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小倉記 梅雨国境編

2013 AUG 8 10:10:11 am by 西 牟呂雄

 今回は旅の話から。梅雨空をかいくぐって国境の島対馬に行った。

 ところで旅の話の前に、前回の『初夏孤影編』を偶然読んだ読者(仮にAとする)より、文章に「叙情が出ている。」なるメールをもらった。この読者Aは間違っても人を(特に僕を)誉める人格ではないのでどうやら文章がオッサンっぽくなっている、と言いたかったのだろう。小倉に一人で流れてきて早半年。夏至も過ぎたのだがこの短い期間に老け込んだと思われるのは癪にさわるんで叙情の出ない文体を心がける。

 でもって旅の話だが、一人連れがいた。無論女性ではない。こいつは小学校一年の時に僕の前に座って以来かれこれ半世紀に渡る古い馴染みだ。たまに会ってはお互いの古傷を暴露して罵りあう仲で、いわゆる腐れ縁という奴だ。気味の悪いことにお互いの家族構成が親戚の端っこに至るまで良く似ており、三等親以内の学歴がほぼ一緒。母親に至っては同じ女学校の先輩後輩というオマケまでついている。そうなるとさすがに趣味嗜好は別にして何となく考え方は似ており、長い間いつか聞いたような同じ口調の冗談でゲラゲラ笑う非常に下らないつきあいと言えよう。そしてこの腐れ縁、一種の幼児的硬骨漢とでも言うのか『国境』とか『防衛』とか更には『海軍』といった言葉にむやみに興奮する癖があり、僕が小倉にいることを嗅ぎつけて対馬の旅を持ちかけてきた。

 オッサン二人で福岡から空路乗り込み、まずは国境視察と称してレンタカーで島の北端に行った。ところがこの梅雨空にモヤッってしまって何も見えない。観光案内の人に聞くと冬場を中心に年間50日位しか見えないのだそうだ。それでは、というので天然記念物のツシマヤマネコと対州馬を見に行けば、ただのネコとポニーのような短足の馬だった。ヤマネコの方は捕獲禁止だからどこかの動物園で生まれたのが飼われていたが、野生そのもので全く人になつかない。島にはノラ猫もいるから交配してそのうち本当にタダの猫になりゃしないかと心配したが、全然そうはならないらしい。対州馬は野生はもういなくなっていて全て飼育されているから十分人懐こい。以前牧場の隣で半導体材料の工場をやっていたことがあるが、牛小屋に繋がれていたポニーと仲良くしていた。ちょうどそんな感じで撫でてやると嬉しそうにしていた。

 しかしそれでは我等が工場犬チビは野生なのか飼育されているのか。エサは貰うくせに愛想が悪い、とは飼われているヤマネコ並みではないのか。

 対馬は重要海峡にあるため、砲台跡といった戦争遺跡も残っていた。武装解除されているので巨大なコンクリートの掘り抜きが残っていたがさながら要塞だ。その他にも古いところでは白村江の大敗の後に唐・新羅連合軍に備えた金田城(かねたのき、と読む)遺跡、元寇上陸跡。元寇の方は元・高麗連合軍で、対馬や壱岐は根こそぎやられたようだ。こっちもその後倭寇でさんざん暴れているからやはり近いだけに色々あるんだろう。

 和多海(わだつみ)神社もなかなかのもので、入り江の奥にヒコホナントカの命やら龍宮伝説を伝える大石がゴンッといったふうに納まっている。鳥居は満潮時には浸ってしまうし、何やら三角の結界のように注連縄で囲まれた亀の甲羅のような石も不気味な霊力を感じさせる。日本神話がそこら中に転がっていてルーツを探るようだった。翌日は海路壱岐まで行ったが、そこにも天照大神の妹にあたる月読神社の本家があった。もっともトタン葺きの手抜き神社に成り果ててはいたが。

 対馬そのものは海にそそり立っているような島で、ちょうど梅雨時のこともあり周回道路は雲の中の趣で、視界はしばしば5m位。トンネルの中など暗くて怖い。ソロソロと徐行運転で、初めにいった北端とは別の展望エリアに行き着いた。するとぼやけた水平線の少し上に、見えた。韓国の稜線が。

 北方領土を見たことがあるがその時も腐れ縁が一緒で、隣で「不法占拠だ。」「日本国だ。」とギャアギャア騒いだのとあまりに近かったので臨場感がなく、今度こそ国内から視認した初めての異国なのだ。言葉も民族も違う土地である。その昔にあの稜線を見た者は、まず行ってみたい、と思ったことだろう。そう考えた僕の脳裏には色鮮やかなチマチョゴリが浮かんだ。

 小倉に帰ると祗園太鼓の練習が始まっていた。本番前に各町内で夜十時くらいまでやっている。太鼓を両面から交互に打つのが特徴で、最近の創作和太鼓のような派手さは微塵も無い。単調なリズムでドドン(ドドン)ドドン(ドドン)と続く。暑いので窓を開け放っておくと延々とこの音が聞こえてうるさいが、不思議なことにテレビをつけたり本を読んだり、さらに酔っ払って寝る時などは心地良くさえある。何やら心臓の鼓動を感じるような、人が歩くような、太古の生活のリズムを感じさせる。特にボーッとしていると、血が騒ぎ、これからケンカでもしに行くノリで軽く興奮してくる。フム、やはりまだ老け込んでないじゃないか。ドーダ!読者A!

 本番後、小倉は盛夏となる。

小倉記 年末鹿児島編
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