ようやく秋 と思ったら冬
2023 NOV 13 23:23:24 pm by 西 牟呂雄

山荘は朝晩は寒い。枯葉が散ってくる。伸び放題の草を刈って野焼きする。
11月になってやっと秋めいてきた。
枯れ葉は穏やかな視界のどこかでひらひらと落ちて、一たび風が吹けば一斉に踊るがごとく舞い散っていく。さながら桜が散るごとく。何とか吹雪のような枯れ葉の舞いを撮りたいと30分粘ったがダメだった。
春を告げる桜と晩秋の一年に二度、勢いのあるものが一斉に失せてしまうのを見続けた日本人は独特の感性を身に纏ったのだろう。季節の変わり目にいきなり姿を変える風景は無常観といえばそうかもしれないが、もう一ひねりしてみたい。どうだろう、我々が、もちろん普通に持っている普遍的な闘争心とか怒りとかは別として、時に見せる憐憫の情、或いは寂しさとも言える感情が培われたのではないか。
更にもう少し掘り下げてみたいが『さて、明日は何があるかな』という具合の明るさ、あまり人は共感しないかもしれないが僕は日本人は独特の明るさを持っていると考えていて、その明るさも四季の移ろいや度重なる自然災害が培ったものとは言えないだろうか。
1万年続いた縄文時代に今の私が考えたことと同じことを思った誰かがいたのは間違いない、その後に続く弥生・農耕時代は更に、と思えるのだ。
ところで今年の夏の異常な暑さで、例えば紅葉に異変が起きている。もみじが赤くなっていない、むしろ見たこともない黄色だ。黄色いもみじは何を示唆しているのか。もう一本はまだ緑い。おまけに柿がなったのでシブ柿だから干してみたのだが、念のために齧ってみたらなんと甘い!僕の記憶違いなのだろうか、それとも暑さのせいで甘くなってしまったのか。
この年になってこんな環境の変化を目の当たりにするとは思わなかったが或る意味我々世代の責任とも言える。
我々はいったい何をしてきたのか。次世代に何を残せるのか。僕は今のところ見習い農業でジャガイモやニンニクを造って、セッセと食料を生産しで酸素を供給している。アグリ万歳!
さて、信長公記に『其日は、もとすに至つて御陣を移させられ』と書かれていて、これは甲州攻め帰り本栖湖を通って行った記録である。天気もいいから本栖湖まで足を延ばして信長の見た富士山でも楽しもうか。本栖湖は透明度の高さで名高いが、そこから富士山を眺めたことはなかった。子供の頃に遊びに来たことはあるが、泳いだ記憶だけが残っている。
その後、本栖湖と隣の精進湖の間にかのオウムのサティアンがつくられていたため気味が悪くて近寄らなかった。跡地にテーマ・パークが建設されたが潰れている。あんなゲンの悪い所じゃね。
本栖湖は明るく輝いていた。信長はこの富士山をみた二カ月後に本能寺で死ぬ。
現地で初めて知ったが、千円札や五千円札の裏に刷られている富士山はここからの眺めだとか。お札を見ると将にこの姿なので僕も。
本物はもう少し高い所から撮ったようだ。満足して帰ってきたら何と3年ぶりの木枯らし1号が吹いて、北関東では雪。
オイオイ、秋はどこに行った。やっぱりおかしいよ。
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酷暑の後始末
2023 SEP 1 0:00:17 am by 西 牟呂雄

この暑さが影響を与えないはずもなかろう。
熱中症で亡くなる人さえいるのだから。
ファームの収穫も惨憺たる有様だ。
この出来損ないのキュウリとナスを見よ。
梅雨明けに撮れたジャガイモは親指くらいのチビ・ジャガしか採れず、誰も引き取らないので僕一人で塩茹でにしてバターを塗って食べているが、このペースだと来年まで消化できそうもない。芽が出てしまったら終わりだ。
去年はこんなに見事な収穫だったのになんという事だ。
ニンジンは全滅した。
今年のこのキュウリとナスを最初に見た時はあまりの暑さに突然変異したのかと思った。キュウリは食べられなくはなかったが、ナスは硬くて恐ろしく不味い。
更に、各地で水害まで起こったのにこの富士山北側は雨が少なくファームは乾いた。
しまいにはご覧のようにわずかなナスとピーマンになってしまった。
まるで砂漠にポツンと映えているサボテンを思わせる。
何だか哀れだなぁ・・・。
そもそも8月になる前からカナカナやツクツクボーシが鳴き出して驚いた。
普通は盆明けである。
海は海で台風のせいで大荒れが続き、船は降ろすのだが港からは出られなかった。
お盆以降は風そのものが熱く感じられて全く爽やかでない。
それでは、とバーベキューで酒池肉林をやろうとすると、日差しも強いのでビールが直ぐに温まってしまう。
破れかぶれになって海に飛び込むと、磯溜まりなどはぬるい。
エアコンの効いたクラブ・ハウスに戻ってしまうと、もう絶対に出られない。
これではハーバーに来ている意味などないではないか。
私はツラツラ考える。こうまで異常な熱波は人間を堕落させ、農作物の収穫を減らす。聞くところによれば乳牛も肉牛も仔牛が弱ったりする被害が出ているとか。人間も影響を受けないはずがない。ただ、コロナ禍で3年を過ごした直後だから未だに顕著な状況が見えてこない。
おそらくその影響は今後ジワジワと出るはずだ。どういう事態が襲って来るのかは分からないが、想像するに認知症の患者が増えるとか幼児の死亡率が上がるとか・・・。
私の長年の研究テーマの一つに『認知症の患者は幸福を感じられるか』がある。というのもアルツハルマゲドン状態の脳は私が泥酔した際の全能感に包まれるのではないのかと仮説を立ててみたのだ。そうであるかどうかは自身の脳の衰えに沿った観察しかできないのでいささか手間がかかる。おまけに直近認知症を直す薬が認可されそうで、下手にそんなものが出回ったらボケるにぼけられない。どっちがいいのかと言えばそりゃボケない方かもしれないが、身体が利かなくなっても頭がはっきりしてるのもなぁ。
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喜寿庵にて 田舎暮らしパラダイス
2023 AUG 13 0:00:53 am by 西 牟呂雄

この暑いさ中に草刈りに精を出す。不毛の飛び地990㎡の伸び放題に伸びた草刈りだ。喜寿庵は崖の上だが、この飛び地は山裾。周りは昔ながらの農村と言っていいだろう。要するにザ・田舎である。
ザ・田舎とは、単に景観の問題ではない。或いは住民のファッションとか方言の問題でもない。都会と田舎でいい人悪い人の分布が違うはずはなく、旅人に対しては下町より田舎の方が親切かも知れないのだ。
ザ・田舎は強固な地縁・血縁のネット・ワークが張り巡らされ、何よりも安定を維持するシステムが確立している。そこに、見たこともない、それもちょっと風変わりな雰囲気の男が青いツナギを着込んでシトロエンから降り立つとどうなるか。
ステップ Ⅰ
まず、ジロジロと見られる。
2~3人が何やらこっちを見てヒソヒソ話す。
道を隔てたところに畑があって、そこでよく耕運機を押しているおじいさんと仲良しになった。自分の畑は四反八畝(よんたんはっせ)で、実際に何かを栽培しているのは葉物がチョコっとだけ。だが、何もしないと我が飛び地のようになって農地認定がどうとかだから、一生懸命掘り返している。五反百姓という言い方があって、五反百姓出ず入らず(ごたんびゃくしょうでずいらず)、という使い方をする。一家が年貢を納めたのちに借金もせず暮らせる損益分岐点が私有農地5反の広さだ、という意味で、そのおじいさんはそのレベルなのだろう。若い頃は勤めに出ていて、辞めた後のんびーりとやっているようだ。お子さん二人は埼玉と東京の郊外に出てしまった。もう耳がずいぶんと遠い。
多少の世間話から僕のことが伝わっていく。
ステップ Ⅱ
マウントを取りに来た。
後に気づいたのだが、ザ・田舎には地域カーストのような序列があるようで、仲良しのおじいさんのカーストは低めらしい。その上位に当たる、言ってみればそのエリアのボスのようなおっちゃんが話しかけてきた。おじいさんに対してはものすごく乱暴な物言いをしていたので分かった。
『ニシさんってのはあんたかい』
『はい、そうです』
『あ~、ここはアンタが跡をとったんか』
『はい。伯父がもう面倒だからおまえがやれ、と言い出しまして』
この当時はまだ僕も敬語を使っていた。
『オレの親父がナントカをやっていてそれを継いだんだ』
だの、昔はここでドーシタ・コーシタという自慢話とも何とも言えない話が延々と続く。アホらしくて無視したが、丁寧に対応したつもりだ。
去年あたりからそれが段々エラソーになってきて、僕の草の刈り方が気に入らないらしく、もっと根元からやれ、とかそんな草刈り機じゃダメだ、とか言いだした。
そして終いには遠縁に当たるような話もし出すのだが、何度聞いてもどういう筋で僕と繋がるのかはさっぱり要領を得ない。その時点では僕もいい加減な返事をするようになった。
『ウチは親戚ズラ』
『聞いてねーよ(実際オヤジに確認しても知らない、とのことだった)』
『いや、書いたモンがある』
『別のそんなの見たくもない』
と言った具合だ。
ステップ Ⅲ
攻撃的になる。
初期のマウントに失敗して、この頃はイチャモンにも拍車がかかっている。
『オレ達が補助金もらって刈るのに、刈る前と刈った後の写真を見せてちゃんと根までやってないと怒られるダヨ』
『オッチャン補助金貰ってやってんのか』
『そうだよ。3反もやるダヨ』
『で、ここは私有地だけど誰がオレに怒りに来るんだ』
こんな感じでやっていたら、直近はまた現れて草刈りに文句を言ってから突然言い出した。
『あの木切ってくれよ』
『なんでさ』
『雪が降ったりして重みで倒れたら通る車に当たって危ないズラ』
『誰がそんな心配してるんだ』
『みんなだよ』
『雪で折れる?そんなことあるわけがない』
『そんなことない。大雪の時にゃダレトカのガレージが潰れた』
『わかったわかった。この木はガレージじゃないし、そのうち鋸でやってみるわ』
『鋸じゃダーメなんだよ』
『斧でも持ってきてやるのかい。そんなもん持ってない』
ははぁ、おっちゃん補助金で草刈りやってるって言ってたな。頼まれたらオレから金をせびろうという魂胆だろう。お前に金なんか払うわけないだろ。
田舎暮らしに興味を持ってうっかり移住なぞしてしまった者はこの辺で嫌気がさすか、仕方なく何某かの金銭で手を打つのだろうが、僕はそんなにヤワじゃない。それこそ村八分にされようが痛くも痒くもない。第一、この飛び地そのものが喜寿庵から数キロ離れていて近所でもなんでもないのだ。
仲良しのおじいさんに聞いてみた。
『なんだってあのおっちゃんはエラソーに威張るんだい』
『ありゃータチだね』
成程、それなりに嫌われているじゃないか。面白くなってきた。
次はどの手で来るか楽しみだ。そもそも僕はオレオレ詐欺とか縄張り争いには滅法強い。
こうなったらザ・田舎をトコトン味わってやる。
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レイモンド君 ヨットに乗る
2023 JUL 22 8:08:06 am by 西 牟呂雄

喜寿庵にいたらレイモンド君親子とバッタリ会った。ヒョッコリ先生はいない。レイモンド君は大きな浮き輪を持っている。桂川にでも行くのかな。
『やあ、レイモンド君』
『オハヨゴジャマス』
『どうも、息子がいつもお世話になってます』
『大きくなりましたね。夏休みで帰国中ですか』
『はい。今度はひと月ほどこっちです。だけど暑いですねぇ。普段はロンドン暮らしなんで堪えますよ』
『いやこれは異常ですよ。雨も多いし』
『オニワデアソブ』
『あっ、ごめんね。おじさんこれから海に行くんだ』
喜寿庵は山の中だが東富士五湖道路が御殿場まで通ったおかげで東名へのアクセスが良くなり、下田でも三浦でも東京から行くより空いてて早い。山梨県は神奈川県の隣だ。
『レイモンドモウミニイク』
『えっ、おじさんはヨットに乗るんだよ』
『こいつはまだ海を見たことがないんですよ』
結局この親子と一緒に車で油壷に来た。なぜか初めから水着に子供用のライフ・ジャケットだったのは川遊びのためなんだろうが、ハメられた感がしないでもない。
喜寿庵ではしばしば不思議なことが起きるので、まぁいいか。
道中お父さんと話していたら、今のロンドン勤務はあと5年くらい続きそうだ、ヒョッコリ先生も年を取って来てガタがき出したので、レイモンド君をイギリスに連れて行くことにした、と聞いた。フーン、そりゃそうだろう。会えなくなるのはとても寂しいがこの子のためにはその方が良かろう。
次に会うのは・・・、えっ5年先?ムムッ。
でもって我が愛艇の甲板にチョコンと座ると、それなりの様になっているではないか。
出航前でオトナが忙しくしている脇でチョロチョロしては『コレナーニ』と聞いたり、キャビンに降りて『オフネガオウチニナルノ』などと珍しそうにしていた。
そうかと思うと浮桟橋をパタパタ走って行くので危なくてしょうがない。お父さんは必死につかまえては叱っていた。さてようやく出航。
海は初めてだと聞いたが、まだ水への恐怖感がないのだろう、湾を出ると風は15ノットくらいのいい南風で、うねりも大きい。ピッチングで大きくかしいでも『ウィー』とか『キャー』とか言ってちっとも怖がらない。
幼児スイミングを習わせたそうだが、船酔いもしない。
『ほーら、海って広いだろ。向こうが見えないだろ』
と指さした向こうに富士山がうっすら見えて慌てた。ここからは伊豆半島越しに富士が見えるのだった
チビがいるからセールは上げないで、湾内に戻ってアンカーを打った。クルーの一人は早速飛び込んだ。
『オヨグ』
『へぇー。レイモンド君、海に入りたいの』
『ハイル』
お父さんが船尾から降りて後からそうっと抱っこできるように海に漬けた。
『キャア』
確かにライジャケで浮いている。
だが万が一を考えて浮き輪に乗せてやると、この通りのドヤ顔だ。
ただし、湾内は潮の流れがキツく、ほったらかすとすぐに流されてしまうので交代で浮き輪を捕まえた。
一緒に波間に浮いているとかつてこんなことを考えていたことを思い出した。
この時から既に6年も経ったのだ。年を取ってからの時間はまるで飛ぶようで、まさにアッと言う間。そして何一つ事態は改善されず完結しない。
そのうちに一巻の終わりかと思うと、寂しいというよりそんなもんかなという境地だ。
考えてみれば様々な偶然と、何人もの赤の他人の好意でレイモンド君はこの海原を漂っている。
キミが成人した時に、この記憶は残っていないかもしれないし、そうなると僕の事も忘れているだろう。僕がこの子の年に祖父が早死にしているが、爺様のことは全く記憶にないのだ。
待てよ、僕の最も古い記憶と言えば・・・・。
『モウオウチカエル』
ハッと我に返った。今ちょっと危ないところだったな、気が飛んでいた、レイモンド君ありがとう。
ロンドンに行っても元気でね。僕の事は忘れてもいいや。
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3月はいかが
2023 MAR 18 21:21:54 pm by 西 牟呂雄

雪に埋もれていたニンニ君、
たくましく冬を越す
弥生の日差しいりませんか
高い日差しいかがですか
半年ぶりのホーム・コース
早咲き桜がフワリ
すると急に雨がパラリ
私は雨が大好きなのだが
春雷が鳴って OB二つ
プレイは3ホールで中断
庭のはじっこには小さい花が
ボクハココダヨ
ボクハココダヨ
ココニイルヨ
3月は白い花 一斉に
オハヨウゴザイマス
オハヨウゴザイマス
春雨の中
染め残したような白
空間を切り裂いた
白い夢いらんかね
白い夢いらんかね
夢いりませんか
一人では さびしいかって それは違う
私一人の色
私一人の風
見上げても白い花
コブシかな
ハクモクレンかな
白い花 目立たずに咲け
桃や桜が咲いてしまうぞ
そっと咲け
私がいるうちに
誰とも話すことなく1日が過ぎた
誰も声をかけてこない2日が過ぎた
3日目に独り言
今日は歌を歌っていた
風に揺れる枝以外
この庭で動く物はない
渓谷の流れ以外
聞こえる音もない
前線が通過する低い雲
夕刻に木漏れ日
翌朝、芝生に目をやると
わぁッ!これは・・・
モグラは冬眠しない
ポカポカ陽気で
浅いところに出て来たか
丹精込めて野焼きした芝生が
こんな姿に
私に会いに来たのか
私を慰めに来たのか
誰かいないか見に来たのか
モグラも淋しくなったのか
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P.S(この盛り上がった土をすこしづつのけて指を突っ込むとモグラのトンネルに達する。そこからホースでジャブジャブに水を流し続けると繋がっている所から水が溢れだし、踏みつけていくとグチャグチャになってトンネルは潰れる。そこにメツチをザーッと撒くと驚くべき量の土がどこかに流れてしまったのがわかる。ひどい所は足首くらいまで沈む。モグラは土を食っているのか。14リットル二袋を埋め込んで修復した。今度出たら火責めにしてやる!)
(追記)3月というのに東京は桜が満開。
喜寿庵でも愛でている枝垂れ桜の『玲』が
開花しました。
26日は新記録。
そしていつもより紅い花です。
(追記)満開の『玲』。
レイモンド君と雪遊び
2023 MAR 9 0:00:28 am by 西 牟呂雄

僕は未だに年4回はゲレンデに行く。そして最後にはボードではなくスキーを履くことにしている。せめて技量を維持しておきたいこと、年に一度くらいはスキー板にも雪を味あわせてやりやいからだ。あんまりほっておくとかわいそうになる顛末は以前書いた。
そろそろ春の足音が喜寿庵でも聞こえてきたので、ゲレンデも打ち止めかなと板を車に積んでいた。すると、図ったようにヒョッコリ先生が現れた。レイモンド君も一緒だ。
『やあやあやあ、おはよう、ホラ、ご挨拶』
『オハヨゴザマシ』
『どうも。おひさしぶりです。っていうか今年もよろしくおねがいします』
『なんだい、スキーかい。若いねー』
『チョットだけですよ。ロクに運動しませんから』
『ほう、丁度いいな。レイモンドも連れてってくれないかな』
『えっ』
『ナニ、ソリでもレンタルしてやってチョット遊んでくれればいいのさ』
以前から、レイモンド君とゲレンデに行き、それをのんびり眺めることを夢想していたのだ。何も考えずに願ったりかなったりとばかり『いいですよ。レイモンド君、一緒に行く?』と返事をしていた。
『イク』
との返事。そのままシート・ベルトに括り付けてしゅっぱーつ。
以前一緒に遊んだ北富士ハイランド・リゾートを通り過ぎ、亡くなった安倍元総理の別荘のある鳴沢に向った。そこにいつも行く人工スキー場はある。
さて、幼児用のウェアもレンタルしなきゃ、と思った時点でハッと気が付いた。レイモンド君はスノー・ブーツを履きウェアもそれなりのスキーのいでたち、何故、まあいいや。
そしてソリをレンタルして板を履きリフトに乗ろうとしてまた気が付く。ソリにはブレーキも何もない上にレイモンド君は幼児である。ソリに乗せて滑らせるのは危険だ。しょうがない、スキーを外して『あっちで遊ぼう』とゲレンデの隅っこに連れて行った。そして更に気付いた。おそらく一人では乗ることもできないだろう。
結局ソリに乗せてやり『いくよー』と声をかけるとともに走り出し、滑り降りるレイモンド君のソリをつかまえる、というパフォーマンスをすることになった。読者諸兄諸姉、その運動量を察してほしい。しかもソリには方向を定める機能も能力もない。即ち、ゲレンデのわずかな凹凸によりどこに行くのか分からない。更にはご案内の通りスキー靴というものは走る目的で作られていない。一回でもうコリゴリなのに、レイモンド君はこの通りの御満悦。キャアキャアはしゃぎながら『モット、モット!』とせかす。
二回やってギブアップ。僕は前期高齢者だ。だがレイモンド君は疲れない。こうなったら二人で一緒に滑ろう。僕が腰を下ろし両足をソリの外に投げ出し、レイモンド君を前向きに抱っこするように座らせる。僕のスキー靴でブレーキをかけながら滑り下りる。なかなかいいアイデア、のはずだった。やってみると足の使い方が難しく、体がズリ下がってしまい2~3秒で二人とも放り出されるようにつんのめってしまった。
ところが前のめりになったレイモンド君は腹ばいになりながら滑るのに味をしめて、チョコチョコっと走ってはダイブして少し滑るのに夢中になってしまい『これ、待ちなさい』と追いかけるハメに。ファミリー・ゲレンデにはロクに滑れない初心者もいて、ぶつかったりしては大変だ。
幼児とゲレンデに行くのがこんなに大変だとは思わなかった。そして僕はひそかに疑いを持ち始めた。ヒョッコリ先生は自分でゲレンデに行くのは面倒だから、僕がスキーに行こうとするのを見張っていて偶然会ったフリをし(レイモンド君にスノー・ブーツまで履かせて)ハメたのではなかろうか。よせばいいのに買ったリフトの1日券はムダになり、今年はスキーはできなかった。果たして来年滑ることができるのか、前期高齢者は悩むのであった。
早くスキーを覚えてくれないかなぁ、それまで僕はスキーができるかなぁ・・・。
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富士の湧水 神秘と俗
2023 FEB 11 0:00:40 am by 西 牟呂雄

富士山の湧水は柿田川が有名だが、山梨側にもあってその名も『忍野八海』と勇ましい。
喜寿庵から車で30分くらい、いまや世界的な事業を展開しているファナック社がある河口湖と山中湖の間だ。古くから富士修験の富士登拝前に池で禊をする八海巡りの霊場として世界文化遺産である。
『八』は仏教で貴ばれている数字なので、八大竜王をそれぞれ祀っている。更には北斗七星と北極星になぞらえたりと誠にありがたい由来だ。こんこんと砂を掻き揚げながら湧いてくる大量の澄み切った水を見ていると、地球が水を作り出しているような静かな感動を覚える。そしてその小さな泉の逞しさから、おそらく本物を見たこともない人々が『海』と呼んだことに可愛げすら覚える。そばに『湖(みずうみ)』があるのに、だ。
八海のうち、上記伝承の北極星に当たる出口池が最もいい。一つだけ離れているため、駐車場から遠く人が少ない。富士修験の一番霊場として難陀竜王が祀られ、行者は富士登拝の際ここでみそぎを行なった。
小さな社があったのでお参りしたのだが、その少し上に結界が見えた。
石段を登ってみると正方形に結界が巡らされた中に、丸い土俵が落ち葉に埋まっていた。土俵は本当に俵を埋めてあるのだが、かなり古くなってほつれていた。先日関西を旅した最に相撲のルーツに触れてきたせいで、神事としての相撲に興味がある。僕の目にはここで相撲を奉納する地元の健児の姿が神々しく浮かんだ。
そしてこの出口池の素晴らしいところは、底から砂を巻き上げて湧きだすのではなく、岩の奥の割れたあたりから流れてくるところだ。富士山頂あたりに降った雪が何千年かかけて再び地上に現れた瞬間である。民家の横の小さなスペースに停めると『300円』と書いた箱があったのでチャリンと入れた。
ところが他の七つの『海』の方に行くと様子が一変する。七つは誠にささやか且つ清らかな、むしろ可愛らしい泉なのだが、近接しているために大駐車場があり土産物屋がありレストラン・喫茶店・スウィーツとおよそ『八海』と関係ない物で埋め尽くされ、どこかの温泉街のようだ。
特に、水量が多いのでそこかしこを掘ると簡単にできる人工池がいくつもあって十海のようになってしまい、はなはだしきは入場料を取っている。観光資源を収入にするのはわからんでもないが、無粋な建物を作り散らしてアスファルトで固めてしまっては返ってせっかくの景観も台無し。
行政の観光課あたりは何がしかの許認可ができるはずだから、業者の金儲け至上主義に迎合することなく対応してほしいところで、人工池の造成によって湧水が激減することも起きているとなると大問題である。これらの総合コーディネートには金もかかるし、何よりもセンスが求められるが、はっきり言って全く感じられない。私なら余計な池など掘らず、土のあぜ道の中に湧き出る泉を回遊するだけにし、ゴチャゴチャとした土産物屋・レストランはなるべく遠ざけただろう。
こう書いていると益々腹立たしい。環境を破壊して何が観光立国だ。既に観光客の入国制限が無くなった途端にあのやかましい大陸語が飛び交ってしまっていた。そんな連中に踏み荒らされて名所もないだろうに。田舎の人は自然に恵まれ過ぎて、アスファルトで固めないと観光地になれないと思い込んでいる。
この日、富士山は雲海に埋もれて姿を見せなかった。
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寒波来たる
2023 FEB 2 10:10:02 am by 西 牟呂雄

10年に一度の寒波ときいて喜寿庵に飛んで行った。
以前、大変な寒波の時には凍結防止のために台所と洗面所の蛇口はポタッ・・・・ポタッという感じで出していた。するとそれが全部氷ってしまい、つららが鍾乳石のような芸術品ができたことがある。その時がー15℃で今回の予想はー10℃。おまけに雪も少し降ったようなので慌てた。
ところがついて見れば道路はもう渇き、芝生に淡雪が残っているだけで水も出た。だが寒い。庭で日がさしていると暖かく感じるが母屋に入るとゴッツく寒い、室温3℃である。
とりあえず近所の温泉施設に行きヌクヌクし、床暖とストーブを総動員して酒を飲んで寝た。
で、翌日見て回るとなんとこの寒波の中でも福寿草は咲いているではないか。
黄色い花が二日酔いの目にチラチラした。
10年に一度の寒波なのに日照時間のせいだろうか、ちゃんと1月の末には花を咲かせてしまう。花の方も『オイ、ちょっと話が違うんじゃないか』と驚いているんじゃないかな。
あちこちで枝が折れたりしているのにつっかえ棒をしたりして裏門の梅の古木のところに行くと、ここにも見落としそうなかすかな花が散らばったように色づいていた。
この梅はここに来た時から老木だったそうで、桂川の河原に自生していたのをヨイトマケで引き揚げて植えたと伝わる。もう幹もボロボロで3本の支柱がなければ倒れてしまう。それでもまだ必死に花を付けるのは可憐というか神々しいというか。
その老木のたもとには椿があり、正月の頃には鮮やかに咲いていた椿はもう花を落としていた。ところが、良く見るとすっかり色褪せた一輪が残っている。これは・・・、10年に一度の寒さでドライ・フラワーになってしまったのか。触ってみるとガサガサしてポロッといってしまいそう。最後の最後まで命をつなごうとしている姿に敬意を。
ここに一人で居れば孤独は確保される。誰も話しかけてこない。しみじみしようが夜空に嘆こうが自由だ。つくづく思うが自由とは孤独のことなのだ。そしてその二つが融合するのが究極のSDGsだと確信した。
と、ここまで書いてきて気が付いた。誰も話しかけて来ないのだが、話しかけはしたのである。これでは孤独の看板が泣く。その相手は誰か?この寒い冬を共に乗り越えようとしている同志だ。
一度しおれかかったものの、霜よけに枯葉をかけてやったり土を寄せてやっている。
そう、昨年11月に苗付けしたその名もニンニ君。『寒いけどもう少しだ。ガンバレ』などと口に出して励ましたのだ。
完全なる孤独への修行はまだ道半ばなのである。
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PS 喜寿庵に雪が降ったのでニンニ君をレスキューに行った。
喜寿庵の異変 Ⅳ
2022 OCT 1 0:00:27 am by 西 牟呂雄

彼岸なら 寂しくもなし 一人酒
お彼岸という事で喜寿庵に一人でいるのだが、雨ばかりでいささか参った。台風で小枝や木の葉が落ちて汚らしい。たまに日が差し込む間にセカセカと枝を掃き、落ち葉はファームに入れたり焚火にしたり。
この写真のように芝生が陰に入るように太陽が傾くと、蒸し暑かったり汗ばんだりしても、やれやれ季節が廻ったな、となる。
と、このコントラストを撮った時に庭石をみてギョッとした。
初めはついにヒビが入ったのかと思ったが、ごらんのとおりウネウネとキャタピラが這い回ったような不気味な幾何学模様が浮き上がっている。
良く見ると細かいターンを繰り返しながら進んだようなのだが、一体何かは想像できない。
昆虫?いや、もっと俊敏に動きそうだ。この感じはもっとスピードは遅い。
この夏には大蛇が出たが、あのサイズにしてはカーブが小さい。
台風や雨の時に新種のカタツムリとかナメクジが這って行ったのか。一頭がこんなにあちこちうろつくのか。大群だったらさぞ気持ち悪い光景だったろうに。
試しに爪で引っ搔いてみたが落ちない。
待てよ、何にせよこのマークを付けたのが生物だとしたら、それはこのあたりにまだいるかもしれない。薄気味悪くなってその場を離れた。
夜中にこの石に腰かけて星を見たいしていたが、そのなにがしかが夜行性かも知れないと思うと怖くてもうやめだ。
どなたか心当たりのあるかたはご教示いただきだい。
誰も御存じなければNHKの『ダーウィンが来た』にでも聞いてみようか。
、
振り返ると、今度は未確認浮遊物体が浮いているではないか。
遠近感が分からなかったので空に浮いているように見えたが、近寄ると欅の枝から下がっているのだった。一瞬、以前大発生したケムラーを思い出してゾッとしたが、これはただのミノムシだ。フーッ。
そして、今年の収穫も最後だとファームに足を向ければなんじゃこれは。グリーン・ハートのブランドを(勝手に)付けていた自慢のピーマンに、真っ赤に変色したモノが混じってるではないか。
まさか地球温暖化が突然変異を促進したのか、ただでさえ色弱の私の色覚がさらに悪化したのか。写メを送って確認したところやはり御覧の通りの赤ピーマンである。ピーマンをほったらかすと赤くなるなんて聞いたことがない。トウガラシじゃあるまいし。
ともあれ、初秋を迎えてススキも背が伸びた。
先日、オヤジの弟にあたる叔父が亡くなりしめやかに葬儀が行われた。90才、まあ大往生ではある。機械工学を専攻したエンジニアだったが、某社で長く社長を務めた。そしていつ身に着けたのかは知らないが英語・スペイン語に堪能で、一人で海外に出張していた。バスケの選手で大学・実業団で活躍したことになっている。もっとも当時は競技人口も少なかったし、日本のバスケのレベルも低かったからどの程度の活躍だったかはわからない(無論本人はレギュラーだったと言い張っていたが、これは後に実業団にはスポ薦で採用されたのではないかとの別の疑惑を呼んだ)。
万事、エラソーな人で、我々甥・姪(子供達も含めると10人)はそのキャラを慕っていた。晩年、体調を崩した際に従兄弟の一人が『酒の席で叔父さんがふんぞり返ってないとどうもノリが悪くて困ります』と口を滑らすと、『何を言っとる、バカ者!』と一喝されていたことを思い出して、思わず淋しく笑った。
オヤジは四人兄弟の長男だが、8才下の末の弟を5年前に亡くし、4才下の弟を送ったことになる。我が一族は、どうしようもない悲しみに対しては、開き直って笑い飛ばしてしまうような気質がある。生前、4人揃った時にはオヤジが『いいか、逝くのは年の順だぞ。お前達間違うなよ』といい、兄弟も『是非そうしよう』と応じていた。にもかかわらず逆になってしまい、さすがに笑い飛ばすどころではなくなった。もう一人いる叔母に頑張っていただくしか無かろう。
この日はしたたかに酔った、一人で。
さらにとどめの一撃という感じで、渓谷に下っていく坂道で車がガードレールを突き破る転落事故が起きた。腰の骨を折る重傷で、ドクター・ヘリで運ばれたが、亡くなった。時刻は朝の10時。
何時も通る落ちようのないカーブでの出来事だ。静かな渓谷に車が落ちる・・・。さすがにまぁ、温暖化による異変ではないだろうが、
こんな静かな所で次々と起こる厄災。もしかして・・・。
一人でいて、アルツハルマゲドンが進むのは恐いなぁ。
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喜寿庵の異変 Ⅲ
2022 AUG 20 9:09:33 am by 西 牟呂雄

暑い。渓谷沿いの喜寿庵も暑い。
長年愛でていた楓の銘木『滝山』も枯れた。とても寂しいがこれはもはや天変地異の前触れではないのか。
すると、だ。この庭先に何と鹿が姿を現した。
峻険な崖を登って来たのだろう。一瞬、何がいるのかわからず、スマホを手にすることもできなかった。
以前、やはり桂川を超えて猿の一家が出没したことがあって、姿は可愛かったが近くによると野生の闘争心丸出しで、エア・ガンで武装した。鹿はどうか。
どうも大型犬くらいの大きさだから小鹿なのだろう。
こちらは室内にいたので、悠々と芝生の上を歩きだした。思わず立ち上がった所で人の気配に気が付いたらしい。
ものすごいジャンプ力で、庭の奥の笹山を飛び越えてしまった。
その先はネイチャー・ファームで、更に富士急行の線路だ。
飛び出して後を追った。
しかしファームにも表門にももう姿はない。時間にして1分にも満たない白昼夢のような展開だった。
後に近所の知り合いに確認したが、この鹿は前日に渓谷の対岸で目撃されていたようだが、この百年来鹿がこちら側に渡って崖を登った、などという話は聞いたことがないという。
それにしてもすごい運動能力で、源平合戦の鵯越の逆落としは事実だったに違いないと思った。鹿が下りられるなら馬も下りられる、と言って本当に崖を駆け下った、と。
余談であるが、最近の研究では鵯越を駆け下りたのは義経ではなく、多田行綱という源氏の武将だったらしい。
それはともかく、あのバンビは無事に山に帰れたのだろうかと心配になった。
もし、奈良公園の鹿のように街中をトコトコ歩いたりしたら、いくら田舎とは言え警察沙汰くらいにはなったろうに。
そういえば、喜寿庵の謎の飛び地で草刈りをしていた時、通りがかったおっちゃんに『ここは鹿が出たらしいよ』と言われたことがあった。
その時は、熊じゃなきゃいいや、と思っただけだが、庭先でピョンピョンされるといささか大自然の驚異といった恐怖感めいた驚きを感じる。
で、話が変わるがこの厄介な土地は登記上は農地で申請してあるらしく、ほったらかしにすると『耕作放棄地』と見なされて役所から通知が来る。従って所定の手続きにより農業用への賃貸申し入れをするのだが、その際、所有者がちゃんと管理しているかどうかチェックされる。おかげで僕が一人でセッセと草刈りをしているのだが、これが途轍もなく面倒な作業なのだ。
普段姿を見せない僕がやっていると、通りがかりのお百姓さんが『なんだこいつ』という感じで話しかけてくるようになった。
中に一人、異様におせっかいなジジイがいて『この刈り方じゃだめだ』とか『この刃では笹が切れない』とかイチャモンをつけてくる。うるさいから適当に相槌を打っていると、だんだんエラソーな口をきき出した。要するにイナカのジジイでなんにでも口を突っ込んで威圧したいタイプなんだろう。見ているとたまに近くで農作業をしている人にも威張り散らしている様子が伺えた。
そして(半分くらい何を言ってるかわからなかったが)昔ここでビニールハウス)をやったこともあるようなことを言い出した。おもしろくなってきたぞ。試しに一度『それがどうした』とガンをくれてやったら途端に口ごもってしまった。今度来たら『じゃあおっちゃんがやってみな』くらいのドスをきかせてみようか。楽しみだ。
今年のジャガイモとダイコンが虫にやられて大不作だったことを書いたが、その後もファームの不調は続いている。ナスは大きくならないし、ピーマンは半分が枯れた。キュウリはそこそこなのだが、ニンジンに至っては何じゃこりゃ。とても収穫とも言えないレベルで実に情けない限りである。
虫のせいかこのバカみたいな暑さのせいか。前稿の『異変』で大切にしていた楓の無残な姿を載せたが、喜寿庵全体で樹勢が弱まっているのではないか。
とすればそこに寝起きしている私の体にいいわけがない。
そもそも年明けのお参りで『半凶』を引いたことを思い出した!
あの小鹿のバンビはその異変に警鐘を鳴らす神の使いだったら・・・。酒やめようかな。
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