って行った記録である。天気もいいから本栖湖まで足を延ばして信長の見た富士山でも楽しもうか。本栖湖は透明度の高さで名高いが、そこから富士山を眺めたことはなかった。子供の頃に遊びに来たことはあるが、泳いだ記憶だけが残っている。
 その後、本栖湖と隣の精進湖の間にかのオウムのサティアンがつくられていたため気味が悪くて近寄らなかった。跡地にテーマ・パークが建設されたが潰れている。あんなゲンの悪い所じゃね。
 本栖湖は明るく輝いていた。信長はこの富士山をみた二カ月後に本能寺で死ぬ。
 現地で初めて知ったが、千円札や五千円札の裏に刷られている富士山はここからの眺めだとか。お札を見ると将にこの姿なので僕も。

 本物はもう少し高い所から撮ったようだ。満足して帰ってきたら何と3年ぶりの木枯らし1号が吹いて、北関東では雪。
 オイオイ、秋はどこに行った。やっぱりおかしいよ。

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酷暑の後始末

2023 SEP 1 0:00:17 am by 西 牟呂雄


 
 この暑さが影響を与えないはずもなかろう。
 熱中症で亡くなる人さえいるのだから。
 ファームの収穫も惨憺たる有様だ。
 この出来損ないのキュウリとナスを見よ。
 梅雨明けに撮れたジャガイモは親指くらいのチビ・ジャガしか採れず、誰も引き取らないので僕一人で塩茹でにしてバターを塗って食べているが、このペースだと来年まで消化できそうもない。芽が出てしまったら終わりだ。

去年の作品

 去年はこんなに見事な収穫だったのになんという事だ。
 ニンジンは全滅した。
 今年のこのキュウリとナスを最初に見た時はあまりの暑さに突然変異したのかと思った。キュウリは食べられなくはなかったが、ナスは硬くて恐ろしく不味い。

残ったナス&ピーマン

 更に、各地で水害まで起こったのにこの富士山北側は雨が少なくファームは乾いた。
 しまいにはご覧のようにわずかなナスとピーマンになってしまった。
 まるで砂漠にポツンと映えているサボテンを思わせる。
 何だか哀れだなぁ・・・。

 そもそも8月になる前からカナカナやツクツクボーシが鳴き出して驚いた。
 普通は盆明けである。

 海は海で台風のせいで大荒れが続き、船は降ろすのだが港からは出られなかった。
 お盆以降は風そのものが熱く感じられて全く爽やかでない。

酒池肉林

 それでは、とバーベキューで酒池肉林をやろうとすると、日差しも強いのでビールが直ぐに温まってしまう。
 破れかぶれになって海に飛び込むと、磯溜まりなどはぬるい。
 エアコンの効いたクラブ・ハウスに戻ってしまうと、もう絶対に出られない。
 これではハーバーに来ている意味などないではないか。

 私はツラツラ考える。こうまで異常な熱波は人間を堕落させ、農作物の収穫を減らす。聞くところによれば乳牛も肉牛も仔牛が弱ったりする被害が出ているとか。人間も影響を受けないはずがない。ただ、コロナ禍で3年を過ごした直後だから未だに顕著な状況が見えてこない。
 おそらくその影響は今後ジワジワと出るはずだ。どういう事態が襲って来るのかは分からないが、想像するに認知症の患者が増えるとか幼児の死亡率が上がるとか・・・。
 私の長年の研究テーマの一つに『認知症の患者は幸福を感じられるか』がある。というのもアルツハルマゲドン状態の脳は私が泥酔した際の全能感に包まれるのではないのかと仮説を立ててみたのだ。そうであるかどうかは自身の脳の衰えに沿った観察しかできないのでいささか手間がかかる。おまけに直近認知症を直す薬が認可されそうで、下手にそんなものが出回ったらボケるにぼけられない。どっちがいいのかと言えばそりゃボケない方かもしれないが、身体が利かなくなっても頭がはっきりしてるのもなぁ。

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喜寿庵にて 田舎暮らしパラダイス

2023 AUG 13 0:00:53 am by 西 牟呂雄

 この暑いさ中に草刈りに精を出す。不毛の飛び地990㎡の伸び放題に伸びた草刈りだ。喜寿庵は崖の上だが、この飛び地は山裾。周りは昔ながらの農村と言っていいだろう。要するにザ・田舎である。
 ザ・田舎とは、単に景観の問題ではない。或いは住民のファッションとか方言の問題でもない。都会と田舎でいい人悪い人の分布が違うはずはなく、旅人に対しては下町より田舎の方が親切かも知れないのだ。
 ザ・田舎は強固な地縁・血縁のネット・ワークが張り巡らされ、何よりも安定を維持するシステムが確立している。そこに、見たこともない、それもちょっと風変わりな雰囲気の男が青いツナギを着込んでシトロエンから降り立つとどうなるか。

仲良しのお爺ちゃんの畑

ステップ Ⅰ

 まず、ジロジロと見られる。
 2~3人が何やらこっちを見てヒソヒソ話す。 
 道を隔てたところに畑があって、そこでよく耕運機を押しているおじいさんと仲良しになった。自分の畑は四反八畝(よんたんはっせ)で、実際に何かを栽培しているのは葉物がチョコっとだけ。だが、何もしないと我が飛び地のようになって農地認定がどうとかだから、一生懸命掘り返している。五反百姓という言い方があって、五反百姓出ず入らず(ごたんびゃくしょうでずいらず)、という使い方をする。一家が年貢を納めたのちに借金もせず暮らせる損益分岐点が私有農地5反の広さだ、という意味で、そのおじいさんはそのレベルなのだろう。若い頃は勤めに出ていて、辞めた後のんびーりとやっているようだ。お子さん二人は埼玉と東京の郊外に出てしまった。もう耳がずいぶんと遠い。
 多少の世間話から僕のことが伝わっていく。

ステップ Ⅱ

 マウントを取りに来た。
 後に気づいたのだが、ザ・田舎には地域カーストのような序列があるようで、仲良しのおじいさんのカーストは低めらしい。その上位に当たる、言ってみればそのエリアのボスのようなおっちゃんが話しかけてきた。おじいさんに対してはものすごく乱暴な物言いをしていたので分かった。
『ニシさんってのはあんたかい』
『はい、そうです』
『あ~、ここはアンタが跡をとったんか』
『はい。伯父がもう面倒だからおまえがやれ、と言い出しまして』
 この当時はまだ僕も敬語を使っていた。
『オレの親父がナントカをやっていてそれを継いだんだ』
 だの、昔はここでドーシタ・コーシタという自慢話とも何とも言えない話が延々と続く。アホらしくて無視したが、丁寧に対応したつもりだ。
 去年あたりからそれが段々エラソーになってきて、僕の草の刈り方が気に入らないらしく、もっと根元からやれ、とかそんな草刈り機じゃダメだ、とか言いだした。
 そして終いには遠縁に当たるような話もし出すのだが、何度聞いてもどういう筋で僕と繋がるのかはさっぱり要領を得ない。その時点では僕もいい加減な返事をするようになった。
『ウチは親戚ズラ』
『聞いてねーよ(実際オヤジに確認しても知らない、とのことだった)』
『いや、書いたモンがある』
『別のそんなの見たくもない』
 と言った具合だ。

ステップ Ⅲ

 攻撃的になる。
 初期のマウントに失敗して、この頃はイチャモンにも拍車がかかっている。
『オレ達が補助金もらって刈るのに、刈る前と刈った後の写真を見せてちゃんと根までやってないと怒られるダヨ』
『オッチャン補助金貰ってやってんのか』
『そうだよ。3反もやるダヨ』
『で、ここは私有地だけど誰がオレに怒りに来るんだ』

 こんな感じでやっていたら、直近はまた現れて草刈りに文句を言ってから突然言い出した。
『あの木切ってくれよ』
『なんでさ』
『雪が降ったりして重みで倒れたら通る車に当たって危ないズラ』
『誰がそんな心配してるんだ』
『みんなだよ』
『雪で折れる?そんなことあるわけがない』
『そんなことない。大雪の時にゃダレトカのガレージが潰れた』
『わかったわかった。この木はガレージじゃないし、そのうち鋸でやってみるわ』
『鋸じゃダーメなんだよ』
『斧でも持ってきてやるのかい。そんなもん持ってない』
 ははぁ、おっちゃん補助金で草刈りやってるって言ってたな。頼まれたらオレから金をせびろうという魂胆だろう。お前に金なんか払うわけないだろ。
 田舎暮らしに興味を持ってうっかり移住なぞしてしまった者はこの辺で嫌気がさすか、仕方なく何某かの金銭で手を打つのだろうが、僕はそんなにヤワじゃない。それこそ村八分にされようが痛くも痒くもない。第一、この飛び地そのものが喜寿庵から数キロ離れていて近所でもなんでもないのだ。
 仲良しのおじいさんに聞いてみた。
『なんだってあのおっちゃんはエラソーに威張るんだい』
『ありゃータチだね』
 成程、それなりに嫌われているじゃないか。面白くなってきた。
 次はどの手で来るか楽しみだ。そもそも僕はオレオレ詐欺とか縄張り争いには滅法強い。
 こうなったらザ・田舎をトコトン味わってやる。

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